犬と猿の怪人
~前回のあらすじ~
幹部候補を決めるトーナメント戦に挑むブラックローチとブラッディローズ。
みごとに優勝を勝ち取ったのはブラッディローズだった。
その開会式で正式に昇格したミスティラビットは幹部としての初陣に挑むが……
大理石で作られた薄暗い回廊に、3つの影が伸びている。
そのうちの1つがジャラリと鎖付の首輪を取り出して大きく両腕を広げた。
「彼女にはこの首輪型の爆弾をプレゼントしよう。ヒーローたちが彼女を救えるかどうか、ギャンブルといこうじゃないか」
1つめの影、それは下衆な薄ら笑いを浮かべたピエロ姿の男であった。
2つめの影、猿轡をされた少女を前にして、非情なゲームを提案している。
「ギャンブル、ねぇ。どうせ最後には殺すつもりなんだろ?」
「はっはっは! それはお客人のベット次第だよ!」
そして、それを傍らで面白そうに聞いているのは、3つめの影、蛇の顔をした怪人であった。
彼らと少女以外には誰もいない空間に、悪意の塊のような会話が続く。
小さく反響する言葉は、正義を嘲笑うかの如く大理石の回廊へと染み込んで消えた。
「どうせなら彼女の死に方も賭けの対象にして……」
「誰だ!?」
ピエロの話を遮り、蛇の怪人がハンドガンを虚空に向けて発射した。
狙われた空間に歪みが生じて人の形を為すと、その人型は弾丸を間一髪で躱す。
空間の歪みは徐々に像を結び、やがて白いスーツとフルフェイスのマスクをしたヒーローの姿へと変わった。
「貴様は……!」
「彼女を返してもらいに来た。秘密結社ハイドヒュドラの暴虐もここまでだ!」
――私はテレビのスイッチを消した。
「なんじゃ、好美。いいところじゃったのに」
テレビを見て盛り上がっていたお父さんが文句を口にする。
私は通学用のカバンを肩にかけたままテレビのリモコンをテーブルに置いた。
「だって、違和感がすごいんだもん……」
今のは、ヒーロー、クロスライトが秘密結社ハイドヒュドラを壊滅させた時の戦いを再現した、特撮のテレビ番組である。
そのクロスライトに変身する少年こそが、私の弟のゆーくんこと佐藤優輝なのだ。
ゆーくんのことは当然ながら、よぉく知っている。
特撮の演者は頑張ってくれているのだけど、私から見たらどうしても違和感が強くて馴染めない。
見ていると落ち着かなくなるので、テレビを消すという実力行使に出たのだ。
「まったく……」
お父さんがまたテレビのスイッチを付けてしまい、特撮の続きが始まる。
私の要望は聞いてくれないようだ。
まぁ、すぐ出掛けるからいいんだけどね。
夏休みが終わり、今日から2学期が始まる。
学年は違えど、本物のゆーくんにも会えるのだ!
「行ってきま~す」
「おぉう、行ってらっしゃ~い」
玄関を飛び出し、今日はいつもより少し早めに登校する。
ゆーくんも早めに登校しているから、運が良ければ会えるかもしれない。
外はまだまだ夏の日差しが強くて、私の夏服が光を反射して白く輝きを放つ。
「いいことあるといいなぁ~」
新しい季節に心も弾む。
私は心持ち早足で南中学校へと向かうのだった。
--8月29日(火) 7時00分---
校舎まで着くと、早速ちょっとした変化が私を出迎えてくれた。
屋上から次のような垂れ幕が垂れ下がっていたのである。
『おめでとう 小海久くん!
全国中学校 空手道選手権大会 男子個人組手 優勝』
久くんがついに全国制覇してしまった!
まだ2年生なのに……。
まぁ、私は弘子ちゃんに教えてもらっていたから知っていたんだけどね。
「すごいなぁ」
久くんは警察官になるための努力をしている傍ら、部活でもこれ以上ない結果を出している。
しかも頭も良くて、私はテストじゃ一度も勝てたことがないのだ。
2学期の中間テストでは是非とも勝ちたいんだけど、厳しい戦いになるのは間違いない。
拳をグッと握りしめて垂れ幕を眺めていたら、後ろから車が入ってくる音が聞こえた。
高級感の漂う黒塗りの車が南中学校の校門を潜って入ってくる。
間違いない樋口さんの車だ。
黒い車は駐車スペースに停まると、中からゆーくんと樋口さんが出てきた。
相変わらず、樋口さんがゆーくんの手を引いて車から降りる手助けをしている。
あれはもはや、樋口さんがゆーくんに触れたいだけにしか思えないなぁ。
防衛隊の研究所員である樋口さんは、クロスライトに助けられた後からゆーくんにぞっこんで、こうやって送り迎えも自ら進んで行っている。
まぁ、ゆーくんには何故かその想いは伝わってないようなのだが。
「おはよう、姉さん」
「ゆーくん、おはよう。樋口さんもおはようございます」
「おはよう、好美ちゃん! 服、ちょっとよれてるよ」
普段、ゆーくんにそうしているように、私の制服の乱れをささっと直してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「ふふ、可愛くなった」
くぅ、いい香りがする……!
大人の女性って感じがするし、その魅力には太刀打ちできないや。
私って女子力、低いのかなぁ?
「さぁさぁ、2人とも早く学校へ行かなきゃ! 取り囲まれちゃうよ」
「ふぇ?」
「またテレビの取材が来るんだって。というか、すでにそこに……」
ふと見ると、校門付近に人だかりができていた。
リポーターとカメラマンなどの、テレビ関連のスタッフたちのようである。
あのリポーターさんって体育祭で輝羽ちゃんに引っ張りこまれた人じゃないかな?
そのうち、うちの生徒と顔見知りになりそうだ。
そのテレビスタッフ陣をすり抜けるようにして、3人の女子たちがやってきた。
あれは、ゆーくんのクラスの女子3人組のようである。
「おはよう、ゆーくん! 久しぶり!」
「オッス! 早く教室いかねーと!」
「おはようございます、優輝くん。お姉さま」
ゆーくんを見つけた女子3人組が挨拶をすると、さっそくゆーくんの手を引く。
以前、この子たちがゆーくんを追いかける迷惑女子を制していたところを見たこともある。
もはや親衛隊だよ。
「それじゃ、また学校終わりにお迎えに来るね」
「うん、ありがとう。姉さんも、またね」
「うん、また」
ゆーくんは去っていく樋口さんを見送ると、親衛隊と一緒に玄関へと入っていった。
あ、下駄箱を開けた途端にラブレター爆撃が……!
広く飛び散ってしまったハートシール付きの手紙を、ゆーくんが慌てて拾い集めている。
親衛隊の3人はそれを見て渋い表情だ。
「相変わらずモテてるなぁ」
何通あるのか知らないけど、きっと全部読んで答えを返すに違いない。
ゆーくんは不誠実な対応はしないだろうからね。
新学期早々、ヒーローとなった我が弟はいろいろと大変そうだ。
しかし凄まじい量だ。いったい何通あるのやら。
絶対、1学年分じゃないし、全学年から満遍なく貰っているような気がする。
さすがにちょっとモテ過ぎじゃないかな?
ざっと手紙を拾い集めたゆーくんは、親衛隊と一緒に教室へと走っていった。
入学当初はどこにでもいる一般中学生だったんだけどなぁ……。
この騒ぎも、ゆーくんが彼女を作ったら収まるのだろうか?
「頑張れ、弟よ」
私は無責任な激励の言葉を贈ると、内履きのシューズに履きかえて教室へと向かった。
--8月29日(火) 8:15--
「おはよー!」
「おはようございます~!」
「おはよ。よっしーが一番乗りか」
「うん、おはよう」
自分の席で荷物を整理していると、仲良しグループの3人が教室に入ってきた。
それぞれ自分の席に荷物を置くと、私の席に集まってきておしゃべりが始まる。
「夏祭りの写真、できてるよ」
「「「おぉ~!」」」
弘子ちゃんが私の机の上に写真を並べた。
浴衣姿の私たちが焼きそばを食べたり射的をしたり、お神輿の前でポーズをとっている。
今回は私も和服を着せられての参加だった。
私は浴衣なんか持っていないので、ぷに子ちゃんに借りたのだが、何で私にぴったりのサイズが準備されているのだろうか?
