家庭菜園の役
~前回のあらすじ~
幹部としての初出動で、犬猿の仲の2人を救出したミスティラビット。
ブラックローチが正式に撤退部隊へと加わり、3人体制へと変わった。
季節は9月へと変わり、実りの秋を迎えるのだが……
--9月3日(日) 4時00分---
陽の光を遮る分厚い雲の下、小さなトンボが視界の端を横切っていく。
雨上がりの街に水たまりがいくつも出来あがり、道端の草花の葉にも水滴が乗っていた。
秋の始まりを感じさせるやや涼しい朝の空気の中、私は大きく深呼吸した。
「すぅ~、はぁ~! よしっ!」
新聞紙の入ったカバンを肩に下げ、気合いを入れて歩き始める。
実は今日から少しだけ配達範囲が広がることになったのだ。
大変になったが、その分お給料も上乗せなので臨むところである。
最近、新聞の契約者数が好調みたいだ。
電子的な記事よりも紙面で見たい、という人がこの街には多いらしい。
特に、夏休み中はヒーロー関連で号外がたくさん配られた。
新聞紙に触れた人が気になってコンビニで買う、そのうち毎日買っていることに気付く、なら契約してしまおう、という人がそれなりに居たようである。
仕事仲間がバイクで配達所を出ていくのを目で見送り、私も歩き出した。
歩き慣れたいつものコースを巡り、新鮮なニュースを新聞入れへと配達していく。
「おはよう。朝から精が出るの~」
「おはようございまーす。朝からご苦労様です」
農作業をしているのか、こんな朝早くから道を歩いている人もいる。
9月の畑は青い葉が生い茂り、茄子やトマトが実を実らせていた。
小学校の小さな畑にも、サツマイモの葉が生い茂っていたっけ。
ほぼ毎日、街を歩き回っていると、日々の変化というものは感じにくい。
それなのに、ふと、こんなに季節が過ぎていたのかと思うこともある。
今日はまさにそんな日だったようだ。
家々を巡り、肩掛けカバンの中身も少なくなってきた頃――。
「トラクターが走ってる」
ひと房ほどの稲を乗せたトラクターが1台、こっちの方まで来ていた。
そろそろ稲も収穫の季節である。
普通はこっちまで来ないと思うのだけど、試しに持ち帰って食べてみようということなのか、あるいはお供え用なのか、あるいは何かの研究用か……。
そんなことを考えながら見ていると、その脇をすり抜けるようにしてアズマさんが現れた。
相変わらずいつものウィンドブレーカーを着て、軽やかにジョギングを続けている。
季節は変わっても、彼はいつも通りのようだ。
「おはよう、好美ちゃん!」
「おはようございます、アズマさん」
この人はアズマさん。
防衛隊員の1人であり、私がこっそり想いを寄せる人である。
朝早くからジョギングをするのが日課らしく、たまに会うことがあるのだ。
「もう稲刈りの季節なんだな~」
「はい。9月にはもう新米が出回りますよ」
私の父方のお爺ちゃん夫妻もコメ農家をやっていて、よくお米を送ってくれる。
特に新米は良いものを送ってくれるので大助かりなのだ。
今からお返しの品を考えておかないと!
「十日前町市は美味しい物、多いよな。ご飯、蕎麦、ラーメン……」
「主食ばかりじゃないですか」
まぁ、否めないけども。
米どころだし、蕎麦も有名店があるからね。
ラーメンに関してはいつの間にかお店が増えていたという認識なんだけど、私が気にしていなかっただけなのかなぁ?
なお、たまに篤人さんが奢ってくれるので、ラーメンを食べる機会はそれなりにあるのだ。
「アズマさん、他に好きな食べ物って他に何かありますか?」
「好きな食べ物か~」
「お肉とか?」
「それは好美ちゃんでしょ?」
心外な! と思ったけど割と合っている。
高級食材のお肉があったらそれだけでテンションが上がるからね。
でも、何でそれをアズマさんが知っているのやら。
「あ、もしかして、ゆーくんから聞きました?」
「うん、そう。優輝からは色々と聞いているぜ!」
弟よ、変なことを言っていないだろうな?
さすがに私の秘めた想いを仄めかすようなことは言わないと思うけど……。
ちなみに、私の弟、ゆーくんこと佐藤 優輝は中学一年生にしてヒーローになった新潟の守護者の後継者なのだ。
今は十日前町市の防衛隊員見習いとして訓練に励んでいる。
すでに実戦も経験し、大きな組織を壊滅まで追い込んだ実績もある期待の新人だ。
なお、新聞紙の契約者数の増加もゆーくんが関係している可能性大である。
新聞の記事を毎日賑わしており、編集者が文才を遺憾なく発揮してその功績を讃えているのだ。
おかげで人気になりすぎて、本人は窮屈に感じているかもしれないけども。
ゆーくんなら、ラーメン屋に入っただけでニュースになりかねないのである。
「それで、アズマさんの好きな食べ物は何ですか?」
「そうだなぁ~……リンゴとか、塩煎餅とかも好きだし、野菜だとレンコンとか? ナッツ類も……」
何だかまとまりがないラインナップだ。
お菓子や野菜、おつまみみたいなものも好きみたいだし。
……いや、まてよ?
「もしかして、歯ごたえが良い物が好きなんですか?」
「あっ、そうかも! 言われてみたら硬い物が多いな!」
2人とも腑に落ちる答えが出て、妙にすっきりした気分になった。
テレビ番組の難解なクイズをあっさり解けたような感覚である。
「さすが好美ちゃん! 料理についてはさすがだぜ!」
「えへへ、今度また何か差し入れますね」
「無理しないでいいからな。でも、楽しみにしてるよ。それじゃな!」
「はい、また!」
アズマさんは手を振って走り去っていった。
それを見送った後、私は独りガッツポーズを取る。
アズマさんの好きな食べ物の情報をゲットしたぞ~!
この情報はアズマさんへのアプローチに使うお菓子作りにも生かせるはずだ。
「あ、でも、歯ごたえが良くておいしいものって何だろう……?」
あまり考えたことのない観点のお題だ……。
どんなものがあるのかなぁ?
ナッツを散りばめたクッキーとか、いいかも。
お煎餅を作るのはさすがにハードルが高いかなぁ?
お餅を揚げて"おかき"を作るという手も――。
ドガン!
