影章 奈々未 013
妊娠がわかった次の週に、私たちは入籍した。
入籍の話は、検査薬をテーブルのうえに置いたあの夜の、布団のなかで自然と出てきた。「籍、入れる?」と凪がぽつりと聞いた。「入れる」と私は答えた。それだけの会話だった。
それだけの会話で決まったのは、私たちがそのことについて、すでにお互いに考えていたからだった。お互いに考えていることを口に出さないでも、相手が同じことを考えているとわかる。そういう距離に、私たちはもういた。
入籍の日を、私たちは十二月の半ばに決めた。
その日は平日だった。私も、NPOで半休を取って、凪も製薬会社の研修の合間に半休を取った。「ふつうの半休として扱う」と凪の上司は言った、と凪は私に教えてくれた。私のときと同じだった。ふつうの半休として扱ってくれる人たちが、私たちの周りにはいた。
その日、私たちは駅の近くの市役所に行った。
市役所は、いつもよりすこしだけ混んでいた。年末で、書類を出しに来ている人が多かった。
婚姻届の用紙は、すでに書いてあった。前の週末に、二人で家のテーブルで書いた。
書くときに、証人欄が必要だった。
「父さんと母さんに、頼んでいい?」と凪は私に聞いた。
「はい」と私は答えた。
凪のお父さんとお母さん。誠一郎さんと佐和子さん。あの日、私を待っていてくれた二人。
その二人が、私たちの婚姻届の証人になってくれた。
書類のうえに、佐和子さんの字と誠一郎さんの字が並んでいた。佐和子さんの字は丸くてやわらかかった。誠一郎さんの字は、しっかりとした四角い字だった。二つの字が並んで書類のうえに置かれているのを、私はしばらく見ていた。
見ていながら、私はぼんやり思った。
この二人が、これから私の家族になる。
家族という言葉は、私のなかでまたひとつ、深さを増した。
市役所の窓口で、私は自分の婚姻届を出した。
職員さんはふつうの顔をして、書類を受け取ってくれた。ふつうの顔をしてくれるのが、私にはいちばんありがたかった。「おめでとうございます」と職員さんは軽く言ってくれた。「ありがとうございます」と私は答えた。
そのあと、私は新しい戸籍の手続きをして、新しい住民票を受け取った。
住民票のうえの私の名前は、もう「吉野奈々未」ではなくなっていた。
「高原奈々未」。
その五文字が住民票のうえに印刷されていた。
私は、住民票をしばらく見ていた。
見ていながら、私は自分の口のなかで、その名前をすこしだけ転がした。たかはらななみ。たかはらななみ。声には出さなかった。それでも、転がしながら、私はその名前を自分のなかにちゃんと入れた。
ホームを出てから、「吉野」という名字は、私のなかで私だけのものだった。
私が私であることを、いちばん示してくれていた音は「よしの」だった。
その「よしの」がなくなって、「たかはら」になった。
なくなった「よしの」に、私はほんの少しだけ別れの気持ちを持った。
別れというのは、悪い感情ではなかった。よしの、を卒業した、というようなゆっくりとした別れだった。卒業したというのは、その音をこれまでずっとちゃんと使ってきた、ということだった。十九年とすこし、私は「よしの」を生きた。
これから、私は「たかはら」を生きていく。
「たかはら」のなかには、凪が入っていた。
凪のお父さんとお母さんも入っていた。
凪のおじいさんも入っていた。会ったことのない凪のおじいさんまでも、私の名字には入ることになる。
ひとりの名字のなかにこんなにたくさんの人が入っていてもいいのか、と私は市役所の出口でぼんやり思った。
入っていてもいい、とすぐに私のなかで答えが出た。
入っていてもいいのが、家族だった。
家に帰って、私はいちばん最初に、ホームの林先生に電話をした。
