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拝啓、語りの外へ  作者: おやゆびキング
影章 奈々未
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影章 奈々未 002

私が転校したのは、高校一年の終わりだった。


正確には一年の三学期が終わって、二年に上がるあいだの春休みに学校が変わった。春休みのうちに転校手続きを済ませて、二年の始業式に新しい制服で立った。同じ学区に通っていた友達は、誰も新しい学校にいなかった。


ひかりホームを出たのは、私が高校に上がるタイミングだった。


ホームから通える高校もあった。ホームの先生はそうしたほうがいいと言ってくれた。「ななちゃんは慣れた場所のほうがいいでしょう」。先生たちは私のことを「ななちゃん」と呼ぶようになっていた。中学生になるあたりから「奈々未ちゃん」が短くなって「ななちゃん」になった。


私は短くなった呼び方が好きだった。

短くなるということは、それだけ呼ばれている回数が多かったということだ。


それでも、私はホームから通うほうを選ばなかった。


理由をうまく言葉にできなかった。先生に聞かれて、私は「もう少し、自分で決めてみたい」と答えた。それは半分本当で半分嘘だった。本当のことは自分でもよくわからなかった。十五歳の私はいくつかの「決めたい」といくつかの「決めたくない」を抱えていて、それが混ざったまま、整理する方法をまだ知らなかった。


ホームを出るというのは、まず住む場所を変えるということだった。そして住む場所を変えるというのは、呼ばれる場所を変えるということだった。ホームには私を「ななちゃん」と呼ぶ人がいて、新しい場所には、まだ私を呼ぶ人がいなかった。


それでも、出た。


行政の支援を使って、施設の出身者向けの自立支援の枠で、小さなアパートに引っ越した。アパートと言っても六畳一間に小さなキッチンがついているだけの部屋だった。窓は一つあった。西向きで、夏の夕方には西日が差し込んで部屋が暑くなった。朝のやわらかい光が入る部屋では、なかった。それでも、私の窓だった。


新しい高校は、アパートから歩いて二十分のところにあった。


朝、私はその二十分を毎日同じ道で歩いた。同じ道を同じ時間に同じ歩幅で歩いた。歩いていると、まだ誰にも呼ばれていないということが少しずつ薄れていった。歩いている自分は、呼ばれていない自分でも、それなりに歩けていた。


始業式の朝、私は校門の前で一度立ち止まった。


校門の脇に掲示板があった。始業式の予定と新しいクラスへの振り分けと部活動の連絡が貼ってあった。私はクラス分けの紙の前に立って、自分の名前を探した。


吉野奈々未。


他校からの転入者として、二年二組の名簿に書き加えられていた。手書きだった。他の生徒の名前は印刷されていて、私の名前だけが先生の字でいちばん下に追加されていた。

二年二組。

私の最初の、新しいクラス。


私は、紙の上の自分の名前を指で撫でた。


つるつるしていた。手書きの黒インクはマジックだろう。指で撫でると、印刷の他の名前よりも少しだけ凹凸があるような気がした。気がするというだけだった。本当はない凹凸だったかもしれない。それでも撫でた。


撫でていると、本の背中を撫でていたころのことが思い出された。

ぐりとぐら。

私の指はずっと同じことをしているのかもしれないと思った。名前を、指で確かめている。私の名前も誰かの名前と同じように、ここにある。ただし、印刷の隣に書かれた手書きの名前は、ここにあると同時に、ここに後から付け足された名前だった。


「邪魔」


後ろから声がした。私と同じくらいの背丈の男子だった。同じ二年二組の名簿を見ようとしていたらしい。私は慌てて場所を譲った。男子は私を見もせずに紙に近づいて、自分の名前を確認して、行ってしまった。


「ごめんね」とは言わなかった。


私はその「ごめんね」を言わなかった分の空白を、しばらく見ていた。言わなかった人は、これから一年間、私と同じクラスにいる。言わなかったことを覚えているのは、たぶん私だけだ。