上の空で雲を眺めていると、不意に真後ろから強烈な衝撃を感じた。
真正面へと勢いよく弾き飛ばされ、湿り気の残る道路が目の前に迫ってくる。
「う……! なんの!」
空中でやや前傾姿勢になっていた私は、飛び込み前転で何とか軟着陸を決めた。
と立ち上がって後ろを振り返れば、事故を起こした犯人が軽トラから降りてくる。
ふんわりパーマと四角いメガネをかけた男性が、のんびりこちらへ歩きてきた。
「やぁ、おはよう、好美ちゃん。今の体操は10点満点だね」
「篤人さんは減点-10です! 私じゃなかったら大事故ですからね!」
この人は鈴木 篤人さん。
表向きは配送会社のトラック運転手であり、裏社会では私と同じく秘密結社パンデピスに所属する戦闘員21号の正体その人だ。
彼は私が怪人であることも、人間の状態でも怪人並みの耐久力があることを知っているためか、こうやって車両で体当たりをしてくるイタズラを敢行してくるのである。
普通に痛いのでやめてほしいのだけど、頑なにやめてくれないのが困りものだ。
「ごめんごめん。これ上げるからゆるしてよ」
「えぇ~? 昨日もれんこんをもらいましたけど……」
「昨日は昨日、今日は今日だよ」
そう言って渡してきた袋を受け取ると、ずっしりとした重みを感じる。
それに、妙に冷たい。
中を見てみると、凍ったエビと保冷剤がどっさりと入っていた。
「あの、これは?」
「富山の宝石、白エビさ! 中々の大きさだよねぇ」
いつ富山に行ってきたのだろうか?
昨日のパンデピスの活動で、その富山へ向かうための北陸自動車道を私たちが崩壊させちゃったはずなんだけど。
「僕が買ってきたわけじゃないよ。それ、今朝、基地に届いたものなんだよ」
「はい? 基地にって……パンデピスのですか?」
「うん。ミスティラビット様へ、ってさ」
声を潜めて、2人でぼそぼそと内緒話を続けた。
何でまた、こんなものが私宛に送られてくるのだろうか?
しかも白エビって……。
まぁ、普通に嬉しいけれども。
「どうやら富山の秘密結社シーサーペントがミスティラビットの幹部昇格を聞きつけたみたいでね」
「どこからそういう情報が洩れるんですか?」
「組織同士の商談の席で話が出たみたいだよ」
商談か、なるほど。そういう感じで情報が広がっていくのかぁ。
もしかして、私の幹部の肩書きはお付き合いがある全部の組織に知られているのかな?
まぁ、別に何も影響は無いと思うし、いいんだけどね。
「お近づきの印って感じで贈り物をしたみたい。正直、受け取った人たちで分け合ってくれてもいい程度の物なんだけど、その場に居合わせたバンディットスネークが気を利かせてくれてね」
「ちゃんと届けてくれたってことですか」
そんなみょうちきりんな旅路を経てきた白エビだったとは。
シーサーペントの人たちも、本当に私に届くとは思っていなかったんじゃないかと思う。
何はともあれ、私からも何らかのお礼はしておかないといけないかな?
相手は富山っぽい物を贈ってくれたわけだし、新潟っぽい返礼品ってなると……。
「新潟のお米やお酒でも送ろうかなぁ?」
「いいね! お酒って選択がなかなかナイスだと思うよ」
篤人さんも太鼓判を押してくれた。
お酒は友好的な誓いの儀式に使われるし、おめでたい感じもするからね。
数千円で済むから懐もそこまで痛まないし、白エビのお返しとして、心ばかりのお礼ということであればちょうどいいや。
よし、それでいこう。
「そのうち持って行ってもらえますか? 品物は用意しますから」
「僕も半分は出すよ。その代わり、また御相伴に預からせてね」
「分かりました、それでお願いします」
取引成立だ。
お礼の代金は折半しつつ、篤人さんには白エビを使った料理を振舞うことに決定である。
そろそろ私の家庭菜園のカボチャも収穫時だし、一緒に天ぷらにしようかな?
「あと、別の話になるけど、来週土曜日、さっそく入れ替え戦だそうだよ」
「来週……そうなんですね」
ブラッディローズが幹部の壁に挑む日が決まったようだ。
恐らく戦闘関連の試験となるだろうし、相手はムーンベアとジゴクハッカイである。
幹部候補争奪のトーナメントではブラックローチが格上となるブラッディローズに挑んだが、今回は逆にブラッディローズが挑戦者側となるだろう。
勝てるのかな?
「今日は出撃無しだけど、どうする? ちなみにマスターバブーンはいるみたいだよ」
「そうですか……」
棒術や杖術もしばらく習えていなかったし、顔を出そうかな。
ヒーローたちも新兵器を手にパワーアップを果たしているし、うかうかしてられない。
いざという時のため、私も少しは戦闘技術を磨いておいた方が良さそうだ。
あと、ついでに畑でカボチャの収穫もしてしまおう。
「じゃあ、訓練に参加することにします」
「オーケー。それじゃ、また後で迎えに行くよ」
篤人さんは軽トラに乗り込んで、手を振って去っていった。
それを見送り、私もやる気のギアを一段上げる。
「よーし、早く帰るぞー!」
保冷剤があるとはいえ、夏の暑さに晒していては白エビの鮮度が落ちてしまいそうだ。
せっかくの贈り物なのだから、最高の状態で美味しく頂きたい。
私は残りの仕事をダッシュで終わらせ、大急ぎで家まで帰るのだった。
--9月3日(日) 13時00分---
秘密結社パンデピスの地下基地での訓練を終えて、私は家庭菜園の畑へと向かっていた。
心地よい疲労感と満たされたお腹を抱え、何だかちょっと瞼が重い。
訓練は午前中にしっかりと行い、今日はみっちりと組み手をした。
マスターバブーンは良くなっていると言っていたけど、ボコボコにされていただけのような……。
本当に良くなってきているのか不安だなぁ。
周りの闘技場の雰囲気はというと、トーナメント戦前よりは人数が減ったものの、やる気が出た怪人たちが数人ほど訓練に励んでいた。
ブラッディローズ、ブラックローチは言わずもがな、ヒートフロッグも勝手なことをしたペナルティとしての訓練期間は終わったけど、自発的に訓練を継続しているようだ。
あと、マッドドーベルとサカガミマシラがその輪に加わっていた。
問題児2人が真面目に訓練に励んでいる姿に、私を含め、周りのみんなが目を丸くしていた。
私に対してもわざわざ挨拶しに来てくれていたし、あの姿を見せ続けることができるなら早々に粛正候補から外れることができると思う。
ちなみに、マスターバブーンも自らを鍛え直したいらしく、訓練は午前だけで終了だ。
それと手だけ耐熱改造するとか言っていた。
武具を調節する方法でも大丈夫そうだけど、是非、改造を受けてほしいと言われたそうである。
お父さんはそういう細かいことはしないと思うし、私が知らないだけで、改造手術を行える人が他にもいるのかもしれない。
「もうすぐ着くよ」
軽トラを運転する篤人さんの声に、私の意識は目の前の光景に引き戻される。
家庭菜園の畑は、私たちが使っている秘密の出入り口からほど近い山の中だ。
くねる山道をしばらく進み、細い脇道を登っていった場所にポツンと存在しているのである。
……と、その道に入ろうとしたところで、勢いよく車が飛び出してきた。
「うわ、危ないな!」
その様子に篤人さんがブレーキを踏みつつ苦言を呈した。
私たちの軽トラが徐行していたから止まれたものの、少しでも判断が遅かったら衝突事故である。
「乱暴な運転をする人もいるもんだね」
「そうですねー」
危うくどころか何度もぶつけている人が言っても説得力は無いけどね。
気を取り直して畑へと向かい、家庭菜園の手前で軽トラはエンジンを止めた。
麦わら帽子と軍手を装着し、カボチャを収穫するためのハサミと籠を持って、と……。
「好美ちゃん! やられた……!」
「ふぇ? 何をですか?」
篤人さんが切迫した声で私を呼んでいる。
何事かと思って畑へと向かうと、その光景に絶句してしまう。
私のカボチャ畑がぐちゃぐちゃに踏み荒らされていた。
大きくなってきた食べ頃のカボチャが見事に無くなっているし、小さ目の実の1つが踏まれて砕かれてしまっている。
私は何が起こったのか分からずに、しばし呆然としてしまった。
「篤人さん、これって……?」
「さっきの車の連中じゃないかな? 少なくとも動物の仕業って感じじゃないよ、これは」
盗人に入られたってこと……?