特に頼んでいたわけでもないのに……。
どこかから私の乙女の秘密が漏れている!? ……そんなワケないか。
「こっち、マキちゃんと黒川先生が写ってるねっ!」
「ふたりとも和服ですよ~!」
「この日、急に部活が休みになったと思ったら……」
黒川先生はきちんと星先生をお祭りに誘ってくれたようだ。
星先生も部活を急遽取り止めるとか、絶対に行くという強い意思を感じる。
これで多少の後押しになれていればいいのだけど。
「夏休みの練習、入れ込みすぎだったから丁度良かったと思うよ。倒れそうだったからさぁ」
「バレーボール部、惜しかったよね~!」
「全国大会まであと一歩でしたよ~!」
「県大会、準優勝だもんね」
バレーボール部はあと一勝のところで負けてしまい、全国大会出場は成らなかったのだ。
しかも、ギリギリ競り負けての敗北だったから悔しさもひとしおだったようである。
「手応えはあったし、来年こそはってみんな燃えてたからギリギリ耐えられたけどさ……」
「鬼教官モードだね」
「おい、よっしー! その言葉を言うなよ、マジで!」
「弘子ちゃん、必死ですよ~」
「あの弘子がここまで必死になるのかぁ~」
星先生の鬼教官モードが恐れられているっていうのは本当みたいだ。
どこかで聞かれたらまずいし、あまり声に出さないようにしよう。
「おーっす」
「おはよう」
教室に渡くんと修一くんも入ってきた。
このふたりは肌がこんがり焼けて小麦色になっている。
サッカー部を頑張ったのか、それとも夏を満喫したのか分からないけど、たくさん外に出ていたのは間違いなさそうだ。
「おーい、渡ぅ~! 宿題やって来たか~?」
「ったりまえだろー! なっ、修一!」
「修一くん、本当ですか~?」
「バッチリ監修済み。やって来てるよ」
渡くん、宿題をやってこないイメージがあったけど、ちゃんとやってきたようだ。
修一くんが頑張ってやらせたのかな?
「あぁ、今回、俺はあまり口を出してないぞ。黒川先生が面倒をみてくれてたから」
「あれ? そうなんだ」
「わざわざ家まで来るんだぜ? びっくりしたぞ!」
黒川先生、そんなこともしてたんだ。
渡くん、学年最下位だからなぁ……。
何とかうちのクラスの平均点を引き上げようとしているのかな?
「俺らのことより、お前らはどうなんだよ」
「ふふーん! 学年10位の私に何を言っているのやら!」
「学年16位の私に死角なしですよ~!」
「嘘つけ! 昨日、私とよっしーに泣きついてきたクセに!」
「あはは……」
昨日、輝羽ちゃん、ぷに子ちゃんからのヘルプを受けて、頑張って終わらせたんだよね。
多少はやっていたみたいから何とかなったけど、もうちょっと計画的に勉強できないかなぁ?
「「おはよう」」
「おっ! 来たな、ヒーローズ!」
「ヒーローって、俺もか?」
「全国制覇したんだからヒーローでいいだろー?」
久くんと零くんが揃って教室に入ってきた。
ふたりとも朝練かな?
夏の暑さとは違う理由で出た汗が光っているように見える。
「2年生で全国制覇だなんて、久くん、強いわけだよ」
「零だって強くなっただろう。活躍してたじゃないか」
零くんは中学2年生にしてヒーロー、ブルーファルコンに変身する防衛隊の一員であり、全国でも珍しく正体を明かしているヒーローなのだ。
普通だったらゆーくんよりモテてもおかしくないのだが……。
「お、おはよう、好美さん」
「うん、おはよう。零くん」
何の間違いなのか、彼は私のことを好きになってしまったのである。
それが学校どころか日本全国に知れ渡っているため、今では零くんを狙う女子も少なくなっている。
私は秘密結社パンデピスに所属する怪人だから付き合うつもりはないのだけど、告白を断ったのに零くんは諦めてくれない。
今も、『付き合っちゃえばいいのに』という言葉がそこかしこから聞こえてくる。
こうやって騒がしくなると、私が怪人だとバレることに繋がりそうで嫌なんだけどなぁ。
「はいはーい、みんな席に着いてー!」
星先生が教室に入ってくると、それぞれ自分の席に戻って朝の会が始まった。
しばらく夏休みで間が空いたけど、いつもと同じ日常が戻ってきたという感じがする。
点呼を受けながら、私は学校生活の感覚に平和と心地よさを感じるのだった。
--9月2日(土) 5時30分---
9月に入って最初の土曜日がやってきた。
今日はあいにくの雨。
私は雨がっぱを羽織って牛乳瓶を乗せた自転車を漕いでいた。
雨粒を集めた排水溝がチョロチョロと音を立て、道の端っこを流れていく。
普段は働き者の蜂たちや飛び交う小さな虫たちも今日はお休みだ。
牛乳瓶を配達して回っていると、目深に帽子を被り、青いウインドブレーカーに身を包んで走ってくるランナーがすぐ目の前を通り過ぎていった。
こんな雨の中なのに、防衛隊の飛竜さん以外にも走っている人がいるんだな……。
そんなことを考えながら見ていたら、ランナーが急に足を止めて、こちらを振り向いた。
「好美さん?」
「あ、零くん?」
ジョギングしていたのはクラスメイトの零くんだった。
着ている服が変わっていたから気づけなかったよ。
「こんな雨の日にも配達してるんだね」
「うん。雨でも関係なしだよ」
雨合羽につば付き帽子、長靴でフル装備した私は大雨でもへっちゃらだ。
夏場はむしろ雨が涼しさを運んでくれるので楽なほどである。
「零くんこそ、雨なのに外で走るんだ?」
「まぁね。雨が降ると外を歩く人が少なくなるでしょ? だから雨の日はたまに外を走ったりしてるんだ」
「へぇ~」
雨の日こそ秘密基地の運動場で走ればいいのにと思っていたけど、外を歩く人が減る分だけ、零くんにとっては逆に外出しやすくなるみたいだ。
零くんも全国屈指の人気者なので、下手したら人に囲まれてしまうのである。
私は周りが騒がしくなるのが嫌という理由で零くんとは付き合わないと決めているけど、零くんも私と同じで人に取り囲まれるのは避けたいようだ。
よく考えたら、私の比じゃないくらい騒がしい毎日を送っているんだもんね。
「ヒーローは人気者だし、いろいろと大変だよね」
私が何を知っているわけでもないのに、ついつい知った風な言葉を使ってしまう。
それを聞いた零くんが、少しだけ切なそうな表情を見せた。
「ヒーローに自由なんか無いよ」
「え?」
視線を地面に落とし、零くんが呟く。
「みんなヒーローに夢を見すぎだよ。僕だけじゃなくて、優輝に対してもね。きっと、僕らヒーローと一緒にいても不便を掛けるだけだと思う」
零くんの独白に、理解してもらえない苦しみが滲み出ている気がする。
確かに、零くんやゆーくんと付き合うことになったとして、気軽に出掛けることはできないと思う。
それを分かっていない女生徒も多いだろうな。
「私は、分かってるよ」
「え?」
「ヒーローが大変なことくらい、全部は分からないだろうけど分かっているつもり」
もし、ヒーローとお付き合いすることになったら、私なら不自由も覚悟の上で付き合うと思う。
怪人たちから直接、命を守る大切なお仕事なんだから、もし待ち合わせの約束をすっぽかされても文句を言ったりしない。
こっそり雨の中を歩くだけのデートだったとしても、それが嬉しいというのなら、それでいい。
「分かっている人もいるよってこと!」
「うん、そうだよね。ありがとう」
まぁ、私は零くんと付き合うつもりはないんだけどね。
零くんの顔に笑顔が戻った。
彼の悩みを少しでも緩和できたならよかったかな?
「それじゃ、そろそろ戻らないといけないから。好美さんも風邪を引かないようにね」
「うん。またね」
お互いに手を振ってさようならをした。
零くんのジョギングは心なしか元気が増し、真新しいウインドブレーカーが雨粒を弾く様子が軽やかさを演出している。
また雨の日の朝にばったり会うこともあるのかなぁ?
「そういえば、ゆーくんもラブレターまみれだったけど……」
零くんと同じ悩みをゆーくんも感じているのだろうか?
形の上では恋愛自由ではあるんだけど、ヒーローの彼女になるとすると、きっと求められる責任も多くなるのだろう。
その責任を全うできることが、ヒーローたちから恋人として選ばれる最低条件なのかもね。
まぁ、私には関係ないけど――
ドンッ! という音と共に、私はお尻に強い衝撃を受けて真っ正面に吹っ飛ばされた。
「うぇ!?」
水溜まりが私の身体を受け止め、僅かに衝撃を和らげる代わりに衣服を濡らす。
雨がっぱの防御を貫き、雨水が私の私服にまで染み込んできた。
う、口に泥水が入った!?
