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序章036

本日二話目です。

 ナスレスクが、わざとらしくこほんと咳払いをする。


 子どもの咳払い。小さな拳を口の前に持ってきて、こほん。芝居がかった仕草。この場面を楽しんでいることが、隠す気もなく伝わってくる。


「じゃあ、あげるのさ」


 三本指を立てたまま、ナスレスクが一歩近づく。


 足音がない。石の床の上を歩いているのに、足音が聞こえない。子どもの体重なら音が小さいのは当然かもしれない。でもそういうレベルの無音ではない。音そのものが存在しない。足が床に触れていないのかもしれない。触れているように見えて、実際には一ミリ浮いているのかもしれない。


 近づいてくると、匂いがする。


 冷たい匂い。石の匂いとも、空気の匂いとも違う。形容しにくい匂い。強いて言えば、真冬の早朝、雪が降る直前の空気に似ている。水分を含んでいるのに、乾いている。温度がないのに、存在感がある。それがナスレスクの匂い——この存在が纏っている空気の匂い。


 人間の匂いではない。当然だが。生物の匂いですらない。生きているものから発する匂いとは、根本的に違う。


「ひとつ——無限の語りの力」


 ナスレスクが言う。


 足元の魔法陣が淡く光る。欠けた線が繋がるのではなく、残っている線だけが光る。壊れたまま光っている。不完全な光。でも光。


 胸の奥に——


 何かが開く。


 心臓の少し裏側。胸骨の奥、肺と肺の間のどこか。物理的な位置としてはそのあたり。でも物理的な感覚ではない。内臓が動いたのではない。何か別のものが動いている。


 器が穿たれる。


 底も果ても見えない、暗く深い器が、体の内側に開いていく。穴が広がるように。井戸が掘られるように。どこまでも深く、どこまでも広く、空間が体の中に生まれていく。


 だがそこに満ちるものは、ほとんどない。


 空っぽ。


 空っぽなのに、どうしようもなく広い。抜けた歯の跡に舌を押し当てたときの感覚に似ている。そこにあるはずのものがない。でもその「ない」の輪郭だけが、異様にはっきりしている。器の形はわかる。器が自分の中にあることもわかる。でも中身がない。空の容器。巨大な、底のない空の容器が、胸の奥に嵌め込まれている。


「君の内には、どれほど語っても涸れない器をあげる」


 秘密を囁くような声でナスレスクが言う。子どもの声なのに、囁きが深い。石造りの広間に反響するはずの声が、俺の耳にだけ届いている。


「もちろん、最初から満ちてるわけじゃないのさ」


 愉快そうに笑う。


「最初はほとんど空っぽさ。自然に増えるのを待つか、自分で鍛えるかしかない。まあ、頑張ってね」


 頑張ってね、と言う。軽い。人の人生を壊しておいて、力をやるから頑張れと言う。教師が生徒に宿題を出すような口調。だが宿題の内容は、神殺し。


 俺は黙ってその感覚を確かめる。


 確かにある。何かが開いている。底が見えない。広い。でも空。今は空。何をどうすれば満ちるのかもわからない。「語りの力」という言葉も、具体的に何を意味するのかわからない。語るとは何か。力とは何か。この世界における「語り」とは何か。


 わからないことだらけ。でも確かに、何かが体の中に増えている。増えているのではなく、空間が増えている。中身のない空間。これから何かで満たされるべき空間。


 空だということが、逆に気持ち悪い。これほど広い器が自分の中にあって、今は何も入っていない。空の水瓶を腹の中に抱えているような違和感。


「ふたつ——あらゆる語りを読む力」


 ナスレスクが二本目の指を折る。


 今度はこめかみの奥で、何かが弾ける。


 弾ける、という表現は正確ではない。開く、でもない。起動する、が近いかもしれない。こめかみの奥——脳の側頭葉のあたり——で、使われていなかった回路が起動する感覚。今まで閉じていた扉が開く感覚。