せっかく丹精込めて育ててきたのに。
成果だけ持っていかれるなんてあんまりだ!
「2年間かけて、みんなに協力してもらって、やっと育ったのに……」
「好美ちゃん……」
情けなくも涙が溢れ、止まってくれなかった。
ウキウキだったさっきまでの気持ちがどん底にまで落ちて、ただただ悲しくて仕方がない。
不意に、温かい感触が私の身体を包んだ。
篤人さんが私をそっと抱きしめていることに気付いたのは、涙で歪んだ視界の端に、ふんわりパーマの髪が見えてからだった。
私はその胸を借りて、しばらく泣かせてもらった。
「……ありがとうございます、もう大丈夫です」
「うん。好美ちゃんは強いから大丈夫だね」
少し落ち着いてきたけど、その分ちょっと恥ずかしい。
なお、気恥ずかしさの残る私と対照的に、篤人さんはいつも通りである。
純粋な優しさから出た行動ではあるんだろうけど、レディを抱きしめたにしては照れの1つも見せてくれないってどうなんだろう?
篤人さんには子ども扱いされているようだ。……まぁ、仕方ないけどね。
「改めて、酷い状態だねぇ。ただ、やられたのはカボチャ畑だけみたいだね」
「ぐす、被害がカボチャだけで良かったかもしれません」
根こそぎっていうわけでもないし、何だか突発的な犯行という印象だ。
地元の人たちが犯人という雰囲気でもないし、やっぱり先ほどの車なのだろう。
雑に収穫を済ませて、大急ぎで逃げていったのだと思う。
「何にせよ、防犯カメラを設置した方がいいかもね」
「ドライブレコーダーみたいなものですよね? 役に立つかなぁ……?」
結局、逃げられて終わりにならないか心配だ。
「……ドライブレコーダー!?」
「ふぇ? 何ですか篤人さん?」
急に軽トラまで取って返した篤人さんを追って、私も軽トラまでくっついていった。
篤人さんは備え付けの機器を操作し、ドライブレコーダーを起動させていた。
さっきまでの運転の映像が小さめのモニターに映し出されている。
そして、細い道から飛び出してくる車のシーンが現れた。
「バッチリ映ってる」
「ホントだ。ナンバーまでしっかり見えますね」
これって何かの証拠になるのかな?
でも、直接、何かしたっていう証拠にはならないし、逃げきられてしまうような気も……。
そう思って篤人さんを見たら、ものすっごく悪そうな顔をしていた。
「え、あの、篤人さん? 何を企んでいるんですか?」
「いやぁ、ちょっと強力な罠でも仕掛けようかなって」
すごく楽しそうだ。
そして、私にも何をするのかがさっぱり予想できない。
さっきまでの優しさ100%の篤人さんはいったいどこへ?
怖いんですけど……!
「とりあえず、本部基地まで戻ろうか」
「えぇ? ……まぁ、いいですけど」
何やら考えがあるらしいけど、いつも以上に不安だ。
でも、放っておいたら絶対、私のあずかり知らぬところで色々やるだろうし……。
結局、私は篤人さんに促されるまま、本部基地まで引き返すことになるのだった。
--9月3日(日) 14時00分---
秘密結社パンデピス、地下4階――。
目の前の幹部専用区画の重厚な扉に向けて、私はバッジをかざした。
ピッという音と共に、扉が自動で左右に開く。
初めて見る地下4階の様子に、隣に居る戦闘員21号が感嘆の声を上げた。
まさか、私がここに入ることになるとは。
戦闘員21号はここに用事があるらしいけど、何をするつもりなんだろう?
「ふふふ、ようこそ幹部専用フロアへ」
「あれ、ノコギリデビル様……」
「我らは対等。もう"様"は不要だぞ、ミスティラビット」
「あ、はい、そうですね。えっと、ノコギリデビル」
「ふふふ」
満足そうに含み笑いをするノコギリデビルは、くるりと踵を返して歩き始めた。
どうやら案内役を務めるために出てきたらしい。
私と戦闘員21号は顔を見合わせ、何も言わずにその後ろを歩いていくことにした。
一本道の通路を抜けると、防衛隊の秘密基地のメインルームを思わせる部屋に出た。
複数に分かれたモニターには、監視カメラと思われる映像が映し出されている。
中央には席が1つだけ設けられており、パソコンらしきものが備え付けられていた。
「ふふふ、ここは本部基地のメインルームだ。基地内のあらゆる設備をコントロールできる」
「へぇ~、幹部っぽい……」
「ふふふ、まさにその通り、幹部の部屋ということだ。望むなら操作方法を教えるが?」
「いえ、今はまだいいです!」
基地内の全ての設備って、操作をミスしたらえらいことになりそうだ。
そもそも関わりたくないし、コレに触ることは無いようにしたい。
「それと、君の部屋を用意しておいた」
「え、私の部屋ですか?」
「ふふふ、幹部の特権といったところだ。"兎のマークの通路"と覚えておきたまえ」
「あ、はい。ありがとうございます」
メインルームの更に奥の方に、いくつかの部屋があるようだ。
その中の1つが私専用のプライベートルームとなっているらしい。
部屋なんて特に要らないんだけどなぁ。
「4階はそこまで広くはない。後で散策してみると良いだろう」
「分かりました。ありがとうございます」
4階の説明はそれだけみたいだ。
他にも細かな設備はあるだろうけど、4階はこのメインルームが全てなのかもしれない。
注意点なども特に無しということは、普通に歩き回って問題ないということだろう。
私の部屋も、覗くだけ覗いてみようかな。
「ノコギリデビル様、早速ですがお願いがございまして」
「ふふふ、珍しいな。言ってみたまえ」
それまで黙っていた戦闘員21号が話を切り出した。
私のカボチャを盗んだ犯人を捜す件で、わざわざ直談判のために4階まで来たのである。
ただ窃盗犯を探すってだけなのに、幹部に話すことなんてあるのかな?
