影章 奈々未 001
私が三歳のころ、母は何度も家を出ていった。
朝ごはんの後に出ていくこともあったし、夜中に出ていくこともあった。「行ってくる」と母は言った。たぶん。本当にそう言ったのか、それとも後になってそう聞こえるように記憶を整え直したのかは、もうわからない。「行ってくる」は短くて、軽くて、また帰ってくる前提の言葉だ。
実際、母はいつも帰ってきた。
帰ってくるたびに、母は私を抱き上げた。その腕はいつも少し冷たかった。冬じゃない日も冷たかったから、外の空気のせいではなかったのだろう。母の腕の冷たさが、最初に覚えた感触のひとつだ。あたたかいよりも先に、冷たいを覚えた。
「ただいま、奈々未ちゃん」
母は名前を呼んだ。奈々未ちゃん、奈々未ちゃん、と何度も呼んだ。呼ばれるたびに、自分はちゃんとここにいるんだという気がした。
ある日、母が「行ってくる」と言って、帰ってこなかった。
帰ってこないとわかったのは、その日ではない。数日後でもなかったと思う。もっとあとだ。父が黙って私の前にしゃがんで、「お母さんは、もう帰ってこないんだよ」と言った日。父の声はやわらかかった。やわらかい声でやわらかくないことを言う、というのを、そのとき初めて知った。
「どうして?」
「いろいろあって」
「いろいろって」
「大人の話」
父はそれ以上説明しなかった。説明できなかったのかもしれないし、したくなかったのかもしれない。三歳の私はまだ、説明したくないという気持ちがあることを知らなかった。だからもう一度聞いた。
「お母さん、どこ?」
父は、答えなかった。
父の沈黙の中に、最初の「呼ばれない名前」を見つけた気がする。当時の自分がそんなふうに言葉にできたわけではなく、いま振り返ってあのときの感じを名づけ直すと、こうなる。
そのときから、奈々未という名前を呼ぶ人がひとり減った。
二人だったのが、ひとりになった。
施設に入る前に、いくつかの家を泊まり歩いた。
最初は父方の祖父母の家だった。広い家だったと思う。畳の部屋がたくさんあって、廊下が長かった。祖母はやさしかった。祖父は怖くはなかったけれど、目が合うとどこかへ行ってしまった。後でわかったことだが、祖父は私が母に似ていたらしい。母に似た顔と目が合うと、祖父は黙ってしまうのだった。
祖母は「奈々未ちゃん」と呼んだ。一日に何度も呼んだ。だから祖母の家にいた間は、まだ二人だった。父と祖母。母がいなくなってからの私の世界は、二人の声で成り立っていた。
祖父母の家を出ることになったとき、私は何も聞かされなかった。父が車に荷物を積んで、私を後部座席に乗せた。チャイルドシートのベルトを止めるのは父の手だった。父の手は祖父の目とは違って、私から逃げなかった。逃げなかったけれど、何も言わなかった。
「どこ行くの」
「お父さんの友達のとこ」
「お母さんいる?」
「居ないよ」
そのときから、いない、というのが家族にも使う言葉なんだと知った。それまで「居ない」は、買い物に行っているとか、トイレに入っているとか、そういう短い居ないにしか使わない言葉だと思っていた。
父の友達は「鈴木さん」と呼ばれていた。鈴木さんは私のことを「お前」と呼んだ。
「お前、寿司食べられるか」
最初に鈴木さんが私にかけた言葉がそれだった。寿司が何かは知っていた。食べられるかどうかは、たぶん食べたことがなかったからわからなかった。私は黙っていた。鈴木さんは答えを待たずに、「まあいいや」と言った。
それから一週間か二週間か、それくらい鈴木さんの家にいた。鈴木さんの家には大人が三人いた。鈴木さんと、鈴木さんの奥さんと、鈴木さんのお母さん。三人とも私に話しかけてくれたけれど、誰も「奈々未ちゃん」とは呼ばなかった。
鈴木さんは「お前」と呼んだ。
奥さんは「あの子」と呼んだ。私の前で他の人に話すとき、「あの子、ご飯食べた?」とか、そういう呼び方だった。
お母さんは私を見ると、目を細めて何も言わなかった。何も言わない呼び方というのもあるんだ、と思った。
