085 閑話・孤独
クララです。
流行病がなんとか収束に向かいました。
アノックさんとミレーヌ先生には本当に感謝しかありません。
私、初めてミレーヌ先生の本当のお姿を拝見しました!
北東村にマヤという少女がいた。
北東村はモデルテ市周辺農村の中では中規模だが、地理的に最も市から離れている。
神殿での魔法選別の儀に子供を出さない親も珍しくなかった。
魔法選別の儀は、属性魔法を授かれれば、市の費用で魔法院への入学が許され、魔法師として一定の将来を約束される場である。全寮制であるため親の負担も軽い。
市の人頭税に対する監視は厳しく、市内の子供は全員が魔法選別の儀を受けなければならない。親とすれば、属性魔法を授からなければ大変なことになるため、親は子供に神殿での祈祷と瞑想を強制してなんとかマナ値を増やそうとする。
しかし、農村ではどうか。
農村では、簡単には神殿で祈祷や瞑想を行うことはできない。村落の中で教会が荘園を所持しているわけではなかったため、村には講堂のようなものしかなく、子供達はそこで自主的に祈祷まがいのことを行うか、自宅で母親とともにベッドで祈るしかないのだった。
一方で、農村では普段から農奴の生活は目にする。それは幸せな生き方には思えないだろう。
親は、神殿からたまに巡回でやってくる助祭に謝礼を払い、子供の魔法発現の見立てを行うことがある。(注:バルディーニは例外的存在である)その結果、農奴になることが明らかな子供の場合には、そもそも魔法選別の儀には送らないのだ。特に北東村のように市から距離がある村では顕著である。
農村の子供にそれが許されるのは、農村における徴税基準が市内とは異なるからだ。
農村においては、その年の収量の六割が納税の対象となる。その納税基準が各戸の抱える大人の人数割りで変化するのだ。(単位面積×納税対象者×6割)
このため、農村の場合、魔法発現の有無にかかわらず、納税対象の現物さえ納めれば問題ないのである。
マヤもそうした子供だった。
しかし、それが子供にとって最終的に幸福につながるとは限らない。
なぜか?魔法院に進むことができなければ教育も十分ではなく、読み書き計算も教えられない。マヤも自分の名前や簡単な数字や単語しか読み書きができなかった。それでは結局就労の機会は得られないのだ。
農村では、女子は力仕事の担い手として低く見積もられがちだった。
男子なら労働力として期待されても、女子となると農作業の主力とは見なされにくい。
また魔法選別の儀を受けていないので、魔法による農業への寄与も見込めないということになる。
では、結婚対象者として見てもらえるかというと、産んだ子供のマナ値も期待できないと思われて縁談の話も来ないのだ。
マヤも、最初は農奴に落とされずに済んでほっとしていたが、長兄が嫁を迎えると実家にも居づらくなり、結局はモデルテ市に流れてくることになった。
入市に関しては、納税者かどうかが厳しく問われるのだが、マヤは農村戸籍証を持っているため(つまり実家が納税してくれているため)問題なく入れた。しかし、それは納税の問題だけで、日々の生活費は自力で稼がなくてはならない。
そうなると、魔力もなく学もないマヤにとっては、雀の涙の賃金で場末の酒場で女給をするほか生きる術がなかった。
そのとき、例の流行病が起きた。
魔法院を卒業してモデルテ市で働いていた次兄が、結婚相手共々死亡したという。
次兄夫婦はどちらも農村出身であったため、モデルテ市内にはマヤ以外に頼れる身寄りがなかった。次兄夫婦の危篤を聞いて駆けつけてみれば、既に他界した夫婦には一人娘のルナが残されていただけだった。
