影章 奈々未 006
彼から「付き合ってください」と言われたのは、高校三年の三月の半ばだった。
卒業式まであと一週間あった。最後の期末試験はもう終わっていて、学校に行く用事はほとんどなくなっていた。それでも私たちは「珈琲 まるせ」で会っていた。
その日、私はベージュのニットにスカートを履いていた。いつもの私服とは少しちがう服を選んできていた。理由はわからなかった。ただ卒業式が近かったから、というのが、いちばん近い理由だったかもしれない。卒業という言葉のあとにはふつう、何かが変わる。変わる前に、少しだけちがう自分を彼に見せておきたかったのかもしれない。
彼は白いパーカーにジーンズを履いていた。彼もいつもの服とはちがった。それでも、私のように何かを強く意識して選んできた感じはしなかった。ただ卒業前の制服じゃない日の、ふつうの私服だった。
ふつうの私服でいられる彼が、その日も私には少しだけ羨ましかった。
「まるせ」のマスターは、いつも通り無言だった。
私たちが座ると、マスターは私の前にコーヒーを置こうとした。そのとき彼が「コーヒーで」と言った。
「アイスティーじゃないんですか」
私は聞いた。彼はふだん、「まるせ」でアイスティーしか頼まなかった。コーヒーは苦いと言って、ほとんど飲まなかった。
「今日は、コーヒーで」
彼は答えた。
マスターは一瞬だけこちらを見た。何も言わずにカウンターに戻って、コーヒーを淹れに行った。
私は自分のコーヒーに砂糖をひとつ入れた。ぽとん、と音がした。スプーンでかき混ぜた。しゃり、しゃり。いつもの音だった。
その日も私は目を閉じて、一口飲んだ。
目を閉じている数秒のあいだ、私はここではない場所を一瞬だけ持った。そこには卒業の前の私と彼が、二人、並んでいた。並んでいるだけだった。他には何もなかった。
目を開けた。
彼はコーヒーを一口飲んでいた。砂糖を入れていなかった。苦そうな顔はしなかった。それでもたぶん、苦かった。
私は、彼がなぜコーヒーを頼んだのかを聞かなかった。聞かないほうがいい気がしたからだ。理由を聞いてしまうと、その理由が何かを決定的にした。まだ決定的にされたくなかった。
私は彼の手を見た。
彼の手はコーヒーカップの取っ手を、ふつうに握っていた。ふつうの握り方だった。緊張しているというほどでもなかった。それでも、いつもの彼の手よりほんの少しちがう気がした。いつもの彼の手は、もう少しゆるんでいた。
ちがうと思いながらも、私はそれを口に出さなかった。口に出すと、ちがいを確定させてしまう気がした。
私はスプーンで自分のコーヒーをかき混ぜた。
しゃり、しゃり。かき混ぜながら、これからの何分かのあいだに何かが起きる予感を持っていた。予感と書くと、当時の私はもっとぼんやりしていた気がする。何かが起きるという意識ではなかった。ただ、いつもの「まるせ」とその日の「まるせ」が何かちがうと、私の体は知っていた。
知っていながら、私はいつもの動作をいつものように続けた。続けないと、私がその場で何かを走り出させてしまった気がするからだ。走り出すのは彼の役目だと、私は自分のなかで決めていた。私が走り出してはいけない。決めていたというよりも、私は走り出す方法を知らなかった。
「付き合ってください」
彼が言った。
スプーンの音が止まった。私の手が止まった。スプーンはコーヒーの中に入ったままだった。
私は顔を上げた。
彼を見た。彼は私を見ていた。いつもよりも少しだけまっすぐ見ていた。
「付き合ってください」と、彼は言った。ふつうの声で、ふつうの大きさで言った。それなのにその「付き合ってください」は、私の耳のなかで、いつもの彼の声よりずっとはっきり聞こえた。
考える時間が必要だった。
考える時間というのは、答えを考える時間ではなかった。答えはもう私のなかにあった。それでも、その答えを「はい」と口に出すまでに、いくつかの段階を踏まなければならなかった。
段階というのは、こういうことだった。
第一に、私が彼の「付き合ってください」を本当に聞いた、ということを認める段階。第二に、彼が私に対して「付き合ってください」と言った、ということを認める段階。第三に、それを私が信じる、という段階。
第三が、いちばん難しかった。
「付き合ってください」を聞いたことは認められた。彼が私に言ったということも認められた。それを信じるというのが、いちばん私にはできないことだった。
私は視線をコーヒーカップに落とした。
スプーンがコーヒーの中に入ったままだった。それをゆっくり動かし始めた。しゃり、しゃり。もう一周。もう一周。しゃり、しゃり。
かき混ぜながら、私は信じるということを、自分のなかで確かめていた。
信じるというのが、私には長いあいだ、できないことだった。
