幹部 vs ヒーローズ
~前回のあらすじ~
家庭菜園に入り込んだ畑泥棒をコテンパンに叩きのめした好美たち。
またしても全国ニュースに顔を出した好美は騒がしい2学期の始まりを予感する。
そんな中、幹部候補となったブラッディローズの決戦の日が到来し……
--9月8日(金) 16時00分--
学校の終業を告げるチャイムが鳴り、それぞれが部活に下校にと散っていく金曜日の午後。
僕、佐藤 優輝はクラスメイトたちにサヨウナラの挨拶をすると、いつものように樋口さんの車に乗り込んだ。
僕1人だけ、毎日クルマでの送り迎えがあることに最初は抵抗があったものの、今ではすっかり慣れてしまった。
9月でも天気が良いとまだまだ暑い。
そんな夏の暑さと無縁の、クーラーが効いた車内から外を見れば、土日を迎えてウキウキした様子で下校する生徒たちの列が断続的に続いている。
友達とおしゃべりしながら帰る姿に、ほんの少しの羨望が混じった。
「基地、近いのになぁ」
「そうだね~。歩いてすぐだもんね」
その歩いてすぐの道のりを車で行き来することに、防衛上の理由があることは重々承知している。
でも、今まで通学して来た自宅より短い距離なのに、という気持ちが否めない。
登下校の時間は驚くほど短く、僕の世界は学校と基地の点と点みたいになっていた。
「でも、今日はちょっとだけいつもより伸びるよ」
「うん、そうだね」
樋口さんの言う通り、今日はいつもと1つだけ違っていることがある。
防衛隊の隊長に1つのお使いを頼まれたのだ。
樋口さんの車はいつもの道より1つ先の道へと向かい、細い路地へと入っていく。
ほんのちょっとの差なのだけど、それだけでも少し嬉しい。
僕は顔が見えにくいように目深に帽子を被り、車を降りた。
目の前には可愛らしい看板で、ペットショップ【ル・スリール】と書かれている。
僕と樋口さんは揃って中へとお邪魔した。
「あぁ、いらっしゃ~い! 治療、終わってますよ~」
「わん!」
元気よく飛び出してきたのは、警察犬のレックスである。
足には包帯が巻かれているけれど、そんなこと気にせずこっちに駆け寄ってきた。
脚、痛まないのかなぁ?
警察犬のレックスは本日午前中、ひったくりの犯人を追い詰める活躍を見せたのだけど、その際に逆上した犯人に蹴り飛ばされて負傷したのである。
レックスを可愛がっている警察署の署長と防衛隊の隊長が揃って激怒していたそうだ。
幸い大したケガは無かったと聞いているんだけど、思いっきり前足に包帯を巻いている。
様子を見た感じでは元気いっぱいだけど、大丈夫だったのかな?
「踏ん張った時に捻挫しちゃったみたいですね~。でも、それ以外は平気ですよ」
「うふふ、元気すぎるくらい元気だね」
「ありがとうございます。隊長にも伝えておきますね」
レックスにべろべろと顔を舐められながら、院長先生にお礼を言った。
このレックスを一番大切にしているのは署長と隊長の2人なんだけど、レックスは何故か他の人たちばかりに懐いている。
うちの防衛隊では飛竜さんが一番で、2番目が何故か僕だ。
ちなみに隊長も署長も忙しいので来れないらしい。
だからこそ懐かれている僕をお迎えに向かわせたんだろうけれど、毎回顔を舐めまわせるのは勘弁してほしいなぁ。
「それでは、お会計をお願いします」
「はいはーい、こちらでお願いしま~す」
樋口さんと院長先生がレジへと向かい、僕とレックスはしばし店内でお留守番だ。
小さな店内を見渡せば、ペット用のおやつや、ちょっとしたアクセサリ類、首輪やリード等が並んでいる。
その奥には出会いを待つ小動物たちが大きめの木の柵の中でちょこまかと動き回っていた。
「わん、わん!」
「え、レックス?」
レックスが急に吠えると、その木の柵に向かって駆け寄っていってしまった。
「なんだ、お前のご主人様を放っておいていいのか?」
「わん! わふぅ~」
木の柵の中から、凛とした鈴のような声が聞こえた。
動物しかいないと思っていたら誰かが入っていたようである。
レックスはその人物にしきりに鳴いて声をかけ、頭を撫でられて目を細めていた。
ずいぶん懐いているみたいだ。
「! お前は……!」
その人物と目が合った。
しまった、帽子!
レックスにじゃれつかれて帽子がずれてしまっていたことに今さらながら気が付いた。
「クロスライトだな?」
「う、うん。ごめん、内密にね」
僕は防衛隊員見習いにして、新潟の守護者の後継者ヒーロー、クロスライトとして活動している。
あまり目立つと大騒ぎになってしまうからお出かけの際はバレないように変装しているのだ。
他にお客さんはいないみたいだし、大丈夫だと思うけど……。
「そうか、近くに居ることは知っていたが」
「え?」
何だか睨みつけられている?
男の人には、たまに羨ましく思われたり、疎まれたりすることもあったけど、女性の、しかも同年代っぽい相手からこんな顔をされたのは初めてかもしれない。
「あのー、僕、何か気に障ること……」
「何もしていないから気にするな。私が勝手に思うところがあるだけ――」
「わん! わん!」
「にゃー! にゃー!」
「ちょっと待て、お前たち……」
話の途中で、子犬や子猫が彼女によじ登ってきた。
なんか、すっごい懐かれてるなぁ。
動物に怖がられることが多い僕の姉さんとは正反対だ。
仕方なく動物たちを撫で回すその人を、僕はようやく落ち着いて眺めることができた。
年齢はたぶん、僕と同じくらいだと思う。
背丈は姉さんと同じくらいかな?
怜悧な印象を持つ切れ長の目に、強い意志を覗かせるブラウンの瞳。
赤みを帯びた明るいブラウンの髪をボブカットにしている。
頭には探偵か新聞記者の人が使っているような帽子を被っていた。
この辺に住んでいるなら面識がありそうなものなのに、初めて見た気がする。
「優輝くん、お待たせ~。待った?」
「あ、ううん、平気」
樋口さんがお会計を終えて戻って来ていた。
そろそろ基地に戻って、明日に備えて準備をしておかないといけない。
明日と明後日は休日なので、秘密結社パンデピスの怪人が暴れる可能性が高いのである。
「レックス、行くよ」
「くぅーん……」
「お前のご主人様は向こうだろう。ほら、行け」
最後まで少女との別れを惜しむレックスが寂しそうな声を上げた。
でも、その少女に送り出されると元気を取り戻して僕たちの方へと小走りに駆けてくる。
「わん!」
「またな」
レックスと彼女のお別れの挨拶が終わり、僕は店の出入り口へ向かった。
でも、扉を開けて外に出ようとしたところで、レックスがまた立ち止まってしまう。
よほど名残惜しいのか、と思っていたのだが……。
「わん! わんわんわん! ぐるるる!」
「え、どうしたのレックス!?」
レックスの雰囲気が急に変わり、けたたましく吠えて、勢いよく店内へと戻ってしまう。
何事かと驚いて店内を振り返ると、先ほどの少女が口を押さえて震えていた。
その手に、赤黒い液体が滴っている。
あれは、血――!?
血の気が引き、驚きと焦りが鎌首をもたげる。
だが、培ってきた訓練や知識が不安や迷いを吹き飛ばし、僕の身体を突き動かした。
自分のやるべきことがしっかり分かる!
「樋口さん、車を準備して!」
「は、はい!」
「院長先生、彼女を病院に連れて行きます!」
「え? あ、ち、千秋ちゃん!? すぐ病院に連絡するからね!」
僕は若輩者だろうけど、偉そうだのなんだの言っていられない。
僕は樋口さんと院長先生に指示を出して、自らも動いた。
肩を震わせ、動けずにいる少女を僕はそっと抱きかかえる。
今の段階だと呼吸は出来ているようだけど、あまり楽観視はできない。
「服が、汚れるぞ……」
「いくら汚してくれたっていいよ」
こういったことに慣れているのか、彼女自身に戸惑いは見られない。
慣れるまで、こんなことが何度も起きていたのかな……。
「千秋ちゃん、しっかり!」
「だい、じょうぶ。めいわくかけて、すまない」
「レックス、一緒に来て!」
「わん!」
車へと飛び乗った僕らは彼女を乗せて、すぐさま病院へと向かった。
今日の訓練には出られそうもないや。
--9月8日(金) 17時00分--
病院に彼女を運び込んで数十分ほど経ち、彼女の容態はどうやら落ち着いたらしい。
僕と樋口さんは入院患者用の病棟に通されていた。
案内役の看護師さんのお姉さんが1つの病室の前で立ち止まり、ここですよと告げる。
「お邪魔しま~す」
「どうぞ」
病室の中へと入っていくと、先ほど運び込んだ少女がベッドの上で半身だけ起こしている。
先ほどとは違って患者の服を着ていた。
つまらなそうに窓を眺めているけれど、思ったよりも元気そうだ。
「助かって良かったよ」
「あの程度じゃ死なん」
ぶっきらぼうに言い放つ彼女の顔は、明らかに不満顔だった。
まるで楽しい時間を遮られたかのような態度に、先ほどと違って幼さを感じる。
言葉遣いは少し独特で大人びているけど、普通の女の子だったみたいだ。
確か、ペットショップの院長先生は彼女のことを"千秋ちゃん"と呼んでいた。
病室の前にあったネームプレートでも"小管 千秋"の文字が書いてあったことを覚えている。
千秋は分かる。でも、その前の苗字は読めなかったんだよね。
なんて読むのかな?
「こかん千秋ちゃん?」
「"こ・す・げ"だ! バカ!」
僕が呟いた名前に対し、罵声が混じったツッコミが飛んできた。
あれって"こすげ"って読むんだな……ちゃんと覚えておこう。
「もぅ、優輝くん、さすがに謝っておこう。その間違いは無いよ」
樋口さんからも苦言を呈されてしまった。
女性に対して、だいぶ問題のある読み間違いだったみたいだ。
「ゴメンナサイ。小管 千秋ちゃんだね」
「あぁ、よろしく。……礼を言う気が失せた」
そんな風に言うと、そのまま布団をかぶって狸寝入りを始めた。
うーん、素っ気ないなぁ。
そこまで怒らなくてもいいのに。
「もう、千秋ちゃん、お礼くらい言わないと……」
看護師のお姉さんが彼女をゆするが、その手を振り払って起きようとしない。
早々に諦めた看護師さんはため息をひとつついて、僕たちに頭を下げた。
「すみません、普段はここまで悪い子じゃないんですが……」
「いえ、気にしないでください。……ところで、"普段はここまで悪い子じゃない"ってことは、ちょっと悪い子なんですか?」
「えー!? ちょっと、優輝くん?」
僕は怒ってはいないよ?