「ぺっ、ぺっ! 苦い……」
口に入った泥水を吐き出しながら後ろを振り返ると、私を突き飛ばした犯人が軽トラから降りてきたのが見えた。
優雅に雨傘を広げ、軽やかにこちらへ歩いてくる。
「お早う、好美ちゃん。今日は大雨だねぇ。水しぶきとか掛からなかったかい?」
「もっと大変なことが有りましたよね? 私じゃなかったら大怪我ですよ!」
軽トラで突っ込んできたこの人は鈴木篤人さん。
私と同じく秘密結社パンデピスの戦闘員であり、私のパートナーである。
彼は私が人間の姿でも怪人並みの耐久力があることを知っているため、車両で体当たりしてくるというイタズラをよく仕掛けてくるのだ。
普通に痛いからやめてほしいのだけど、いくら言ってもやめてくれない。
今日に限っては痛くてずぶ濡れで最悪だよぅ!
「いやぁ、ごめんごめん。今日はこれを持ってきたから大目に見てよ」
「何ですか、これ?」
「れんこん。輪切りにする前のやつだね」
そう言って篤人さんがビニール袋を渡してきた。
見慣れないお店の袋だけど、よく見たら鳴門の文字が見える。
徳島県のお店で買ってきたものなのかな?
「遠出したついでにね」
「あー、ありがとうございます」
渋いチョイスだけど、私にとっては嬉しい贈り物だ。
新れんこんの歯ごたえの良さが思い浮かぶ。
きんぴらゴボウにでも混ぜて使うことにしよう。
う、しまった。
これを受け取ったら許さざるを得なくなってしまう!
でも、れんこんは欲しい……! おのれ、卑怯者め~!
「くっ、私がれんこんに敗北するなんて……」
「そんな悔しがらなくても良いじゃないか。ま、取引成立ってことで」
結局、それで手を打つことになってしまった。
私って意思が弱いなぁ。
「んで、早速なんだけど、今日は犬と猿の2人が出撃予定だよ」
「犬と猿……って誰でしたっけ?」
「覚えてないんだ? 珍しいね。この間のトーナメントで最後に暴れていたじゃないか」
「あぁ、あの!」
怪人【マッドドーベル】
ドーベルマンの怪人。
爪と牙を武器に戦う犬の怪人。
闘争心が強すぎるのか、かなりの暴れん坊。
怪人【サカガミマシラ】
ニホンザルの怪人。
こちらも爪と牙を武器に戦う猿の怪人。
常に怒っているかのような見た目で、実際にも怒りっぽい性格らしい。
「言われてもいまいち思い出せないなぁ」
「好美ちゃん、記憶に蓋をしたいだけじゃないの? 忘れようがない2人のはずなんだけど」
何かあったっけ?
記憶に蓋だなんて、よっぽどの悪いことがあったはずだけど、思い出せない。
まぁ、そのうち思い出すかな?
「あと、直接伝えたいことがあるから幹部が来てほしいそうだよ」
「そうなんですか? 分かりました」
この"幹部"はノコギリデビルのことである。
伝えたいことって何だろう?
変なことじゃないといいんだけど……。
「僕からは以上だよ。最近は出撃自体が少なめだから、あまり情報は無いんだ。たまには好美ちゃんからも報告は無いかい?」
「私からですか?」
「そう。学校でのこととかね」
それって単に世間話なのでは?
まぁ、私自身はそれでも構わないけれども。
せめてヒーロー関連の話をしようかな。
「ついさっき、零くんと会いましたよ」
「へぇ~、珍しいね。どんな話をしたの?」
「みんな、ヒーローに夢を見すぎだって」
零くんとの話を要約して篤人さんに話した。
自分とお付き合いする女性はきっと苦労するという話である。
……よく考えたら零くんはマイナスプロモーションしかしてないや。
好きな人が相手なら、自分と付き合った時のメリットを話すのが普通じゃないかなぁ?
「零くん、何でわざわざデメリットだけ話したんだろう?」
「何でもなにも、零くんは自分の弱いところを好美ちゃんに見せてるんだよ? 心を開いてるってことさ! もう少しはっきり言えば、好美ちゃんに甘えているんだよ」
「えぇ~?」
零くんが? ホントかなぁ??
「零くんが彼女を作るとしたら、好美ちゃん以上を見つけるのは難しいだろうね。よほど理解力がないと、すぐに別れることになると思うよ」
「そうですか? じゃあ頑張って見つけてもらわないと」
「え~? 好美ちゃんにとっても良い相手だと思うんだけど……」
「私は零くんと付き合うつもりはありません!」
「そう? もったいないなぁ」
篤人さんまで私と零くんをくっ付けようとするんだから、もう!
ヒーローの近くにいたらバレる確率が上がってしまうから無理だっていうのに。
それに、私にも好きな人はいるのだから。
「まぁ、仕方ないね。それじゃ、準備が終わる頃にまた迎えに行くよ」
「はい、お願いします」
「またね~!」
軽トラから手を振る篤人さんを見送り、私も自転車へと跨がった。
雨が降っている割に明るい空が、道から見える家々を浮かび上がらせている。
「私も、アピールしないといけないよね」
私が好きなのは防衛隊員のアズマさんだ。
でも、私は中学生だし、防衛隊のアズマさんは私のことを恋愛対象とは見てくれていないだろう。
ライバルは樋口さんだし、振り向いてもらえる見込みは殆んどなさそうだけど、それでも頑張るだけ頑張って、後悔だけはしないようにしたい。
「またお菓子でも作ってみようかな?」
私はカチャカチャ鳴る牛乳瓶を乗せて自転車を走らせ、次の配達場所へと急ぐのだった。
--9月2日(土) 8時15分---
秘密結社パンデピスの本拠地、そのエントランスに足を踏み入れた途端に怒声が聞こえてきた。
「何でお前と一緒に行かなきゃならねぇんだ!」
「バカなのか!? そういう命令だろうが!」
この声、トーナメントの最後にケンカしていた2人に違いない。
あの時の続きでもしているのだろうか?
私が聞いた話が本当なら、今日はこの2人が出撃する予定のはずだけど、先行き不安だなぁ。
「先に、ノコギリデビル様に話を聞きに行こっか」
「そうですね」
戦闘員21号と示し合わせて、取っ組み合い寸前の2人を避け、まずはノコギリデビルの元へと向かうことにした。
受付のお姉さんに話を聞くと、ノコギリデビルは小会議室で待っているとのことだ。
お姉さんに案内され、私たちは小会議室の中へと足を踏み入れた。
「失礼します。ミスティラビット様をお連れしました」
「ふふふ、ご苦労」
幹部の1人、作戦執行を一手に引き受けるノコギリデビルが資料を眺めながら待っていた。
お姉さんは恭しく会釈をして会議室を後にする。
部屋に私たちだけになると、ノコギリデビルがゆっくりと立ち上がってこちらを出迎えた。
「まずは来てくれて感謝する。本来、君には自由に動いてもらって良いのだが、初陣から呼び出す形になって済まないね」
「いえ。気にしないでください」
私も一応は幹部だから、撤退における作戦は自由に立案、実行していいことになっている。
いわゆる管轄が襲撃と撤退に別れた形だ。
もちろん協力しなければいけないところも多いから、今日のように話し合いをすることがあることも十分に承知している。
「私に話したいことがあると伺いましたが」
「うむ。今日、出撃予定のマッドドーベルとサカガミマシラのことだがな……」
まぁ、あのケンカしている2人のことだろうね。
ここまでは予想通りである。
「正直、私の手に余ると思っている」
「ふぇ?」
それってどういうことだろうか?
何だか嫌な予感が膨れ上がっていくんですけど。
「彼らはパンデピスの問題児の双璧と言っていい。戦闘員21号なら分かっているのではないかね?」
「はい、もちろんです。僕ら戦闘員も被害を被ってますから」
話を振られた戦闘員21号が淡々と言葉を紡いだ。
「いつも近くの怪人にケンカを吹っ掛けるし、腹いせに戦闘員を殴り飛ばすし、機材を破壊するし……手に終えないですよ」
「ふふふ、その通りだ。奴らは私の前でこそ大人しいが、目付けがいなくなった途端に暴れ出す。あれでは本物の獣と変わらん」
散々な評価だ。
まぁ、話を聞く限りその評価も納得だけど。
「ミスティラビットも戦闘員30号だった時にひどい目に会ってるんだけど、思い出さないかい? 装備品の運搬作業だったんだけど……」
「装備品の運搬……? あっ!?」
思い出した!
複数の工房の装備品を運び込んだ時に、あの2人のケンカに巻き込まれて納品物がごちゃ混ぜになったことがあった。
その時、仕訳直しと壊れていないかのチェックを半泣きになりながら夜更けまで続けたのを覚えている。
あの時の2人か!