校門をくぐった。


新しい高校の、新しい校舎の、新しい廊下の、新しい教室。私の席は教室の後ろのほう、廊下側だった。転入者だから空いていた席に座らされた。窓側ではなかった。それでも、ありがたかった。廊下側からは、廊下を通る人の顔が見えた。顔が見えるということは、いつか名前を覚えられるということだ。




二年二組の最初の三ヶ月は、よく覚えていない。


覚えていないというのは、何もなかったということではない。たぶん何かはあった。でも何があったかを思い出そうとすると、輪郭がぼやけて、出来事と出来事のあいだの順番が混ざってしまう。新しい学校の最初の一学期は誰にとっても慌ただしくて、転入者の私には特に慌ただしかった。すでにできあがっている人間関係の中にひとりで入っていく余白を、私はうまく見つけられなかった。


それでよかった、と思っていた。


クラスの子たちは私のことを「吉野さん」と呼んだ。「奈々未ちゃん」でも「ななちゃん」でもなかった。それは仕方なかった。転入してきたばかりの子に、いきなり下の名前で呼びかける子はいない。距離を測っているあいだに、一学期が過ぎていった。


私もまた、誰のことも下の名前で呼ばなかった。私のほうから呼ぼうとして覚えようとしていた、というのも本当だった。私はクラスの三十二人の名前を、最初の一週間で全部覚えた。顔と名前を結びつけて、座席表の位置と結びつけて、声と結びつけた。


なぜそんなことをしたのか、当時はうまく説明できなかった。


いま振り返ると、たぶん、呼ぶ準備をしておきたかったのだと思う。


呼ばれるかどうかは相手次第だった。私が呼ばれるためには、相手が私を呼ぼうとしてくれる必要があった。それは私の手に届かないところで決まることだった。でも、呼ぶほうは違った。私が誰かを呼ぼうと思ったときにすぐ呼べるように、名前は覚えておけた。


それが、私にできることだった。


私が誰かを呼ぶ機会は、その一学期のあいだほとんど来なかった。それでも名前は覚えていた。覚えているという事実だけで、私はクラスの中に少しだけ場所を持っているような気がした。


夏休みになった。


夏休みは長かった。ホームを出てから初めての、ひとりで過ごす長い休みだった。ホームにいた頃の夏休みは長くなかった。先生たちがいて、年下の子たちがいて、用事がいくつもあった。アパートに帰っても、誰も「おかえり」と言わなかった。


「おかえり」を言ってもらえないということに、私は意外に動揺した。


自分が施設で育ったということを、ようやくちゃんと意識した瞬間だった。施設にいるあいだは、施設で育っているという言葉を自分に当てはめずに過ごせた。先生が「ななちゃん、おかえり」と言ってくれたから。自分が呼ばれているというそのことが、自分がどういう場所で育っているかを、私から少し遠ざけてくれていた。


ひとりのアパートに帰ると、呼んでくれる人がいなかった。

呼んでくれる人がいない、ということは、たぶん、これが私の人生のもとからの形なのだろうと、十六歳の春に初めてそう思った。


仕方ない、と思った。五歳のときに覚えた、あの「仕方ない」をもう一度使った。ひかりホームで覚えた最初の力が、十年経ってまた使えた。使えるということがわかってよかった。


夏休みのあいだ、私は本を読んだ。


アパートの近くに市の図書館があった。子供のころから本の背中を撫でることに慣れていた私は、本という物体には抵抗がなかった。中身を読むようになったのはひかりホームに来てからだ。読めるようになると、本のなかには本当に名前があった。撫でていたころに想像していたよりも、もっとたくさんの名前があった。主人公の名前だけじゃなく、脇役の名前も、町の名前も、知らない国の名前も、本のなかには書いてあった。


私は町の名前を覚えるのが好きだった。

行ったことのない町でも、名前を覚えていれば、いつか呼べる気がした。


夏休みのあいだに、私は知らない国の知らない町の名前を何十か覚えた。覚えても誰にも話す相手はいなかった。それでも覚えた名前は私のなかにあった。本の背中を撫でていた指は、いま、ページをめくっている。