林先生は私の声を、すぐに聞き分けてくれた。
「ななちゃん、どうしたの?」
「あの、ご報告です」
「うん」
「結婚しました」
「あら」
林先生は、すこしのあいだ何も言わなかった。
何も言わない時間が、林先生がその事実を自分のなかでちゃんと受け取るための時間だった。待ってくれる人を、私はいちばん最初に林先生のなかに知った。林先生は自分のなかで私の言葉をちゃんと受け取ろうとして、しばらく何も言わなかった。
しばらくしてから、林先生は言った。
「おめでとう、ななちゃん」
「ありがとうございます」
「お幸せにね」
「はい」
「いつでも、ホームに遊びに、いらっしゃい」
「はい」
電話を切ったあと、私はしばらくリビングに座っていた。
座っていながら、私は自分の住民票をもう一度見た。
高原奈々未。
その文字を、私はしばらく指でなぞった。
なぞるのは、ふだんは薬指の付け根だった。その日は、住民票の文字を私はなぞった。指のなぞる癖は、その日も私のなかに住んでいた。
なぞりながら、私は心の中でつぶやいた。
たかはら、お腹の中のあなたは、たかはら 〇〇〇。
まだ名前は入っていなかった。
それでも、その「〇〇〇」にこれから入る文字は、もう私のなかに用意されていた。
入籍してから、私たちの生活はすぐには大きく変わらなかった。
毎日「ただいま」と「おかえり」を言い合った。
凪は、製薬会社の仕事を毎日ふつうにこなしていた。私は、NPOの仕事を毎日ふつうにこなしていた。
そのなかで、凪がすこしずつ、自分の仕事のことで悩んでいるということが、私にはわかった。
凪は、はっきりとは言わなかった。
それでも、私にはわかった。夜、家に帰ってきたときの「ただいま」の声の調子から、たいてい私にはわかった。凪は、いつも、私の声の調子の細かいちがいに気づいてくれる人だった。私のほうも、同じように凪の声の調子の細かいちがいを、毎日聞きわけていた。
「報告書を出しても、『わかった』しか言われない」と、凪はたまに夕食のときに私に話した。
「プレゼンの資料を見せても、『うん』しか言われない」
「他の人は、『あの人はそういう人だから』って言うけど、ほんとに、そういう人なのかな」
凪は、評価が読めない、と言った。
読めない評価のなかで、凪は毎日、自分の手応えをたしかめながら仕事をしていた。
「読めなくて、こわい?」
私は聞いた。
「こわい、というか、ずっともやもやしてる」
「そっか」
「奈々未の上司は、ちゃんと言ってくれる人?」
「うちは、わりとすぐ言ってくれる人かな」
「いいなあ」
凪は苦笑した。
苦笑した凪を、私は見ていた。苦笑というのが、凪のなかでいちばん外に出やすい感情の形だった。怒りも、落胆も、不安も、凪はあまり外に出さなかった。それでも、苦笑だけはたまに外に出てきた。
私は、凪の苦笑を見ながら、心のなかでつぶやいた。
凪はずっと、ちゃんと、やっている。
私が、毎日、見てる。
それを口に出して凪に伝えるべきかどうか、私はたまに迷った。
伝えると、凪はそれをありがたく受け取った。でも、すぐにまた、外からちゃんとした評価を欲しがった。私の評価では足りなかった。会社のなかでちゃんと評価されることを、凪は必要としていた。
それでも、私の評価がまったく意味がない、というわけでもなかった。
私は、たまに、夕食のときに凪に伝えた。
「凪は、ちゃんとやってる」
「私が、毎日見てるよ」
伝えると、凪はすこし笑った。
「ありがとう」と凪は答えてくれた。
「ありがとう」は、その瞬間の凪のいちばん近い言葉だった。
私の「凪は、ちゃんと、やってる」と、凪の「ありがとう」のあいだで、私たちはすこしずつ、その「もやもや」を抱えながら生活を続けていった。