鈴木さんの家の窓から、夕方の空が見えた。窓のそばに座って空を見ていると、奥さんが「ご飯よ」と呼びにきた。「奈々未ちゃん」とは呼ばなかった。それでも私は立ち上がった。立ち上がるのが自分の役目だと思ったから。
鈴木さんの家を出るとき、父は私と一緒に車に乗らなかった。
「お父さんは、お仕事があるから。次のところで、また会えるからね」
奥さんがそう言って、私を別の人の車に乗せた。別の人は父の親戚だと言っていたけれど、顔は覚えていない。覚えているのは、その人が運転中に一度も私に話しかけなかったということだけだ。
二人だったのが、ひとりになった気がした。父はまだいるはずだったけれど、その日から父も「いない」になった気がした。「いない」の意味が、また少し広がった。
施設に着いたのは、五歳の春だった。
桜が咲いていたから、春だとわかった。施設の前に小さな庭があって、桜の木が一本立っていた。古い木で、根元の地面が少しだけ盛り上がっていた。私を連れてきたのは、あの親戚の人ではなかったと思う。誰だったかは、もう覚えていない。覚えていないということは、その人も私に話しかけなかったということだ。話しかけられた人は覚えている。話しかけられなかった人は、覚える糸口がない。
施設の名前は「ひかりホーム」だった。
入り口の上に木の板が掛けてあって、そこに丸い字で書いてあった。読めなかった。「ひ」も「か」も「り」も、まだ字としてはわからなかった。それでも、丸い字だな、と思った。後で字が読めるようになってから、その看板を見上げる癖がついた。読めるようになってからの方が、なぜか看板は遠く見えた。
中に入ると、廊下にスリッパが並んでいた。大人のスリッパと、子供のスリッパ。子供のスリッパには名前が書いてあった。「ゆうき」「あいり」「けんと」「みお」。文字は読めなかったけれど、子供のスリッパには絵がついていた。星の絵、犬の絵、車の絵。
エプロンをつけた女の人が来た。
三十代くらい。怖くはなかった。怖そうな顔をしていなかったから。先生は私の前にしゃがんで、目の高さを合わせた。
「奈々未ちゃん、今日からここにいるんだよ。よろしくね」
先生は名前を呼んだ。
ずいぶん久しぶりに、名前を呼ばれた。
私は何も言えなかった。返事の仕方を忘れていた、というのは大げさかもしれないけれど、声を出そうとして出なかった。先生はそれを待ってくれた。待ったまま、私の答えを急がせなかった。
「これからね、いっぱい楽しいことしようね、奈々未ちゃん」
先生はもう一度名前を言った。
「うん」
私はようやくそう言えた。「うん」しか言えなかった。「うん」だけでよかった。先生は微笑んだ。
その夜、初めてお布団で寝た。
布団は固かった。家のベッドより固かった。家のベッドがどんなだったかもう正確には思い出せないけれど、ここの布団より柔らかかった気はする。本当はそんなに変わらなかったのかもしれない。違うものに来た夜は、何でも違って感じる。
天井を見た。
知らない天井だった。鈴木さんの家でも、親戚の家でも、知らない天井をいくつも見てきたけれど、見るのに慣れることはなかった。慣れるというのは知っているものが増えることだから、毎回新しい知らないものを見ていたら、慣れる順番が来ない。
部屋には他に五人の子供が寝ていた。みんな寝ていた。寝息の音が、ばらばらだった。同じ音じゃないということが、なぜかそのとき少し安心するような、寂しいような気がした。みんな違う夢を見ているんだろう、と思った。違う夢を見ている人たちと、同じ部屋で寝ている。
明日の朝、先生はまた「奈々未ちゃん」と呼んでくれるだろうか。
そのことだけを考えて、目を閉じた。
先生は私の名前を呼んでくれた。
朝、先生は「奈々未ちゃん、起きて」と呼んだ。「奈々未ちゃん、ご飯だよ」と呼んだ。「奈々未ちゃん、お皿はそっち」と呼んだ。一日のうちに何度も呼んでくれた。その先生だけじゃなく、他の先生たちも、「奈々未ちゃん」と呼んでくれた。