そのようなわけで、マヤとルナは次兄夫婦の家で生活することになった。
苦しい生活だった。
それはそうだろう。マヤ一人でさえ生きるのがやっとだったのだ。マヤは幼いルナに家事一切を任せ、なんとか三年間働いてきた。それでも暮らしは厳しく、次兄夫婦の蓄えを減らし、身の回りのものも売り払い、なんとかやってきたのだ。
ルナが魔法院にギリギリのマナ値で入学し、しばらく経った頃、サロンという女性がマヤを自宅に訪ねてきた。何でも、市庁総務部局長の婦人だというのだ。
マヤは狼狽えながら応対した。なにか法に触れたのではないかと心配したのだ。
ところが、話を聞くと、全く予期せぬことであった。
「身内の恥を晒すようで、初対面のマヤさんに打ち明けることは躊躇ってしまうの………」
しばらく言いよどんでいたが、やがて話し始めた。
「実はね。………私の息子が魔法院の二年生にいるのだけれど………」
何でもその息子は、マナ値が学年で最低なのだそうだ。今の二年生は市庁から要請され、市の各局で引く手あまたなのだそうだが、その息子だけ取り残され魔法院で自習させられているという。
その上、周囲からイジメの対象となってしまい、誰とも口をきいてもらえなくなってしまったそうなのだ。
「二年生の間では、もう結婚のお相手が決まってしまっていて、このままでは魔法院を卒業しても就職もできない、結婚もできないのではと、親としてはやきもきしているのよ………」
マナ値が低くて社会に受け入れられない悲哀は、マヤも十分に分かるつもりだ。
市のお偉いさんなのに、そんな息子を持ってしまったら、それは肩身が狭いに違いない。一生懸命慰めた。
そんな折、魔法院で同じ悩みを持つルナという女生徒がいると聞いたのだという。
「ルナさんのことを見下すつもりはないのよ………でもね、ルナさんもベルナールと同じ思いをしているのなら、友達になってもらえないかしら………」
なるほど………その息子はマナ値が高い相手ばかりから見下されてきたので、ルナのような子が必要という訳なのね。
そんな経緯で、マヤは何度かサロンの愚痴に付き合わされることになった。
サロンと意気投合したマヤは、ルナにベルナールを紹介することになった。
マヤの自宅で、ルナと一緒にサロンとベルナールをもてなすうち、とんでもないことをサロンが持ち出した。
「ここまで、ベルナールと仲良くなれた娘さんはルナさんだけよ。もしもだけど、ルナさんさえ良ければベルナールと婚約を前提にお付き合いしてみない?」
ベルナールも赤くなりながら、「ぜひお願いします」そうつぶやいたのだった。
マヤから見れば、状況はトントン拍子で良くなっているように見えた。
何より、エメリック家からの経済的援助が大きかった。
「ほら、ルナさんも女の子だし、おしゃれが必要でしょう?
それにマヤさんも、これまでの苦労に報われてしかるべきよ」 そう、サロンに説得された。
「ほら、ルナちゃんが魔法院を卒業したら、独立して暮らすようになるでしょう?
マヤさんも、子育てから解放されて、青春を謳歌できるんじゃないかしら?」
それもそうだ!
「今は、流行病の結果、市の財政が厳しくなって一人親の家は増税されているでしょう?
マヤさんも、いつまでも農村戸籍で親御さんに頼るのは心苦しいんじゃないかしら?」
そう言って、知り合いだという男性を紹介してくれた。
「ほら、この方も独り身でお嫁さんを探しているのよ。
ルナさんだけじゃなく、マヤさんもお付き合いしてみては?」
うわー!私も結婚できるのー?
