082 疾病対策
クロエです。
人類と感染症の戦いは長く厳しいものなのですね。それは異世界でも同様みたいです。
私たちはバルに伝染病の説明をした。
ミレーヌ先生、クララ、エリスにも同席してもらった。
というか、こんな時冷静に話ができるのはクララなので、クララに丸投げだ。
クララの説明を聞くと、バルは、
「………今の説明を聞いた限りでは、極めて再生産性の高い感染症が疑われる。
魔素の主要な機能の一つに、環境維持能力があるのではという仮説が立てられているが、従来、病原菌に対しては魔素の予防能力は効果が発揮されないという学説が主流であった。
しかし、クロエのマナには病原菌に対しても、明らかな予防効果が認められる。
仮説に過ぎないが、クロエのマナが病原菌を無毒化し、体内で病原菌への抵抗能力を保持させる働きが考えられる。
実際、クロエの周囲のもの達は、今回の伝染病だけではなく、これまで基本的にウイルスや細菌性疾患に罹患したことはないはずだ」
ほ~ 私のマナにはワクチンっぽい力があるのか~
しかし、みんなは何となく聞き流してしまっているけど、「ウィルス」とか「細菌」とか、自分の科学技術知識を隠す気がだんだんなくなってるな!
「一方、クロエのマナ譲渡は、昨年の魔法院後期以降に、その発現範囲が多様化した。特に、二年生以降は市からの要請もあり、その譲渡は質的にも量的にも拡大し続けた。
その結果がクロエの魔臓障害である」
「従って、クロエのマナによる伝染病の予防効果―即ち市民の健康と、クロエの魔臓障害―即ちクロエの健康はトレードオフの関係にある」
「だけど!」 私が抗議しようとすると、ミレーヌ先生が、
「ゼロか百で決めつけなくても、いいのではないですか?」 と、穏やかな口調で指摘する。
「ふむ。
ミレーヌ先生の意見ももっともだ。だが、その見極めは周囲にも本人にもできぬであろう」
「つまり」
結局反対なの?
「私が同行する必要があるという結論となる」
ほへ?
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バルは、ミレーヌ先生と水コースの三年生、二年生、それに私を連れて治癒院へとやってきた。
治癒院の前には、既にあふれ出た病人が列をなしていた。
クララ 「いつの間に!」
バルはまず、ラファエル保健長、オンドレア副院長に面会を求めた。
事情を説明した後、すぐに治癒院前の人々を無理矢理敷地内に押し込め、その上でサンクチュアリを広域に発語した。(以前、現場見学の際にも手術でサンクチュアリをかけていたので、治癒院側でもすんなり受け入れられたみたいだ)
『風よ、主神アルテミスに信仰を捧げる。清浄の風でここに聖域を現し給え、サンクチュアリ・スーパーハイ』
「これにより、院内の病原菌が外に出ることはなくなった。
院内の可能な限りのエリアに患者を休ませよ。最悪廊下でもかまわん」
患者の安静エリアの確保に治癒院全体がばたつく中、
「治癒院の医師、看護師、事務職などに予防的な処置を施す。
業務を交代しながら、アノック医師の診察室に速やかに訪れよ」
バルは矢継ぎ早に指示すると、アノックさんに向かい、
「あなたが治療の責任者と伺った。この者のマナには伝染病の予防効果が認められることはご存じであろう」
「ああ」 と、アノックさん。
「クロエ、アノック医師に予防効果の付与を意識しながらトランスファーを発語せよ」
「はい!」
私は、まずアノックさんに「防疫トランスファー」(密かに命名)を施した。
アノックさんは、(防疫)トランスファーを受けると、魔法院の子のうち、1/4ほどの子を連れて隣室で診察を始めた。
他の医師三名にも(防疫)トランスファーを施した。一人は昨年まで魔法院にいた先輩だった。これまで、先輩医師の指導に従って補助的な治療をしてきたが、今は非常事態だ。独立して診察を行うように言われて涙目になっていた。
魔法院生は、それぞれの医師に発語係として分担してついて行った。(エリスは特別に先輩につけられた。アノックさんは、エリスがついていれば大丈夫という判断だったのだろう)
それから私は、病院関係者全員に(防疫)トランスファーをかけた。
バルからは、マナを込めすぎるなと、何度も注意を受けた。
バルは、今日納入したのど飴の数量を確認し、患者数を概算で把握すると、アノックさんに一人一錠ずつ配布した上で、すぐに飴をなめるように指示をした。
そして、治癒院での指揮をミレーヌ先生とアノックさんに任せ、私とクララを連れて治癒院から退去した。
「先生、まだやれます!」
バルは、
「お前とクララは、治癒院での発語より、のど飴の制作に携わったほうが良いと判断した」
それはそうかもしれないけど!