でもちょっとだけ、千秋ちゃんから何かしらの反応を引き出したくなったんだよね。
ツッコミ待ちの冗談みたいなものだけど、乗ってきてくれるかなぁ?
「あはは、普段から少し悪い子かも……。いや、だいぶ、かな?」
「陰口を叩くなら外でやれ」
布団の中からくぐもった声で文句が飛んできた。狙い通りである。
でも、これ以上はやめておこう。
僕だって嫌われたいわけじゃないからね。
僕たちは目で合図して、そそくさと部屋を出た。
部屋の外にある長椅子に腰を掛けると、樋口さんが大きく息を吐いた。
「もう、優輝くんがああいうこと言うなんて思わなくてビックリしちゃったよ」
「僕だって友達相手には、ああいうことも言うってば」
「もうお友達っていう扱いなんですね。いいことだと思いますよ」
樋口さんは困惑顔だったけど、看護師さんはニコニコしている。
看護師さんは僕のことを信頼してくれているのか、千秋ちゃんの病室に掛かれた表札を見ながら、彼女の身の上を訥々と語りだした。
「千秋ちゃんって、昔、怪人に襲われて家族を失っているんです。彼女自身も大怪我を負って、最近まで起き上がることすら難しかったんですよ」
「そうったんですか? 今はずいぶん活動的みたいですけど……」
「えぇ、最近じゃ病院を抜け出して歩き回るもので、急にいなくなって慌てることもしばしばなんです。だいたいは病院の近くに居るのでそこまで心配はしていなんですけどね。近頃はペットショップによくいるみたいです」
何度も通っているからペットショップ【ル・スリール】の動物たちと仲が良かったのかな?
いや、レックスが懐いていたことを考えると、彼女自身が好かれやすい性質なのだろう。
姉さん、どんなに望んでも動物たちから嫌われちゃうからなぁ。
「あの、たまに会いに来ていただけませんか? 千秋ちゃん、お友達の1人もいないんです。彼女にとって、学校はとても遠いところだから……」
「うーん、そうだなぁ……」
看護師さんのお願いにどうしようか悩んでいると、後ろから千秋ちゃんが出てきた。
「余計なことを言うな」
「もう、千秋ちゃん。そうやって来る人を追い返すから、いつまで経っても……」
「友達なんぞ要らん。そもそも忙しいんだろう? 無理しなくていいぞ」
「それは、その通りかもしれないけど……」
看護師さんは痛いところを突かれたとばかりにトーンダウンした。
確かに忙しいし、なかなか会いに来ることはできないと思う。
でも、そんなことを言ったらきっと学校だって同じだ。
行かないでいいやと思ったら、行かないで済むんだから。
「大丈夫。忙しいけど、また来るよ」
「なぜだ? 余計な手間でしかないぞ」
なぜか分からないけど、何となく気が合いそうな気がするからね。手間だなんて思えない。
あと、反応が面白いし。
「僕はヒーローなんだ。だから、助けを求められたらそれに応えたいんだ」
「嘘つけ。目が笑っているぞ」
「あ、分かっちゃった?」
「私を甘く見るなよ。そのくらい見れば分かる」
ちょっとだけ得意げに言ってのける千秋ちゃんは腕組みして仁王立ちしている。
憎たらしい笑顔ってこういうことを言うのかな?
別に千秋ちゃんは笑っているわけじゃないけど、僕には笑っているように見えた。
「綺麗なお姉さんにお願いされたからか?」
千秋ちゃんの反撃が来た。
顔は笑っていないけど目が笑っている気がする。
「えー、別にそんなんじゃないけど……」
「え、そうなんだ……」
普通に否定したんだけど、そうしたら看護師のお姉さんがちょっとガッカリしてる。
"綺麗なお姉さん"の部分を否定しているわけじゃないんだけどなぁ。
冗談めかしつつ"そうだよ"と言うべきだったのかも?
「僕が会いたいのは千秋ちゃんだよ。君は可愛いから」
「見え見えのお世辞ではないか。私を口説くつもりならもう少し男を磨いてから来い」
「あはは、頑張ってみようかな?」
可愛いと思ったのも本当のことだけど、自分でも取ってつけたような褒め方だったと思う。
男を磨くというのは望むところだ。
そうしたら、千秋ちゃんは少しくらい僕を認めてくれるのかな?
「優輝くん、そろそろ戻ろう。レックスも待ちわびているだろうし」
「あ、そうだね」
レックスは冷房の利いた車内で独りお留守番している。
僕らの帰りを待ちわびているはずだし、千秋ちゃんが無事だったことも伝えてあげなきゃいけない。
お話を終わりにしようと、僕らは席を立った。
「気が変わった」
「え? 何のこと?」
病室へ向かう千秋ちゃんが振り返りながらそんなことを言った。
彼女の顔に窓から入った西日が当たり、赤味の強かった髪がより赤くなって輪郭がぼやける。
燃え上がるような夕日の中で、千秋ちゃんは今度こそ本当に笑っていた。
「助けてくれて、ありがとう。レックスにもよろしくな」
逆光で少しだけ黒ずんだその顔から、なぜだか目が離せない。
その姿は儚く、まるで夕日に溶けて消えていくように思えた。
気が変わったというのは、"お礼を言わない"っていうのを撤回するという意味だったようだ。
レックスへのお礼が本命なのか建前なのかは分からないけど……。
どちらにせよ彼女のこの表情を見せてくれたことを、レックスには感謝しなきゃいけない。
「またね」
「来なくていいぞ」
「えぇ~!?」
最後まで素っ気ないなぁ……。
彼女の辛辣な言葉を受けつつ、樋口さんと一緒に病棟を後にした。
車に乗り込む時に、僕は絶対また来てやろうと心に決めるのだった。
その後、僕たちはレックスを連れて基地へと戻った。
だけど、基地に戻るとすぐさま上杉教官から呼び出しが掛かり、何事かと急いで会議室に向かうと、そこにはヒーローたち全員が揃っていた。
僕を待っていたのは、秘密結社パンデピスから送られてきた"果たし状"だった。
--9月9日(土) 5時00分--
草木の放つ緑色の匂いに包まれ、朝の道路は微かに湿り気を帯びている。
そんな道路の端っこを、私は牛乳瓶を乗せた自転車で駆けまわっていた。
今日の空は雨模様で、雨が降るのか降らないのか微妙な天気が続くそうだ。
道路の上にはトノサマバッタが1匹だけ留まっていたが、自転車に驚いてぴょんと跳ね、脇道の枯草へと消えていった。
「Where is he go?(彼はどこに行くのかな?)」
学校の中間テストが近づく今、私は自分の勉強に輝羽ちゃんたちの勉強にと大忙しだ。
輝羽ちゃん達は各教科の基礎も身についてきているし、前回よりは勉強しやすいんじゃないかな?
まぁ、それでも放っておいたら順位をガクンと下げてしまいそうなので、今回も面倒を見ているわけだけども。
それと、私自身の勉強も怠ってはいない。
今回こそ、学年1位を取ってみせる。
「今回は久くんにも零くんにも負けない!」
「お、燃えてるね好美ちゃん」
「うぇ!?」
独り言に返事が付いてきて、私は慌てて後ろを振り向いた。
「よっ! おはよう!」
「お、おはようございます」
後ろから声をかけてきたのは防衛隊員のアズマさんだった。
いつものウィンドブレーカーと帽子を被り、朝のジョギングをしていたようである。
いつから後ろにいたのだろうか?
篤人さんにはよく背後を取られたりするけど、アズマさんにまで同じことをされるとは。
私って迂闊なのかなぁ?
「零も中間テストのことを言ってたな~。久くんと真剣勝負してみたいとか」
「わ、私だって負けませんよぅ!」
「うん、その意気だ。学年1位になったら俺がケーキをプレゼントするぜ!」
なぜにケーキなのか分からないけど、アズマさんからご褒美が貰えるのは嬉しい。
これは是が非でも1位にならなきゃ!
……と、そうだった。
この日のために準備していたものがあったんだ。
以前に判明したアズマさんの好物である"歯ごたえの良い食べ物"の1つ、クッキーである。
持ち歩いておいて良かった~。
「アズマさん、これ、良かったらどうぞ。差し入れです」
「え、ホントに用意してくれたんだ?」
アズマさんはずいぶん大げさに喜んでくれている。
それだけ期待しているってことなんだろうけど、ご期待に添えられるかなぁ?
一応、クルミをふんだんに入れた自信作ではあるんだけどね。
「お口に合えばいいんですけど……」
「ありがとう。また貰ってばっかになってるな~。お返しでも用意しようかな?」
「えへへ、期待しておきます」
貰えるなら貰いたい。
でも、できればご褒美ケーキが一番かな?
自分で勝ち取れるように頑張らなきゃ!
「今度、何か考えておくよ。それじゃ、またな!」
「はい、また!」
アズマさんは嬉しそうにクッキーの入った袋を抱えて走り去っていく。
それを見送り、私は牛乳配達の続きへと向かった。
アズマさんに出会うというラッキーがあったからか、自転車のペダルが何となく軽く感じる。
自然と自転車もスピードアップしていった。
そういえば、さっきはアズマさんが真後ろに居ることに気付かなかった。
振り向いたら篤人さんが居たりして……。
「あ、気づいた」
「ひゃあ!?」
ホントに居た!
真後ろにぴったり付かれていて、驚くほど近くまで迫って来ている。
慌てた私はフラフラとよろめき、慌てて自転車を道の脇に停めた。
後ろにいたスクーターもスピードを落として路肩に停車し、乗っていた人物がヘルメットを外す。
「びっくりした……篤人さん、近すぎですよぅ」
「いやぁ、ごめんごめん、ついついレーサーの血が騒いじゃって」
それはつまり、私の自転車が競輪選手並みだとでも言いたいのだろうか?
そんなにスピードは出していないっていうのに大げさな……。
っていうか、レーサーってなんだ?
篤人さんは配送トラックの運転手でしょうに。
「おはよう、好美ちゃん」
「おはようございます、篤人さん」
この人は鈴木 篤人さん。
表社会では運送会社の配達員、そして裏社会では私と同じく秘密結社パンデピスに所属する戦闘員21号その人である。
私が怪人であることも、人間の状態で怪人並みの耐久力を持っていることも知っているため、イタズラで車両による体当たりを行ってくるという困った人だ。
今日も私が気づかなかったらきっとバックアタックされていたと思う。
そんな篤人さんがごそごそと何かを取り出した。
「これ、おすそ分けね」
「先週も立て続けに2回貰いましたけど、またですか?」
「いやぁ、今回のは農協からのお礼の品なんだよね」
「あ~……」
この間の騒動のお礼をもらってしまったようだ。
お見舞い用っぽい綺麗な手さげの木籠に、彩鮮やかな果物がてんこ盛りになっている。
まさに"贈り物"といった感じの一品だった。
「窃盗グループの逮捕が余程嬉しかった人たちがいたみたいだよ。その立役者になった好美ちゃんには感謝してもしきれないってさ」
「私、何もやってないんだけどなぁ……。全て篤人さんの仕業じゃないですか」
「好美ちゃんの伝手がなかったら、大したことはできてなかったと思うよ」
そうかなぁ?
