087 閑話・チェス盤のように
作者「クララはベルナールのこと嫌い?」
クララ「……いえ、人は、その人の行いによって評価されるべきとは思いますけど」
「作者に建前は通じないよ~ほれほれ嫌いって言ってみな~」
「もう!好きとか嫌いとかじゃないです! クロエちゃん、冒頭の挨拶しに早く戻ってきてーー!」
「そうか……クロエは王都へ去ったか……」
エメリックはそう短く言った。
エメリックは机上のチェス盤に視線を落とした。
盤面の駒は、すでにいくつか動かされた後だった。
ベルナールはエメリックの言葉をどう受け止めて良いか分からず、無難にこう言った。
「はい、思うような結果を出せず、申し訳ありません」
「いや、順調だ」
? クロエを妻に迎え入れるという話ではなかったのか? だからルナに曖昧な態度をとっていたのでは?
ベルナールが混乱している様子を見て、エメリックが説明する。
「己の目標に優先順位をつけ、客観的に目標達成の手段を講ずることが大事だ。
お前が最も望むことは何だ? 地位か?名誉か?金か?女か?」
「は?いえ、その……クラスのヤツらにバカにされたくないというか……」
「いいだろう。ではその思いを私の言った分類で言えば何なのだ?」
「名誉に当たるかと」
「そうだな……名誉とは具体的には何だ?」
「クラスで良い成績を取り、良い就職先を得られることかと……」
「そのためには何が足りなかったのだ?」
「魔力です」
「そうだ。お前が二年生進学に当たり、最も優先順位が高かったことは、クロエから優先的にマナ譲渡を受け魔法力を底上げすることだった。その目標は概ね達成できた」
「はい」
「確かにお前より魔法力が上のものはまだいるが、クロエがいないのであれば、ここからは対等の立場にあると言って良い。その意味では魔法力の引き上げは達成されたし、お前を不利な状況に追い込んだクロエという不確定要素はなくなったので、問題は解決できたとみるべきだろう」
「なるほど」
「どのみち、もうすぐ前期期末試験なのだ。お前の魔法力を隠すことはできなくなる。クロエがいなくなった時期としては最も有利であったと評価可能だ」
ベルナールの表情が明るくなった。
「では、クロエからマナを引き出すために使ったルナは、もう用済みと言うことですね!」
「ふー」
エメリックはため息をついた。
「そこがお前の人間観察力の足りないところだ」
「え?」
「いいか? ルナは道具ではなく、考えることができる人間なのだ。発言や態度に注意しろ」
「は?」
「外向きの筋書きを整理するのだ。お前はクロエとその仲間から排除された結果魔法力を伸ばせなかった。ルナもその境遇のせいで魔法力が不足していた」
「はぁ」
「そうした状況が二人を近づけることになり、「婚約を視野に入れながら」付き合い始めたのだ」
「はあ」
「そのとき、「なぜか」市庁からの要請が大きくなり、二年生が市内各地に派遣されるようになった。人間関係が希薄になり、クロエのまわりから友人が少なくなったタイミングで、「なぜか」副校長からクロエはルナを紹介されることになった」
「はあ」
「ルナの窮状に同情し、お前とルナの「婚約を前提とした付き合い」に感銘を受けたクロエは、「自発的に」強大なマナ譲渡を行うようになった」
「はい、その筋書きは頭に入っております」
「つまり、お前はルナを利用したなどという事実はないのだ。当然利用済みという「非人間的な」態度をとってはいけない」
「しかし、ルナから婚約をせっつかれて困っていまして……」
「可能な限り、結論を曖昧にしたまま引き延ばせ」
「え、でも?」
「お前の態度に我慢できなくなり、向こうから解消したいと言わせればいい」
「…………」
ベルナールには、それは難しそうに思えた。
「お前はルナが気に入ったのか?」
「いえ……ちょっと貧乏くさいというか……話していてもあまり面白くないというか」
「ほとぼりが冷めれば、お前にはふさわしい婚約者を用意してやる。そのときルナがお前との仲を続けたいのならば愛人にすれば良いのだ」
「愛人!」
「でも、正式な婚約者ができたからといって、愛人となるか支援を切るかというのはちょっと……」
「そこが考え違いなのだ」
ベルナールには分からない
「ルナとは友人なのだ。そして友人の叔母が困窮しているのに見かねたサロンは、支援を申し出たのだ。若い恋人が最終的に別れたからといって、サロンがその叔母の援助をやめる理由とはならない。ルナとは関係なく叔母の支援を続けることが大事だ」
「金の無駄ということにはなりませんか?」
「ルナとの関係が切れたとしても、援助が続いていれば、誰もお前のことを悪く言うことはできない」
「なるほど!
ルナとの関係は、お互いの孤独を慰め合うものとして始まった。けれど、お互いの魔法力が高まってみると、家柄も違い婚約することが正しいか迷うようになってしまったという訳ですね!」
「気をつけろ!お前が今言ったことは、あくまで色々悩んだ末、別の婚約者が現れてからだんだんと気づくようになることだ。結論ありきの態度をとってはいけないのだ」
ベルナールは、改めてエメリックの深い考えに感銘を受けていた。
「あ、でも、クロエは病気療養で王都に行きましたが、病気が治ればまたモデルテに帰ってくるのではありませんか?」
「クロエが帰ってきたときどうなるか………………フフフ」
「果たしてどうなるだろうな?」
エメリックにはまだ考えがあるようだった。
「お前もチェスを覚えたらどうだ?」
「チェスですか」
「チェスは人生にも似ているぞ?
大事なのは、一人で研究する際に、盤面を相手サイドから見る練習を積むことなのだ」
「はあ」
「人生というチェスをクロエサイドから、あるいはルナサイドから見てみることだな!
そうすれば相手の弱点にも気づくということだ」
そう言うと、エメリックは珍しく大きな声で笑い出したのだった。
クララ「アンヌちゃんは卒業したらどうするの?」
アンヌ「将来的にはテオと一緒に料理屋をやりたいんだよね。
とりあえず一つだけ決めていてね」
「なになに?」
「衛士にはならないってこと!家族と離れて暮らすのはもうやだからね」
「前はヴィクトールさんに憧れてたのに、変わったね?」
「クロエの危篤を聞いてさ、やっぱり家族が離れて暮らすのは良くないって思ったんだよ」