マヤはこうしてエメリック家に懐柔されていった。
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ルナは魔法院で孤立していた。
まず、今年の一年生はたったの30人だった。
その上、風コースはルナ一人しかいなかった。
さらに、ルナはマナ基礎値が4しかなく、最も簡単なウィンドですら発語できなかった。
風コースは専任の教師もいなかった。パオロ副校長が兼任で見回りに来てくれたが、ウィンドの詠唱が失敗したのを見て、「まずはマナ基礎値を増やさなければ実習ができないね」というと、神話を読むように指示しただけだった。
ルナのアパルトマンは貧困層の多い地域にあり、魔法院に入る子供はいなかった。
流行病以来マヤの言いつけで家事全般をこなしてきたため、勉強をする機会もなく、また勉強を教えてくれるような人もいなかった。
だから、本を読めと言っても、ほとんどその内容も分からなかったのだ。
貧乏だから当然服もほとんどない。寮でも一年生女子が奇数だったので、個室となってしまったし、同学年の女子に対しても気後れしてしまった。
そんな時に突然降って湧いた話がサロンの提案である。
ルナには、正直ベルナールと付き合うということは実感がわかない話であったが、経済的な援助は本当に嬉しく、苦労をかけた叔母が喜ぶのを見て心からほっとした。
ベルナールが一年風コースを訪ねてくれたことは、たとえ会話が盛り上がらなかったとしても、魔法院で針のむしろだったルナには慰めとなった。
しかし、二人の仲がなかなか進展しない様子に、徐々に叔母からのプレッシャーを感じるようになった。
家に呼びつけられると、叔母は知らない男性と暮らしていた。
アパルトマンの応接とは名ばかりのテーブルでは、かつて両親と自分が座っていたソファに二人が座り、ルナは対面の堅い椅子に座らせられた。
「ベルナールさんとはいつになったら婚約の話がまとまるの?」 叔母はいらだって問いただす。
ルナは謝るしかない。
「ごめんなさい………二人の魔法力が一定以上にならないうちは、婚約の話は進められないって………」
マヤは魔法のことも魔法院の仕組みも分からない。
分かっているのは、ベルナールとの婚約がご破算となればすべてを失うという暗い恐れだけだ。
「ねえ! 分かってるの?
婚約できなかったら、アンタもアタシも昔の貧乏生活に逆戻りなのよ!」
そうはいっても、ベルナールは曖昧な態度のままなのだ。
叔母の気持ちも分かるし、魔法院に入学するまでの苦しい生活も、ついこの間まで続いていたのだ。ルナだって分かっている。
でも、男の気持ちを動かすなどという手段を12歳の生娘に求められても、どうすることもできないのだ。
ルナは、ただ謝り続けるしかなかった。
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そんなルナにとって、クロエのマナ譲渡は唯一の明るい気持ちとなる瞬間だったのだが………
パオロ副校長の口から出たのは、突然で、しかもとても悪い知らせであった。
「………危篤?」
「そうです。詳細は全く分かりません。バルディーニ先生からの緊急連絡があったそうで、クロエさんが危篤になり、モデルテ市では対処できないとのことで、急遽、王都の魔法大学に搬送されたそうです」
「………もう、ここには帰ってこないのですか?」
「命を取り留めれば、きっと帰ってきますよ。なにしろ、バルディーニ先生は、魔法の面でも医療の面でも、大変優秀な方ですからね………」
パオロはそう言うと、深いため息をついた。
「そういうわけで、ルナさんは、春先のように自習をお願いしたいのです」
パオロは重い足取りで去って行った。
クロエとアリシアが来ない教室には、ベルナールも訪れなくなった。
一度、勇気を出して、二年の水コースの教室に行ってみたが、流行病対策のため教室には誰もいなかった。ミレーヌは実力を隠していたベルナールも治癒院へ引っぱって行ったのだった。
ルナの周囲に寄り添うものは、誰もいなくなっていた。
(前より暮らしは楽になったはずなのにな……………)
アンヌ「クララは判ってないよ。食いしんぼがミレーヌ先生の本当の姿であって、かっこいい方が仮の姿なんだよ」
クララ「アンヌちゃんこそ、ミレーヌ先生が気安いからと軽んじてはダメよ」
ミレーヌ「アンヌちゃん、クララちゃん、私、革新的な魔法を開発したんだよ。検証作業に協力してもらいたいの」
二人の前でミレーヌはその魔法を発動させた!
『水よ………主神ポセイドーン様に信仰を捧げる、ここに美味しいスープを生み出し給え、ホット・ウォーター・スーップ!』
アンヌ・クララ「………………」