「思い出したかね? あの後、奴らはそれぞれ支部に飛ばしたのだが、どちらも問題行動が絶えず、結局は『面倒を見切れない』と支部から放り出されることになった」
「たらいまわしになった挙げ句、本部に戻されたってわけさ」
「それでしばらく見なかったんですね」
それこそ年単位で見なかった気がする。
そんなのが2人揃ったらケンカにもなるよね。
「ふふふ、私は敢えてこの2人を組ませることにした。はっきり言って、私はこの2人に期待などしていない」
「それって……」
組織にとって邪魔でしかなく、足の引っ張り合いしかしない2人を組ませて出撃させる理由なんてひとつしかない。
「ふふふ、今日、君が失敗してもキャリアの傷にならないと断言しよう」
「撤退をわざと失敗させろってことですか?」
「そこまでは言っていない。失敗しても気にする必要はないというだけの話だ」
マッドドーベルとサカガミマシラは、どうやら越えてはいけない一線をすでに越えているらしい。
ノコギリデビルは彼らがヒーローを倒せるとも思ってないし、むしろ撤退に失敗してもらった方が粛清の手間が省けるくらいに思っているようだ。
「まぁ、彼らが心を入れ換えるなら、それで構わんがね」
「それを、私にやれと……?」
「ふふふ、やりたければどうぞ、といったところだ」
さらっと面倒を押し付けられてしまった。
放っておいたらマッドドーベルとサカガミマシラは確実に破滅を迎えることになる。
それを止めたいと願う人物など、パンデピスにはもはや残っていない。
あぁ、何で私ってこういうのを放っておけないんだろう?
明らかに彼ら自身の身から出た錆なのに……。
「頑張ってみますけど……」
「ふふふ、それについては本当に好きにして構わん。ただ、せっかく撤退に成功した後に切り捨てたとなれば君に対して失礼かと思ったのでね。先に伝えておきたかったのだよ」
苦労して助けた後で粛清されたら、確かにガックリしちゃうかも。
ノコギリデビルはあらかじめ、あの2人の状況を伝えたかっただけのようだ。
「ふふふ、今日の作戦は14時から北陸自動車道の襲撃だ。君の活躍を祈っているよ、ミスティラビット」
「分かりました。最善を尽くします」
話が終わり、私たちは会議室を後にした。
「はぁ……」
「辛そうだねぇ、ミスティラビット」
「そりゃそうですよ。態度を改めさせるなんて私には無理ですってば!」
「放っておくのが一番楽だと思うけどね」
戦闘員21号は、私がそうしないのを知っていながら軽口を叩いている。
撤退だけでも大変なのに、あの2人をどうにか改心させなければいけないという、余計なミッションまで追加されてしまった。
正直言って、うまくいく気が微塵もしないけど、やるしかないんだよなぁ。
放っておいたら粛清が確定してしまうわけだし。
私は足取り重く、エントランスへと向かって歩いていく。
ひとまず2人のケンカを止めて、しっかり話をするしかないかな?
そう思っていたのだが、エントランスまで行くとすでにマッドドーベルとサカガミマシラは居なくなっていた。
どうやらもう現場へと向かってしまったらしい。
「間が悪いね」
「ホントですよ」
ここに居ないとなると、残りのチャンスは僅かしかない。
現場へ赴き、撤退の前後でどうにか説得して態度を改めさせるしかないだろう。
この出撃の終わりに良い報告ができなかったら、恐らくノコギリデビルの意志は覆らないはずだ。
「まぁ、やるだけやるしかないね」
「はぁ~……そうですね」
もはやタメ息しか出ないや。
私は重くなる気持ちを抱えつつ、襲撃に間に合わせるべく移動を開始するのであった。
--9月2日(土) 11時45分~13時45分---
工事中の十日前町大橋を左手に、篤人さんの軽トラが山道へと入っていく。
ワイパーがフロントガラスに当たる雨粒を忙しなく拭い、視界不良と視界良好が繰り返されていた。
雨を吸って、しっとりした山道を1時間弱で通り抜け、軽トラは海岸線へとたどり着いた。
北陸自動車道を西へ西へと走り、やがて糸井川市の親不知子不知と呼ばれるポイントに差し掛かる。
ここは陸路が難しいからと海上に高架橋が掛けられるほど、昔からの難所なのだそうだ。
やや荒れている波を受けて、自動車道の足元で飛沫が舞い散る。
「晴れていたら景色を見に来る人も多いんだろうけどね。僕に言わせたら今日みたいな天気こそがドライブ日和なんだけどなぁ」
「それは篤人さんだけです」
どうせ晴れている日も同じことを言うでしょうに。
なにはともあれ、ここが今日の襲撃予定地である。
これから怪人の襲撃が行われることを思うと、巻き込まれる人が少ないのは良いことなのだろう。
巨大な翡翠の岩が展示してある道の駅で少々時間を潰し、作戦開始まであと15分。
そろそろ変身して、襲撃部隊と合流しておきたいところだ。
雨降りだし海も荒れているしで、外を出歩いている人はほとんどいない。
北陸自動車の高架橋の下をうろつき、死角になっている場所を見つけて私たちは身を潜めた。
誰にも見られていないことを確認すると、私は黒いブローチを取り出し、こそっと合言葉を呟く。
「白き霞よ集え、メタモルフォーゼっ!」
合言葉に反応したブローチが白く変色し、光の帯が溢れ出てくる。
その光の帯は私の衣服に巻き付くと、服を白いコスチュームへと変化させていった。
同時に怪人の力を解放すれば、怪人ミスティラビットへの変身は完了だ。
「準備できました」
「こっちも準備完了したよ」
戦闘員21号も強化スーツを着用し、準備万端だ。
さて、作戦前にあの2人に接触できるかな?
恐らくそろそろ現場入りしているとは思うのだけど。
「戦闘員21号、彼らはどこに――」
私が質問を言い終わる前に、ドカンッ! という音が聞こえる。
驚いてそちらに目をやれば、北陸自動車道の程近くの崖から砂塵が舞っているのが見えた。
道路上には木や瓦礫が散乱し、巻き込まれたであろう車のブレーキランプが列を成している様子が、遠くからでも見て取れる。
「作戦開始はまだのはずですよね?」
「そのはずなんだけど……。同伴してるみんなに聞いてみようか」
篤人さんは無線機を取り出して仲間の戦闘員にコンタクトを取り始めた。
幸いにも無線はすぐに繋がったので、これで相手の状況を聞くことができそうである。
「こちら戦闘員21号。破壊活動が始まったみたいだけど、時間が早まったのかい?」
『こちら強襲部隊。あれはマッドドーベル様とサカガミマシラ様のケンカの余波だ』
どこか切なげな声で、無線機の向こうの戦闘員が報告してくれた。
準備していた破壊工作も使えずに、怪人同士の仲間割れで作戦がオジャンとか、その気持ちを察するに余りある。
『もう嫌なんだが……』
「あー、うん。……ミスティラビット、どうする?」
「私が引き継ぎますよ。戦闘員たちはちゃんと仕事をしていたと報告しますから」
これ以上、理不尽に付き合わせるのも酷だろう。
わざわざ爆破をし直す必要も感じられないし、作戦成功と見なして戦闘員たちには撤退してもらうべきだ。
「だってさ。後はミスティラビットと僕に任せて、撤退しちゃって」
『助かる。済まないが、後は宜しく頼む』
「了解! お疲れ様」
戦闘員の皆さんは、本当にお疲れ様だ。
マッドドーベルとサカガミマシラはケンカが始まる前から絶対にピリピリしていただろうからね。
先に撤退して、後はゆっくりしていてほしい。
「怪人が出たぞー!」
「自動車道にいる! 避難を急げー!」
自動車道では叫ぶような避難指示が飛び交い、怪人の襲来を告げるサイレンが鳴り響いた。
早速、誰かが気づいて通報したようだ。
「すぐヒーローが来ちゃうね。見つかったら撤退に支障が出るし、僕らは身を潜めていることにしよう」
「どんどん説得のチャンスが減っていく……」
「ぼやいても仕方ないでしょ。撤退に失敗したら、それこそ何にもならないし」
「分かってますよぅ」
戦闘員21号の言う通り、撤退が最優先なのは間違いない。
私たちは身を隠しながら騒ぎの中心へと向かい、ケンカしている2人の怪人が目視できたところで足を止めた。
「死ねぇ!」
「てめぇがくたばれ!」
お互い、遠慮もなにも無い全力戦闘を繰り広げている。
あれで無駄な体力を消耗しているのが愚かしい。
ヒーローと戦う前に疲れ果ててどうするつもりなんだろうか?