 情報が、流れ込んでくる。


 砕けた円卓の亀裂。その亀裂の深さ。角度。広がり方。いつ入った亀裂か。何の力で入った亀裂か。床の焼痕。焼けた温度。焼けた時期。焼いた力の種類。天井の星屑の光。その光の波長。強さ。配置。ナスレスクの立ち位置。距離。呼吸のリズム。声の周波数。視線の角度。


 全部が同時に入ってくる。


「っ……!」


 頭が割れる。


 割れそうになるのではなく、割れている。物理的に頭蓋骨が割れているわけではないが、中身が割れている。処理能力の限界を超えた情報が、一斉に押し寄せている。ダムが決壊したように。全方向から、全種類の情報が、同時に頭に入ってくる。


 膝が折れる。


 折れそうになるのを、歯を食いしばって堪える。右手で床を突く。手のひらに石の冷たさが伝わる。左膝が床に着く。視界がぶれる。二重になる。三重になる。ナスレスクの姿が三つに見える。三つのナスレスクが、三つとも笑っている。


 吐き気がこみ上げる。


 胃の中のものが上がってくる。でも胃の中には何もない。カップ麺を食べたのが最後で、それも消化されている。空の胃が収縮する。何も出ない。出ないのに、吐こうとする。体が拒絶している。入ってくる情報の量を、体が拒絶している。


 広間の情報が、全部同時に押し寄せてくる。床の模様の一本一本。線の太さ。線の深さ。欠けた部分の形状。天井の星屑の数——数えきれない。数えきれないのに、数えようとしている。頭が勝手に数えようとしている。止められない。


 ナスレスクの呼吸のリズム。吸う長さ。吐く長さ。吸うときの胸郭の動き——あるのか。この存在に胸郭はあるのか。子どもの体をしているが、本当に呼吸しているのか。呼吸しているように見えるだけなのか。その「見えるだけ」と「本当にしている」の区別が、今の俺には——


 処理できない。処理できない。処理する器官が追いつかない。


「あは。まだ早いか」


 ナスレスクがけらけらと笑う。まるで転んだ子どもを見るような笑い方。赤ん坊が初めて歩こうとして転ぶのを見て、微笑ましく笑う大人の笑い方。でもそこに微笑ましさはない。あるのは愉悦だけ。


「でも大丈夫。少しずつ慣れていけばいいのさ。最初はみんなそうなるよ」


 みんな。前にもいた。前の「招待された子」たちも、同じようになった。


「無理に使おうとすると頭が壊れるから、気をつけてね」


「……壊れるとはどういうことだ」


 床に手をついたまま、掠れた声で聞く。


「廃人、かな」


 あっさりと言う。


「廃人」


「うん。最悪の場合ね。読むべきでないものを読んでしまったり、処理できない量を一度に読んだりすると、頭の回路が焼き切れるのさ。戻らないよ」


 戻らない、という言葉を、天気予報のような口調で言う。


「でも君なら大丈夫だと思うのさ。少しずつ鍛えていけば」


 俺は黙って、頭痛をやり過ごす。


 少しずつ、情報の洪水が引いていく。ダムが決壊した直後の濁流が、少しずつ水位を下げていくように。引いてみると、ほんの少しだけ、複数のことを同時に処理できている感覚がある。ほんの少し。今までは一つのことしか同時に考えられなかった。それが、二つ、三つ、同時に処理できる感覚がある。微かに。


 それでも頭痛はひどい。こめかみが脈打っている。血管が膨張している感覚がある。目の奥が熱い。


「みっつ——新たな語りを紡ぐ力」


 最後の指を折る。


 喉の奥に熱が走る。


 焼ける。喉の奥が焼ける。叫びそうになる。歯を食いしばる。唇を噛む。血の味がする。自分の唇を噛んで、血が出ている。


 頭のどこかに、無数の線が浮かぶ。


 線。構造。骨格。術式という言葉が浮かぶが、術式が何かはわからない。法則という言葉が浮かぶが、何の法則かはわからない。この世界の物理法則ではない何か。言語でもない何か。数式でもない何か。もっと根源的な何か。世界を構成している、最も基本的な要素の一端が、まだ生まれる前の卵みたいに頭の中に沈んでいる。