夏休みが終わるころには、私は自分が施設出身だということを、もう動揺せずに受け止められるようになっていた。受け止められるというのは忘れたということではない。忘れていないけれど、毎朝それを思い出してから一日を始めなくてもよくなった、ということだ。


それで、二学期が来た。



二学期の始業式の朝、また校門の前の掲示板で名前を探した。


一学期のはじめと同じ場所、同じ姿勢で、同じように紙の前に立った。一学期のはじめと違ったのは、私の名前が手書きではなく印刷されていたことだった。他の生徒と同じ大きさの活字で、同じインクで、同じ場所に並んでいた。


吉野奈々未。

五十音の最後のほうに私の名前があった。

それを見て、私は少しだけ嬉しかった。


嬉しいというのが正しい言葉なのかどうか、当時はうまく言えなかった。手書きで付け足されているよりは、印刷で並んでいるほうがよかった、ということだ。一学期のはじめに「ここに後から付け足された名前」だった私が、ようやく「ここにもとからあった名前」のひとつになった。なったというより、なったように見えるようになった。中身は何も変わっていないことを私は知っていた。それでも見え方が変わるというのは、私にとって小さくないことだった。


二年二組の名簿には三十二人の名前があった。私はそのすべてを、一学期のうちに覚えていた。


二学期は、一学期よりも、もう少し余裕があった。


新しいクラスメイトに「吉野さん」と呼ばれるのは変わらなかったけれど、こちらから「○○さん」と呼びかける機会が少しずつ増えていた。班分けで一緒になった子、当番が一緒になった子、教科の発表で組まされた子。私は呼びかけるたびに、相手の名前を声に出して使った。


声に出して使うと、覚えているはずの名前が、もう一段、私の中に入ってきた。それは指で本の背中を撫でたときの感覚に少し似ていた。目で見るのと、口に出すのとでは、相手の名前の重さが違うような気がした。口に出した名前は、口に出しているあいだだけ、その子と私のあいだに細い線を引いた。


線は引いてもすぐに消えた。それでも、一度引いた線は二度目を引きやすかった。


そうやって二学期を過ごした。


私はクラスのほとんどの子の顔と名前を一致させていて、廊下ですれ違ったら声をかけることもできたけれど、声をかけられて返ってくる挨拶以上の会話は、まだ続かなかった。それで困ることはなかった。私は誰かと深く関わるのが苦手だったというよりは、深く関わるための手順を覚えていなかった。手順を覚えるには、手順を踏んだ経験が要る。経験がなかったから、覚えようがなかった。


ホームの先生は、私のそういうところを心配していたかもしれない、といまは思う。当時の先生たちは誰も「奈々未ちゃんは、もう少し友達を作ったほうがいい」とは言わなかった。言わないでいてくれたことに、私は気づかなかった。


二学期に入ると、私は学年の名前も少しずつ覚え始めていた。同じクラスの三十二人だけでなく、廊下ですれ違う他のクラスの子の名前も、二、三人ずつ増えていった。誰がどのクラスにいるかは、毎週貼り出される委員会の名簿や、廊下の落とし物の張り紙や、保健室の前に置いてある来室記録のメモから、こっそり覚えた。誰にも頼まれなかったけれど、覚えた。


そのなかに、二年四組の高原凪、という名前があった。


高原凪。


最初に見たのは、生徒会の掲示板に貼り出された名簿だった。役員の名前が一覧になっていて、書記のところに、二年四組・高原凪、と書いてあった。たかはら なぎ、と読むのだろうと思った。読み方が漢字一文字でわかるというのは、めずらしいような気がした。私は知らない国の知らない町の名前を覚えるのが好きな子だったから、漢字一文字で読み方が決まる名前は、覚えやすくて印象に残った。