「ミスティラビット、多分クロスライトは隠れていると思うから、そっちはお願いね」
「分かりました」
私は頷いて了承の返事を返した。
クロスライトは光を操る能力を持っており、透明になることができるのである。
私の聴力はそれを見破るための、1つの武器である。責任重大だ。
「戦闘員21号は?」
「彼らの撤退を援護するよ。僕が動いたらミスティラビットも撤退に全力を出してね」
「了解です」
相談をしていると、早速ヒーローたちが空の彼方から現れた。
雨雲の中、2つの光が輝きを放ちながら、こちらへ向かって飛んで来ている。
怪人の通報があれば、彼らは文字通り、すぐに飛んでくるのだ。
でも、怪人2人は気づいてないっぽい。
もはやケンカしてる場合じゃないんだけどなぁ。
雨雲をすり抜け、赤と青のヒーローが道路へと降り立った。
目の前に現れたヒーローを見て、ようやく来襲に気付いた怪人たちが取っ組み合いをやめた。
自分たちより明らかな強者である本部ヒーローを相手に、さすがに警戒を強めているようだ。
「レッドドラゴンに、ブルーファルコンか……」
「どうした? 怖じ気づいたか?」
「はっ! そりゃお前自身なんじゃねぇの?」
「バカ抜かせ! 俺はお前とは違ってビビッてねぇんだよ」
「誰がビビッてるってんだ! 猿野郎が!」
「お前だっつってんだ、バカ犬がぁ!」
まだケンカしてる。
運よくヒーローたちが様子見してくれているだけで、いつ戦闘開始になってもおかしくないというのに……。
それに、置かれている状況もすこぶる悪い。
レッドドラゴンとブルーファルコンは挟み撃ちできる位置に陣取っており、マッドドーベルとサカガミマシラは背中を預けながら戦うことになる。
まるで信頼できない相手が真後ろにいるとか、絶対うまく戦えないと思う。
この状況の悪さは、相手が来るまで気付かなかったことによる弊害だろう。
戦闘前からほとんど勝負アリだ。
なお、戦闘員21号の見立て通りクロスライトは一緒に来ていないみたいだ。
恐らくどこかに身を潜めているはずだし、周囲の音に気を付けなければ!
「一気にカタを付ける! 行くぞ、ブルーファルコン!」
「了解だ! レッドドラゴン!」
作戦が決まったのか、仲間割れしている怪人たちの左右からヒーロー2人が迫っていく。
挟み撃ちを受けた怪人2人は誰がどっちを迎え撃つかすらまともに決めていないはずだ。
案の定、両方が見栄を張ってレッドドラゴンを迎撃しようとしてしまい、2人ともブルーファルコンに背を向けてしまった。
「今だ! ブルーファルコン!」
そんな2人の怪人に、容赦なくブルーファルコンの新兵器による銃撃が放たれる。
「八剱、シューターモード!」
「ぐあ!?」
「うがぁ!?」
真後ろからブルーファルコンの新兵器の攻撃をもろに被弾していた。
硬直した怪人たちにヒーローの追撃が迫る。
「うおぉ!?」
「ま、まずい!」
慌てて半分凍った身体で振り返ろうとするが、正面から飛び込んでくるレッドドラゴンを無視することもできず、中途半端に2人とも振り向くことになり、その結果……。
「せりゃあ!」
「へぶぁ!」
「はぁっ!」
「ぶっは!?」
マッドドーベルはレッドドラゴンから強烈なチョップを、サカガミマシラはブルーファルコンから鮮烈なボレーキックを叩き込まれていた。
太極図のような軌道で攻撃され、中心に向かって弾かれた怪人2人がお互い背中合わせに衝突し、背中の氷が砕け散る。
2人の怪人は、揃ってドサリと倒れ伏した。
これ、私たちが出なかったら必殺技を受けて決着がつくだろうな。
全然いいとこなしである。
「てめえ、俺と逆に動けやアホザルがぁ……!」
「俺に命令してんじゃねぇよ、バカ犬……!」
フラフラと立ち上がった2人だったけど、有用な反撃手段があるとは思えない。
そもそもこの2人は接近戦闘に特化した怪人だし、遠距離で必殺技の準備に入ったヒーローたちを攻撃する手段がないのである。
もうさっさと撤退した方が良さそうだ。
しかし、その時、私のウサ耳が"ピシリ"という不穏な音をキャッチした。
「あ……!?」
「どうしたの?」
その音が聞こえたのは、先ほどあの2人の怪人が暴れていた場所であり、そこにはまだ取り残されている一台の車があった。
その車の足元で、ミシミシという音がだんだんと大きくなっていく。
「ヤバい! 崩れる!」
「ちょっ、ミスティラビット!?」
私は反射的に自動車道へと飛び出し、ヒーローや怪人たちを飛び越えて、立ち往生していた車の前へ着地した。
私の目の前で、ベコッ! という音を立てて、自動車道のコンクリートが割れる。
「ふんぬぅ~! せえぃ!」
私は車を横からガシッと挟み、中にいる人たちごと持ち上げて飛び退いた。
ガラスが割れ、車のフレームがひしゃげてしまうが、もはや構ってられない。
私が飛び退いた直後、道路は"ドドド"と音を立てて崩れていき、土台から崩れた高架橋が海の中へと飲み込まれていく。
「ここなら大丈夫かな?」
安定している場所まで退避できたことをウサ耳で確認し、私はゆっくりと車を地面に下ろした。
乱暴な救助だったけど、中にいた人たちに大ケガはなかったと信じたい。
「クロスライト!」
「ふぇ!?」
ブルーファルコンが急に声を発したと思ったら、その瞬間、何かに背中を押される感じがして、私はレッドドラゴンの前へと突き飛ばされてしまった。
レッドドラゴンが私の姿を見て、照準を合わせて攻撃の構えをとっている。
これは、マズいって……!
「はぁ!」
「ひゃあ!?」
レッドドラゴンのパンチを間一髪ジャンプで躱し、私は2人の怪人がいるところへ着地する。
振り向けば、クロスライトが壊れた車の中にいた人たちを外に出しているところだった。
あんなところに潜んでいたのか……。
もしかして、私が助けなくてもクロスライトが助けていたのかなぁ?
「すまん、攻撃を当て損ねた!」
「構いません! 救出成功です!」
ヒーローたちはちゃんと人命救助を優先させていたようである。
さすが本部ヒーローとクロスライトだ。
それと、クロスライトは私がレッドドラゴンの攻撃を避けられるようにちょっとだけ手加減してくれたようである。
さすが我が弟だ!
「ちっ、何しに来やがった、成り上がり風情が!」
「邪魔すんな! 作戦実行は俺たちの権利だろーが!」
それに対して、この差よ。
作戦実行の権利とか言ってるけど、何一つ実行できていないでしょうに。
戦闘前に無駄な体力を使うし、誰がどう動くのかすら決めていないし……。
「あのぅ、まだ戦うつもりですか? あれだけいいようにやられてたのに?」
「「あぁ!?」」
いや、凄まれても怖くも何ともないよ。
すでにボロボロだし、まともに動けるのも後少しだけだろう。
今、逃げなきゃやられちゃうって!
「ミスティラビット、2人が打ち負けたら担いで逃げちゃって」
私のウサ耳に、戦闘員21号からの指示が届いた。
戦闘員21号はこの2人が何をしようとしているかを遠くにいながら予測できているようだ。
戦闘員21号がさすがなのか、この2人が単純過ぎるのか分からないが、ここまであっさり行動を読まれるのはどうなんだろう?
もしこの場に切れ者のライスイデンがいたら余計あっさり負けていたような気がする。
「次に打ち負けたら撤退しますね」
「偉ぶってんじゃねえ! 誰が聴くか!」
「指図すんな! エセ幹部がぁ!」
2人は私の言葉に反発して、今度はお互い別々の方向に飛び出していった。
1対1なら足の引っ張り合いは起きないだろうけど、ブルーファルコンも最近は力が上がっているし、レッドドラゴンは元から接近戦に強い。
彼らは果たして本部ヒーローとどこまで戦えるつもりでいるのだろうか?
「噛み殺してやる!」
「来い! 相手になってやるぜ!」
「バラバラに引き裂いてやる!」
「忠告しておいてやる。僕を甘く見るなよ!」
マッドドーベルとレッドドラゴン、サカガミマシラとブルーファルコンが格闘を始めた。
自分たちの得意なスタイルに持ち込んだマッドドーベルとサカガミマシラだったが、その表情からあっさりと余裕が消え去ってしまう。
「竜の拳を噛み砕くにはパワーが足りないぜ!」
「ぐおお、くそがぁ!」
「パワーでも、技でも、何一つとして負けてやるものか!」
「あ、青二才の癖に……!」
怪人たちの攻撃は完璧に防がれ、力をいなされ、戦いを続ければ続けるほど、優位不利の差は歴然となっていく。
ヒーローたちは強い。
格闘に特化した怪人に、その格闘による戦闘で完全に上回っている。
怪人たちは何度もダメージを受け、徐々にダメージを蓄積させていった。
「そろそろ行くぜ! ブルーファルコン!」
「了解! いつでも行ける!」
ヒーロー2人が揃って怪人たちの身体を掴み、力ずくで空中へと投げ飛ばした。
「うおぉ!?」
「くそ野郎がぁ!」
頼みの接近戦でも競り負けた2人が仲良く空中に飛ばされる。
そして、ヒーローたちはそれぞれの必殺技を放つ構えを取った。
さすがに助けないと!
