影章 奈々未 007
大学に入学した。
私は教育学部に進んだ。子どもに関わる仕事がしたいと思っていた。ホームを出てから一年半のあいだに、私のなかでそれが固まってきていた。固まった、というのは、最初からそうしたかったわけではなくて、考えるうちに、ほかの選択肢が少しずつ消えていった結果だった。
子どもに関わる仕事をしたい理由を、私は誰にもはっきりとは話さなかった。話せばふつうの答えになった。「自分が施設で育ったから、次は支える側に回りたい」。それは間違っていなかった。間違っていなかったけれど、それだけでもなかった。
私が子どもに関わりたかったのは、呼ぶ準備をしてくれている子たちの近くにいたかったからだった。
ホームの先生たちは、私の名前をたくさん呼んでくれた。先生たちは私を呼ぶ準備をしてくれていた人たちだった。私もいつか、誰かに対して、呼ぶ準備をしてあげられる人になりたかった。
それを言葉にしてしまうと、少しおおげさになった。だから私は誰にも話さなかった。
彼は、都内の私立大学の経営学部に進んだ。
「なんとなく」と彼は言っていた。なんとなく、というのが彼らしかった。私の「子どもに関わる仕事がしたい」と、彼の「なんとなく」では、温度が違った。違ったけれど、それでよかった。同じ温度で進路を決められる二人より、違う温度で決められる二人のほうが、長く続く。
私は心の中でそう思っていた。声には出さなかった。
入学式から、私たちは別々の大学に通うことになった。
通う場所が違うというのが、こんなにも変化のあることだと、私は知らなかった。
高校では、同じ校舎にいた。同じ廊下を歩いて、同じ教室の前を通って、同じ図書館で本を読んだ。お昼ご飯は、たいてい一緒に食べた。放課後も一緒にいる時間が長かった。それが当たり前だった。
大学に入って、当たり前が消えた。
消えてから、私はようやく、その当たり前がどれくらいの重さを持っていたかを知った。重さは、なくなってから初めてわかるものだった。あるあいだは、あることに気づかない。
会うためには、わざわざ約束をしなければならなくなった。
「明日、会えますか」と、私は彼にメッセージを送るようになった。彼からも同じようなメッセージが来た。「明日、空いてますか」「土曜日の午後、空いてます?」。短い、用件だけのメッセージだった。それでも、その短いメッセージを、私は何度も読み返した。
何度も読み返したのは、彼から私に向けて言葉が届いている、ということを確かめるためだった。確かめないと、私のなかで、彼の存在がうっすらと薄れていく気がした。
うっすらと薄れると感じたのは、私の側の問題だった。彼は薄れていなかった。私が、彼を信じきれていないだけだった。
信じるを、私は卒業前の「珈琲 まるせ」で、自分に許した。許したつもりだった。
それなのに、許したあとも、私はずっと信じきれていないでいた。
許すというのは、一度きりの動作ではなかった。許したあとに、もう一度許して、もう一度許して、そのたびに信じるを更新していかなければならなかった。更新しないと、信じるはだんだん古くなって、ほどけていった。
ほどけそうになる気持ちを、私は彼に話さなかった。話したら、彼に余計な心配をかけた。心配をかけたくなかった。
私はかわりに、彼からのメッセージを何度も読み返した。読み返すたびに、私のなかの信じるを更新した。
更新できなかった日もあった。
更新できなかった日は、彼にメッセージを送らなかった。送らないでいると、彼からのメッセージも来なかった。彼は、私のリズムに気づいてくれていた。気づいてくれていたと私が思っているだけかもしれなかった。それでも私のなかでは、彼が気づいてくれているということになっていた。
週に二回か三回は、会った。
どちらかの大学の近くで待ち合わせて、カフェで勉強するか、散歩するか、本屋に行くか、それくらいだった。たまに「珈琲 まるせ」にも行った。「まるせ」のマスターは変わらず無言で、コーヒーとアイスティーが何も聞かずに出てきた。
「まるせ」で会うと、私はいつもの席に座って、いつもの動作で砂糖をひとつ入れて、目を閉じて一口飲んだ。彼は私を見ていた。見ていたというのが私にもわかった。高校のときには、たぶん彼が私を見ていることに、私は気づかないふりをしていた。気づかないふりが、その頃の私には必要だった。