「好美ちゃんの畑からカボチャが盗まれたので、お仕置きするので500万円ほど貸して下さい」
「ちょっ!?」
「あと、各工房の生産ラインと、表社会でホームセンターと繋がりがある部署への指令を……」
「あ、あの、戦闘員21号!?」
この場には私の正体を知っている人しかいないから"好美ちゃん"呼びは良いとしても、だ。
500万円って何だ!?
各工房への指令って何なんだ!?
私のカボチャのためにそこまでしなくていいよぅ!
「ふふふ、貸すのは構わんが、組織のためになるのだろうね?」
「もちろんです。ミスティラビットの幹部としての箔もつけるつもりですから」
「何をする気なんですか!? ノコギリデビルも止めてくださいよぅ!」
戦闘員21号は暴走してるし、ノコギリデビルは面白そうに笑うばかりだ。
まるで止まる気がしない。
被害者の私を置いてけぼりにしないでほしいんですけど!
「ふふふ、まぁ良いではないか。ミスティラビットは幹部として、部下を使うことも覚えねばならん。今回は戦闘員21号に任せてみるのが良いだろう」
「普段から頼りにしてます。けど、今の状態はちょっと……」
「ダイジョーブ! アツトにお任せってね!」
あかん、ダメそう。暴走しすぎだよぅ!
ノコギリデビルが止めてくれないとなると、他に誰か止めてくれそうな人っていたっけ?
せめて冷静にしてくれそうな人が居ればいいんだけど……。
「ふふふ、そういえば1つ伝え忘れていたな。正式に撤退専門部隊に配属されたブラックローチも、ミスティラビットと同伴という条件で各所への立ち入りを許可することにした」
「うぇ? あぁ、4階への立ち入りとか、そういうことですよね?」
「その通りだ。必要ある無しに関わらず、ブラックローチもたまには4階に入れてやると良い。奴なら間違いなく喜ぶだろう」
「はい、分かりました」
ブラックローチも私と同伴で4階への立ち入りOKか。
用事なんて無さそうだなぁ。
私の部屋がどういった内装か次第だけど、そこで作戦会議するのが関の山だろう。
うーん、この際、ブラックローチに賭けてみようかな?
「戦闘員21号、ブラックローチもその作戦に参加させてください」
「え? いいけど、急にどうしたの?」
「ちょっとした考えがあってのことです」
篤人さんが肝心なところを何も教えてくれないから、私も教えてあげませんとも。
とはいえ、ぶっちゃけ深い意味は無くて、黒川先生が程よくにブレーキ役になってくれることを期待しているだけである。
篤人さんは私に対しては妙に秘密主義というか、サプライズをしたがる傾向がある。
黒川先生には作戦の内容も共有するだろうし、彼が適度に諫めてくれることを祈るばかりだ。
「ふふふ、作戦については任せる。報告を楽しみにしている」
「承知いたしました。吉報をお待ちください。絶対成功させますから!」
敬礼する戦闘員21号を見て、ノコギリデビルはマントを翻して去っていった。
さて、私たちはどうしようかな?
「さっそく作戦に取り掛かりたいところだけど、プライベートルームだけ見ていこうよ」
「そうですね。どんな部屋か気になりますし」
ノコギリデビルを追うような形で、私たちもメインルームを後にした。
奥の方には各通路を繋ぐ円状の連結点があり、そこから先は5つのルートに分かれていた。
それぞれの通路の入り口に、何やらシンボルが描かれている。
"クワガタ"のマークはノコギリデビルのプライベートルームに違いない。
"兎"のマークは私のプライベートルームだ。
元来た道には"M"の文字が書かれていて、これがメインルームを表すようだ。
"悪魔"っぽいマークは何なんだろう?
"下方向の三角形"もよく分からない。まだ会っていない幹部の誰かかなぁ?
散策は後回しにすることにして、ひとまず兎の通路を進んでいく。
通路の先には扉が1つだけ存在していた。
この基地内では見慣れた、バッジ識別式の扉である。
私が扉横のパネルにバッジをかざすと、ピッという音が鳴って扉は無事に開いてくれた。
どんな部屋なのか、ちょっとワクワクしている自分がいる。
要らないとか言っておいてこれだ。私ってやっぱり現金な性格なのかなぁ?
「なるほど、広々としているねぇ」
「うわ、何にもない……」
扉の先は、見事なまでに空っぽの空間としか言えない部屋だった。
天井の低い体育館みたいに、木でできた床だけがそこにあるといった感じだ。
「これって、どうすればいいんですか?」
「好きなように使えってことだと思うけどね」
なるほど、私の好きなように使っていい部屋だもんね。
完全に自分の私生活を再現していいのであれば、ちょっとくつろぎたい時に便利かもしれない。
ただ、そんな家具やら何やらを用意するのはめちゃくちゃ大変だ。
ただお布団を用意して、それで終わりになりそうである。
「おっきなクマのぬいぐるみでも置くかい?」
「何を置くかは後で考えますけど、クマのぬいぐるみは要りません」
ここに置くくらいなら自宅の部屋に飾るってば。
秘密結社の地下基地にファンシーな部屋とか逆に怖いし。
だからといって悪逆非道の怪人っぽい部屋にするのもちょっとなぁ……。
せっかくもらった部屋だけど、やっぱり私にとっては無用の長物となりそうだ。
部屋の内検も終わり、その日はそれでパンデピスの活動はお終いとなった。
篤人さんは私を自宅へと送り届けると、車で一目散に走り去っていく。
色々と暗躍するつもりみたいだけど、本当にどうするつもりなんだろう?
まぁ、篤人さんならどうにかするか。
犯人が捕まれば上々だけど、無理なら無理で構わない。
よくよく考えたら私にとってマイナスにはならないんじゃないかと思う。
「天ぷら作ろっかな」
当初の予定とは違うけど、お料理くらいは予定通り作り上げておきたい。
夜には篤人さんも戻ってくるらしいから、その時に白エビも振舞うことにしよう。
私は嫌なことを記憶の彼方に放り投げて、カボチャを買って帰ることにした。
--9月6日(水) 5時20分---
珍しく雲1つ無い、カラッと晴れた空の下で私は自転車を漕いでいた。
牛乳瓶が振動でカチャリと涼やかな音を立て、道行く人がたまにこちらを振り返る。
夏の暑さも緩やかに収まっていく頃合いだけど、今日は真夏に戻ったように暑くなりそうだ。
お得意様の家に牛乳を届けて自転車に戻ると、1台の車がすぐ傍に止まっていた。
あの車は確か、黒川先生の車だったはず。
車を眺めているとドアが開き、思った通り黒川先生が運転席から降りてきた。
「好美さん、おはようございます」
「黒川先生、おはようございます」
挨拶を交わして、夏服スーツ姿の黒川先生を、ついまじまじと見つめてしまった。
ヒョロヒョロだった頃の面影は完全に消え失せ、顔色も凄く良くなっている。
半袖になって両腕がはっきり見えるようになり、鍛えた成果が筋肉として現れていた。
「今日は私が篤人くんの代わりです」
「あれ、そうなんですか? え、篤人さんは?」
「彼は見張り役です」
見張りって、何をだ?