その場合でもあっさり犯人を捕まえていたような気がするのだけど。
先週、私の畑に野菜泥棒が入ってカボチャが盗まれた事件があった。
篤人さんがパンデピスの伝手を活かして大量の罠を仕掛け、犯人にお仕置きしたのである。
その犯人たちが結構な被害額を出していた比較的大きなグループだったらしく、また全国ニュースになって私の顔が広まってしまったのだ。
「いやぁ、反響が凄かったよ。アグレッシブ・トラップシリーズもまさか普通の農家に売れるとは思わなかったけど、結構売れているってさ」
「もう販売しているんですね。……うん? "普通の農家"には??」
なんだか変な含みを持たせているけど、普通じゃない農家って何なのだろうか?
「好美ちゃん、裏社会にもシノギっていうのがあってね。農業をシノギの1つにしている秘密結社もあるんだよ。秘密結社ってメンツを気にするでしょ?」
「あぁ、つまり、コソ泥にきついお仕置きをしたいっていう組織があるんですね?」
「そういうこと! でも、そうじゃない農家に売れたのは好美ちゃんあってこそだね。装備部門の幹部も想定以上の売れ行きで喜んでいたよ」
アグレッシブ・トラップシリーズはまさに今、ちょっとしたフィーバーになっているようだ。
本当に安全なのかを検証するため、有志の目立ちたがり連中がわざと引っかかる動画を作って動画サイトに投稿していたりもする。
それに、なんとすでに1件、成果が出ていたりもする。
ニュースでは『間違って侵入した』とか言い訳しているようだったが……。
「ちゃんと警告音声があるのに畑に入ったんだから、犯人の言い逃れは無理だろうねぇ」
「そうですね。でも、その警告音声について異議申し立てがあります」
「え、なにかな?」
篤人さんはきょとんとした顔をしている。
おのれ、しらばっくれよるか!
「何で私の作った警告音がそのまま販売されているんですか!?」
そう、草笛と私の肉声で作った警告音声が、何故かそのままアグレッシブ・トラップシリーズの警告音として販売されていたのだ。
ニュースで初めて知ったのだが、その時は驚いて飲んでいたお茶を噴き出してしまった。
「いやぁ、だってああいうのも、今すぐ用意するとなったら大変だからね。著作権とかいろいろと法律があるし……。ほら、その点、好美ちゃんの手作りだったら許諾無しで使えるからね」
「私に許諾を取ってくださいよぅ!」
著作権も肖像権も私が持っているはずなんだけど、一切の伺い無しでの商品化である。
ちなみに、ごねているのはお金が欲しいというわけではない。
私は秘密結社パンデピスと距離を置きたいと思っているから、パンデピスとのつながりで得たお金は受け取りたくないのである。
まぁ、今回の果物の詰め合わせのような、高価すぎない現物は受け取るけども……。
私の望みは、単に恥ずかしいからやめてほしいだけだ。
「別にいいじゃないか。かなり好評だよ?」
「良くないですよぅ! 回収できないんですか?」
「それはさすがに勘弁かなぁ?」
篤人さんが参ったとばかりに後頭部を掻いた。
たぶん、お金と労力が掛かるんだろうな……。
回収したいのは私の気分の問題だから、あまりお金はかけて欲しくない。
実際に掛かる金額とか聞いたら頭が痛くなりそうだし、聞きたくないかも。
「じゃあ、せめて新商品には別の音声を付けてくださいね」
「せっかく評判が良かったのになぁ……。まぁ、考えておくことにするね」
「絶対ですよ?」
要望は伝えておいたから、あとは篤人さんの善意に期待することにしよう。
篤人さんならこういったことで"考えるだけ"とかやらないだろうし。
それに、このシリーズが長く続くかと言われると微妙な気がする。
フィーバーが収まったら廃れていくんじゃないかな?
っていうか、こんなのが標準であってほしくないし。
秘密結社に属する私が言うのも変だけど、平和な世の中になってくれるといいなぁ……。
「それで、今日の予定なんだけど……」
「試験の日、ですよね?」
私の言葉に篤人さんが大きく頷いた。
今日はブラッディローズが幹部の入れ替え戦に臨む日なのである。
相手は戦闘部門のジゴクハッカイとムーンベアの2人で、幹部になるためにはどちらか1人を蹴落とさなければならない。
はっきり言えば、ブラッディローズの力は2人に劣るだろう。
厳しい戦いになるのは間違いない。
でも、ブラッディローズなら何かやってくれそうな期待感もある。
「そのことに関係して、幹部たちに招集命令が掛かっているんだ。もちろん、好美ちゃんもね」
「何だろう? 業務連絡くらいだといいんだけど……」
試験内容は不明だが、ヒーローの誰かと戦うことになる可能性は高い。
私は撤退部門を率いる幹部なので、撤退役としての参加を要請されるのかもしれない。
そもそも撤退役が必要かどうかが怪しいくらいのメンバーだけど、ヒーローたちの力も上がってきているから、備えておくに越したことはないだろうしね。
「僕も詳しい話は知らされていないんだ。どちらにせよ、今日は基地だね」
「分かりました。準備しておきますね」
お弁当を準備しておかなきゃ。
秋刀魚の塩焼きでも追加しちゃおうかな?
「それじゃ、僕はこれで……」
「あ、そうだ。篤人さん、これを持っていってください」
私はアズマさんにも贈ったクッキーを取り出し、篤人さんに渡した。
「へー、クッキー? それも、こんなにたくさん」
「ご近所さんへのおすそ分け用も含めて、ですからね。全部食べちゃダメですよ?」
「あっはっは! 了解、渡しておくよ。それじゃ、また後でね~」
「はい、また後で!」
スクーターで去っていく篤人さんに手を振って、その姿を見送った。
私の手元には果物の籠と牛乳瓶を乗せた自転車が残っている。
牛乳瓶の上にうまく籠を乗せれば走れそうだ。
バランスを取りつつ、安全を確かめながら私は自転車を漕ぎだした。
「試験かぁ~」
私には中間テストがあるけど、別に大失敗したとしても失うものは無い。
でも、ブラッディローズの受ける試験は生死を賭けたものになる。
単に負けて降格っていうだけであればいいのだが、命を落とす可能性もあるのだ。
本人の性質上、絶対に無理というところまでは戦いそうだし、無茶しないか心配だ。
「負けて降格は嫌がるだろうな……って待てよ?」
突然のひらめきに、私は自転車のペダルを漕ぐ足を静止した。
自転車の駆動部分がチチチチと音を立てる中、私は遠くの雨雲に視線を飛ばす。
これ、私も参加したらいいのでは?
試験の内容次第ではあるけど、撤退役の長とはいえ私も戦闘部門の幹部。
うまいこと参加できれば、降格できるかも!
「よーし、やるぞー!」
新たな目的を見つけた私は、勢いよく自転車のペダルを漕ぎだした。
スピードを上げた自転車で、牛乳配達を勢いよくこなしていく。
雨は最後まで降らなかった。
私のやる気は削がれぬまま、基地の幹部集会へと繋がっていくのだった。
--9月9日(土) 8時30分--
秘密結社パンデピス、本部基地の地下4階……。
幹部しか入れない扉を開けて、私、ミスティラビットと戦闘員21号、そしてブラックローチの3名が揃って廊下を歩いていく。
"下向き三角形"マークの廊下の先には会議室があるらしい。
靴音が響く廊下には塵ひとつなく、姿が映るくらいに磨かれていた。
廊下の行き止まりにある扉の前に立ち、私は幹部バッジをパネルにかざした。
ピッという音が鳴り、扉が開く。
部屋の中に目をやれば、そこは聞いた通り会議室だったようで、丸いテーブルに等間隔で据えられた椅子と巨大なモニターが目に映る。
そして、その椅子には目に見えて強者のオーラを纏った怪人たちが座っていた。
どうやら私が最後だったようだ。
みんな、ちゃんと5分前行動とかしているのかな?
そこに居た幹部は6人。
まずは戦闘部門の幹部、ノコギリデビル。
私が最初から知っていた幹部で、怪人たちの取りまとめ役だ。
真ん中に陣取っているところを見るに、恐らく彼が司会進行を務めるのだろう。
同じく戦闘部門の幹部、ジゴクハッカイとムーンベアの姿もあった。
こちらは純粋な戦闘能力の高さからの抜擢で、隣の県からの侵攻を防ぐ役割を持っている。
それに、今日はこの2人が挑戦を受ける立場だ。
ある意味、本日の主役と言っていい2人だろう。
その2人の向かいの席には装備部門の幹部、カラガカシの姿も見えた。
ずいぶん機嫌が良さそうで、私を見て軽く手を上げて挨拶してくれている。
きっとアグレッシブ・トラップシリーズの売れ行きが良いからに違いない。
その横に居る人も装備部門の幹部なのだろうか?
老齢のお爺さんであり、恐らく蝙蝠の怪人だと思う。
好々爺といった雰囲気だけど、きっと一癖あるんだろうな。
それと、我関せずといった感じで資料を眺めている怪人が居る。
白衣を着てメガネをかけているモグラの怪人だ。
席の並び的に、この人も装備部門なのかな?
私は空いていたムーンベアの隣の席に座り、私の後ろに戦闘員21号とブラックローチが立った。
なお、カラガカシの後ろには1人の女性の怪人が佇んでいる。
部下を連れてきているのは私とカラガカシだけみたいだ。
「ふふふ、時間通りだ。それでは本日の会議を始めよう」
中央に陣取った幹部ノコギリデビルが開会の宣言をして、会議が始まる。
私は詳しいことは何も聞いていないのだけれど、みんなもう知っているのかな?
「本日の議題は他でもない、ブラッディローズの幹部入れ替え戦のことだ。早速だが、今回のルールについて、彼に説明してもらおう」
ノコギリデビルの後ろ側にある巨大モニターに、これまた巨躯の怪人が映し出された。
その姿を見て、私はついつい驚きの声を上げそうになってしまう。
『ぐははは、久しぶりだな!』
「ほほう、これはこれは、グレンオーガ殿ではないですか」
その威圧感は画面越しでもビリビリ伝わってくる。
モニターに映っているのは、以前に死んだと聞かされていた怪人グレンオーガだった。
確か、ライスイデンとほぼ相打ちの形で亡くなったと聞いたのだけど……。
「生きていらっしゃったので?」
『御覧の通りよ! 地獄の底から這い上がってきたぜ!』
「ほっほっほ、壮健そうで何よりですなぁ」
幹部たちが息をのむ中、お爺さんがモニターに映った怪人に気さくに声をかけていた。
こういうプレッシャーを受け流せるのは、年の功のなせる業なのだろうか?