呼ばれるたびに、自分がここにいるんだ、と思った。母が呼んでくれたときと、似ているような、違うような感じだった。母の呼び方は、私だけに向けられている感じがした。先生の呼び方は、私にも向けられているし、他の子にも向けられている同じ調子の呼び方だった。
それでも、呼ばれないよりは、ずっとよかった。
施設には、図書コーナーと呼ばれている場所があった。
正確には、部屋ではなくて、廊下の突き当たりにある低い本棚二つの前のスペースだった。床に古い座布団が三枚並べてあって、子供が二人くらい座ると、もう三人目は座れなかった。それでも誰かが「図書コーナーに行ってくる」と言って向かう場所だったから、図書コーナーだった。
最初に図書コーナーに連れて行ってくれたのは、年上の女の子だった。
「ななみちゃん、こっち」
その子は私を呼ぶときに「ちゃん」をつけてくれた。「お前」でも「あの子」でもなく、「ななみちゃん」と呼んでくれた。それだけで、その子のことを少し好きになった。
その子の名前はあかりちゃんといった。私より三つ上の八歳で、施設ではいちばん本を読む子だった。あかりちゃんが私を図書コーナーに連れて行ったのは、新しく来た子を案内するのが上の子の役目だったからだろう。あかりちゃんは案内が終わると、自分は自分で本を取って読み始めた。私のことは、もう見ていなかった。見ていなかったけれど、邪魔にもしなかった。
私は本棚の前に立った。
字が読めなかった。
字が読めない子供が本棚の前で何をするか、当時の私は知らなかった。知らなかったから、適当にやった。手を伸ばして、いちばん背の高そうな本に指を触れてみた。冷たかった。本の背中というのは、思っていたよりつるつるしていた。指の腹で撫でると、文字の凹凸がほんの少し感じられた。読めない文字だったけれど、文字がそこにあるということは、指でわかった。
「ここに、なんて書いてあるの」
私はあかりちゃんに聞いた。
あかりちゃんは顔を上げないで答えた。「ぐりとぐら」
「ぐりと、ぐら?」
「主人公の名前。ねずみだよ」
ねずみ、と言われても、その本に何が描いてあるかわからない。表紙を見たくて本を引き出そうとしたけれど、隣の本まで一緒に倒れてきて、慌てて押し戻した。あかりちゃんは顔を上げた。それから、何も言わずにまた本に戻った。
私は本を引き出すのをやめた。
代わりに、もう一度、背中を指で撫でた。
そこに、名前があった。
ぐりとぐらの、名前があった。
私がまだ読めないだけで、ここに、誰かの名前があった。
指でなぞっているあいだ、私はずっと、自分の名前のことを考えていた。
自分の名前は、どこにあるんだろう。
先生たちが呼んでくれる。あかりちゃんも呼んでくれる。呼ばれているのだから、私の名前はちゃんとあるはずだった。あるはずだったけれど、それが書かれている場所を、私はまだ知らなかった。
母の家にあったかもしれない。
父の今いる家にあるかもしれない。
鈴木さんの家にも、親戚の家にも、私の名前は書かれていなかっただろう。スリッパには「ななみ」と書いてもらってある。先生がマジックで書いてくれた。それは私の名前だ。私の名前だけれど、私のスリッパは私以外にも何人かが履けるサイズで、たまに他の子が間違って履いていた。
本の背中に書かれている名前は、ぐりとぐらだけのものだった。
他の誰も、ぐりとぐらのふりはしなかった。
私はそれから、字が読めない時期の長いあいだ、図書コーナーに行くたびに本の背中を指で撫でた。読むためじゃなくて、撫でるためだった。本のなかには名前がある。私が知らないだけで、ちゃんとそこにある。撫でていると、そのことが指の腹を通じて確かめられた。
字が読めるようになってからも、その癖はやめなかった。読めるようになってから、撫でることの意味は少し変わった。読めるなら、目で見ればいい。それでも私は撫でた。目で見るのと、指で撫でるのとでは、本の中の名前の重さが違う気がした。指で撫でた名前は、撫でているあいだだけ、私のものになる気がした。