大学に入ってからの「まるせ」では、私はもう、気づかないふりをしなかった。
ふりをしなくていいということが、私のなかで少しずつ大きくなっていった。気づかないふりをしないでいると、私はずっと、自分が見られているという感覚のなかにいた。見られているというのは、私を嫌な気持ちにする感覚ではなかった。むしろ、その逆だった。
見られているということは、誰かが私の存在をその場で確認してくれている、ということだった。
ホームを出てから、私の存在を確認してくれる人は、ほとんどいなかった。アパートでひとりでいるあいだ、私は誰にも見られていなかった。誰にも見られていない時間が長くなると、私は自分が本当にここにいるのかどうか、わからなくなることがあった。
その感覚を、彼に話したことはなかった。話したら、彼は私のことをもっと見ようとしてくれた。それは私には少し重すぎた。
彼が、ふつうに、ふだん通りに見てくれている。それがちょうどよかった。
会わない日には、私はアパートでひとりだった。
教科書を読んで、レポートを書いて、課題図書を読んで、ノートをつけた。ノートをつけながら、私は時々ペンの先を止めて、彼のことを考えた。
考えるというより、思い浮かべるというほうが正しかった。
彼がいま、私とは別の校舎の、別の教室で、別の教科書を開いていることを、私は思い浮かべた。彼の机のうえには、シャープペンシルがあった。彼のシャープペンシルは、高校のときから変わらず、銀色の細いものだった。きっと大学になっても、同じものを使っているはずだった。
その銀色のシャープペンシルが、私から数キロ離れた校舎の、別の教室の、別の机の上に、いまある。
そのことを思い浮かべるだけで、私のなかでは、彼が私のそばにいるのとほとんど同じ感覚が生まれた。
離れているのに、近くに感じる、というのを、私は大学に入ってから初めて知った。
高校のときには、すぐそばにいたから、その感覚を持つ必要がなかった。離れて初めて、近くに感じるという感覚が立ち上がった。
立ち上がったその感覚は、私のなかで、新しい場所をひとつ作った。
新しい場所、と私は卒業前の夜にも思った。卒業前は、信じるを許したあとの戸惑いの場所だった。大学に入ってからの新しい場所は、戸惑いではなかった。穏やかな確かさ、のような場所だった。
穏やかな確かさというのは、信じるを更新できた日に、私のなかに灯る種類の感覚だった。
その感覚を、私はゆっくりと、自分に馴染ませていった。
馴染ませていくあいだに、季節が変わった。
大学一年の春が終わって、夏が来た。夏が終わって、秋になった。秋が深まる頃には、私は彼との距離に、少しずつ慣れてきていた。
慣れるというのが、私のいちばんの得意だった。ホームでも、新しい学校でも、新しいアパートでも、私はいつも、ふつうの人より少しだけ早く慣れた。慣れることが、私にとっては生きるための技術のひとつだった。
それでも、彼との距離に慣れるというのは、これまでの慣れとは少し違った。
これまでの慣れは、何かに自分を合わせていく作業だった。新しい環境に、自分をぴったりと合わせる。合わせていけば、苦しさが薄れていく。それが私の慣れだった。
彼との距離に慣れるというのは、自分を合わせる作業ではなかった。自分を合わせなくても、その距離のなかでちゃんと生きていけるということを、私が少しずつ受け入れていく作業だった。
受け入れるというのは、慣れるよりも、少しだけゆっくりした動きだった。
ゆっくり受け入れていくうちに、秋が深まって、十一月になった。私の十九歳の誕生日が近づいていた。
十九歳の八月二十八日には、彼と二人で、また同じイタリアンの店に行った。
去年と同じ店だった。店のなかは、ほとんど何も変わっていなかった。キャンドルの炎が揺れていて、白いテーブルクロスのうえに影が落ちていた。ピアノの曲が、小さく流れていた。
私は、去年と同じ白いブラウスを着ていた。
去年と同じだったというのは、私のなかで、その日に着る服が一着、決まったからだった。毎年八月二十八日には、この白いブラウスを着る。私のなかでそう決まっていた。決めたというよりも、自然と決まっていた。