「ふふふ、彼のことは皆、知っているようだな。だが、彼の肩書きをまだ知らぬ者もいるだろう。……彼は我が組織のトップの1人、戦闘部門の"大幹部"グレンオーガだ」
「え、大幹部……!?」
死んだはずと思っていた怪人が生きており、しかも"大幹部"……?
戦闘員21号もブラックローチも知らなかったようで、驚愕の表情を見せていた。
思い出してみると、確かに大きめのバッジを付けていたな。
単に身体の大きさに合わせていたものと思っていたけど、役職ごと違っていたとは。
今思えば当たり前といえば当たり前かもしれないけど、その時は幹部ってノコギリデビル1人しかいないと思ってたからなぁ……。
そもそも、グレンオーガは常に戦場に居たっていうイメージしかない。
つまり、大幹部が最前線で暴れていたってことだよね?
パンデピスは相変わらず、変な組織だ。
『ぐははは! そっちのちっこいのは初対面だったか! グレンオーガだ、よろしくな!』
「あ、はい、私はミスティラビットです。よろしくお願いします」
実際には初対面ではなく、私が戦闘員だった頃に会っているんだけどね。
グレンオーガは覚えていないみたいだ。
まぁ、私の姿も変わっているし、実際のところ初対面みたいなものである。
それにしても、ずいぶん印象が変わった気がする。
私の知っているグレンオーガは常に爆発寸前の怒りをため込んでいるような、そんな感じの人物だったはずなんだけど……。
まぁ、迫力は健在どころか増しているようにすら思えるけども。
「ふふふ、本日集まってもらったのは彼の顔見せとミスティラビットの顔見せも含まれている。さて、本題に戻るとしよう。グレンオーガ、説明を」
『ぐははは、任せておけ! と言っても話は簡単だ。今日、ジゴクハッカイとムーンベア、そしてブラッディローズがヒーローと戦う。勝ったヤツは文句なしで幹部だ。分かりやすいだろ?』
グレンオーガらしい、単純明快な試験だ。
まぁ、決着がつくこと前提っぽいところは大雑把すぎるけれども。
『すでに果たし状は送っておいた! 後は戦うだけだ!』
「ふふふ、場所は”柿ヶ崎総合運動公園”、時間は15時だ。諸君らの健闘を祈る」
『ぐははは、思い切り戦ってこいや!』
ノコギリデビルが説明を補足し、グレンオーガも激励? をしている。
ジゴクハッカイとムーンベアの様子はというと、少々腑に落ちないといった顔をしていた。
何か懸念事項でもあるのかな?
「質問がある。誰が誰と戦うんだ?」
「アタシらで決めていいのかい?」
『そうだな……』
幹部2人は対戦相手についてどうするかが気になっていたらしい。
ちょうどいいタイミングだ。
私が割って入るならここしかないだろう。
「あの! ちょっと待ってください!」
『ん? なんだぁ?』
注目が私に集まる。よーし、言うぞ!
「私も入れ替え戦に参加したいです!」
『なんだそりゃ? ぐははは! 面白いことを言うじゃねぇか!』
私の意志表示に対し、グレンオーガの印象はそこまで悪くないみたいだ。
このまま何とか許可を取らなければ!
「なに考えてんだお前は」
「あたしらの邪魔しようってのかい?」
「わざわざ降格の危機に自ら突っ込んでいくなんてね」
「ほっほっほ、もの好きですなぁ」
幹部たちがそれぞれ反応し、思い思いの言葉を放つ。
黙っているのはノコギリデビルとモグラの幹部だけだ。
「ミスティラビット、何をする気なの? いつもは及び腰なのに」
「まさか、参加を志願するとは……!」
耳を澄まさずとも、真後ろから戦闘員21号とブラックローチの困惑した声が聞こえてくる。
今回の件、この2人にも特に相談はしていない。
だって、絶対に反対されるし……。
ともかく、何とかグレンオーガから許可をもらわないと!
「私も戦闘部門の幹部ですし、実力を試してみたいといいますか……」
「ふふふ、心にもないことを……」
バレてる!?
ノコギリデビルにはお見通しっぽい。
これはちょっと分が悪いかも……。
『ぐははは! まぁ、いいじゃねえか! 特別に認めてやる!』
と思っていたらあっさり許可をもらえた。
グレンオーガの気まぐれに助けられた形だ。
「ちょっと、グレンオーガ! アタシらの試験だろう!?」
『分かってるぜ! ちっこいの、お前が戦うのは最後の最後、誰かの決着がついた後だ!』
「……だとよ。まぁ、俺らの後っていうなら別にいいんじゃねぇか?」
「ったく、しょうがないねぇ!」
最後という条件は付いたが、これ以上食い下がっても周りを怒らせてしまうだけだろう。
一応は了承を得られたわけだし、ここで手を打っておく方が良さそうだ。
「分かりました、それで構いません」
『ぐははは! 手柄を掻っ攫うつもりでやれ!』
「はっ! 俺がそんなヘマするかよ」
「勝つのはアタシさ! お前にもブラッディローズにも負けないよ!」
より気合が入ったジゴクハッカイとムーンベアの2人が鼻息を荒くしている。
ブラッディローズもきっと気合十分に違いない。
手柄を掻っ攫おうとして負ける、みたいな流れで行ければベストだろう。
ただし、怒らせすぎてヒーローと幹部の両方から攻撃されたらたまったものではない。
許される範囲の、程よい横暴さになるように注意しなくては!
「ふふふ、それで、誰が誰と戦うのかね?」
『おっと、そうだったな! 今回は挑戦者のブラッディローズの意見が優先だ! それ以外はじゃんけんでもして決めろ!』
「適当だな」
「いいじゃないか、後腐れ無くて。アタシゃ構わないよ!」
『ぐははは! いい結果を期待するぜ!』
モニターの電源が切れて、グレンオーガは高笑いと共に姿を消した。
「ふふふ、ブラッディローズにはすでに試験内容を通達済みだ。現地で対戦相手だけ決めてくれればいい。……さて、ここからは業績の話になるが、残って聞いていくかね?」
「興味ねぇな」
「アタシも、パスだねぇ」
「お金の話はちょっと……」
戦闘部門の幹部たちはあまり運営には携わるつもりがないようである。
私もお金の話は苦手なので避けたいところだ。
「ふふふ、戦闘部門の幹部らは退室してくれて構わん。準備に時間を充ててくれたまえ」
「そうさせてもらうぜ」
「いよいよだねぇ! 楽しみだ!」
「お先に失礼します」
ジゴクハッカイ、ムーンベアと共に会議室を出た。
この2人は『ヒーローと戦える!』と、すでに息巻いている。
私たちはそれぞれの準備のために地下2階で別れることにした。
私はブラッディローズに挨拶でもしようと闘技場へ顔を出したのだが……。
「ゲコ、今日は来ていないぞ」
「奴なら直接現場へ向かっている。気合の入り方も尋常ではなかったぞ」
ヒートフロッグとマスターバブーンから来ていないことを告げられた。
どうやらブラッディローズには飛び入り参加したことを現場で説明しなきゃいけないらしい。
戦場では昂っているだろうし、あまり望ましい話でもないだろうから、まだ落ち着いているであろうこの場で伝えておきたかったんだけどなぁ。
「そもそも、なんで参加するんだい?」
「"戦闘に参加したい"とか言い出した時は驚きましたよ」
「ゲロ!? お前、撤退役での参加じゃなかったのか!?」
「わざわざ参戦するつもりか? お前らしくもない」
戦闘員21号とブラックローチから疑問の声があがった。
質問には答えなきゃいけない空気だけど、"降格するため"なんて言えないし、どうしよう?
「い、いや、私も自分の実力を試そうかなって……」
「嘘だね」
「怪しい……」
「ゲコ」
「嘘だろうな」
あっさり見抜かれた……。
でも押し通すしか無いし、このままの理由で貫き通すことにしようっと。
「フッ、まあいい。実際に棒術の腕前がどう変わったか、試すには良い機会だろう」
「は、はい、頑張ってみます」
「せめて一撃は入れてこい」
「うぇ!? わ、分かりました……!」
マスターバブーンから課題が出てしまった。
私は負けること前提だから、攻撃するつもりもさらさら無かったのだけども。
……いや、そもそも全力を出してもヒーローに一撃を入れるのってかなり難しいと思うし、私がヒーローを心配するなど釈迦に説法というものか。
前回、棒術を使った時はブルーファルコンにあっさり負けちゃったんだよね。
どうせなら強くなったかどうか、チャレンジしてみるのもいいかもしれない。
「ブラッディローズにもよろしく言っておいてくれ」
「ゲコ! まぁ、死なずに戻ってくることを祈っておいてやる」
「はい、分かりました。伝えておきますね」
その後、私は棒術・杖術の型の確認だけを行って基地を後にした。
なお、マッドドーベルやサカガミマシラからもブラッディローズへの激励があった。
あの2人もブラッディローズには一目置いているらしい。
他にも結構な怪人から声を掛けられ、私のことを認めている怪人も、煙たがっている怪人も、その全てがブラッディローズを応援していた。
しまった……僅かな希望に掛けて参加を表明してしまったが、彼女が無事に帰ってこれるように、私は撤退役に徹した方が良かったかもしれない。
すでにそんな後悔をしながら、私は現場である柿ヶ崎総合運動公園へと向かった。
--9月9日(土) 14時50分--
柿ヶ崎総合運動公園より少し離れた林の中、私と篤人さんと黒川先生が息を潜めて歩みを進めていく。
公園の周りには警察車両と防衛隊のバイクが陣取り、一般人を危険から遠ざけるために交通整理をしていたので、車でそのまま乗り込むことはできなかったのだ。
果たし状が届いたのだから当然の措置と言えるだろう。
もっとも、篤人さんはそれをしっかり見越しており、隠れる場所や逃走経路なども準備して来たようだった。
撤退役の要は私じゃなくて篤人さんである。
逃げる際の怪人としての戦力も黒川先生がいるし、彼らがいれば十分機能するに違いない。
「それじゃ、僕らはここで待っているからね」
「はい、行ってきます」
「ご武運を!」
2人に見送られて、私は木々が作り出す暗がりの中へと身を隠す。
そして、黒いブローチを取り出して変身のための合言葉をこっそりと囁いた。
「白き霞よ集え、メタモルフォーゼっ!」
黒いブローチが白く輝き、光の帯が飛び出してくる。
その光の帯が私の身体を包み込み、来ていた衣服を白いコスチュームへと変えていった。
光が最高潮に達した時に、私は怪人の力を開放する。
やがて、怪人ミスティラビットが暗がりの中にひっそりと顕現した。
ささっとしゃがみ込み、私は自分の装備を確認する。
「忘れ物は無いよね?」
マジックステッキ、スマホともに持っているし、レーザーガンも装備済みだ。
それらはベルトにくっ付けてあるし、幹部バッジも勲章みたく胸の位置で光っている。
よし、大丈夫そうだ。
私は森を飛び出し、総合公園で集まっている怪人たちの元へと向かった。
どこから飛び出してきたのかと、防衛隊員たちが騒めく声が聞こえる。
でも、彼らは一定距離以上、戦場に近づくことはしない。
その声も徐々に遠ざかっていった。
ジャンプ一番、私は公園の一区画にあるサッカー場へと降り立った。
広いサッカー場の芝生の上には、すでに異形の怪人3名が並び立っている。
1人目はイノシシの怪人ジゴクハッカイだ。
一番大柄な体格で、前と同じく大型の槌"八海旋"を軽々と肩に担いでいる。
2人目、ムーンベアは逆に手ぶらで武器らしきものは持っていない。
確か爪を強化することができたはずだし、己の肉体だけで十分なのだろう。
そして、3人の中では一番小柄なのが、薔薇の怪人ブラッディローズである。
彼女はというと、私と同じくベルトにレーザーガンを付けているという、どちらかというと戦闘員っぽい装備をしていた。
彼女は私を見つけると、傍らまで近づくのを待ってから声をかけてきた。
「来たか。ミスティラビット」
「うん。今日はよろしくね」
「よろしくはせんぞ? 今日は競争相手だからな」
「あー、うん、お手柔らかにね……」
どうやら彼女は、すでに私も参加者であることを知っているらしく、いつもと比べて少しピリピリした様子を見せている。
機嫌を損ねたわけでもなさそうだけど、(私を除いて)誰もかれもが自分より上の実力者であり、彼女にとっては敵なのだ。
神経質になるのも仕方ないのかもしれない。
「ミスティラビットが戦えるのは誰かが負けた後だったな」
「うん、そうだけど……」
ジゴクハッカイやムーンベアは『そんなことにはならない』といった不敵な表情を見せている。
あまり考えたくないけど、一番負けそうなのがブラッディローズなんだよなぁ……。
そういえば、誰が誰と戦うのだろう?