「その様子だと、篤人くんは何も伝えていなそうですね」
「はい、なーんにも聞いていません」
「やれやれ、連絡役なのに報告を怠りがちなのは彼の悪い癖だ」
「あれは怠っているんじゃなくて、ワザとですよ、絶対!」
憤る私を見て苦笑しながら、黒川先生は教職員らしく、きちんと説明してくれた。
「篤人くんはまず犯人たちを捜し出しました」
「それ、初手でもう解決なんじゃ……」
あっさり言っているけど、よくそんなに早く見つけられたものだ。
どれだけ手際よくやったのやら。
「いえ、残念ながら決定的証拠がないからと、篤人くんは楽しそうに言っていましたね」
「楽しそうにって……。仕返しする気、満々ですよね?」
「そうでしょうね。嬉々として工作に励んでいましたよ」
実際に見ていなくても、その時の様子がありありと思い浮かぶ。
篤人さんってイタズラする時は急に活き活きしだすからね。
「事の顛末を軽く説明しますと、篤人くんは好美さんのカボチャを破格の値段で買いました」
「まさか、500万円くらいですか?」
「えぇ、そうです。これは組織から借りたお金らしいですね」
私のカボチャにそんな価値を付けないでほしい。
いくら何でも高過ぎだ。
「篤人くんは、その畑でとれた野菜ならそのくらいの価値はあるだろうと吹聴していましたよ。犯人たちの目の色が変わったところは、私にもはっきりと見て取れましたね」
「ってことは、また私の畑に来るんですか? 同じ現場に2回来るイメージが無いんですけど」
「普通なら1回きりにすると思いますよ。でも、値段が値段ですから」
篤人さんはそれを狙って無茶な値段で買い取ったのだろう。
わざわざ私の畑におびき寄せることを徹底して行いたかったようである。
現れた犯人たちを捕まえて現行犯逮捕! という青写真を描いているのだろう。
……ってことは、篤人さんが見張っているのは私の畑に違いあるまい。
「その後、篤人くんは好美さんの家庭菜園に多種多様な罠を設置したようです」
「えぇ!? 罠って、どんなですか?」
「各工房の力作らしいですよ。私は運び込んだだけなので、実物は見ていないのですけども」
パンデピス謹製の罠を仕掛けてるの!? 私の畑に!?
「それ、絶対にやりすぎますって!」
「一応、手心は加えると言っていましたが……」
「まったく信用できません!」
「まぁ、確かに」
黒川先生も思うところはあれど、強く止めるには至らなかったようだ。
でも、黒川先生を責めはすまい。
篤人さんの暴走具合は私でも想定外だったし。
「そんな感じで犯人を懲らしめて、今日中には解決する予定だそうですよ」
「よく分かりました。今日は私も学校を休んで参加します」
「え!?」
「今まで放っておきましたけど、いざとなったら私が止めます!」
篤人さんは手加減も上手いけど、いつもに比べて安全マージンが少ない気がする。
トラブルなど、万が一の時に備えて準備しておくに越したことはない。
パンデピスでは一応、私が上司なのだから、この件は責任をもって見届けるつもりだ。
もともと私の畑での出来事だしね。
「ふーむ、そうなると、私もお付き合いしましょうか」
「黒川先生もですか?」
「えぇ、純粋に興味があるのと、好美さんの送り迎えもした方がいいでしょうし。急ではありますが、休暇申請も何とかします。学校への連絡は私に任せてください」
「そうですか? 分かりました、お願いします」
黒川先生も篤人さんの工作の顛末を見届けたいと思っていたらしい。
私が私事に走ったことで、黒川先生も便乗する気になったようである。
「それじゃ私、すぐに仕事を終わらせてきます!」
「無理しなくていいですからね。牛乳瓶を割らないようにしてください」
注意喚起を行う黒川先生の声を背に、私は自転車のペダルに体重をかける。
ガチャガチャとなる牛乳瓶を乗せて、自転車は風を切り裂いて走り出した。
犯人たちがいつ来るのか分からない。
とにかく急がなければ!
--9月6日(水) 7時14分---
「篤人さん」
「あれ、好美ちゃん? 黒川先生まで」
木陰でサンドイッチを広げていた篤人さんに声を掛けた。
身を隠すのに程よく、しかもちょっとだけスペースが空いた位置に私たち3人が並ぶ。
篤人さんがこの様子ということは、どうやらまだ犯人は来ていないらしい。
よかった、何とか事が始まる前に間に合ったようだ。
「ダメだよ黒川先生。車があったら相手が警戒しちゃうでしょ」
「おっと、そうですね。ここに車で来たのは間違いでしたか」
「まぁ、車が出て行くところを見たら相手も警戒を緩めるから、マイナスだけじゃないよ」
考え無しに来てしまったのはちょっと問題があったらしい。
確かに、相手を呼び込むなら"誰もいない"って思わせなきゃダメだもんね。
後で車を移動させないといけなそうだ。
「それで、2人とも何で来たの? 学校は?」
「今日はお休みします。篤人さんに任せたら碌なことにならなそうですから」
「え~、大丈夫だって言ってるのに……」
篤人さんが苦笑しつつサンドイッチを頬張る。
ちょっとお腹が空いてきた。
朝ご飯、適当に済ませてきちゃったからなぁ。
「私は純粋な興味ですね。あと、好美さんの送り迎え係です」
「いやぁ、黒川先生には荷運びを手伝ってもらえて助かったよ」
荷運び、ね。
その荷物が一切見当たらないということは、既に畑に設置済みなのだろう。
畑をじっくり見てみたものの、いつも通りの何の変哲もない畑だ。
罠があると分かっていても何一つ見つからない。
これ、私が畑に入っていったら絶対に罠にかかってしまうだろうなぁ……。
「これ、仕掛けてくるのは難しいかも……」
「仕掛けるって何をだい? まさか、好美ちゃんも罠を使ってみたかった?」
「違いますよぅ。警告のメッセージを流すようにしたいんです」
私はスマホを取り出しながら、警告音を用意してきたことを告げた。
朝、ボイスと効果音を準備してきたのである。
犯人たちに対して、せめてもの情けで罠があることを警告しておきたい。
「へー、聞いてみてもいい?」
「いいですよ」
音量を控えめにしつつ、私は警告音を再生した。
『ビー、ビー! 罠が発動します。速やかに出て行ってください』
「これだけですが……」
「好美ちゃんが自分で声を入れたんだね」
「ふむ、ループ再生すれば使えそうですね」
我ながら、急いで作ったにしてはイイ感じの警告音声になったと思う。
特に、最初のクラクションっぽい音は力作なのだ。
「ビービーいう音を作るの、苦労しました」
「えっ、そこも好美ちゃんの手作りなの!? どうやって作ったのさ?」
「身の回りにあるものだけでBEEP音なんて作れるものなんですか?」
「どうやってって、草笛ですけど」
「「おぉ~……!」」
見事に2人の声が重なる。
そんなに特別なことはしていないし、工夫次第だと思うんだけどな。
まぁ、出来栄えはともかく、それを仕掛けることができるかどうかが問題だ。
「オーケー、センサーに引っ掛かったらスマホにメールが届くようにして、そこから着信音を好美ちゃん謹製の警告音にして、と……」
私のスマホに、篤人さんが色々な設定を入れていく。
ずっと鳴りっぱなしではなく、畑に踏み込まれたら再生するように設定してくれるようだ。
というか、篤人さんの作戦の邪魔をする形になるのだけど、そんなに協力的でいいのだろうか?