 何かを作れる気がする。


 今すぐではない。今はまだ、その「何かを作れる気がする」という感覚だけがある。何を作るのかわからない。どうやって作るのかもわからない。でもそれが確かにある。この世界に存在しない何かを、自分の手で作ることができるという予感が。


「誰も知らない語りを、世界に書き足すための力なのさ」


 ナスレスクが満足そうに微笑む。


「君ならきっと、上手に紡いでくれると信じてるのさ」


 信じてる、と言う。この存在が何かを「信じる」ことがあるのかどうか。信じるという感情を持っているのかどうか。持っているとしたら、それは人間の「信じる」とは全く別のものだろう。


 その言い方が気に食わない。まるで俺がこいつの期待通りに動くとでも思っているような言い方。俺が三つの力を受け取って、こいつの用意した世界で、こいつが楽しめるような物語を演じる——そう思っている口調。


「期待するな」と俺は言う。床から手を離して、立ち上がる。膝がまだ震えている。頭痛がまだ残っている。でも立つ。


「おまえを殺すために使う」


「うんうん」とナスレスクは言う。嬉しそう。「それでいいのさ」


 それでいい。俺がこいつを殺そうとすることすら、こいつの楽しみの範疇に入っている。俺の怒りも、俺の憎しみも、俺の復讐心も、全部こいつの娯楽。


 わかっている。わかっていて、それでも殺す。こいつの娯楽に乗せられていると知っていて、それでも殺す。他に道がないから。


 息が荒い。頭痛がひどい。胸の奥は冷たいのに、喉だけが焼けるみたいに熱い。


 なのにわかる。


 こいつは今、とんでもないものを俺の中に押し込んだ。


 一つ目——涸れない器。今は空。でも底がない。どれだけ注いでも溢れない器。

 二つ目——読む力。今は使えば頭が壊れる。でも鍛えれば、世界のすべてを読み取れるかもしれない力。

 三つ目——紡ぐ力。今は何も作れない。でも卵がある。いつか孵る卵。


 この三つが揃えば、何かができる。今すぐではない。時間がかかる。途方もなく時間がかかるかもしれない。でもこの三つが揃っているなら、いつかこいつに届く可能性がある。


 それだけわかる。



 ナスレスクが、わざとらしくこほんともう一度咳払いをする。


 広間の空気が、ぴたりと張りつめる。


 それまでの軽い空気が、一瞬で変わる。ナスレスクが意図してそうしたのか、この空間そのものが反応したのか。床の魔法陣が一斉に光を帯びる。壊れた線も、残っている線も、全部が光る。砕けた円卓の縁を、淡い光が走る。光は金色に近い。温かそうに見えるが、温度は感じない。


 白い席の亀裂の奥の微かな光が、少しだけ強くなる。紅い席のねじ曲がった翼が、光を受けて鈍く反射する。黒い席の空洞が、光の中で影を濃くする。緑の席の蔦が、光の中で一瞬だけ生きているように揺れる——錯覚かもしれない。


 乳白色の椅子だけが、変わらない。光を受けても、光を放っても、何も変わらない。最初から最後まで同じ。


 ナスレスクが両手を広げる。


 まるで舞台の幕を上げる役者のように。観客席に向かって、演目の始まりを告げる役者のように。小さな体。子どもの体。その体で両手を広げると、マントを翻した王のように見える。マントはないが、動作にそれだけの演劇性がある。