それ次第で勝敗にも影響しそうなものなのだが。
「ブラッディローズは誰と戦うの?」
「決まっている。レッドドラゴンだ」
「……そっちに行くんだね」
そんな気はしていたけど、わざわざ一番強い相手を指名していた。
ブラッディローズはブルーファルコンとほぼ引き分けたことはあるのだけど、炎のヒーロー、レッドドラゴンを相手に、植物の怪人であるブラッディローズが勝てるイメージがまったく湧かない。
むしろ惨敗するような……。
私のただの思い込みで済めばいいのだが。
「じゃあ、ジゴクハッカイとムーンベアが……」
「俺はブルーファルコンだな。……油断はしねぇぜ」
ジゴクハッカイは前回、バトンタッチを受けた後のブルーファルコンにいいようにやられてしまったのをしっかり認識し、反省している様子だった。
前回の出撃の前半戦、とんでもないパワーでレッドドラゴンとブルーファルコンの2人掛かりですら圧倒し、寄せ付けなかったジゴクハッカイである。
油断無しで戦ったら、ブルーファルコン相手に一瞬で勝利してもおかしくない。
こっちは零くんのことが心配だ。
「アタシはクロスライトだね。もしライスイデンが出てきたら一緒に貰うよ!」
そして、もっと心配なのがクロスライトこと我が弟、ゆーくんである。
クロスライトは油断ならない相手だと思ってはいるが、単純なパワーでは3人のヒーローたちの中で格段に劣るのだ。
小細工を無視して強引に戦うムーンベアを相手に、どこまで幻惑が通じるのだろうか?
彼女が言ったように、ライスイデンが出てきてくれたらひと安心なんだけどなぁ。
「来たな」
ブラッディローズの小さな一言で、私は意識を上空へと向けた。
空の雨雲を切り裂いて現れた3つの光が、私たちの待つ総合公園の上空へと飛来してくる。
赤、青、白の3つの光がやがて真下へと進行方向を変え、私たちの前へと降り立って華麗な着地を決めた。
レッドドラゴン、ブルーファルコン、クロスライトの3人が真一文字に並び、私たち怪人と相対して戦闘の構えを取った。
「よく来たな。歓迎するぞ」
「……罠にしちゃ、俺たちにとってずいぶんありがたい罠だな!」
「ん? 何のことだ?」
ブラッディローズが首をかしげるが、ジゴクハッカイが私を指さしたところを見て納得の表情を浮かべた。
それって、私が原因なの? 分かっていないのは私だけ??
「バカだねぇ。1対1で戦うって挑戦状を叩きつけておいて、4人目が居たら罠だと思うだろ?」
「あー、そういうことか」
ムーンベアの説明を聞いて納得した。
グレンオーガが叩きつけた"果たし状"の条件は恐らく『3人ずつ1対1で戦う』といった内容だったのだろう。
そこに私が飛び入り参加したものだから罠だと思われたらしい。
ただ、それも些細な差なんじゃないかな?
私が居なかったとしても"罠かもしれない"と想定していたと思うし。
なんていったって、私たちは悪の秘密結社だからね。
「基本的に1対1は変わらんぞ」
「俺らの誰かが負けたらミスティラビットと戦ってもらって構わん。コイツはボーナスステージのようなモンだ」
「まぁ、アタシらに勝てたらね!」
「私ってそういう扱いなの!?」
一応、私も戦闘部門の幹部なんですけど……。
「俺たちだって負けるつもりはないぜ!」
「ここで仕留めてみせる!」
「……自分から出てくるなんてね。ヒーローを甘く見ない方がいいよ」
なんか、3人とも私を見ながら言ってやしませんか?
本当にボーナスステージと思われているのかもしれない。
普通、幹部2連戦と聞いたら嫌がられると思うんだけどなぁ……。
あと、クロスライトの忠告は素直に聞いておこう。
実際、私よりも本部ヒーローたちの方が強いだろうからね。
「さて、私はレッドドラゴンと戦いたいのだが、どうだ?」
「ブラッディローズが相手か……望むところだ!」
レッドドラゴンは他2人のことを気遣って少し逡巡したが、すぐに了承を返した。
他の2人は格上相手の戦いに臨むことになるが、仲間を信じ、できるだけ早くブラッディローズを倒すことを決心したのだろう。
1対1とか言っておいて2番目に私が戦うわけだし、そもそもヒーロー側としては勝手に怪人側が決めたルールに従う必要は無いのである。
まぁ、怪人側も完全にフリーにさせるほど甘くはないだろうけども。
「さぁて、俺はブルーファルコンとやらせてもらうぜ。拒否権なんか無ぇぜ?」
「嫌だなんて言っていない。勝つのは僕だ!」
ブルーファルコンも気合十分、真っ向勝負に応じるつもりのようだ。
あの2人の組み合わせならジゴクハッカイが間違いなく上だと思うけど、ブルーファルコンもなんだかんだで油断できない相手だ。
それに、ブルーファルコンはボルカンカブトにパワーで勝ったこともある。
実力差がどこまで縮まったかによっては勝負の行方は分からなくなるだろう。
「あはは! あんまり簡単にくたばるんじゃないよ、クロスライト!」
最後の組み合わせはムーンベアとクロスライトだ。
クロスライトに幹部相手はかなり分が悪いと思うんだけど、大丈夫かな……?
「綺麗なお姉さんなんだから、お淑やかにしていればいいのに」
「はっ? ……あっはっは! なんだお前、アタシを口説こうってのかい?」
「そう受け取ってもらっても構わないよ」
弟よ、何を考えてそんなことを言ったの?
気を良くしたムーンベアのテンションが上がったみたいなんですけど。
クロスライトも何故か少し得意げだ。
「アイツめ、病院では適当な褒め方をしたくせに……」
私のウサ耳がブラッディローズの呟きを拾った。
こっちはこっちで妙にボルテージが上がっているみたいである。
何だかムスッとした口調になっているが、どういったことなんだろう?
「残念だったね、アタシゃお転婆なのさ。容赦しないよ!」
「戦うのなら全力で迎え撃つ! 来い!」
何はともあれ、クロスライトも戦意は十分のようだ。
そして、2人の言葉を合図として戦いのゴングが鳴った。
レッドドラゴンとブラッディローズが、
ブルーファルコンとジゴクハッカイが、
クロスライトとムーンベアが――
それぞれの力をぶつけ合う。
--9月9日(土) 15時05分--
「くっ!?」
ゴロゴロと地面を転がったところに、レッドドラゴンの新ウェポンの火球が撃ちこまれる。
辛うじてそれを避けたブラッディローズだったが、既に息も絶え絶えの様子だった。
初手から果敢に攻めていったブラッディローズは序盤こそ同格のように戦えていたものの、徐々に実力差が戦いに現れ始め、完全に防戦一方へと変わってしまっている。
それと、話に聞いていた通り、レッドドラゴンの銃撃はフレアナックルと同等のようだ。
一撃でセブンスターバグを追い詰めた威力の攻撃を容赦なく連射してくる。
地面を転がるブラッディローズを追いかけるように、爆発が地面をえぐっていく。
「おっと、あぶねぇな」
火球の1つがジゴクハッカイに向かって飛び、彼はそれをひょいと避けてみせた。
レッドドラゴンは銃撃をブラッディローズへの攻撃だけではなく、仲間のヒーローへのアシストとしても使っているようである。
それを察知してあっさり躱したジゴクハッカイも、まだまだ余裕があるみたいだ。
「せぁああ!」
「ふんっ!」
レッドドラゴンの作った隙を突こうとブルーファルコンが斬りかかる。
だが、ジゴクハッカイは氷の刃を八海旋の柄で受けると、力づくで撥ね退けた。
この2人は以外にもほぼ互角に渡り合っていた。
力の差を知っているブルーファルコンは牽制攻撃と防御に徹し、冷静に隙を伺っていることに加え、時折り先ほどのようにレッドドラゴンからの横やりが入るためだ。
ジゴクハッカイもかなり慎重な立ち回りに徹しており、なかなか攻めきれずにいる。
「テメェとは本当の1対1で戦ってみてぇな」
「そうしたら勝てるとでも言いたいのか?」
「俺の敵足りうる、と言ったんだ。喜べ」
「それは良かった。賛辞ならありがたく貰っておくよ。ついでに勝利も貰う!」
ブルーファルコンの速さが目に見えて1段階上がった。
「へぇ、ホントにやるじゃねぇか! いいぜ、俺もちょいと本気を出すか!」
ジゴクハッカイの身体が1段階膨れ上がり、筋肉が隆起する。
刃と槌が、速さと重さがぶつかり合う戦場に火花と氷の結晶が舞い散った。
戦いはますます激しさを増し、2つの影が目まぐるしく入れ替わっては武器を突き合わせていた。
「ほれ、立ちな! まだまだこんなもんじゃないだろう?」
「っ、! 当たり前だ」
そしてクロスライトはというと、やはりムーンベアにかなり厳しい戦いを強いられていた。
ムーンベアの放つでたらめなパワーの攻撃は防御した上からでも相手にダメージを与える。
今も弾かれたクロスライトが地面へと叩きつけられて小さくうめき声を上げたところだった。
それでも勢いよく立ち上がり、ムーンベアを相手にファイティングポーズをとっている。
「あっはっは! アタシを口説くにゃ力不足かねぇ?」
「退屈させちゃってるならゴメンだけど、まだまだ付き合ってもらう」
「いいねぇ、なかなかの度胸だ! お望み通り付き合ってやるよ!」
「来い! ムーンベア!」
クロスライトは再び飛び込んだムーンベアの一撃に攻撃を合わせるも、またもや弾かれてしまう。
「ぐっ!」
「ほれほれ! 次だ次!」
体勢を整えるクロスライトに肉薄し、追撃を放つムーンベアに対して、クロスライトがそのパワーとスピードをどうにか受け止めようと奮闘していた。
正直言って、見ていてハラハラすることこの上ない。
どこかで乱入してでも戦いの邪魔をするべきなんだろうか?