一年目の終わり頃、凪がふつうよりすこしだけ明るい顔で、家に帰ってきた日があった。
その日の「ただいま」は、いつもの「ただいま」よりすこしだけ上向きの調子だった。
「おかえり」
私は、いつも通り、奥から答えた。
凪は、リビングに入ってきて、テーブルの前に座った。座りながら、すこし間を置いて言った。
「部長に『来年も頼むぞ』って、言われた」
「『来年も頼むぞ』?」
「うん」
凪は、その言葉のことを、すこしだけ私に説明してくれた。
田中部長という人が口にする「来年も頼むぞ」は、ふつうの「来年も頼むぞ」より重い言葉だった。部長がその言葉をかける相手は限られていた。隣のチームの杉山先輩は、三年かけてその言葉をもらった。それを凪は一年でもらった。
凪は、その事実を、淡々と説明した。
「嬉しいの?」
私は聞いた。
「嬉しい、というか」
凪はすこし間を置いた。
「嬉しさの前に、『次』が、来る」
凪はそう答えた。
私は笑った。
笑ったのは、凪らしいと思ったからだった。
凪はずっとそういう人だった。何かを達成しても、達成した嬉しさをいったん横に置いて、次の目標を考える。そうやって凪はいままで生きてきた。
「私は、嬉しい」
私は言った。
「あなたが、ちゃんと評価されたのが、嬉しい」
「ありがとう」
凪は答えてくれた。
その夜、私たちはふつうにご飯を食べた。
ご飯を食べながら、私は何度か凪の顔を見た。
凪の顔は、ふだんよりもほんの少しだけ軽かった。「来年も頼むぞ」は、凪のなかでずいぶん大きなことだった。本人は「次」を考えていたけれど、体はちゃんとその言葉を受け取っていた。
受け取った凪の顔を、私はしばらく見ていた。
見ていながら、私は心のなかでつぶやいた。
おなかのなかのあなたのお父さんは、ちゃんと、評価される人だった。
そのことを、お腹のなかの「ひとり」に、私は心の中で伝えた。
伝えながら、私は自分の片手をお腹のうえに置いた。
置いた手のうえに、その晩も凪の手が置かれた。
翌朝、彼はふだんよりすこしだけ早く家を出ていった。
夜、帰ってきたときの「ただいま」は、いつもの「ただいま」とはまたちがう調子だった。昨日の「来年も頼むぞ」の調子よりも、もう一段上向きの調子だった。
「奈々未」
凪は、テーブルの前に座って、すぐに私を呼んだ。
「はい」
「研修、選ばれた」
「研修?」
「来月、大阪で。選抜研修」
社内の各部署から数名ずつ選ばれて、次世代の幹部候補を育成する研修。年に一度しかなかった。二年目で選ばれるのは、同期のなかでいちばん早かった。
「期待しているよ、って、部長に、言われた」
「『期待』?」
「うん」
凪の声は、いつもよりほんの少しだけはずんでいた。
そのはずみを聞きながら、私はすこしだけ笑った。
笑ったのは、いつもの凪の顔とはちがう顔をしていたからだった。ほんの少しだけ誇らしげな顔だった。ふだん、誇らしげな顔を私の前ですることがなかった。その夜、初めて私は彼の誇らしげな顔を見た気がした。
「すごいですね」
「うん。たぶん、すごい、と思う」
「『たぶん』?」
「自分のことだから、すごい、って、言いきれない」
凪は苦笑した。
その苦笑が、いつもの苦笑よりもほんの少しだけ軽かった。
「私は、ちゃんと、『すごい』って、言う」
私は答えた。
「凪は、すごい」
「ありがとう」
凪は、また、ありがとう、と言った。
夕食を食べた。
食べながら、私たちはこれからの話をすこしだけした。研修は五月の半ば。二泊三日。大阪。あと一ヶ月半。
私のお腹はまだ目立たなかった。それでも、服のうえからではわからないけれど、すこしだけ丸みが出ていた。横から見るとわかる、と私は自分の体を毎日確かめながら知っていた。