私はその名前を、その日の帰り道に何度か頭の中で繰り返した。

たかはら なぎ。

たかはら なぎ。

意味は知らない。会ったこともない。声も、顔も、知らない。それでも名前は覚えた。


私が誰かを呼ぶ機会は、たいてい来ない。来ないということを、私はもう知っていた。それでも、覚えた。


覚えたあと、私は廊下を歩くときに、二年四組の方向をちらりと見るようになった。見て、何があるわけでもない。誰がどの席にいるかも、私はまだ知らない。それでも見た。覚えた名前と顔が一致しないままでいるのは、なんとなく落ち着かなかった。だから、いつか顔がわかるまで見続けていればよかった。


二学期の半ばに、文化祭の準備期間が始まった。


私のクラスは喫茶店をやることになった。四組はお化け屋敷だと聞いた。準備期間中、各クラスはそれぞれの教室で作業していて、廊下で他のクラスの様子が見えた。ある放課後、私は職員室にプリントを取りに行く途中で四組の教室の前を通った。ドアが半分開いていて、中で誰かが模造紙を広げていた。背は普通の、よく笑わない雰囲気の男子が、別の男子に何か説明していた。説明されているほうの男子が「たかはら、それ違うって」と言うのが、廊下まで聞こえた。


たかはら。


私は廊下を歩く速度を変えずに、教室の前を通り過ぎた。通り過ぎる一瞬で、説明していたほうの男子の顔を見た。それが、たぶん、高原凪だった。


たかはら、と呼ばれて返事をしている人。名前がその人のものになる瞬間を、私はようやく見た。


教室を通り過ぎてから、私は職員室まで歩きながら、頭の中でゆっくりとその名前を反芻した。


たかはら なぎ。


呼ぶ機会は来ない。それでも、覚えた。


そう思っていた、二学期の半ば。




秋になった。


文化祭が二週間後に迫り、十月の学校は出し物の準備で慌ただしい時期に入っていた。どのクラスも、放課後になると、何かを切ったり貼ったり運んだりしている。そういう時期は少し苦手だった。何かの準備の時期は、誰かの予定が他の誰かの予定に重なって、いろいろなことが動く。動くと、転入から半年ちょっとの私はついていくのに少し疲れた。慌ただしい教室から離れて静かなところに座っていられる時間のほうが、私には息がしやすかった。


だから私は、放課後に図書館に行く日が増えていた。


二年二組の教室と図書館は、校舎の三階の両端にあった。教室から図書館まで歩いて二、三分かかる。廊下を西に向かって歩いて、二年三組の前を通って、二年四組の前を通って、階段の踊り場を抜けて、もう一度廊下を歩いて、いちばん奥の図書館に入る。


二年四組の前を通る、というのが、なぜか習慣のように私の中にあった。


最初は、図書館に行くために通っていただけだ。しばらくしてから、二年四組の前を通るために図書館に行っているような気がし始めた。


そんなはずはなかった。私は本を読みに行っていた。本を読みたいから図書館に行っていた。途中に二年四組があるのは、ただ校舎の構造がそうなっていたからだ。


そう自分に言い聞かせながら、私は二年四組の前を通るたびに、横目で教室の中をちらりと見るようになっていた。


たいてい、見ても何もなかった。放課後は四組の生徒もほとんど帰っていた。教室は空っぽで、机だけがきちんと並んでいた。


それでも、たまに、誰かが残っていることがあった。たまに、その「誰か」の中に、たかはら なぎ がいることがあった。窓側のいちばん前の席でノートを広げていることもあれば、窓側の二番目の席で文庫本を読んでいることもあった。席が一定じゃない、というのが、私には少しだけ気になった。私はいつも同じ席にいる子だったから。


四組の前を通り過ぎて、図書館に入る。図書館で、私はいつも同じ席に座った。窓側の、いちばん奥の、四人がけのテーブルの、廊下と反対側の席。


その席が好きだった。窓があった。そして、図書館全体が見渡せた。誰かが入ってきたら、すぐに気づける席だった。


その日も、私はその席にいた。


水曜日の放課後だった。六時間目が終わって、十六時くらいだった。私は古い児童文学の本を一冊借りて、ページを開いていた。題名は思い出せる。「西の魔女が死んだ」だった。ホームで読んだことのある本だった。十六歳のときに読み直したくなって、また棚から取った。本の背中はつるつるしていて、撫でやすかった。