……あれ、まずいかも。
怪人たちは距離が離れていて、両方とも空中にいる状態だ。
私が助け出そうにも片方しか間に合いそうもない。
もしかしてヒーローたちは、それを狙って同時に動いたの?
「ど、どっち? 私はどっちを助ければ……!」
どちらか1人を諦めなければいけないのだろうか?
独り言のように呟き、私は戦闘員21号からの指示を期待してウサ耳に意識を向ける。
「君はそのまま待っていて大丈夫さ!」
「えっ!?」
戦闘員21号は私の心境を見越して、ちゃんと応えてくれた。
"待て"ってことは、戦闘員21号は既に何か手を考えているらしい。
なら、それを信じて様子を見ることにしよう。
次の瞬間、自動車道のそこかしこから爆発が起きた。
ドォンッ! ドカンッ! と激しい爆発音がバトルフィールドに鳴り響く。
あれって、マッドドーベルとサカガミマシラのケンカで使っていなかった襲撃用の爆薬だろうか?
道路が更に破壊され、ヒーローたちの足場も崩れ落ちていった。
「うっ!」
「ダメだ、一旦退避する!」
しかし更なる追撃として、ヒーローたちの中心に霧玉が投げ込まれた。
辺りはあっという間に白い霧に包まれて何も見えなくなる。
私は運よく気づけたが、気づけなかったヒーローたちは完全に虚を突かれたようだった。
「なにっ!? しまった!」
「足元が見えない!?」
「レッドドラゴン! ブルーファルコン!」
ヒーローたちは為す術なく落ちていき、クロスライトの仲間を呼ぶ声が響く。
なかなかエグいコンボだ。
これなら多少は時間を稼ぐことができるだろう。
「さ、今のうちに撤退しよう」
「は、はい!」
その前にマッドドーベルとサカガミマシラを回収しないといけない。
まずはマッドドーベルのところへ向かい、私はフラフラしていた彼をおんぶした。
二ヶ所に行くのはタイムロスがきついなぁ。
ヒーローたちが動き出す前に逃げたいのだけど、少々厳しいかもしれない。
「サカガミマシラは私が回収しました」
「うぇ!? その声って……」
「ミスティラビット様も撤退を!」
「う、うん!」
言うが早いか、声の主はサカガミマシラを背にのせてその場を離れていく。
私も戦闘員21号の指示に従いつつ現場を後にした。
「く、"フリージア"!」
ブルーファルコンが技を放つ音が聞こえ、辺りを包んでいた霧は白く凍りつき、霜となって地面に舞い降りた。
「いない……?」
「くそっ! またしても!」
ヒーローたちが悔しそうに毒づいた。
その彼らの視界からギリギリ身を隠し、上からの監視にも気を付けつつその場を離れていく。
ヒヤヒヤしながら移動を続け、私たちは何とかヒーローたちから逃げおおせることに成功したのだった。
--9月2日(土) 18時15分---
陽が海へと沈み、夕焼け空も紫色に変わる頃。
私たちは今、簡易的に拵えた小さな秘密基地に身を潜めている。
あの場から全員で逃げきるのは難しいと判断した戦闘員21号の提案により、近場の基地に身を隠すことにしたのである。
基地とはいえ、小さな地下室が1つあるだけの廃屋だ。
備品として置かれていた爆薬の類いは今回の作戦で使いきっており、もはや不要なガラクタが散乱しているだけである。
「てめぇが余計な体力使わせるからだろうが!」
「先に突っかかってきたのは、てめぇの方だろうが!」
ちなみに、怪人2人は先ほどからずっとこの調子で敗北の原因を押し付け合っている。
こんな狭い空間に2人が揃ったらこうもなるよね。
早く帰りたいなぁ……。
「戦闘員21号、まだですか?」
「今はまだダメだよ。もう少し周りが暗くなってからじゃないと」
暴れても物品に対する被害はない。
でも、万が一見つかったら嫌だから、マッドドーベルとサカガミマシラにはできれば静かにしていてほしいんだけどね。
私は気を紛らわせるために、もう1人の参加者に話を振ることにした。
「それにしても助かりました。ありがとうございます、ブラックローチ」
「お礼を言われるほどのことではございません」
あの時、サカガミマシラを撤退させたのはブラックローチだった。
体力ほぼ満タンのヒーローたちから逃げきることができたのは彼の協力があってこそだと思う。
言うことを聞かない足手まといが2人もいるのに、よく全員が無事に逃げきれたものだ。
「まさか、ブラックローチまで近くに来ていたなんて……」
「それについては認識が逆でしょう」
「えっ、逆?」
「なぜ私を連れていってくれなかったのですか?」
ブラックローチはやや不服そうに尋ねてきた。
もしかして、撤退役として参加したかったってこと?
「戦闘員21号もです。ヒドイではないですか!」
「いやぁ、ごめんごめん。本当にうっかりしていたよ」
戦闘員21号も、言葉はいつも通りだけど心から謝っているようだった。
そして軽く咳払いすると、改めてブラックローチについて、ことの次第を説明してくれた。
「ミスティラビット、ブラックローチは撤退部隊に編入を希望しているんだよ。ノコギリデビル様も適正が高そうだから、ぜひ頼むってさ」
「このブラックローチ、必ずやお役に立って見せます。ぜひミスティラビット様の指揮下にお加えください!」
なんか、ブラックローチの熱量が凄いなぁ。
そこまで真剣に取り組まなくても良いんだけど。
でも、わざわざ志願してくれたのは純粋に嬉しいし、今となっては私や戦闘員21号のよき理解者となってくれている。
私には断る選択肢は無いかな。
「もちろん許可します。今後とも宜しくお願いします」
「おぉ! ありがたき幸せ!」
ブラックローチと私はガッチリと握手を交わした。
その後でブラックローチは戦闘員21号とも固い握手を交わしている。
撤退部隊はこれで3人だ。
もし入りたいっていう人がいたら、もうちょっとだけ人数を増やしても良いかもね。
「さて、そろそろ良さそうだよ」
「やっと帰れる~」
辺りが暗闇に覆われ、ある程度は怪人の姿を誤魔化せるようになったようだ。
私たちはそっと表に出て、回りの様子を確認した。
闇の中に耳を澄ましてみたが、今のところ近くには誰もいないようである。
どうにか防衛隊を撒けたようだ
さて、あとは車に乗って帰るだけなんだけど……。
「撤収は私と戦闘員21号の車で宜しいですか?」
「良いと思うけど、マッドドーベル、サカガミマシラはどうするの?」
「俺も乗せてけ」
「こいつと同じなのはシャクだが、俺もだ」
どうやらマッドドーベルもサカガミマシラも同乗希望らしい。
戦闘員たちが先に撤収したことで、移動する手段が失くなっちゃったのかな?
変身を解かないまま逃げるのは微妙に大変なんだけど、闇夜に紛れれば何とかなるだろう。
「同じが嫌なら、てめえは走って帰れや!」
「お前こそ犬らしく走って帰ったらどうだ?」
まーた始まった。
しばらく放っておこう。
そう思っていたら、この2人はまたも傍迷惑さを発揮しだした。
「邪魔だ!」
「どけっ!」
「うわっ!?」
マッドドーベルとサカガミマシラが近くにいた戦闘員21号を突飛ばしていた。
なんてことしてるんだ!
今回の騒動で一番ちゃんと働いていたというのに、敬意や感謝の心くらい持てないのだろうか?
「ちょっと、戦闘員21号は無関係でしょうが!」
「「あぁ!?」」
反省の1つもない。コイツらは~!