テーブルの下で、私はたまにお腹に手を当てていた。確かめるように。お腹のなかの「ひとり」が、ちゃんといてくれることを、確かめるように。
「名前、決めようか」
私は、ご飯を食べ終わったあとに、凪に言った。
「まだ決まってないんだっけ」
「決まってない。候補はあるけど」
私はメモ帳を出した。
あのメモ帳。表紙がすこし擦れて、色が薄くなっていた。私のいつものメモ帳。
メモ帳のなかには、候補が三つ書いてあった。
いちばん上に、あの夜、凪が書いたあの名前があった。迷った人が、帰ってこられる場所のような人になってほしい、という意味を私が勝手に読み取った名前。
「あの名前に、しよう」
私は言った。
凪がすこし私を見た。
「あれ?」
「うん」
「いいの?」
「うん。あれが、いちばん、いいと思う」
私は答えた。
私は、メモ帳のうえのその名前を見つめた。ペンの跡を人差し指でなぞった。
左手の薬指ではなく、人差し指で。
文字の輪郭を、私はなぞった。
なぞるたびに、その名前が私のなかですこしずつ深くなっていった。
凪は、その名前を、しばらく見ていた。
「うん」と凪は答えた。
「あれがいい」
それで決まった。
私と凪と、二人でテーブルのうえのメモ帳を見ていた。同じ名前を見ていた。同じ方向を向いていた。
その名前の持ち主は、まだ生まれていない。
それでも、名前はもうあった。
名前があるということは、もうそこにいるということだった。
名前のある「ひとり」が、私のお腹のなかですこしずつ育っていた。
その夜、私は布団のなかで、お腹のあたりに手を置いた。
置いた手のうえに、凪の手が置かれた。
私は、心のなかで、決まった名前をもう一度つぶやいた。
つぶやいた名前は、私のなかでちゃんと深いところに入っていった。
入っていった名前を、私はその夜、自分のなかで抱きしめた。
抱きしめながら、私は眠った。
四月が終わって、五月が来た。
五月の半ばのある朝、凪は大阪に出かけていった。
出かける朝、私は玄関で凪を見送った。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
「土曜日に、帰ってくる」
「はい。気をつけて」
凪は、スーツケースを持っていた。
スーツケースは、私たちが沖縄に行ったときに使った、ふたつのうちの小さいほうだった。沖縄に、海を見に行ったときのスーツケース。
そのスーツケースを、凪は大阪に持っていった。
「奈々未も、無理しないで」
「はい」
「お腹、大事にね」
「はい」
ドアを開けてから、もう一度私を振り返った。
「行ってくる」
「はい」
凪は出ていった。
ドアが閉まった。
しばらく、私は玄関に立っていた。
立っていながら、私はぼんやり思った。
五月半ばの三日間が、こんなに長くなるとは思っていなかった。
ぼんやり思ったあとに、私は玄関からリビングに戻った。
戻って、ソファに座った。
座って、しばらく何もしなかった。
何もしないでいるうちに、私のお腹のなかで、すこしだけふくれた「ひとり」が動いた気がした。
動いた気がしただけだった。本当に動いたかどうかはわからなかった。それでも、動いた気がしたというのが、その朝の私には十分だった。
私はお腹に手を置いた。
「お父さん、大阪に、行ったよ」
私は、心の中で、お腹のなかの「ひとり」に伝えた。
「土曜日に、帰ってくるからね」
伝えながら、私はすこしだけ笑った。
笑ったのを、誰も見ていなかった。
それでも、私は笑った。
それで、たぶん、よかった。
それは、私たちのふつうの暮らしの、いちばん最後の、ふつうの朝だった。
そのことを、その朝の私はまだ知らなかった。