ボタンをいちばん上まで留めた。去年と同じように。去年留めたボタンは、今年も同じ場所にあった。
彼は去年と少し違う服を着ていた。白いシャツは同じだったけれど、チノパンの色がベージュではなく紺色だった。
「服、変えたんですね」と私は言った。
「気づきましたか」
「気づきます」
私は答えた。
彼は少しだけ笑った。去年の「まるせ」で「はい」と私が答えたときの、力の抜けた笑い方だった。あの笑い方を、私はもう何度も見ていた。何度も見ていることが、私にはとても大きなことだった。
食事をして、ティラミスを食べて、カフェオレを飲んだ。去年と同じ順番だった。
「来年も」と彼は言ってくれた。去年と同じ言葉だった。
「来年も」と私は答えた。同じ答えだった。
同じ会話を毎年繰り返すというのが、ふつうの家族や恋人たちの形だった。私はそれまで、その形を知らなかった。知らないものを、私たちは少しずつ作っていた。
作っているのは私一人ではなかった。彼と二人で、毎年八月二十八日を作っていた。
帰り道、駅で別れるときに、私は彼に振り返って手を振った。去年と同じ動作だった。
それで、私の十九歳の誕生日は終わった。
大学二年の春が、近づいていた。
大学一年が終わって、春休みが始まる頃、私が住んでいたアパートの更新時期が来た。
そのアパートは、私が高校に上がるときにホームを出てから、ずっと住んでいた部屋だった。築年数の古い、ワンルームだった。六畳一間に、小さなキッチンがついていた。風呂はユニットバスで、洗面台と便器とシャワーが、ぎゅっと一緒の空間に押し込まれていた。冬は窓の隙間から冷気が入ってきた。夏は西日が直撃して、夕方になると部屋の温度が三十五度を超えた。
それでも、私はその部屋に特別な不満を持っていなかった。
不満を持たないでいたというよりも、その部屋を、ふつうの部屋として受け入れていた。私が知っているふつうは、ホームの大部屋で六人で寝起きしていたふつうだった。それに比べれば、ひとりで使える六畳は、十分すぎる広さだった。
夏の暑さも、私には我慢できないほどではなかった。ホームの夏は、冷房がリビング以外についていなかった。子ども部屋は扇風機だけだった。それに比べれば、効きの悪いエアコンが一台あるだけでも、私のアパートは天国のように涼しかった。
そういう比較をして、私はいつも生きていた。
比較する場所がホームだったというのが、私を、ふつうの十九歳とは少しずつ違う場所に置いていた。ふつうの十九歳は、もう少し違う場所と比べていた。実家と、自分の部屋。実家のほうが広くて、新しくて、空調も整っていた。彼女たちの不満は、その実家を基準にして測られた。
私の基準は、ホームだった。だから私は、自分のアパートにほとんど不満を持たなかった。
そのことを、彼に話したことがあった。
二年生になる少し前、二月の終わり頃だった。私のアパートに、彼が初めて泊まりに来た日のことだった。
泊まりに来てもらうのは、私にとって、少し勇気のいることだった。
私の部屋は、彼の実家とは比べものにならないくらい狭くて、古かった。それを彼に見られるということが、私には少しだけこわかった。こわいというのは、彼が私のことを軽く見るのではないか、というこわさではなかった。彼はそういう人ではないということを、私はもう信じ始めていた。
こわかったのは、彼が私の部屋を見て、私のことを心配するかもしれない、ということだった。心配されると、私のなかで、何かが少し申し訳なくなった。
それでも、いつか彼に見てもらわなければならない部屋だと、私は思っていた。早いほうがいい気もしていた。だから二月の終わりに、私は彼を、私の部屋に呼んだ。
彼は玄関で靴を脱いで、つま先を奥に向けて揃えた。
彼の癖だった。私と同じ癖だった。同じ癖の人と一緒にいるということが、私にはいつもうれしかった。同じ癖の人は、同じことを大事にしている人だった。
彼は部屋を見回した。あまり長くは見回さなかった。長く見回されると私が居心地が悪くなることを、彼はわかっていた。
「狭いでしょう」と私は言った。