「まぁまぁ、僕は平気さ。それよりも」
むぅ、戦闘員21号が気にしていないなら許してやるけど、本当にどうしようもないな。
ケンカに戻った2人を視界に入れないようにしつつ、私は戦闘員21号の言葉に耳を傾けた。
「帰る前にこの拠点を畳んでいかないと」
「畳むって、壊すの? 何で?」
別に何か機密情報があるわけでもないし、見つかっちゃっても問題なさそうなんだけど。
「パンデピスにとって必要ってわけじゃないんだけどね。ほら、そろそろ崩れちゃいそうだし」
「あぁ、そういうことですか」
ここが倒壊したら近くに来た一般人が巻き込まれてしまうかもしれないから、先んじて壊しておこうということか。
それなら納得である。
「きれいに畳んでもいいけど、どうせならパンデピスらしく爆破していく?」
「時間が掛からない方法がいいですけど」
「そうだね。でも、爆薬が足りないか……」
撤退時に全部使っちゃったからね。
爆破は無理そうだ。
そもそも綺麗に解体するのでなければ殴り飛ばすだけで十分である。
「あ、それならあれを試してみてほしいかな?」
「アレ? アレって何ですか?」
「もちろんマイクロブラックホールさ! 遠距離発動は何度か試したけど、手元で発動したことはなかったでしょ?」
「あれをここで試すんですか? 大丈夫かなぁ?」
私の持っているマジックステッキは、敵味方どころか、発動者すら関係なく吸い込む超小型のブラックホールを作り出せるのである。
なお、説明書を読む限り、黒くなるのは発動場所を視認できるようにするための演出らしく、本当に光を吸い込んでいるわけではないようだ。
「アレなら周りに破片が飛び散ることもないでしょ。どんな感じか近くで見てみたいし」
「わ、分かりましたよぅ。でも、万が一の時は戦闘員21号が止めてくださいね」
スマホを戦闘員21号に渡し、私はマジックステッキを伸ばして廃屋の真正面に立った。
握る部分にあるカバーをスライドさせ、現れた操作盤で効果範囲のつまみを最小にしておく。
戦闘員21号とブラックローチに安全圏と思われる場所まで移動してもらい、準備完了だ。
ステッキの先端を廃屋に向けて、大きく息を吸い込んで覚悟を決めた。
「よぅし、マイクロブラックホール起動……」
「やりやがったな、てめぇ!」
「そのまま死ねぇ! バカ犬があ!」
「あ、ちょ……!」
スイッチを入れた瞬間、ケンカ中のマッドドーベルとサカガミマシラが取っ組み合いをしながら転がり込んできた。
マイクロブラックホールが作動し、近くにあるものが強く引っ張られて吸い込まれていく。
「な、なんじゃこりゃあ!?」
「す、吸い込まれる!?」
私は、不思議な力で空中に固定されたマジックステッキをしっかり掴んでいるため、マイクロブラックホールに吸い込まれずに済んでいた。
しかし、目の前の廃屋や、転がり込んできたマッドドーベルとサカガミマシラはあっという間にマイクロブラックホールに吸い込まれ、重力によって圧縮されていく。
2人の上から、木や岩などがどんどん重なっていく。
あっという間に2人の身体は半分以上が瓦礫の中に埋もれてしまった。
「「ぎゃああぁあ!?」」
「わわわ、か、解除しないと!」
説明書では、ステッキを引っ込めると止まるって書いてあったはず!
ステッキの中心をぐっと押し込めば……あれ?
引っ込まない!?
「つ、潰れるぅ……!」
「は、早く止めろぉ!?」
「ちょっと待ってぇ!」
全然引っ込まないんですけど!
「なるほど、ゴミ掃除には便利そうですね」
ブラックローチが遠くから物見遊山の如く私たちの様子を眺めて、呑気なことを言っていた。
「ご、ゴミ掃除だぁ!?」
「誰がゴミだ、くそがぁ!」
ブラックローチは廃屋のことを言ったんだけどなぁ。
風向きの関係なのか、マッドドーベルとサカガミマシラの2人にもその言葉が届いたようである。
まぁ、彼らの怒りの言葉がブラックローチに届いたかどうかは定かではないけども。
そんなことより、何で引っ込まないんだ!?
「ところで戦闘員21号、彼らが粛清一歩手前であることは伝えたのか?」
「あー、そうだったねぇ」
「な、なんだと!?」
「お、俺たちが、粛清対象!?」
そういえばまだ言っていなかったっけ。
撤退に必死すぎて忘れてた。
この切羽詰まった状況で、追い討ちのように死の宣告を受けた2人は顔面蒼白である。
「ま、まさか、俺たちを、ここで……」
「ま、待て! 待ってくれぇ!」
なんか、2人の眼差しに、急に怯えが混ざった気がする。
絶対、何か勘違いしているよ!
マイクロブラックホールを止められれば誤解は解けそうなのに、全然止まってくれない。
この2人を攻撃したいわけじゃないのに!
「わ、私だってこんなことしたくないんですよぅ!」
「ひぃ、や、やっぱり!」
「そんな、まさか、俺らを消すために……!」
あわわ、更に勘違いさせてしまった!
どうにか誤解を解かないと……!
そんな私の気持ちとは裏腹に、後ろの戦闘員21号とブラックローチが追い討ちを放つ。
「ミスティラビットは幹部だからね。本人が許しているから軽口くらいはいいけど、敬意は持ってもらわないと、こういうことにもなるよねぇ」
「当然ですね」
戦闘員21号、ブラックローチとも、なんか楽しんでない?
わざわざ私が自分の意志で攻撃しているみたいに言わないで! 事故なんだよぅ!
だが、マッドドーベルとサカガミマシラはその言葉を鵜呑みにしたようだ。
急に遜りつつ、私に許しを請うてきた。
「す、すいませんでしたぁ!」
「どうか、お慈悲をぉ!」
あー、私ってやっぱり侮られていたんだろうな。
まぁ、それは別に構わないんだけど。
それより、どうしてもステッキを縮めることができないのが目下最大の問題である。
全然止まってくれないんですけど!
「づぶれるぅ」
「だずげで」
「わ、私に言われても、戦闘員21号に言わないと!」
スイッチを切るという意味でそう伝えたのだが、2人はまたしても別の意味に捉えたようだった。
どうも私が怒っている理由を、先ほど戦闘員21号を突き飛ばしたことだと思ったらしい。
彼らは効果範囲外にいる戦闘員21号に届くように、全力の大声で謝罪を口にした。
「戦闘員21号、済まなかったぁ!」
「もぅ、八つ当たりはしねぇ! 許してくれぇ!」
彼らが叫んだ時に、ステッキの真ん中がくるりとねじられる感覚を覚えた。
もしかして、ひねれば良かったの?
ひねった後でステッキを押し込むと、今度は短く畳み込むことができた。
マイクロブラックホールも無事に消滅したようである。
止まってくれて助かった……。
マイクロブラックホールが消えると、避難していた戦闘員21号とブラックローチがのんびり戻ってきた。
廃屋は見事に無くなり、撤収の準備はこれで完了だ。
「いやぁ、凄い威力だねぇ」
「怪人が潰れるとは、まさに切り札です」
「うん。まぁ、まだ何段階か出力を上げられるみたいだけど」
「「ひぃい!?」」
私の返事を聞いて、もろにマイクロブラックホールを食らったマッドドーベルとサカガミマシラは揃って身を震わせていた。
もう使わないし、そんなに怯えることないのに。
「ミスティラビット。言うなら今のうちじゃないの?」
「あー、そうですね……」
今のうちに態度を改めるように言っておかないと、結局は近いうちに粛清の対象になってしまう。
怯える相手に話すのって脅しているようで気が引けるんだけど、こうでもしなきゃ聞いてもらえなそうだもんね。
私は最低限、守ってもらいたいことをきっちりと伝え、基地へと帰還したのだった。
--9月2日(土) 20時30分---
秘密結社パンデピスの本部基地にて――
「俺たちは間違っていた」
「あぁ、まったくその通りだ」
エントランスであんパンでも齧ろうと思って来てみれば、随分と珍しい光景に出くわしたものだ。
あれは犬と猿の怪人だな。
文字通り犬猿の仲で、四六時中ケンカばかりしていたはずだが、仲良く卓を囲っている。
「まさかミスティラビット様があそこまで苛烈な怪人だったとは」
「それについても、まったくだ。まぁ、俺たちの態度を見て怒ったからこそのようだがな」
なるほど、ミスティラビットが何かやったのか。
あいつが苛烈な行動に出るのは想像がつかんが……。
コイツらはいったい何をやったのやら。
「へへへ、慈悲深いとも思ってるぜ? 俺らみたいなゴミのために動いてくれていたんだからよぉ」
「まさか、ノコギリデビル様へ助けてやってほしいと直談判までしてくださるとは」
その行動はアイツらしいな。
幹部になってもその辺は変わらないようだ。
問題児2人が相手でも関係無しというのは、個人的にはブレがなくて好ましい。
「興味がある。私にも聞かせてくれないか?」
「お、トーナメント優勝者のお出ましか」
「いいぜ! ブラッディローズにも聞かせてやろうじゃねぇか!」
急な来訪者にも快く対応している?