ホームを出てから、私はひとりで生きてきた。ひとりで生きるというのは、誰かを信じないでいることの別の言い方だった。信じないでいると、楽だった。信じないでいれば、裏切られても傷つかない。
私は、彼を裏切ってほしくなかった。裏切ってほしくないということは、私が彼をもう信じ始めている、ということだった。
それでも、信じるということを、自分に最後まで許せていなかった。
「自分が誰かに好かれる」ということを、私は信じていなかった。好かれることがあるというのは、頭では知っていた。他の人たちが他の人たちを好きになるのを、私は見て知っていた。それでも、私が誰かに好かれるというのが、自分の中でどうしても信じられなかった。
長いあいだ、私は好かれない子だった。好かれないというのは、誰かに嫌われていたということではない。ただ、誰かに特別に好かれるということが、私の人生では起きてこなかった、ということだった。
その私に、彼は「付き合ってください」と言った。
私はコーヒーを一口飲んだ。
目を閉じる癖が、その日も出た。いつもより少しだけ長く閉じた。
閉じている数秒のあいだ、私は信じるということを、自分に許そうとしていた。
許すというのは、変な言葉だった。それでも、許すしかふさわしくなかった。
「彼を信じてもいい」と、私が私に許す。それだけのことだった。それだけのことが、私にはずいぶん難しかった。
でもその日、私はようやく、自分に許した。
許せたのは、彼がコーヒーを注文してくれたからだった。ふだん、彼はコーヒーを頼まなかった。普段飲まないコーヒーを、その日、頼んだ。それは彼にとっての、何かだった。彼の「何か」を、私は彼の顔ではなくて、彼の注文から感じた。注文に出てくる「何か」は、たぶん嘘ではなかった。
私は目を開けた。
彼はまだ私を見ていた。急がせる目ではなかった。ただ、待ってくれている目だった。待ってくれる人を、私はホームの先生たち以来、ずっと見ていなかった。彼は、ホームの先生たちと似た目をしていた。
「……はい」
私は答えた。
「はい」と答えるまでに、三十秒くらいかかった。もう少し長かったかもしれない。それでも、長いと感じるほどではなかった。
「間があったけど」
彼が言った。
「驚いてたので」
私は答えた。
「気づいてなかったんですか」
彼が聞いた。
私は答えに、少し迷った。
気づいていたと答えると、嘘になる気がした。気づいていなかったと答えるのも、嘘になる気がした。私のなかでは、その両方が混ざっていた。
私はコーヒーカップを両手で包んだ。
両手で包んだのは、左手だけだと、いつもの薬指の癖が出てしまう気がしたからだった。両手で包んでいるあいだ、薬指はカップの表面に止まっていた。動いていなかった。
「気づいてたかもしれないけど、信じてなかった」
私はそう答えた。
答えた瞬間、私は自分の答えが、自分でも思っていたよりずっと正直であることに気づいた。正直というよりも、私が長いあいだ自分の中に抱えていた言葉が、そのまま外に出てしまった。
「信じてなかった」と私が言ったのを、彼はそのときは半分くらいしかわからなかった。信じていなかったのは、彼を、ではなかった。信じていなかったのは、「私が誰かに好かれる」ということ、そのものだった。
それを彼に説明することはできなかった。説明したくもなかった。説明したら、彼は私にもっと優しくしてくれた。優しくしてもらうと、私はそれを重く受け取った。
「気づいてたかもしれないけど、信じてなかった」
この一言だけを、私は彼に渡した。渡された彼がそれをどう受け取るかは、彼に任せた。
任せられる人と、私は初めて出会っていた。
カウンターの向こうで、マスターがグラスを拭いていた。マスターは何も聞いていない顔をしていた。それでも、たぶん聞こえていた。「まるせ」は、小さい店だった。
マスターの表情は変わらなかった。変わらないということが、私にはありがたかった。変わってくれたら、私はそれを過剰に受け取った。マスターは、それを知っていてくれた。
私はもう一度、コーヒーを一口飲んだ。
砂糖はもう、ほとんど溶けていた。カップの中はいつも通りの、ふつうの甘いコーヒーだった。それでも、その日のコーヒーには、いつもの「ひとつ」とはちがう「ひとつ」が入っていた気がした。
ちがう「ひとつ」、と私は心の中で思った。
ちがう「ひとつ」を、私はその日、彼からもらった。それが何かはわからなかった。それでも、もらったという感覚だけが、私のなかにはっきりとあった。
帰り道、私たちは駅まで並んで歩いた。
並んで歩いたけれど、手は繋がなかった。繋ぐということを、私たちは口に出さなかった。口に出さないまま、いつもと同じ距離で、いつもと同じ速度で歩いた。