「あの~、使ってくれるんですか? 篤人さんの邪魔しちゃうと思うんですけど……」
「好美ちゃんには悪いけど、たぶん無視して入り込んでくると思うよ」
「そうでしょうね。立札で"キケン"と書いても、きっと犯人たちは上がり込んできます」
この音声だけで犯人たちは思いとどまることはないだろう、という判断のようだ。
泥棒って注目されたら撤退するらしいし、効果あると思うんだけどなぁ。
篤人さんは私のスマホを持って、さっさと畑へ入って設置を済ませてくれた。
私と黒川先生はいったん車を移動させて、今、こっそり畑へと戻ってきたところだ。
あとは犯人たちが来るのを待つばかりである。
待つこと5分。
畑から車が出て行ったのを見ていたのか、犯人たちは時間を置かずしてその姿を現した。
ファミリーカーが現れて、4人の男たちが次々と降りてきたのである。
「お、ようやく来たね。夜中のうちにやればいいのに……」
「何だか暑そうな格好をしていますね」
「一応は監視カメラを警戒しているのでしょう」
犯人たちは姿が分からないように、長袖、マスク、サングラスを装備している。
まだ残暑厳しい季節なので、あれで労働するのは大変なんじゃないかと思う。
その4人の男たちは一目散に畑へ入ろうと歩みを進めて……。
『ビー、ビー! 罠が発動します。速やかに出て行ってください』
どうやらセンサーに引っ掛かったようだった。
大音量で流れた私の警告に、4人は一瞬だけ動きを止める。
しかし、お互いに目を合わせると、警告を無視して畑の中へと入っていった。
「うぅ、止まってくれないよぅ……」
「むしろ、早くしなきゃと思ったみたいだねぇ」
「好美さんには悪いですが、こちらの思う壺といったところですね」
残念ながら撤退はしてくれないようだ。
せめて罠があるって部分だけは意識してくれればいいのだけど……。
どかーん!
「「「ギャーッ!」」」
畑の中心で大爆発が起きていた。
炸裂する炎と煙の中に、犯人たちの叫び声がこだまする。
「なななな、なにごとですか!?」
「さっそく引っかかったみたいだねぇ」
おおよそ畑に相応しくない大爆発だったんですけど!?
あの爆発の規模は、もはや地雷である。
辺りにはもくもくと煙が立ち込め、ここだけ山火事が起きたかのようだ。
しばらくすると煙が晴れ、倒れ伏した犯人たちの姿が露わになった。
全身が煤だらけで、まるで戦場の兵士か何かの様相を呈している。
それでも致命的なダメージは受けていないようで、しばらくすると全員が立ち上がった。
まだ諦めていないのか、畑の作物を目指して進んでいく。
すると、今度は巨大なトラバサミが地中から現れて、犯人たちの足にガッチリ噛みついた。
いや、足どころか胴体までガブリと噛みついている。
見た目は痛そうなんだけど、もがいている姿を見る感じ、これもダメージは無いらしい。
「アレなんだけど、しばらくしたら外れるようにしてあるから」
「えぇ!? 何でわざわざ?」
「いろんな罠を試してみたいじゃない?」
「そんなことを考えるのは篤人さんだけですよぅ!」
私たちがひそひそ話で騒いでいるうちに犯人たちはトラバサミを抜け出していた。
ようやく作物の場所まで到達すると、サツマイモの蔓を力任せに引っ張っている。
私の畑って、サツマイモなんか植えてなかったような……?
「「「ぎゃぁあああ!?」」」
「今度はなにごと!?」
犯人たちの足に蔓が巻き付いて、地面をズルズルと引っ張られていた。
引き回しの刑って時代劇の拷問にあったような気がする。
幸いにも距離は短いみたいだから、これもダメージとしては少ないっぽいけど……。
ちなみに、この罠も時間が来たらあっさりほどけるようになっているようで、しばらくしたら犯人たちは足に付いた蔦から解放されていた。
「罠はまだまだあるよ」
「どれだけ仕掛けたんですか!?」
その後、何度も犯人たちは叫び声をあげることになった。
金タライが降って来たり、落とし穴に引っ掛かったり、仕込みマシンガン(BB弾)が現れたり……。
どこかで見た罠のオンパレードである。
そして、逃げ惑う最中にまた地雷を踏んだらしく、またしても爆発が起きた。
「大丈夫、野菜にはダメージが無いように配置しているから」
「……犯人には?」
「篤人くんなら死なないように配慮するでしょう。大丈夫ですよ、たぶん」
「たぶんって……」
そんなことを話していると、今度は連続で爆発が起きた。
複数人がそれぞれ地雷を踏み抜いてしまったらしい。
もはや爆撃されているような状態だ。
「うーん……ちょっと火薬の量が多かったかなぁ?」
「野菜、大丈夫ですかね?」
私が心配しているのは、もはや野菜じゃないんですけど!
助けに行くべきろうかとたまらず立ち上がったところで、息も絶え絶えになった犯人が土煙の中から出てきた。
良かった、まだ生きているようだ。
彼らもようやく危険だと悟ったのか、乗ってきた車の方へと戻っていくようである。
まぁ、こんなやりすぎの罠なんてあるわけないと思うもんね。
『ビー、ビー! 罠が発動します。速やかに出て行ってください』
「あっはっは、逃げられないよ!」
ハイテンションの篤人さんが私の警告と相反することを告げた。
彼らはすでに満身創痍の風体になっている。
もう、逃がしてあげたらいいんじゃないかな?