「さあ、お行きなさい。タカハラナギよ」


 子どもっぽいのに妙に澄んだ声が、広間の隅々まで響く。石の壁に反射して、何重にも重なって響く。残響が尾を引く。声が消えた後も、空気が震えている。


「君の望みを叶えるための試練を用意したよ」


 試練、という言葉を、プレゼントを渡すような声で言う。


「願わくば打ち勝ち、君の人生に幸多からんことを」


 祝福の言葉。形式上は祝福。だがその言葉を発しているのは、俺の人生を壊した張本人。退屈だったから壊した存在が、「幸多からんことを」と言う。皮肉というにはあまりに自然に言っている。皮肉のつもりで言っていないのかもしれない。本気で祝福しているのかもしれない。本気で祝福しながら、同時に本気で楽しんでいるのかもしれない。


 その両方が同時に存在し得る。


 人間には理解できない構造。善意と悪意が同時に本物である存在。祝福と加虐が同じ口から出る存在。矛盾しているが、矛盾が成立している。


 足元から光がせり上がる。


 床の魔法陣から。壊れた線の隙間から。光が足首を包み、膝を包み、腰へと上がっていく。温かくも冷たくもない光。白い光。いや、白ではない。色がない光。色がないのに見える光。


 体の輪郭がほどけていく感覚がある。


 指先から。指先が光に溶けている。溶けるという表現は正確ではない。消えるのでもない。分解されている。体を構成しているものが、一つ一つ解かれていく。痛みはない。感覚もほとんどない。ただ、自分の体の境界線が曖昧になっていく感覚。ここまでが自分で、ここからが外、という区別が薄れていく。


 怖い。


 怖いが、止められない。止める方法がわからない。止める必要があるかどうかもわからない。これがナスレスクの「送り出し」なら、受け入れるしかない。他に道はない。


 光が胸まで上がってくる。


 胸の奥にある器が、光に触れる。空の器。底のない器。光が器の縁に触れた瞬間、器がほんの少しだけ振動する。響くような振動。空の容器を指で弾いたときの音に似ている。甲高い、澄んだ音。


 光が首まで上がる。顎を包む。頬を包む。


 視界が白くなっていく。広間の景色が薄れていく。壊れた席が遠くなる。砕けた円卓が遠くなる。ひび割れた床が遠くなる。天井の星屑が遠くなる。


 でもナスレスクの姿だけは、最後まで見える。


 乳白色の椅子の前に立つ、幼い俺の姿をした存在。両手を広げたまま。笑っている。嬉しそうに。楽しそうに。底意地が悪く。無邪気に。


 それでも俺は最後まで、ナスレスクを睨んでいる。


 目だけが残る。体の輪郭はほとんど消えている。指先も、手も、腕も、足も、光に溶けている。でも目だけが残っている。目だけがナスレスクを見ている。


 絶対に忘れない。


 その顔も。その声も。その笑い方も。退屈だから壊した、という言葉も。運命がキライ、という言葉も。「そういうことにしてあげるのさ」という言い方も。


 全部覚えている。覚えたまま、おまえの世界へ行く。覚えたまま、力をつける。覚えたまま、おまえを殺す。


 光が視界を呑み込む。


 砕けた神々の間が遠ざかる。ひび割れた白。傾いた円卓。壊れた神座。欠けた床の紋様。そのすべての中心で、乳白色の椅子の前に立つ幼い俺が——ナスレスクが——嬉しそうに手を振っている。


 小さな手。子どもの手。ばいばい、と言うように振っている。友達を見送るように振っている。


 また会えるよね、と言っているように。


 光が全てを呑む。


 白。


 白の中に、一瞬だけ——


 匂いがする。


 冷たい匂い。ナスレスクの匂い。真冬の早朝の、雪が降る直前の空気の匂い。それが最後に残って——


 消える。


 俺の体が、どこか別の世界へ投げ出される。



 神々の間に静寂が戻る。


 誰もいなくなった神々の間に、光の残滓がしばらく漂っている。魔法陣の光は消えかけている。一本ずつ、線の光が薄れていく。灯りが消えるように。蝋燭が燃え尽きるように。


 砕けた円卓。壊れた神座。欠けた床の紋様。


 この広間は、長い時間をかけて壊れてきた。これからも壊れ続ける。白い席の亀裂は少しずつ広がっている。紅い席の翼はもう少しで完全に折れる。黒い席の空洞は増え続けている。緑の席の蔦は年ごとに深く食い込んでいる。