いつもの距離が、その日は少しだけ近かった気がした。
近かったというのは、物理的な距離のことではなかった。ふつうに測れば、いつもと同じくらいだった。それでも私の体は、いつもより近く感じていた。近く感じるのは、彼との距離が縮まったからではなくて、私のなかで彼を遠ざけていた何かが、ほんの少しだけ外れたからだった。
外れたのは、信じるということを、私が自分に許したからだった。許したあとには、彼を遠くに置いておく必要がなくなった。必要がなくなった分だけ、彼が自然に近くなった。近くなったということは、私が近づいたということでもあった。
私は彼の半歩後ろを歩いていた。
半歩というのは、私のいつもの距離だった。それでも、その日の半歩は、いつもの半歩よりも、たしかに半歩ぶんだけ近かった。半歩が近くなるということがありうるんだと、私はその日、初めて知った。
駅まで、十分くらい歩いた。
歩いているあいだ、私たちは特別な話をしなかった。「卒業式、もうすぐですね」「ですね」。「あの数学の先生、最後の授業まで、字が読めなかった」「ほんとに、暗号だった」。ふだんの「珈琲 まるせ」での話の続きみたいな話を、私たちはした。
特別な話をしないことで、私たちはその日の「特別」を保とうとしていた。
お互いの口に出さないことが、その日の「特別」を、ちゃんと私たちのあいだに置いていた。口に出すと、薄くなった。だから私たちは、ふつうの話をふつうに続けながら、駅まで歩いた。
駅の改札の前で、私たちは立ち止まった。
「じゃあ、また」
彼が言った。
「はい。また」
私は答えた。
私は改札を通った。通って、定期券をしまった。しまってから、私は振り返った。
振り返るのは、二度目だった。一度目は八月の二十八日。その日は、駅のホームへ降りる前に、改札の手前で振り返った。
二度目の振り返りは、改札を通った後の振り返りだった。通ったというのが、何かを超えたということだった。超えた後に振り返るというのは、戻るということではなかった。ちゃんと超えたうえで振り返って、彼がまだそこにいることを確かめる、ということだった。
確かめた。
彼はまだそこにいた。改札の向こう側で、私のほうを見ていた。
私は小さく手を振った。彼も手を振り返してくれた。
それで、別れた。
電車のなかで、私は窓に映る自分の顔をぼんやり見ていた。
三月の夕方の空は淡い橙色だった。ビルの輪郭がくっきり見えていた。窓のなかの私は、ふだんの私とほとんど同じ顔をしていた。それでも、ほんの少しだけちがう気がした。何がちがうのかはわからなかった。
ちがうということだけが、その日もわかった。
胸の中に、静かな確信があった。
「正しいこと」を私がした、というのではなかった。ただ今日、私は自分に、信じることを許した。許せたというだけのことが、私のなかでたしかなものになっていた。
許せたものは、これからずっと、私のなかから消えなかった。消えてほしくなかった。
消えてほしくないと私が思うということ自体が、私の中では新しいことだった。消えてほしくないと思う前、私はいつも、消えても仕方ないと思っていた。消えても仕方ないを、生きていく方法にしていた。消えてほしくないを、その日、私は自分に初めて許した。
許した夜は、長かった。
アパートに帰って、布団に入って、目を閉じても、私はなかなか眠れなかった。眠れなかったのは、嬉しかったからではなかった。嬉しいというのは、もっとふつうの人たちの感情だった。私のなかにあったのは、嬉しいではなくて、信じるを許してしまったあとの、戸惑いだった。
戸惑いというのは、悪い感情ではなかった。戸惑っているということは、私のなかに新しい場所ができたということだった。新しい場所には、まだ家具が置いていなかった。何を置けばいいのかもわからなかった。それでも、新しい場所ができたということ自体が、私にはずいぶん大きなことだった。
そのまま、私は目を閉じていた。
閉じているうちに、いつのまにか眠っていた。
朝、目が覚めたとき、いちばん先に私のなかにあったのは、コーヒーの苦さだった。
昨日のコーヒーの苦さではなかった。彼が飲んだコーヒーの苦さだった。
彼が砂糖を入れずに飲んでいたコーヒー。あれは私の知っている苦さだった。私が毎日、砂糖をひとつ入れてごまかしていた苦さだった。
彼はごまかさずに、その苦さを飲んだ。飲んでくれたと、私はその朝、ようやく気づいた。
ごまかさずに飲める人というのは、強い人ではない。ごまかさずに、苦さを苦いままで受け取れる人だった。
苦いままで受け取れる人と、私はこれから、一緒にいる。
そのことを考えながら、私は布団から出た。
卒業式があった。