「ふぅむ、まだ逃げようとするとは、意外と根性がありますね」
「いやいや! 一刻も早く逃げたいと思うでしょうよ、普通!」
「一歩も動かないという選択肢もありますよ? 漏れなく捕まりますが」
黒川先生は白旗を上げるのも1つの手段だと言いたいようだった。
まぁ、確かにじっとしていたら罠には引っかからないと思う。
その場合は黒川先生の言った通り、間違いなくお縄を頂戴する羽目になるだろう。
それを嫌った犯人たちは全力で逃げ出す方を選んだようだ。
「大丈夫! 最後に凄い仕掛けが残っているから!」
「なるほど、それは楽しみですね」
「これ以上に凄いのがあるんですか!?」
もうすでにやりすぎなのに?
私は彼らを助け出そうとしていたこともすっぽり頭から抜け落ちて、哀れな被害者(加害者か?)の身の安全を祈っていた。
犯人たち、どうか無事でいて……!
畑の端っこまで移動した犯人たちだったが、その時、『ゴゴゴゴゴ……』と地鳴りが響いた。
「い、急げ、何が起こるか分からんぞ!」
「ヤバイヤバイヤバイ……」
「こんなことになるなら来るんじゃなかった!」
「とにかく早く逃げないと!」
犯人たちの狼狽えようも相当な物だった。
そんな彼らを嘲笑うかのように、何と地面がベルトコンベアの如く動き出した。
犯人たちは瞬く間に畑の中心へと運ばれていく。
「「「うわぁあああ!?」」」
「え、何あれ!?」
「また大掛かりな……」
「いやぁ、仕掛けるのに苦労したよ」
私の畑がからくり屋敷かというくらいのギミックで犯人たちを追い詰めていた。
さらに、地面の下から鉄の檻がせり出し、4方向から犯人たち4人を取り囲むように迫ってくる。
それと同時に支柱付きの滑車とロープが地面から現れた。
呆気に取られている犯人たちは、あれよあれよという間に鉄の檻に閉じ込められ、その檻が滑車で空中に釣りあげてしまった。
ゆらゆら揺れる鉄檻の中、犯人たちは鉄の檻にしがみついて恐怖しているようだ。
「「「助けてくれぇーーっ!」」」
情けなくも口々に助けを求めて叫び声をあげている。
もはや命以外は諦めてたようで、顔を覆っていたマスクなどもすべて取り外していた。
「よしよし、完璧! アツトにお任せってね!」
「素晴らしいトラップの数々でした。パンデピス装備部門の力も侮れませんね」
「やりすぎだよぅ……」
篤人さんが本気を出して好き勝手にやったらどうなるのか、1つの知見を得た。
私の畑はというと、残っていたカボチャは奇跡的に無事である。
この間、植えたばかりのブロッコリーやキャベツの芽もしっかり守られていた。
もはや粉々になっていた方が納得できる結果なのに、何で残っているのやら。
「それじゃ、警察を呼びますか」
「そうですね。きっちりお灸を据えていただきましょう」
「私、差し入れくらいしようかな……」
最後まで容赦のない篤人さんと黒川先生がしっかりと警察を呼び、犯人たちはお縄になった。
私は畑の被害を嘘偽りなく報告し、後は司法に委ねることにした。
示談にするかどうかも聞かれたけど、お金の問題じゃないからね。
篤人さんも反対意見を言わなかったし、これで一件落着ってことでいいだろう。
……そう思っていたんだけどね。
--9月7日(木) 8時15分---
「おはよー」
「おはよー」
朝の教室に、おはようの挨拶が行き交っている。
お休みをもらった翌日、私はいつも通りに学校へと登校していた。
昨日の夜は時価500万のカボチャ(私の畑産)でもう一回、天ぷらを作った。
その味は店売りのカボチャには若干劣るものの、十分に美味しい物だった。
篤人さんも黒川先生も喜んでくれたし、色々と手を回してくれたお礼にはなったかな?
畑の問題が片付き、私は幾分か晴れやかな気分で私は教室のドアを開いた。
「おはよう」
「よっしーっ!」
「え、な、なに?」
教室に入った途端に、輝羽ちゃんが満面の笑みで駆け寄ってきた。
一緒にいたぷに子ちゃんと弘子ちゃんもこっちへ小走りで向かってくる。
いつも通りといえばいつも通りだけど、普段と比べてその熱量がかなり高い。
「衝撃ニュース! よっしー、凄いことになってるよ!」
「え? え?」
「ついさっき出たニュースですよ~!」
「よっしー、お前とんでもないことやってるな」
輝羽ちゃんがスマホをぐいぐいと見せつけてくる。
促されるまま画面を覗くと、そこにはNEWの文字と共に『家庭菜園の役! 農作物を狙った窃盗団、逮捕!』の文字が凄い数のイイネと共に表示されている。
窃盗団……? 嫌な予感が……!
「ほらほら! よっしーも出てる!」
「うぇ!? ほ、ホントだ!」
昨日、捕まえた人たちの顔写真と共に、私の写真も掲載されていた。
こういうのって、普通は犯人側しか出ないものなんじゃないのだろうか?
なぜ私まで?
「功労者としてよっしーちゃんが紹介されていますよ~!」
「こいつら、集団でサクランボやスイカを盗んでて、被害総額10億くらいだってさ」
「ふぇ~……!」
「ほら、これも見てよ! 凄いのが出てる!」
さらに輝羽ちゃんが別のサイトを見せてきた。
そこには私の畑で起きた爆発を含む様々な罠にひっかかる犯人たちの映像が、見事な画質の良さで撮影されていた。
ご丁寧に、ドラマの合戦で使われているような和風かつ勇壮なBGM付きである。
その動画にもかなりの数のイイネが押されており、コメントの数もすさまじい。
一部を読んでみたが、どうやら農業従事者の人たちも見に来ているようで、『いい気味』だとか『もっとやれ』とか、怨嗟に満ち満ちたコメントがたくさん書き込まれている。
あの犯人たち、物凄く恨まれていたみたいだ。
「窃盗団、総勢10名のうち、4人をよっしーが捕まえたんだってね!」
「昨日、休んだと思ったらとんでもないことしてますよ~!」
「リーダーが捕まっちゃ、お終いだわな」
4人の中にリーダーが居たのか……。
想定外の高値がつく野菜につられて、うっかり出てきてしまったんだろうな。
警察もさすがの行動力で一気に窃盗団を一網打尽にしてくれたようである。
しかし、動画が出ていることといい、私の写真が出たことといい、たぶんこれ、篤人さんがわざと公開するように仕向けたんじゃないかと思う。
警察は被害者側の情報は守ってくれるだろうから、何も言わずとも普通は私が関わっていること自体を伏せてくれるはずだ。
篤人さんはいったい何を考えてこんなことをしたのやら。
「おーっす!」
「おはよう」
「おはよう。あ、好美さん……!」
渡くん、修一くんの騒がしいコンビと一緒に零くんが教室に入ってきた。
零くんが私を見るなり声をかけてくるのは珍しい。
もしかして、みんなもニュースを見たのかな?