私は飛び込むべきタイミングを見計らって身構えていると――
どごぉん! と耳元で大きな音が鳴り、後頭部に強烈な衝撃を感じた。
受け身も取れないまま地面にダイブして、勢いのままに地面を抉りながら滑っていく。
自らの体毛が焦げる匂いがする。
燃える! 燃えちゃう!?
私は慌てて自分の後頭部を手で払った。
「熱い!? 痛~い……!」
辺り一面に白い煙が充満している。
理不尽な不意打ちを受けた私は、煙の中で嘆いた。
何をされたのかは何となく分かる。
レッドドラゴンの銃から放たれた攻撃をもろに喰らってしまったのだろう。
完全に油断していたよ……。
「おい、お前の相手は私だろう!」
「悪いな! 隙を見せたら容赦しないぜ!」
ブラッディローズが文句を言いつつ、攻撃を仕掛けているみたいだ。
そのおかげでレッドドラゴンの追撃が飛んでこない。
これ、さりげなく助けてくれているな……。
どうにか痛みから立ち直った私は、ベルトに付けていたマジックステッキに手を取った。
マジックステッキを伸ばし、白い煙を引き裂くようにぶんぶんと振り回す。
レッドドラゴンにも、ブラッディローズにも、それぞれにお礼が必要だ。
戦いに参加しよう!
「私も、課題を達成しないとね!」
気合いを入れて、力一杯に地面を蹴った。
相手だって不意打ちをしてきたのだから、私が同じことをしてもお互い様である。
ブラッディローズは怒りそうだけど、一撃だけ入れさせてもらおう。
まぁ、本気を出しても当てられるかどうかは分からないけどね。
煙から飛び出して周りを見れば、目標のレッドドラゴンはブラッディローズと遠距離戦の真っ最中だった。
ブラッディローズの数に勝る棘を、炎の銃の一撃がまとめて焼き払う。
その攻撃を避けたブラッディローズが更に棘を発射し、レッドドラゴンは身を翻してそれを躱す。
炎に包まれていくフィールドの中で、火花散る攻防が繰り広げられていた。
私は一気にレッドドラゴンへと近づこうとしたのだが……。
「フレア・シューター!」
「わわわ!?」
炎の銃を向けられ、慌てて進行方向を変えた。
飛び退った私の目の前を炎の球が通り過ぎていく。
熱いはずなのに背筋に冷たいものが奔った。
ブラッディローズとの戦いの最中なのに、私にまで気を回す余裕があるなんて……。
そのブラッディローズがレッドドラゴンを仕留めようと再び棘を発射した。
よし、もう一回この棘に合わせて飛び込めば近づくことはできそうだ。
私は足に力を篭めて――
「シュート!」
「ひゃああ!?」
またもや後ろから攻撃を受けた。
今度はブルーファルコンによる氷の一撃である。
後頭部に受けた銃撃から冷気が迸り、一瞬で顔全体が氷に包まれてしまった。
冷たくて痛い! 息ができない!
「あー、あっち狙いか。狙いが甘いと思ったぜ」
「一応、どっちも狙った。さすがに当たらないか」
私に不意打ちを食らわせたブルーファルコンが悪びれもせずに、ジゴクハッカイと丁々発止の戦闘に戻っていく。
あくまでついでの一撃だったようで追撃が来る様子は無い。
助かると言えば助かるのだが、何だかそれはそれで悔しいような……。
いや、とにかく、まずはこの氷をどうにかしないと!
「ほらよ!」
「あだっ!?」
すぐ近くに来ていたムーンベアが私の顔を覆った氷にガツンと拳を叩きつけた。
見事に氷は割れたけど、結構痛い!
しかも、また後頭部……。
「あっはっは! アタシと勝負だ! レッドドラゴン!」
「ムーンベア……! クロスライトは!?」
振り返ると、クロスライトは慌ててこっちに向かってきている最中だった。
でも、その手前ではブルーファルコンとジゴクハッカイが戦闘を繰り広げている。
ジゴクハッカイがついでとばかりに攻撃を仕掛け、クロスライトはそれを避けつつ銃を放ち、否応なしにその戦いに巻き込まれていった。
もう一方の方はというと、レッドドラゴンとムーンベアが切り結び、ブラッディローズもそこへ突っ込んでいく。
いつの間にか完全に乱戦状態だ。
もう後頭部への攻撃は受けたくない!
私はレッドドラゴンには余裕はなくなると判断し、ジゴクハッカイの方へと向かった。
ブルーファルコンにさっき一撃を受けたお返しをしなくては。
「ジゴクハッカイ、私も一撃、ブルーファルコンを殴らせてもらいますからね!」
「ふん、好きにしろ」
「簡単にできると思うなよ!」
そのように意気揚々と参戦したのはいいのだが……。
「ブルーファルコン、サポートは任せて」
って、クロスライトが私の前に来たんですけど!
え、ちょ、やりにくい!?
ど、どうすればいいの!?
「せぇい!」
「わわわっ!?」
悩んでいるうちに、クロスライトが銃撃を放ってきた。
私はそれを素早く躱すのだが、直後に真後ろからバチンと火花が散る音が聞こえた。
「ぐお!?」
私の後ろでジゴクハッカイがうめき声をあげている。
どうやら流れ弾ではなさそうだ。
クロスライトは最初からジゴクハッカイを攻撃しようと狙っていたようである。
「喰らえ!」
「ぐぬっ!?」
体勢を崩したジゴクハッカイに、ブルーファルコンの刃が襲い掛かる。
ブルーファルコンの斬撃を慌てて腕で受け止めたジゴクハッカイだったが、刃が深々と突き刺さり、斬りつけられた先から手の平までが薄い氷に覆われてしまう。
槌の柄を掴みづらそうにしながら、それでもブルーファルコンと互角に渡り合っている。
やばい、劣勢にさせちゃったかも!?
「おい、てめぇ! 新米ヒーロー1人、抑えておけねぇってのか!」
「ご、ごめんなさいぃ!?」
叱られてしまった。
まぁ、足を引っ張ってしまったら怒られて当然である。
私は改めてクロスライトと対峙し、ひとまず後ろへ攻撃を行わせないように身構えた。
「出てこない方が良かったんじゃないの?」
クロスライトが煽りとも何とも言い難い言葉を私に叩きつけてくる。
今のところ、好いとこ無しだ。
本当に出てこなきゃよかったかも……。
「来ないなら、僕から行くぞ!」
「うぇ!? やるの!?」
「……やらなきゃ変に思われちゃうでしょ?」
最後のひと言は、きっと通信を切って話してくれた言葉だと思う。
この場でも私のことを慮って、殺陣を演じようと持ち掛けてきてくれているのだ。
本当によくできた弟である。
クロスライトの拳をひらりと躱し、身体を反転させてステッキを裏拳みたいに振り回した。
相手もその軌道を読み切ってスウェイバックで攻撃を躱し、懐へと飛び込んで拳を繰り出してくる。
強い踏み込みから繰り出された攻撃に、思わず息を飲んだ。
私がその一撃をマジックステッキで受け止めると、強烈な衝撃で火花が爆ぜ、片足が地面に少しめり込んでしまった。
「ちょ、重いよ!? 手加減して!」
「平気で受け止めておいて言う言葉じゃないでしょ!」
「平気じゃないってば!」
クロスライトが連打を放ってきて、私はステッキでその攻撃をとにかく防ぐことに全力を尽くした。
容赦の欠片も無い攻撃に、だんだんと余裕が無くなっていく。
だが、余裕の無さとは非対称的に、私の杖術は技の冴えを増していった。
余裕がなくなった時は身体に染み付いた行動が反射的に出てしまうものだ。
私がこそこそと練習してきた杖術の型はクロスライトの拳をいなし、防御を貫き、ゴツン、とそれなりの手応えを残した。
クロスライトの拳に合わせて放ったカウンター攻撃は、きちんと相手の身体へと到達したのだ。
「うくっ!?」
「あ、ごめん」
でも、ゆーくんを攻撃してしまった。
微妙に凹む……。
「謝らなくていいってば! まだまだ行くぞ!」
「わわわ!?」
クロスライトが再び格闘戦を仕掛けてきた。
その攻撃は更にパワーとスピードが上がっていて、すぐ私の余裕は無くなってしまう。
結果として、逆にマジックステッキの動きが冴えに冴え、クロスライトはいいようにカウンター攻撃を受ける羽目になってしまっていた。
まぁ、威力は低いから大したダメージは与えていないんだけどね。
相手の体力を削るくらいはできているかも、といった感じだ。
「はぁ、はぁ、悔しいけど、遊ばれているっぽいな……」
「必死なだけだよぅ!?」
クロスライトは接近戦では分が悪いと判断したらしく、銃を構えて距離を取った。
ようやく少しだけ余裕ができた私のウサ耳に、炎が燃える音と風きり音が聞こえる。
とっさにその場から飛び退くと、私のいた場所に火炎弾が通り過ぎていくのが見えた。
レッドドラゴンがまたもや不意打ちを放ってきたようだ。
まさか、ムーンベアとブラッディローズを纏めて相手取って、こっちに攻撃を仕掛ける余裕があるとは思わなかった。
私は慌ててレッドドラゴンたちの戦いのフィールドへと目を向ける。
そちらの方を見ると、なんとムーンベアとブラッディローズが2人とも膝をついていた。
……まじで?
あの2人を相手に完全勝利してるの?