そんなことを考えていたなんて、当時の私は知らなかった。
指は、知っていた。
ひかりホームには、廊下の途中に大きな窓があった。
東側の窓だった。朝になると陽が入って、夕方には反対側に陰る。子供たちはあまりその窓のそばに行かなかった。理由は別にない。子供たちは食堂と遊戯室と寝室を行ったり来たりして、廊下はただ通過するだけの場所だった。だから、窓のそばに長く立っているのは、たいてい私だった。
最初に立ったのは、引越して一週間か二週間目だった。
朝、食堂に向かう途中だった。みんなが先に行ってしまって、私はひとり廊下に残った。なぜ立ち止まったのかは覚えていない。窓の外に何かがあったわけではない。隣の家の屋根と、空と、電線が見えるだけだった。それでも私は立ち止まって、窓の外を見た。
窓の外には、母がいなかった。
ここに来てから初めて、母のことをはっきり思った。それまで思っていなかったわけではなくて、思うほどの形をまだ持っていなかった。ここに来て、新しい人たちと新しい場所に少し慣れて、慣れた分だけ、慣れていないところの輪郭がはっきりした。母は、慣れていないところにいた。
窓の外を見ていると、母がそこにいない、ということがよくわかった。
部屋の中にもいなかった。廊下にもいなかった。それは知っていた。でも、窓の外にも、いなかった。窓の外は知らない場所だったから、もしかしたら知らない場所にはいるかもしれないと、心のどこかで思っていたのだ。窓の外を見て、いないことが確かめられて、私はそこにいないということと、ここにもいないということを、同時に知った。
それから、私は窓のそばに立つようになった。
立っていると、先生が通りかかって「奈々未ちゃん、どうしたの」と声をかけてくれることがあった。「ううん」と私は答えた。先生はそれ以上聞かなかった。聞かないでくれたのが、ありがたかった。「ううん」のあいだ、私は窓の外を見ていればよかった。
窓の外は、母がいない場所だった。
窓の中も、母がいない場所だった。
両方とも母はいなかったけれど、窓があると、それを境にして「外」と「中」が分かれた。分かれているということが、なぜか少し落ち着いた。
私はずっと「中」にいた。「外」を見ていた。
母も、「中」にいた。私が知らない、別のどこかの「中」に。
窓は、私と母のあいだに、たくさんあった。
そのたくさんの窓のどれかひとつに、母も今、立っているかもしれないと、私は時々考えた。
母が私のことを考えてくれているかどうかは、わからなかった。
考えていなくても、それは仕方ないと思った。
仕方ないと思える、ということが、ひかりホームに来てから私が手に入れた最初の力だった。
ある日、あかりちゃんが廊下を通りかかった。
「ななみちゃん、またお外?」
そう聞いた。
「うん」
「何見てるの」
「べつに」
あかりちゃんは「ふうん」と言って、行ってしまった。
行ってしまったあかりちゃんの背中を、私は窓の反射越しに見た。窓に映ったあかりちゃんが、廊下の奥に小さくなっていった。映っているということは、私はちゃんとここにいる、ということだ。窓は、外を見せると同時に、中を映していた。中の私と、中のあかりちゃんが、両方そこにいた。
私はそのとき、窓のことが好きになったのだと思う。
窓の外に母はいなかった。
窓の中に私はいた。
それで、たぶん、よかった。
その夜、私はまた天井を見た。
最初の夜より、ほんの少しだけ、天井が知っているものに見えた。
ほんの少しだ。それでも、ほんの少しだった。
明日もたぶん、「奈々未ちゃん」と呼ばれるだろう。
明日も、窓の外に母はいないだろう。
そのふたつのことを並べて考えてから、目を閉じた。
呼ばれる名前と、いない母。
そのふたつのあいだで、私は眠った。
そのふたつのあいだで、これからずっと生きていくのだろうと、五歳の私は知らなかった。
知らないまま、眠った。
知らないまま眠れたのが、いちばんよかったことだったかもしれない。