「お前が治癒院ですべき魔法は完了した」
むう!
バルは飴の制作にアンヌの力がいると判ると、
「アンヌを連れてくる時間が惜しい。今日のところは私がテンパラチャーを発語する」
え?
「先生は火魔法も発語できるのですか?」 と、クララ。
バルは、しばらくクララを見つめていた。
「もちろんだ。
そういうお前もできるのではないのか?」
ええ?
クララを見る。
「うそでしょ?」
「たぶん」 と、クララ。
「ほんと?」
「だって!クロエちゃんがいつも歌ってるじゃない!火・水・土・風なんて嘘だって!」
「それは、思わず口ずさんじゃったかもしれないけど!」
「孤児院の時からずっと聞かされてたから、属性にこだわる必要なんてないんだって、思えちゃうでしょ?」
びっくりだ!
バルが笑う
ふっ
「普通は、アプリオリ基盤に抵触し、属性魔法をすべて失ってしまうものなのだがな………」
私としては、バルが笑ったことに唖然としたよ!
クララもびっくりしてるよ!
バルは私をうちに案内させた。
「飴の制作にはここが最適だからだ」
今日は、おかあさんは家にいた。
「ソフィ殿、突然お邪魔する。
実は、のど飴の制作をこちらでお願いしたいのだ」
バルは、おかあさんにこれまでの経緯を説明した。
そして、昼食と夕食の作成を依頼した。
「他の場所で作業をすれば、飲食を忘れて取り組みかねないからな」
あ~ そういう魂胆なのね。
バルは、遠話のような風魔法を使い、「風のみち」商会への大量の砂糖の発注とアリシア先生(魔法院に居残りで風教師)の呼び出しをすると、家中の鍋を集めて飴の制作にかかった。
ほんとに何でもできるな!
とはいえ、「風のみち」から砂糖が届くまで制作能力は限られる。
昨日と同程度の規模で夕方まで制作した。
「こんにちは!風のみち商会です」
テオドールさんがやってきた。
「こちらがご注文の大鍋と砂糖です」
わあ!一体何キロあるんだろ?
「申し訳ありませんが、砂糖はこれで在庫全部です。市内の飲食店などに分けてもらうお願いはしていますが、あまり量は集まらないと思います」
バル
「王都や他市からの調達には、どの程度の時間がかかる?」
「輸送だけでも10日は必要です。こちらからの早馬の時間、手配の時間を考えると、どんなに短くても15日はかかります」
「………引き続き収集に努めてもらいたい」
テオドールさんは、手配のためすぐに商会に戻っていった。
大鍋のおかげで、のど飴作成のスピードは上がった。
バルのテンパラチャーの力も大きかったと思う。何のかんの言っても優秀な魔法師なのだ。
結局、その日は前日の倍は作成したと思う。
アリシア先生も夕方うちにやってきた。
夕食の時間になると、バルはその日の作業終了を宣言した。
「あら、バルディーニ様は食べて行かれないんですか?」 と、おかあさん。
「ああ、
ソフィ殿、アリシア先生、クララには、クロエの監視を頼みたい。
今日は、トランスファーの負荷がかなり高かった。
魔臓障害については、炎症自体はいったん治まっているが、クロエのマナに対しての過剰反応は当面収まることはないと思われる。
従って、十分な食事をとり、入浴の上、しっかり睡眠をとることが重要だ。
三人には、クロエが間違っても魔法を発語しないよう、お願いする」
また、クララと私には、翌朝は家で待機しておくこと、迎えに来るので、直接治癒院に行くことを宣言し、バルは帰って行った。
「「「わかりました」」」
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(………)
(………)
(………!)
はっと目が覚めた!
あれ?誰かに呼ばれた気がしたんだけど………
「目が覚めた?」
アリシア先生だ。
「もう朝だよ。今、ソフィさんとクララが朝食を用意してくれてる」
「アリシア先生は?」
「私が料理では役立たずなの、クロエちゃん知ってるじゃない」
そうだった!
「私が起きる時、先生が呼びかけましたか?」
「いや、バルディーニ先生から、クロエちゃんはなるべく安静にするように言われてるからね」
ぐっすり寝ていたのに、急に目覚めたらしい。
じゃ、夢だったのかな?