「くそぉ、なんなんだお前は!? 最初は手加減してたってわけかい!?」
「そうは、見えなかったが、これが、ナンバーワンヒーローか……」
熱気に包まれたフィールドで息を弾ませる2人に対し、レッドドラゴンが距離を取った。
拳を固く握りしめ、天を衝くように振り上げた状態から正拳突きのような構えへと移行すると、その腕に龍を象った炎が浮き出てくる。
今までより大きく、赤い炎の龍がレッドドラゴンの腕をグルグルと回った。
「ブルーファルコン! クロスライト! サポートを頼む!」
「「了解!」」
レッドドラゴンの号令に、2人のヒーローが短く応えて行動を開始した。
「"ハニカムコフィン"!」
「"スペクトルバリア"!」
ブルーファルコンはジゴクハッカイと共に氷のドームの中へと消え、クロスライトは彼自身と私を光の壁で取り囲んだ。
あっ、と思った時にはもう遅かった。
これはレッドドラゴンの戦いを邪魔させないための行動に他ならない。
たとえクロスライトを倒し、バリアを解いたとしても今からでは間に合わないだろう。
中学生ヒーロー2人は、私やジゴクハッカイが助けに向かうための時間を見事に消してしまった。
「やれやれ、助けは期待できないねぇ!」
「必要ない。もともと私一人で十分だ」
「あっはっは! 吠えるじゃないか! この状況でもそれが言えるのかい?」
「……あぁ、言える!」
ふらりと立ち上がったブラッディローズが右手をレッドドラゴンの方へと向けた。
本当にまだ手は残っているのだろうか?
本人の力に期待するしかない状況で、祈るような気持ちで見ていたのだが……。
「げほっ!」
私の祈りはどうも神様に嫌われているっぽい。
急にブラッディローズが咳き込み始め、その口から血の飛沫が舞った。
「げほっ! ごほっ! ……こんな、時に限って、か」
再びガクリと膝をつき、ブラッディローズが小さく咳き込んで体を震わせる。
口を押さえた手や、戦いで荒れた地面にも赤いシミが広がっていく。
ブラッディローズが咳き込む間にもレッドドラゴンの拳は赤い輝きを強めていき、やがて腕を畳んで今にも突き出さんという体勢へと変わっていった。
「ぐ、うぅ……」
「戦いの傷ってわけじゃ無さそうだね。ふん、下がってな!」
今度はムーンベアが立ち上がり、前へと一歩を踏み出す。
そのまま、全速力で前へと駆けだした。
「何を……!?」
「あっはっは! ミスティラビットはアレを跳ね返したんだろ? アタシもやってみたくなったってだけさ!」
ムーンベアは軽口を叩きながら真正面へと邁進していく。
今のパワーアップしているっぽいレッドドラゴンの一撃なんて、私だって跳ね返せるとは思えないし、きっとムーンベアだって無謀だということは分かっているはずだ。
でも、彼女が全力で"ブレイザー・キャノン"を叩けば後ろにいるブラッディローズは助かるかもしれない。
ブラッディローズ自身もそれを感じたのか、ムーンベアを眩しそうな目で眺めていた。
「さぁ、勝負だ! レッドドラゴン!」
「全力全開だっ! 必殺【ブレイザー・キャノン】! 発射ぁああああーーっ!!」
レッドドラゴンの拳から、今までを更に超える大火球が放たれた。
バレーボールサイズだった頃とは一線を画すその迫力に、遠くに居るはずの私まで背筋が寒くなる。
ムーンベアがその大火球を叩こうと腕を振り上げた。
だが――
「"グランド・リフト"」
「は? うぁあ!?」
スッと立ち上がったブラッディローズが右腕を前に出して指を鳴らした。
すると、それを合図に地面がボコりと持ち上がり、ムーンベアを思い切り真上へと弾き飛ばしたのである。
いつの間にかサッカー場のグラウンドに張り巡らされていた根が地面を押し上げたようだ。
「バカが、邪魔する奴があるかい……!」
ムーンベアは無理やり"ブレイザーキャノン"を飛び越させられて文句を呟く。
にやりと笑い、しかし悔しそうな表情と、寂しそうな声が混じる。
持ち上がった地面をぶち破りながら、大火球はブラッディローズを目掛けて一直線に飛んでいく。
炎の一撃はついにブラッディローズへと到達し、その姿を飲み込まんと輝きを増した。
……私は反射的に目を背けた。
ドゴォオオオッ!
耳をつんざくような音が響き渡り、余波で地面が抉れていく。
バリアに守られていた私はその様子をまじまじと見せつけられていた。
吹きすさぶ暴風が粉塵を巻き上げ、砂煙が辺りを舞った。
バリアが消え、焦げ臭い匂いが鼻を衝く。
向こう正面のブルーファルコンが作った氷のドームはひび割れてしまっているが、それでも何とか持ちこたえ、余波を耐えきったようだった。
「ブラッディローズ……」
私の呟きに応える者はいない。
あの爆発の中心にいたブラッディローズは、もう……。
「な、なんだ、あれは……!」
諦めの境地にいる私に、レッドドラゴンの呟きが聞こえた。
もうもうと立ち込める煙の先に、ゆらりと影が映る。
「ぐはははは! 中々の一撃だったぜ!」
「な、なにっ!?」
煙の中から現れたのは、大幹部グレンオーガだった。
いったいどこから湧いて出たのか、レッドドラゴンの"ブレイザー・キャノン"をその身に受けてブラッディローズを守ったようだ。
しかも、全くダメージを負った気配がない。
「無傷だって……!?」
「ぐはは、結構いたかったぜ? 俺からもお返ししねぇとな!」
言うが早いか、グレンオーガが力を篭めるとその小手から炎が立ち昇る。
驚愕に固まっていたレッドドラゴンが改めて戦闘の構えを取る中、グレンオーガはその炎を投げつけるように振り抜いた。
「ぐはは! 行くぜ!【ヘル・フレイム】!」
黒い炎がまるでレーザービームのように突き進み、あっという間にレッドドラゴンへと到達した。
まるでキャッチボールでもしているかのような軽さだというのに、先ほどのブレイザーキャノンとどちらが上か、というような迫力を出している。
「く、うぉおおおお!?」
レッドドラゴンは避けることも出来ず、その攻撃をもろに被弾してしまった。
ドゴォオオオッ! と、強烈な衝撃が再び辺りを包む。
まさか、今の一撃でレッドドラゴンは……!?
「ぐ、何てパワーだ……」
「うわ、生きてるっ!?」
全力の必殺技を受けたようなものなのに、きっちり生き残っていた。
でも、強烈なダメージを受けたようで、肩で息をしているのが目に見えて分かった。
あのレッドドラゴンがたった一撃であの有り様とか、どんだけ強いんだ……?
「レッドドラゴン! 大丈夫か!?」
「ちっ、なんだよ、出てくるなんて聞いてねぇぜ?」
気付いたら氷のドームは消え失せており、ブルーファルコンが戦いを中断してレッドドラゴンの元へと向かっていった。
ジゴクハッカイもやる気をそがれたのか、それを普通に見送っている。
「……とんでもない怪人がいるんだね」
クロスライトがそう言って、レッドドラゴンの方に向かって一歩を踏み出した。
「クロスライト、そっちに行くの?」
「僕も戦わなきゃ勝てないからね。……やるだけやるよ」
悲壮な決意を漂わせながら、クロスライトも戦場へと向かう。
止めればよかったはずなのに、私にはそれを止めることができなかった。
何でだろう、私の方がヒーロー達より絶望しているような気がする。
あれと戦って、ヒーローたちが勝つ未来が見えない。
「ぐははは! 生きてるようだな! ブラッディローズ、ムーンベア!」
「あぁ、何とか、な」
「お互い、恥を晒しながら生き残っちまったねぇ」
ムーンベアも合流しているし、ブラッディローズも何とか耐え抜いたようだ。
あの2人が生き残ってくれたのは素直に嬉しい。
その様子を眺めていた私の方へ、ジゴクハッカイがのっそりと歩いてきた。
「ま、グレンオーガが来ねえわけねぇよな」
「あ、はい、確かに……」
ジゴクハッカイがグレンオーガの乱入に対する感想を述べる。
確かに、昔はそうだった。
私が知るグレンオーガは常に戦いの場に向かい、時に自ら暴れてヒーローを呼び寄せるような、そんな怪人だったから、ここに来ること自体に違和感は無い。
だけど、グレンオーガが来たタイミングはどうなのだろう?
ブラッディローズを守ったのは偶然? それとも、助けるため?
破壊のために生まれてきたような怪人が事実として誰かを守ったことに、私は強烈な違和感を感じていた。
「"ブレイザー・キャノン"を完全に防がれた。ミスティラビットに続き2回目か……ショックだぜ」
「パワーも尋常じゃなく強い。あれはいったい……」
「僕は知っています。あれは新潟最悪の怪人グレンオーガ。死んだはずだけど……」
向こうはかなり悲壮感を漂わせているようだった。
グレンオーガだけではなく、ジゴクハッカイも健在。
一応は私もいるし、ムーンベアももう少し戦うことはできるだろう。
戦力差は圧倒的に怪人側が有利である。
「おっ?」
不意にグレンオーガが空を見上げた。
空に1つの光が飛行機雲の尾を引きながらこちらへ向かってきている。
黄色い光は上空でその移動方向を変えると、真下にいるヒーローたちの元へと降り立った。
フルフェイスマスクに施された稲妻、ボディに描かれた渦潮の意匠が映える。
やってきたのは元新潟の守護者、ライスイデンだった。
怪人たちの前に仁王立ちし、フルフェイスの中からにらみを利かせる。
「久しぶりだな、グレンオーガ」
「ぐははは! 会えて嬉しいぜ、ライスイデン!」
ヒーローとしてはだいぶ弱体化していると聞いているけど、彼がいると妙な安心感がある。
まぁ、普段の私からしたら泣きそうになるほど苦手な相手なのだが。
窮地に追いやられたヒーローたちにとっても、精神的に頼れる存在なのだろう。
悲壮感は霧散し、どうにか戦おうという意志が高まっていくのを感じる。
未だにその存在感は健在のようだ。
「これ以上、俺の後輩には手出し無用だぜ!」
「ぐははは! おっかねぇな! お前はただじゃ転ばねぇヤツだからな!」
グレンオーガはちらりと後ろを見た。
恐らくグレンオーガは自分は負けないと思っているはず。
でも、ブラッディローズとムーンベアはもうギリギリな状態である。
ライスイデンなら何人か道連れにするくらいのことをやりかねないから……。
「おっと、そういや、まだ自己紹介すらしてなかったな。俺は大幹部グレンオーガだ」
「大幹部……!?」
「おうよ。こいつがその証拠だぜ」
胸に光るバッジを見せて、楽しそうに笑っている。
対するヒーローたちは幹部の上が居たことに少なからず衝撃を受けたようだった。
歴戦の戦士であるライスイデンも"大幹部"という肩書きは知らなかったらしい。
「さぁて、そろそろやるか」
グレンオーガのひと言にヒーローたちが戦闘態勢を取るのだが、そこにひゅるひゅると何かが投げ込まれる音が聞こえた。
この音は聞き慣れている。
いつもの霧玉が飛来してくる音だ。
地面に着弾した霧玉が破裂して、辺り一面を真っ白に染め上げた。
グレンオーガはそれを微動だにせず見届けると、踵を返してのしのしと歩き出す。
白く霞む霧の中へ、大きな影が消えていく。
「グレンオーガ! 何のつもりだ!?」
「なぁに、今日は顔見せに来ただけだ。俺らは帰ることにするぜ! ……それよりもだ。仲間にゃあれを教えてねぇのか?」
グレンオーガの言葉に、ライスイデンが黙り込んだ。
あれってなんだろう?