「おはよー! 零くんも見た!?」
「見たよ。何あれ?」
「わ、私がやったわけじゃないんだよぅ!」
ひとまず自分のあずかり知らぬところで起きたことだとアピールしておく。
あれはパンデピスが用意した備品だから、零くんに突っつかれるのは心臓に悪いのだ。
篤人さん、バレないように上手くやってくれたよね……?
「アグレッシブ・トラップシリーズだよね。まさか使う人がいるなんて」
「うぇ? アグレッシブ……??」
なんだか聞きなれない名前が飛び出してきた。
意外にも、私より零くん側に心当たりがあるらしい。
防衛隊も色んな装備を取り扱うし、零くんもトラップ関連の接点が多いのかな?
「昨日、防衛隊の先輩が面白そうなの見つけたって話していたんだ。ホームセンターで最近、試供品として出回っていた超攻撃的な防犯グッズのシリーズなんだって」
「そんなもの、あったんだ……!」
「"レーザーかかし"とか、凄い物もあったらしいよ」
「それ、スズメやカラスが可哀想かも……」
篤人さん、それを私の畑に使ったのか。
……いや、たぶん逆だ。
篤人さんが色々と誤魔化すために試供品として出回るように仕向けたのだろう。
ホームセンターにも指令を出そうとしていたから、きっとそうだ。
「あんな大がかりな物、売れるわけないと思っていたけど、もしかしたら売れるかもね」
「あの窃盗団の壊滅ってやつだろー!? 実績は十分だな!」
「久しぶりにまた好美が全国ニュースに出るな。良かったじゃんか」
「良くないよぅ……」
私は目立ちたくないっていうのに、何で私の方がピックアップされるんだ。
そういうのはヒーローとか、全国制覇した久くんだけで十分だってば。
しかも、今回は私がやったことじゃないのに!
「おはようございまーす! みんな席について~!」
星先生が教室に入ってきて、みんな自分の席へと戻っていく。
点呼の最中もひそひそ話で教室中が盛り上がっていた。
輝羽ちゃんなんて、先生の目の前なのに思いっきりスマホを構っているようだ。
ほどほどにしないと、取り上げられちゃうよ?
「みなさーん、またテレビカメラが来るかもしれませんが、変なこと言わないようにね~」
「「「はーい!」」」
またニュースになるのか。
2学期が始まって早々、こういった騒がしさまでもが戻ってきてしまった。
平和に暮らしたかったのに……。
学校、また休もうかな?
--9月7日(木) 17時15分---
「残念だったな!」
「ちっくしょぉ!?」
目の前の男が悔しそうに悪態を吐いた。
負け犬の遠吠えとは、まさにこのことだろう。
その男は屈強な防衛隊員たちに取り押さえられ、身じろぎするのが精いっぱいだ。
俺と飛竜は今回、出番すら必要無かったな。
それにしても、陽が高いうちから仕掛けるとは浅はかな奴だ。
「防衛のプロに挑むなんて10年早いぜ!」
「こちら防衛隊、窃盗団の残党を無力化した。直ちに警察に身柄を譲渡する」
「もう仲間はいないだろうが、念のため周囲の警戒を続行する」
防衛隊の仲間たちがテキパキと任務を遂行していく。
今、防衛隊員たちが捕まえたのは、昨日ほぼ壊滅状態に陥った野菜泥棒の組織の残党である。
もはやたった1人だけになり、ことの発端となった好美ちゃんを道連れにしようと襲撃を目論んだようだ。
もしもの時を考えて警戒を強めておいたのがドンピシャで命中した形だ。
窃盗団の壊滅のニュースには1つだけ伏せられていた情報があった。
最後の仲間の1人が逃走中だということである。
ニュースを見た最後の1人は自分の存在がバレていないと錯覚したことだろうが、残念ながら顔も名前も既に把握済みだ。
相手の警戒を解くために、そういうニュースにしてもらったのである。
「俺の手で捕まえたかったんだけどな~」
「零も優輝も同じことを言いそうだな。まぁ、今回は同僚に手柄を譲ってやってくれよ」
飛竜がちょっと悔しそうにつぶやく。
好美ちゃんの騎士は見事にヒーローばっかりだな。
まぁ、愛されるのも納得だし、彼女には幸せになって欲しいと俺も願っている。
ちなみに、普段は温厚な優輝も姉のこととなると態度が変わることがある。
カボチャが盗まれたって聞いて、けっこう怒ってたっけな。
その優輝も、今しがたの犯人逮捕できっと留飲を下げてくれることだろう。
「好美ちゃんは何も知らないでしょうね。今日のことは……」
「知らなくていいんだよ。恩着せがましく言う必要はないだろう?」
俺の意見に、飛竜も納得顔で頷いていた。
窃盗団はこれで全員、捕縛済みだ。
彼女をつけ狙う者はもういないし、済んだことでわざわざ怖がらせる必要も無いだろう。
畑の問題で色々と大変だったんだから、普通に、平和に過ごしてくれればいいんだ。
「好美ちゃん、また表彰されるんスかね?」
「それはないだろうが、窃盗団の被害者からは賞賛されることになるだろうな」
それこそ嘆くしかなかった人たちが積年の恨みを晴らすことができるんだ。
好美ちゃんにはどれだけ感謝してもしたりないはずである。
今回、あの子がニュースになったのは、ホームセンターの試供品に『使用した際はそれを動画を出すこと』という条件が入っていたからだ。
その動画を、放映局側が許諾を得てテレビニュースでも使わせてもらったのである。
あれを作っている会社は今ごろ鼻息を荒くしているころだろう。
あの条件1つで、巡り巡って、まさかのテレビ放映だ。
濡れ手に粟の大チャンス到来に、大急ぎで商品化を進めているようである。
その会社にとっても、好美ちゃんは女神みたいなもんだな。
その好美ちゃん本人は、どうやら騒がしいのが苦手らしい。
実際の人物像としても大人しい性格なのに、どうにも周りが放っておいてくれないな。
「本人は静かに暮らしたがっているんだ。周りに変な虫が寄り付かないように俺たちが……」
「上杉さん! あの子を盗撮しようとしたカメラ小僧を捕まえたんですが」
「教官、さっそくみたいっスよ」
「……だな」
すぐこの有様だ。
あの子、ただでさえ有名人だからな。
「すぐ行くよ」
俺の出番なしで終わるならそれでも良かったんだが、どうやら説教係をしなきゃいけないらしい。
まぁ、これもお役目って奴だ。
しっかり自分の仕事を果たして、この街が少しでも平和になるよう努めよう。
俺は声を掛けに来てくれた隊員と共に、自分の仕事場へと向かった。