「俺の実家の自分の部屋より広いかも」と彼は答えた。
それは嘘だった。
彼の実家は広かった。実家に行ったことは、その時点ではまだなかった。それでも彼から話を聞いていれば、それくらいはわかった。彼の自分の部屋は、たぶん私のアパート全体より広い。
それでも彼は、「俺の実家の自分の部屋より広いかも」と言ってくれた。
嘘とわかる嘘を、嘘とわかるように言うのが、彼の優しさの形だった。本物の嘘は、本物だと感じさせないために言うものだった。彼の嘘は、私を笑わせるための、ただのジョークだった。
私は少しだけ笑った。笑ったあとに、私は彼に、夏の暑さの話をした。
「夏は、夕方になると三十五度を超えるんです」
「クーラーは?」
「ついてます。けど、あんまり効かなくて」
「暑くないの」と彼は聞いた。
「施設の部屋はもっと暑かったので」と私は答えた。
そう答えたあとで、私は、自分が比較対象として「施設」を出したことに、少しだけ気づいた。それが、彼にとってはふつうの比較ではない、ということに気づいた、ということだった。
ふつうの人は、自分の部屋の暑さを、ホームの大部屋と比べたりはしない。彼はそれを、私の言葉からわかってくれた。わかってくれたうえで、「そっか」とだけ答えてくれた。「そっか」しか言わないことが、その日の彼の判断だった。
判断してくれたということが、私にはありがたかった。
ありがたかったから、私は彼に、もう少しだけ自分の話をした。
「冬も、すきま風が入ってきて、寒いんです。でも、ホームの冬よりは、ましかなって、思ってます」
「ホームの冬、どんなだった」
「子ども部屋に、暖房がなかったので、布団を頭まで被って寝てました」
「それは、寒いね」
「寒かったです」
私はそう答えた。
答えながら、私は、自分が彼に対して、過去の話を、自然と、ふつうの調子で話していることに気づいた。
それまで、私は自分の過去の話を、彼にあまりしてこなかった。話さなかったというよりも、話そうとすると、いつも声が少しだけ重くなりそうな気がして、話すのを後回しにしてきた。重く話すと、彼に重く受け取らせてしまう。私はそれが、ずっといやだった。
その日、私はふつうに話せていた。
ふつうに話せていたということは、私のなかで、彼に対する信じるが、もう一段更新されていた、ということだった。
彼は私のアパートに、その夜、泊まった。
泊まったといっても、私たちはそれぞれの寝床で寝た。彼は私の布団のとなりに、自分が持ってきた寝袋を敷いて、その中で寝た。寝袋で寝てくれるというのが、私にはちょうどよかった。寝袋なら、彼が朝起きて出ていくときに、私の布団に痕跡が残らなかった。
その夜、私は彼の寝袋の寝息を聞きながら、なかなか眠れなかった。
眠れなかったのは、緊張していたからではなかった。
ただ、隣に誰かが寝ている部屋で寝るのが、私にとっては、ずいぶん久しぶりだったからだった。ホームを出てから一年と少しのあいだ、私はいつもひとりで寝ていた。ひとりで寝るのに慣れていた。
その夜、隣に彼の寝袋があった。寝袋の中で、彼が静かに寝息を立てていた。
寝息の音は、ホームの大部屋で寝ていたときの、ほかの子たちの寝息に少しだけ似ていた。
似ていたというのは、不思議だった。彼の寝息と、ホームの子どもたちの寝息は、本当はぜんぜん違う音だった。それでも、私の耳には、似ていると感じられた。
似ていると感じたのは、誰かと同じ部屋にいる、ということ自体の感覚を、私が久しぶりに味わっていたからだった。
その感覚を、私はホームを出てから、いつのまにか忘れていた。忘れていたものを、私は彼の寝袋の寝息から、ゆっくり思い出していた。
思い出しながら、私は、いつかこの感覚がふつうのものになる日が来るかもしれない、と、ぼんやり思った。
ぼんやり思っただけで、それ以上は考えなかった。考えると、私はそれを大きくしすぎた。大きくしすぎる前に、私は目を閉じた。
目を閉じてから、少しして、私は眠った。
朝、目が覚めると、彼はすでに寝袋を畳んでいた。
「おはようございます」と私は言った。
「おはよう」と彼は答えた。