最初の一章を読み終えたあたりで、図書館のドアが開いた。


私は反射的に、入ってきた人の顔を見た。私はそういう癖がついていた。誰かが入ってきたら、顔を見て、頭の中で名前を呼ぶ。呼んで返事は来ないけれど、私は呼ぶことができた。


たかはら なぎ。


彼は私に気づかなかった。気づかないまま、棚のあいだに入っていった。私の席からは、棚の向こう側にいる彼の頭頂部が見えた。髪の色は、想像していたよりも、少しだけ茶色かった。


私は本に視線を戻した。戻したつもりだった。ページの文字が、急に読めなくなっていた。


意味は取れていた。日本語は読めた。それでも、読んだ文字が頭の中で像を結ばなかった。文字を目が追いかけているのに、頭の中では、たかはら なぎ、が繰り返されていた。


おかしい、と思った。


私は誰かの名前を覚えることに慣れていた。覚えた名前が頭の中を勝手に走り回ることはなかった。覚えた名前は、覚えた場所に置いておけた。そういうふうに私の頭はできていた。


なのに、その日は違った。たかはら なぎ、が、置き場所を持たずに走り回っていた。


棚の向こうから、本を引き出す音がした。ぱさり、と背表紙が並びから動く音。そのあと、彼が棚の前にしゃがんだのが、棚のあいだのすき間から少しだけ見えた。選んでいるのだろう。私は彼が何の本を取るのかを、なぜか知りたくなった。知ってどうするわけでもない。それでも知りたかった。


しゃがんでいる彼の指が、棚の本の背中に触れているのが、たぶん見えた。指で背中を撫でていた。私と同じだった。


それを見た瞬間、私の中で何かが起きた。何が起きたのか、当時の私には説明できなかった。いま振り返っても、説明できる気はしない。ただ、彼の指の動きを見たときに、私はこの人を呼びたい、とはっきり思った。


呼びたいと思っただけで、呼ぶ手段はなかった。私は彼を知らない。彼は私を知らない。私たちは同じ高校の同じ学年の別のクラスにいるだけで、それ以上ではなかった。


呼べないまま、私は本に視線を戻した。


しばらくして、また棚の向こうで音がした。今度は、本が滑り落ちる音だった。ぱさり、ではなくて、どさっ、だった。彼が棚から本を引き出したときに、隣の本が一緒に傾いて、こちら側へ落ちたのだった。


落ちた本は、私の足元の、すぐそばに転がっていた。


棚の向こうから、声がした。

「すみません、拾ってもらえますか」


たかはら なぎ の声を、初めて聞いた。低くも高くもない、ふつうの声だった。それでも、私の頭の中の「たかはら なぎ」と、いま聞いた声が、ようやく結びついた。


私は、その本を拾い上げた。


拾い上げながら、首が少し右に傾いた。私はずっと、相手の話を聞くときに首を少しだけ右に傾ける癖を持っていた。この癖は、ひかりホームで年下の子の話を聞くときに身についた。目線の高さを合わせるための首の傾きだった。


棚の向こうの彼は、当然、私の顔を見ていなかった。棚があったから、見えるはずがなかった。それでも、私は首を傾けた。


私は、棚の中段のすき間から、その本を彼の側へ差し出した。手だけにでも、ちゃんと、渡しますよ、と伝えたかった。すき間の向こうで、彼の手が本を受け取った。


「ありがとう、ございます」


棚の向こうで、彼がそう言った。言われて、私のほうが、すこしだけ、どきりとした。お礼を言われ慣れていない、というのも、あったのかもしれない。


名前と、顔と、声と、指の動きが、私の中で一つの像になった。


像になった瞬間、私は、もう少しだけ、首を右に傾けた。

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