 壊れることに、ナスレスクは興味がない。壊れるものは壊れる。時間が過ぎれば、形あるものは崩れる。それは自然の摂理であって、悲しむことでも嘆くことでもない。


 ナスレスクは乳白色の椅子に腰かける。


 座り心地は、いつも通り。何千年座っても、何万年座っても変わらない。この広間で唯一、時間の影響を受けないもの。ナスレスク自身と同じように。


 足をぶらぶらさせる。


 床に届かない足。子どもの足。短い脚が椅子の前で揺れている。ぶらぶら。ぶらぶら。リズムがある。考えごとをするときのリズム。


 ナスレスクは、光を失った魔法陣を見つめている。


 タカハラナギ。


 あの目が良かった。


 憎しみと怒りと、それでも諦めない執着。あの目の色が、ナスレスクは好きだった。整った人生を壊したとき、最初は絶望する。そして怒る。そして、それでも立ち上がろうとする。


 その過程が——大切なのだ。


 ナスレスクは足の揺れを少し速くする。


 わくわくしている。


 子どもが遠足の前夜に眠れないときのような、わくわく。明日何が起きるだろう。タカハラナギがあの世界で最初に見るものは何だろう。最初に食べるものは何だろう。最初に出会う人間は誰だろう。


 全部が楽しみ。全部がナスレスクの物語。


 ——いや、違う。タカハラナギの物語。ナスレスクはただ見ている。見ているだけ。手を出すこともある。でもそれは、物語がより深くなるための介入であって、ナスレスクが主人公なのではない。


 主人公はタカハラナギ。


 ナスレスクは——観客。


 最も近い場所にいる、最も古い観客。


 ナスレスクは目を閉じる。


 乳白色の椅子の上で、子どもの姿で、足をぶらぶらさせながら、目を閉じる。


 瞼の裏に、あの世界が広がっている。三つの大陸。四つの種族。百の都市。千の村。無数の人間たち。その一人一人が物語を持っている。その一つ一つの物語が、ナスレスクの退屈を少しだけ和らげている。


 その中に——今——新しい物語が一つ、加わった。


 タカハラナギの物語。


 ナスレスクが微笑む。


 その微笑みには、複数のものが同時に乗っている。期待。愉悦。好奇心。そして——それを「愛」と呼んでいいのかどうかわからないが——タカハラナギという人間への、奇妙な親しみ。


 壊した。壊したから、今のタカハラナギがいる。壊さなければ生まれなかった怒りと、壊さなければ気づかなかった幸せの重さ。それをナスレスクが与えた。与えたという自負がある。


 教師が生徒に試練を与えるように。親が子に痛みを知らせるように。——いや、どちらとも違う。もっと根源的な何か。


 ナスレスクには名前のない感情がある。人間の言葉では表現できない感情。壊すことと愛することが矛盾しない感情。幸せを祈ることと不幸を与えることが両立する感情。人間にはない組み合わせの感情が、ナスレスクの中では自然に同居している。


 神々の間は静か。


 壊れた席と、壊れた像と、壊れた床の上で、壊れていない椅子に座った壊れていない存在が、目を閉じている。


 足をぶらぶらさせながら。


 幼い顔で、微笑みながら。


 永い時間が、また始まる。


「君には、また幸せになってもらいたいのさ。タカハラナギくん」

 

 誰もいない広間に、声が響く。

 子どもの声。軽い声。底のない声。

 幸せになってほしい。

 本当に、そう思っている。一点の曇りもなく、そう思っている。あの世界で、新しい誰かと出会って、新しい温かさを知って、新しい「おかえり」を聞いて。もう一度、守りたいものを見つけて。もう一度、失うことが怖くなるほど大切なものを手に入れて。

 

 その幸せの中で——

序章の終わりです。

数日あけて次章【御方の祝福とともに I 】の投稿始めます。

もう少々お待ちください。

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