昨日までのコイツらとはまるで違うな。
ミスティラビットはいったいどんな魔法を使ったんだ?
「へへへ、俺の理想が見えた気がするぜ!」
「あの方には尊敬しかねぇな!」
「お前たち2人をそこまで心酔させるとはな」
話を聞けば、ヒーローたちからきっちり撤退した後、ヤンチャをした2人は軽くお仕置きされたようだ。
まぁ、その軽いお仕置きで死にかけたとのことだったが。
その行動も彼らが置かれた立場を知らせ、忠告をするためのものだったという。
そして先ほど基地に帰ってきた時に、ミスティラビットはわざわざノコギリデビルに助命を願ってくれた、ということらしい。
「『機材や戦闘員に当たらないこと』……。俺らに課せられたのはこれだけだ」
「"命令を聞け"とすら言われなかった。自分で考えて判断しろってよ」
そうやって楽しそうに喋っていた犬の怪人マッドドーベルが、不意に神妙な顔をした。
「言われて分かったことだが、俺、何も考えてなかったな」
「同じく。最善の行動が何かなんざ、まったく気にしてもいなかった。常にベストの選択肢をとるミスティラビット様とは雲泥の差だ」
「……成長したな、お前ら」
コイツらは自らを省みること、つまり反省できるようになったのだ。
自分と見比べるべき"お手本"を見つけたのだろう。
こういう反省は伸びるための第一歩である。
今のうちにミスティラビット以外にも接点を持たせてやれば、より怪人としても人としても成長するかもしれない。
「もしよければマスターバブーンに師事してみる気はないか? 2人とも格闘技をしっかり学んだことはないのだろう? ミスティラビットも棒術を習っているぞ」
「戦闘技術か、確かに……」
「悪くねぇかもしれねぇな!」
ずいぶん乗り気だな。
なら、私も奴を見倣って面倒の1つでも見てみることにしようか。
「では、私から話を通しておこう。いつからにする?」
「善は急げだ!」
「今すぐ頼むぜ!」
「そうか。なら、今すぐ闘技場だな」
夜も遅いが、まだマスターバブーンは残っていたはず。
奴なら無碍にはせんだろうし、コイツらに合った宿題のひとつでも出してくれることだろう。
私も来週、幹部試験に臨むことになるから体調管理の秘訣でも聞いてみるとしよう。
私はマッドドーベルとサカガミマシラを引き連れて闘技場へと向かうのだった。
--9月2日(土) 同時刻 20時30分---
特務防衛課、十日前町支部の地下基地に、ヒーローたちが集まっていた。
糸井川の親不知で起きた怪人たちとの戦いについて、これから反省会を行うのである。
「くそっ! 絶対に上手くいくと思ったのに!」
飛竜が拳を胸の前でパシンと打ち鳴らし、悔しさを顕にしていた。
今回、ミスティラビットにどちらかが邪魔されてもいいように、2体の怪人を同時に撃破する作戦を決行した。
作戦は上手くいくかに見えたのだが、パンデピスが張った罠により足元が崩され、敢えなく失敗してしまったのである。
ピンポイントで罠を命中させるのは至難の技だ。
今回は運が悪かったと割りきってもいいのだが、対策は考えておかねばならない。
「隠された罠を探し当てるのはさすがに困難です。できれば少し誘導して、場所を変えて戦うのが良さそうですね」
「零の言う通りだな。次からそれも念頭に置いて、妨害の可能性を減らすようにしよう」
少しでも不確定要素を減らせるなら、それに越したことはない。
特に今回の戦いでは、戦闘には圧勝したと言っても良い内容だった。
いくらミスティラビットといえど、あの状況まで持ち込めば片方しか助けられないのは間違いない。
あと少しの"詰め"を突き詰めていけば、奴の妨害も突破できるはずだ。
「それにしても、あの猿の怪人が言っていたことって本当なのかな?」
「サカガミマシラだな」
今回、相手の名乗りを聞く前に戦闘開始したから、正式名称をよく覚えていないらしい。
ひと通り説明はしているんだが、もう一回見直すように言っておいた方がいいかな?
「そう、そのサカガミマシラがミスティラビットを"エセ幹部"とか言っていたんスよ!」
「僕も聞きました。マッドドーベルも"成り上がり"って言っていましたよ」
飛竜の話を聞いた優輝が手を上げて発言した。
ミスティラビットは一介の怪人ではなく、幹部か……。
2人が聞いたということは聞き間違いではなさそうだな。
「本当だと思いますよ」
会議室のドアが開き、樋口が入ってきた。
そして当たり前のように優輝の隣に腰を下ろすと、2つの拡大写真を取り出してテーブルの上に並べた。
飛竜が不服そうな顔をしているが、樋口の気を引くのはそろそろ諦めた方がいいんじゃないか?
「これが夏休み中の写真で、こっちが今日の写真です。一ヶ所だけ違っている点があるんですが、どこか分かりますか?」
「どれどれ……」
ヒーローだちが間違い探しをすること数十秒、零がある一点を指差した。
「バッジが変わっている?」
「零くん正解! ちょっと豪華になってるの」
「そうか、バッジが……!」
確かに、秘密結社パンデピスの怪人や戦闘員はみんな一様にバッジを着けている。
怪人たちのバッジの方が戦闘員のバッジより大きい。
何らかの階級を示している可能性は大いにあり得るだろう。
「それで、これがジゴクハッカイの写真ね。こっちはシザーマンティスの写真」
「本当だ。ジゴクハッカイのバッジはちょっと大きい」
幹部ジゴクハッカイのバッジも少し豪華なバージョンだった。
俺も1度だけ幹部ノコギリデビルと相対したことはあったが、バッジはどうだったかな?
さすがに記憶が薄れてしまっていて細部までは思い出せん。
「つまり、ミスティラビットはこの夏を経て幹部になった、てことか?」
「それが本当なら、秘密結社パンデピスは撤退を行っている連中に一定の権利を与えたことになりますね」
飛竜と零の見解に俺も相槌を打つ形で肯定した。
ミスティラビット単体でも厄介なのに、今後は組織のバックアップまで入ることになる。
パンデピスの奴らも考えてやがるぜ。
「ますます逃げられやすくなるのか……」
零の呟きは重苦しいものだった。
でも、樋口は別の視点で話をしてくれた。
「でも、怪人たちを失いたくないからこその幹部抜擢とも言えるんじゃないかな?」
「怪人たちが、減ってきている?」
「樋口の言う通りだ。奴らも逃げ切れないことに焦っているのさ」
怪人が少なくなってきているのは間違いない。
夏休み中の襲撃が少なかったのがその証拠だ。
奴らも手持ちの駒が減ってきて、動きづらくなってきているのだろう。
光明が差す発言に、零をはじめとするヒーローたちの表情も明るさを取り戻した。
「何とか撃破率を維持したいものだが……」
「ミスティラビットを仕留められたら手っ取り早いんだけどなぁ」
「それが一番の近道でしょうけど……」
「奴は本当にしぶといからな。当面は怪人の撃破を第一目標に据えておく方針で問題ないと思うよ」
逃げるミスティラビットを追うくらいなら怪人の撃破を確実なものとした方がいい。
ヤツに関してはチャンスがあれば、というスタンスで構わないだろう。
「あと、直接は関係ないかもしれませんが、ちょっと気になる話が」
樋口が俺を見て口を開いた。
なんだ? 俺に関係することか?
「矢木参謀長が本部から呼び出されたらしくて、現在は出張しているらしいんです。教官、何か知りませんか?」
「矢木参謀長が……?」
それは穏やかじゃないな。
本人もそうだが、本部には矢木参謀長とは比較にならんほどの暗君が多い。
どちらが発端になるか分からんが、また余計な仕事を増やしてくれる気がする。
「俺は何も聞いてないな。出張の話も初耳だよ」
「そうですか」
何を持ち帰ってくるか分からんが、それについては待つしかないだろう。
変な案件じゃないことを祈るだけだ。
「スマホCM第2弾のことじゃないといいんですけど……」
「優輝、さすがに本部からその話は来ないよ」
「そういった気楽な話で済めばいいんだけどな~」
「グッズ展開はあるかもね。トレーディングカードなら既に出てるよ! 私、持っているし!」
話が逸れて、なぜだか公式グッズの話になってしまった。
そういった類の話で済むならそれに越したことはないんだが、違うような気がするな。
樋口に聞いたところ、矢木参謀長の出張は再来週までとなっているようだ。
結構な長丁場だし、それなりに重要な案件ということだろう。
以前なら不安しかなかったが、最近の矢木参謀長はちょっと雰囲気が変わった気がする。
Dr.又六が亡くなり、本部との関係性が少し変わったのだろうか?
あまり無茶なことを言われていないといいのだが、はたして……。