卒業式は、よく覚えていない。覚えていないというのは、何もなかったということではない。たぶん、いろいろあった。それでも思い出そうとすると、輪郭がぼやけて、出来事の順番が混ざる。
校長先生の話があって、答辞があって、歌があって、最後に私たちは教室に戻った。教室では担任の先生が、私たちに最後の言葉をくれた。最後の言葉が何だったか、私はもう覚えていない。覚えていないのは、その言葉が私のいちばん奥には届かなかったからだった。
私のいちばん奥は、その日、別のことに占められていた。
卒業ということが私にとって何だったかを、私はその日、ずっと考えていた。
ふつうの十八歳の卒業は、感傷の日だった。三年間を共に過ごした友達と別れる日。思い出を振り返る日。未来へ踏み出す日。
私の卒業は、ちがった。
私には、三年間を共に過ごした友達がほとんどいなかった。転校してきてから、二年と少し。クラスメイトの名前は全員覚えていた。それでも、特別に深く関わった子はいなかった。
それでよかったと、私は卒業式の日に思った。深く関わらなかった子たちと別れることに、私は悲しさを感じなかった。悲しさを感じないということが悲しいことだとも、思わなかった。
ふつうの人と、ふつうに別れる。それが、私の卒業式の日のいちばん近い形だった。
そして、彼。
彼とは、別れなかった。卒業しても、私たちは別れなかった。ふつうのクラスメイトのように、卒業と一緒に距離が遠くなるということが、私と彼のあいだには起きなかった。
それは、私には新しいことだった。
「卒業しても、別れない」というのがどういう感覚かを、私はそれまで知らなかった。ホームでは、子供たちは十八歳の誕生日が来たら出ていった。先生たちと子供たちは、その日に別れた。先生たちは私たちを忘れなかったと思う。それでも、毎日会う関係は、その日で終わった。
私の人生は、ずっと終わる関係の繰り返しだった。親と別れた。親戚と別れた。ホームの先生たちと別れた。クラスメイトたちと別れた。
そのなかで、彼とだけは別れない。別れないというのが、私にはずいぶん新しい感覚だった。
新しい感覚を、私は卒業式の日の午後、ひとりで確かめていた。
「珈琲 まるせ」には、行かなかった。その日は、行かない方がいい気がした。行ってしまうと、卒業式の日が、ふつうの「まるせ」の日になった。私はその日を、ふつうの日にしたくなかった。
私はアパートに帰った。
アパートのドアを開けて、入った。「ただいま」とは言わなかった。いつも通り、言わなかった。
それなのにその日、私は「ただいま」を言いたい気がした。
言いたい気がしたのは、卒業式の日だったからではない。昨日、彼が「付き合ってください」と言ってくれたからだった。
「付き合う」というのは、別れないということだった。別れない人が、これから私のいる方向のどこかに、必ずいるということだった。いるなら、私は「ただいま」を言える日が、いつか来るのかもしれないと思った。
「ただいま」を言える日。
それは、いつか誰かが私の「ただいま」に「おかえり」と返してくれる日のことだった。
ホームを出てから、私のアパートには「おかえり」がなかった。「おかえり」がなかったから、私は「ただいま」を言わなかった。言っても返事がない部屋に「ただいま」を言うのが、私にはつらかった。
それなのにその日、私は「ただいま」を言いたかった。
言いたいということは、いつか誰かが返してくれることを、私が信じ始めているということだった。
信じ始めているということが、私にはまだ、戸惑いの形をしていた。
戸惑ったまま、私はドアを閉めた。靴を脱いだ。いつも通り、つま先を奥に向けて揃えた。
部屋に入った。部屋はふだん通りの、六畳一間だった。ふだん通りの西向きの窓と、ふだん通りの机と、ふだん通りの布団。
それでもその日、私のアパートには、ほんの少しだけちがう何かが入ってきていた。それが何かはわからなかった。ただ、ちがうことはわかった。
私は布団のへりに座った。
座って、しばらく何もしなかった。カバンを置かなかった。コートも脱がなかった。ただ座っていた。
座っているうちに、私はふと思った。
「ただいま」
小さく、私は声に出した。
部屋の中に、私の「ただいま」だけが響いた。返事はなかった。返事はなかったけれど、その日の「ただいま」は、いつもの「ただいま」を言わないでいるアパートの、いつもの沈黙とはちがう響きを持っていた。
いつか返事がくるということを、私が信じ始めている。信じ始めた人の「ただいま」は、まだ返事が返ってこなくても、沈黙のなかでちゃんと響いた。
その日の「ただいま」を、私は誰にも話さなかった。話す相手もいなかった。それでも、私は知っていた。
私の中で、「ただいま」がひとつ増えた。