寝袋を畳む彼の動きは、丁寧だった。畳んだ寝袋を、彼は袋に入れて、玄関の脇に置いた。玄関の脇に置かれた彼の寝袋は、私のアパートのなかで、少しだけ違和感のあるものだった。私の部屋には、私のもの以外のものが、ほとんどなかった。
その違和感は、悪いものではなかった。むしろ、私には心地のよい違和感だった。
私のものではないものが、私の部屋にある、というのが、私にとってはずいぶん新しいことだった。新しいことが、私の部屋のなかに、ひとつ入ってきていた。
その違和感を、私はしばらく置いておきたかった。
朝ごはんを、私たちは一緒に食べた。私が作った、目玉焼きとトーストだった。冷蔵庫にあったものを、適当に出した。彼は「おいしい」と言ってくれた。「おいしい」は、彼の癖だった。彼は私が何を作っても、たぶん「おいしい」と言ってくれた。
その日、彼は午後に帰った。
帰ってから、私はひとりで部屋にいた。
部屋は、ふだん通りの部屋だった。それでも、ふだん通りではなかった。
ふだん通りではなかったのは、私のなかに、彼の寝袋の感触がまだ残っていたからだった。寝袋の感触というのは、変な言葉だった。私は彼の寝袋に触っていなかった。それでも、感触は残っていた。
感触は、しばらく経っても、消えなかった。
私はベッドのへりに座って、しばらく、何もしなかった。
何もしないでいるうちに、私はふと思った。
私の部屋が、私だけの部屋ではなくなる日が、来るのかもしれない。
ぼんやり、そう思った。
ぼんやり思っただけだった。それでも、その思いは、私のなかでしばらく消えなかった。
更新の手紙が来たのは、その数日後だった。
不動産屋から、契約更新の案内が、郵便で届いた。私のアパートの契約は、二年ごとに更新する仕組みだった。前回の更新から二年が経ったので、もう一度、更新するかどうかを決める時期になった。
更新の手紙を、私はテーブルのうえに置いた。
置いたまま、しばらく見ていた。
更新するということは、もう二年、この部屋にひとりで住むということだった。ひとりで住むということを、私はそれまで当たり前のことだと思っていた。当たり前のことに、私は不満を持っていなかった。
更新の手紙が来た日、私は初めて、ひとりで住むということが、もう当たり前のことではないかもしれない、と思った。
思ったあとで、私は驚いた。
驚いたのは、自分がそんなことを考えるとは、思っていなかったからだった。
私はそれまで、ずっとひとりで生きてきた。これからもひとりで生きていくということを、私は前提にして暮らしていた。前提が、その日、揺らいだ。揺らいだのは、彼の寝袋が玄関の脇に置いてあった、あの朝のせいだった。
私は更新の手紙を、テーブルのうえに置いたまま、決められないでいた。
その週末、私は彼と「珈琲 まるせ」で会った。
「まるせ」のいつもの席で、いつものコーヒーを飲みながら、私は彼に更新の手紙のことを話した。話そうかどうか迷ったけれど、話した。話さないでいると、私のなかで、決められないまま時間が過ぎた。
「アパートの更新があるんです」
「来月までに、決めなきゃいけなくて」
彼はコーヒーカップに手をかけたまま、少し考えていた。考えている顔だった。考えているときの彼は、目線が少しだけ手元に落ちる。私はその顔をもう何度も見ていた。何度も見ているので、すぐにわかった。
「更新するの?」
「迷ってます」
私はそう答えた。
迷っているという言葉は、私のなかでは本当のことだった。更新するなら更新する、しないならしない。それまでの私なら、二択のあいだで迷うことはなかった。決めるべきことは、すぐに決めた。それが私のいつものやり方だった。
それなのに、その更新の手紙の前で、私は迷っていた。迷っている自分が、私には少し不思議だった。不思議だったということは、私のなかで、迷う余地のある選択肢が、もうひとつ出てきていた、ということだった。
そのもうひとつを、私は自分の口から、彼に渡せなかった。
渡せなかったのは、自分から渡すと、重くなった。重くなると、彼は断れなかった。彼が断れない状況に、彼を置きたくなかった。
だから、私はただ「迷ってます」とだけ言って、口を閉じた。
口を閉じてから、私はコーヒーを一口飲んだ。砂糖はひとつ。目を閉じる癖。いつもの動作。