朝食を食べているとバルがアンヌを連れてやってきた。
「私は昨日完成したのど飴を持って治癒院の様子を見に行く。
お前たちは、ここで引き続きのど飴の制作を行え」
その日、バルは夕食時まで現れなかった。
のど飴の生産量を確認すると、その日の制作をやめさせた。
そして、翌日も同じ作業を続けるように指示をして去って行った。
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(………)
(……ゃん)
(……ぇちゃん!)
翌朝は、確かに誰かに呼ばれたようだった………
バルは、私たちにのど飴の制作を指示し、治癒院に向かった。
去り際に一応聞いてみる。
「先生は魔法全般の大家のように思いますけど、私みたいな(防疫)トランスファーもできるのではないですか?」
「いや、
私の魔法に関する能力は、当然お前より遙かに高い。
しかし、私の能力はこの世界の基準内に収まっているし、マナ自体の特殊性ももちろんない。お前の魔法能力は未だ発達途上に過ぎないが、マナそのものの特殊性は他に類を見ないものだ」
やがて、のど飴の材料がつきた。
バルは、「風のみち」納入予定を確かめると、最後ののど飴を持ち、私たちを連れて治癒院に向かった。
治癒院は病人であふれかえっていた。
院内は子供や赤ちゃんを抱えた母親、老人達でいっぱいとなっており、成人は院内の庭の簡易テントに横たわっていた。
比較的体力のありそうな男性は院内に入りきらず、院外の路地にテントもなく寝かされていた。
バルは最後ののど飴をアノックさんに渡すと、
「のど飴の材料が切れた。これからは、飴ではなく、治癒水を処方する」
アノックさん、
「やむを得ないねえ。しかし、それでは治癒魔法と効果は変わらないんじゃないのかい?」
「いや、治癒水はコップいっぱいの水を時間をかけて飲むように指示してくれ。そうだな、目安は一時間ほどだ」
(ああ、私の手術後の処方と同じだ)
「治癒魔法は一瞬だが、治癒水では一定時間の治癒効果が得られる。また、咽頭の炎症や消化管の炎症に直接治癒水が届くため、咳や下痢などによる二次感染が抑制される」
「なるほどね」
私とクララは、早速治癒水作りを始めた。
アンヌ 「アタシはやることがなくなっちゃったな」
バルは、部屋の空気に対してテンパラチャーをかけられるか、アンヌに試させた。
アンヌが成功したのを見ると、院内の各部屋をテンパラチャーで適温に保つように指示した。
なるほど、今は夏だもんね!人間エアコンだよ!
私とクララの作業の横では、アノックさんとバルが状況の確認をしている。
「病気からの回復状況はどうだ?」
「ああ、幸い高熱と湿疹が治まった者も出てきているよ。本当は数日予後を見たいんだが、病人が外の道ばたにまであふれかえってるだろう?熱が下がった者は家に帰しているよ」
「やむを得ないが、念のため、かさぶたや血などの体液が付着した衣類などは焼却させた方がいいぞ」
「かさぶたはともかく、衣類は難しいね………大抵の者はそれほど裕福じゃないからね」
「………」
「死者の割合はどうか?」
びくっ
思わず聞き耳を立てる。
アノックさんは声を潜めて、
「ああ、赤疹風邪としてはいいほうさ、のど飴と魔法院の子らのおかげでね………いまのところ十数人といったところさ………」
そんなに死んじゃったの?
「そうか………妊婦はいたか?」
「ああ」
「胎児にもキュアはかけたか?」
「もちろんさね。しかし、出産時には注意がいるだろうね………」
もしかして、先天性の異常を気にしているの?
「ピークはまだ先だと思うか?」
「そうさね、前回の時とはそもそも病気の種類が違うから比較はできないが………仮に同規模だとすれば市民の半数はかかるだろうね」
「前回の赤疹風邪はいつ流行った?」
「もう、20年以上前だね………」
免疫ある人が少ないんだ!
まずいじゃない!
クロエ 「クララが変になっちゃったのは、あの歌が原因か~」
クララ 「変って………あんな歌聴いたら、耳に残って当然よ?」
「あ、じゃあ、アンヌは大丈夫なのかな?」
「クロエちゃん、このことアンヌに喋ったら絶対にダメよ。バルディーニ様が仰ってたでしょ?下手したら魔法が使えなくなるかもしれないんだから」
「そうだね!アンヌは器用に何でもこなすタイプじゃないし!」
「クロエちゃんたら………」