目を閉じている数秒のあいだ、私は、その「もうひとつ」が、自分の口から外に出ないように、自分のなかでおさえていた。
目を開けると、彼はまだコーヒーカップに手をかけたままだった。手をかけたまま、何かを考えていた。
「あのさ」
しばらくして、彼は言った。
「うん」
「もしよかったらだけど」
彼の声が、いつもよりほんの少しだけ慎重だった。慎重に言葉を選んでいるということが、私にもわかった。
「引っ越すなら、一緒に住まない?」
私は、コーヒーカップを置く手を止めた。
止めたのは、彼の言葉を、私のなかでもう一度聞き直すための時間だった。
「引っ越すなら、一緒に住まない?」
聞き直してから、私は、彼の言葉を、ちゃんと自分のなかに入れた。
入れた瞬間、私のなかにあった「もうひとつ」と、彼の言葉が、ぴったり重なった。
ぴったり重なったというのが、私にはいちばん不思議な感覚だった。
私が口に出さなかった「もうひとつ」を、彼は自分から口に出してくれた。それは偶然ではなかった。彼は私のなかにある「もうひとつ」に、気づいてくれていた。気づいたうえで、私に代わってそれを口に出してくれた。
私から言わせないというのが、彼の優しさの形だった。
私から言わせると、私はそれを重く背負った。背負わせないということを、彼は判断してくれた。判断してくれたあの目を、私はもう何度も見ていた。「珈琲 まるせ」で「付き合ってください」と言ったあとの、待ってくれている目。私のアパートで「施設の部屋はもっと暑かったので」と私が言ったあとの、「そっか」だけで止めてくれた目。それと同じ目だった。
「いいんですか」
私は聞いた。
聞いてから、私は、自分の声が少しだけ震えていることに気づいた。
震えていたのは、こわいからではなかった。
ただ、私から渡せなかったものを、彼から渡してもらったということが、私のなかで少しだけ大きすぎたからだった。大きすぎるものは、声を震わせた。
「もちろん」と彼は答えた。
「もちろん」だった。
それだけが、答えだった。
ほかに付け加える言葉は、彼にも私にもいらなかった。
私は、もう一口、コーヒーを飲んだ。
飲みながら、私は自分に、もう一度許した。
信じることを許したように、その日、誰かと一緒に暮らすことを、私は自分に許した。
許すというのは、その日も変な言葉だった。それでも、許すしかふさわしくなかった。
「ありがとうございます」
私はそう答えた。
「ありがとうございます」は、その場面では、ふつうの答えではなかった。ふつうの恋人たちは、もう少しちがう答え方をした。「うん、いっしょに住もう」とか、「ほんと?」とか、「うれしい」とか。
私の口からは、「ありがとうございます」が出た。
「ありがとうございます」が、その日の私が彼に渡せる、いちばんの言葉だった。
彼は少しだけ笑った。「珈琲 まるせ」で「はい」と私が答えたときと、同じ、力の抜けた笑い方だった。
その笑い方を見ながら、私は、今日もまた、私のなかで信じるが更新されたと思った。
それで、決まった。
決まったというのが、私のなかでは、まだうまく受け止められなかった。決まったことの大きさを、私はその日、まだ自分のなかで整理できていなかった。整理できないまま、私たちは、もう一杯ずつコーヒーを頼んで、いつも通りの話を続けた。
いつも通りの話を続けながら、私のなかでは、川が合流していく感覚があった。
私の川と、彼の川が、その日、ゆっくりと合流し始めていた。
合流するということは、決断ではなかった。決断というほどの、強い言葉ではなかった。ただ、二つの流れが、自然と一つになっていく、その動きだった。
決断ではないということが、私にはありがたかった。決断と呼んでしまうと、私はそれを重く受け取った。重く受け取らずに、ただ流れに任せていられるというのが、その日の私には、ちょうどよい温度だった。
「まるせ」を出て、駅まで歩いた。
歩きながら、私は彼の半歩後ろにいた。半歩後ろから、彼の背中を見ていた。
その背中を、これから毎日見ることになるのかもしれないと、ぼんやり思った。
ぼんやり思っただけだった。それでも、そのぼんやりは、その日の夕方の空気のなかで、消えずに、しばらく私の隣を歩いていた。