聞いたら教えてくれるのかなぁ?
「ぐははは! 次に会ったら容赦しねぇぜ! じゃあな!」
「くっ!?」
一歩を踏み出そうとしたブルーファルコンを、ライスイデンが手で制した。
戦力差を考えると、このまま去っていってくれた方がありがたいということなのだろう。
レッドドラゴンもその判断に従い、追撃は行わずに静観しているようだ。
私たちもグレンオーガの決定に従って、ここで撤退である。
クロスライトがグレンオーガと戦わずに済んだことが何よりの幸運だった。
グレンオーガの気が変わらないうちにさっさと退散せねばなるまい。
「それでは、私たちもこれで」
「勝負は預けておくぜ」
姿が見えるくらい近くに居るのに手を出されることはなく、私たちも霧へと消える。
撤退の際も、妨害は全くなかった。
かつてないほどの簡単さで、私たちは撤退を完了させたのだった。
--9月9日(土) 18時30分--
秘密結社パンデピスの地下1階、大会議室に戦闘部門の幹部が集まっている。
今回は画面越しではなく、グレンオーガも一緒だ。
「さぁて、入れ替え戦の結果を発表するぜ!」
中央に陣取ったグレンオーガが大声を張り上げる。
結局、誰一人として決着がつかなかったわけだけど、どのように判断するのだろうか?
「ぐはは! まどろっこしいのはヤメだ。今回、入れ替えは無しだぜ!」
グレンオーガがそう断言した。
ブラッディローズの挑戦成らず、といった結果である。
「ふん、まぁそうだろうな」
「結果自体には納得だけどねぇ」
「そうだな。レッドドラゴンに負けたことだけが心残りだ」
ブラッディローズも淡々と結果を受け入れている。
悔しいには悔しいのだろうけど、幹部に成れなかったことよりレッドドラゴンに負けたことの方を悔しく思っているみたいだ。
幹部を目指していたのは目的じゃなくて手段なのかな?
ブラッディローズは幹部に成ったら何をしたいのだろう?
「ぐはは! だが、結果が出てねぇってことは現状維持だ! ブラッディローズは幹部候補のままにしておく! 何かあったら入れ替えるから、幹部共はヘマしねぇようにな!」
「ヘマって、負けて死ぬとかか?」
「あっはっは! そんときゃ喜んで幹部の席を譲るさ!」
死んだら席を譲るも何も無いと思うんだけど、ムーンベアは最後にブラッディローズの意地に助けられたから、すでに実力は認めているような感じだ。
まぁ、"力づくで奪って見せな!"って感じで、譲ることは考えていなそうだけども。
「私はいつ譲っていいんだけどね」
「いらんと言っただろう」
私の呟きをブラッディローズがしっかり拾ったようで、即座に拒否してきた。
ブラッディローズも結構な地獄耳だよね。
「というより、何でお前は参加して来たんだ?」
「えっと、腕試しに……」
私の言い訳に、ブラッディローズが冷めた目を寄こしてきた。
これは絶対に信頼されていない。
でも、何も言わないのはやめて。せめてツッコミを入れてほしい。
「ぐはは! 今日はこれで仕舞いだぜ!」
「待て」
グレンオーガの解散宣言にブラッディローズが待ったをかけた。
動き出しかけていたメンバーが足を止める。
いったい何を――
「レッドドラゴンを倒したら、大幹部の座をかけて勝負しろ」
なんか、とんでもないことを言い出したんですけど!?
ブラッディローズ、大幹部ねらいなの!?
これにはジゴクハッカイとムーンベアも驚愕の表情を見せていた。
彼らはグレンオーガに挑むという発想自体が無かったようで、『正気か?』と疑うような顔をしてる。
「ぐはははは! ぐははははは! いいぜ! レッドドラゴンを倒せたら勝負してやる! おう、お前らも挑戦したくなったら言え! もちろん、無理強いはしねぇがな!」
グレンオーガが大笑いでそれを了承し、今度こそ解散となった。
まず間違いなく、グレンオーガはレッドドラゴンよりも強い。
戦う相手の順番としては正しいのだが、レッドドラゴンだってかなり格上の相手だ。
それこそ、今日まさに完敗直前まで追い詰められた相手である。
「本気なの?」
「本気だが?」
さらっと言い放ったブラッディローズに迷いは無さそうだった。
そのまま地下闘技場まで足を運ぶみたいだったので、私も何となくついていった。
ブラッディローズは闘技場で残りの力を全て吐き出していた。
体力の限界、気力の限界まで能力を使い続けていたのだ。
彼女は噓偽りなく死に物狂いで戦っているということが、この時初めて分かった気がする。
その姿を見て、私の中に不思議な何かが生まれた気がした。
私は少しの間、一心不乱に棍を振るのだった。
--9月9日(土) 18時30分(同時刻)十日前町支部 地下基地--
地下950mに位置する防衛隊の秘密基地、その会議室の1つに俺たちは集まっていた。
秘密結社パンデピスの幹部たちとの対決にはほぼ互角、もしくは誰か1人くらいは仕留められたかもしれない程には優勢だったと思う。
しかし、奴の登場ですべてをひっくり返されてしまった。
「教官、あいつはいったい……」
レッドドラゴンの正体である東 飛竜が尋ねてくる。
全力のブレイザーキャノンを破られ、軽く腕を振るだけで同等の破壊力を持つ攻撃を放ってきたグレンオーガに並々ならぬ関心を寄せている。
今まで、どんな怪人を相手にしても喰らいつくくらいはできていたのだろうが、ナンバーワンヒーローの力をもってしても、大幹部グレンオーガ相手にはまるで太刀打ちできていなかったというのが現実だった。
「優輝、君はグレンオーガのことを知っているって言ってたね」
「はい。新潟に居た怪人の中でも最強最悪の怪人って呼ばれていました」
優輝は新潟県にずっといたから聞いたことがあるのだろう。
傍若無人な振る舞いと、それ以上にとんでもない強さを持つ悪鬼羅刹とも言える存在。
あいつが戻ってくるなんて、頭が痛くなるな。
「グレンオーガは、俺の知る限り最強の怪人だ。奴はとにかく戦いに飢えている奴で、残虐な行いも数知れず行っている。何度煮え湯を飲まされたことか……」
今日、あっさり帰ったことが奇跡だと思えるくらいに好戦的なヤツだった。
あのまま戦っていたら全滅も有り得ただろう。
「何度もってことは、戦ったことがあるんですね?」
「あるが……ほとんど戦いにはなっていなかったぞ? 時間稼ぎをして撤退を繰り返すだけでも精一杯の状況が続いたんだ」
あの時は泣き叫ぶ声を背に、ただ時間稼ぎをして避難を促すしかない状況だった。
己の弱さを悔やんでも悔やみきれない日々……。
もう2度とそんな日は来ないでくれと願ったものだ。
「本部に応援を要請したりもしたんだが……」
俺の言に、顔を見合わせた飛竜と零が揃って首を振る。
知らないってことか。
ということは、やはり、俺の要請はどこかで握りつぶされていたらしい。
まぁ、それも昔の話だし、掘り返しても仕方ないことだ。
それよりも、問題なのは"今"だ。
「飛竜、アイツに勝つにはどうすればいいと思う?」
「……正直言って、真正面から戦うなら本部ヒーロー5人は必要だと思いますよ。その戦力でも油断したらあっさり負けると思います」
飛竜の見積もりは本部ヒーロー5人か……。
やはり、最低でもそのくらいの戦力を集めないと戦いにならんようだな。
ここに居るレッドドラゴンとブルーファルコンに加えてあと3人も集めなければならないなんて、正直、厳しいと言わざるを得ない。
「そんな怪人の情報が本部に来ていないのは何故ですか?」
零が不思議で仕方ないといった感じで質問を口にした。
至極、当然の疑問だろう。
「あー、それはなぁ~……」
ちょっと言いづらいな……。
俺が言い方を選んでいると、当時の状況を知る優輝が先に答えを言ってしまった。
「ライスイデンが倒したって聞きましたけど……」
「「……!?」」
飛竜と零が揃ってこちらを見た。
おい、化け物を見るような顔をしないでくれ。さすがに傷つくぞ。
「今の、本当なんですか?」
「あー、まぁ……」
「俺、今すぐナンバーワンヒーローを返上する!」
「待て待て! いろいろと経緯があるんだ!」
立ち上がった飛竜をもう一度椅子に座らせて、俺は何から話すべきか思案した。
くそ、どうにかあれの部分だけ情報を秘すしかないか……?
「まず、禁じ手を使わざるをえなかったってところを先に伝えておく」
「禁じ手、ですか?」
「大規模破壊兵器。簡単に言えば爆弾だな」
どうしても破壊の規模が大きくなるため市街地での使用には向かない爆弾を、その時ばかりは使わざるをえなかった。
どの道、奴が暴れたら多大な被害が出る。
村1つ分を吹き飛ばすくらいの被害には目を瞑るという決定がなされたのだ。
「それを水力発電所に設置してグレンオーガをおびき寄せたんだが……」
「ライスイデン自身が餌になったってことですか?」
「有り体に言えばそう言うことだ。その爆弾で撃退できたため、倒された怪人だからってことで本部にはあまり詳しい情報が伝わらなかったんだろう」
俺の説明に、零と優輝は納得してくれたようだ。
だが、ただ1人飛竜は疑いの目で俺を見ている。
「……教官、何か隠してますよね?」
「……何故そう思う?」
「グレンオーガは明らかにライスイデンに対して一目置いていた。ただ爆弾で吹き飛ばしただけじゃ、ああいう態度にはなりません。教官、何を隠しているんですか?」
「ふー、やれやれ、敵わんな……」
こういう時に、飛竜は良く勘を働かせてくる。
黙っているべきか、伝えるべきか、まだ答えが出ていないというのに……。
そういえばグレンオーガも俺があれを伝えていることを望んでいる節があったな。
さて、どうするか……。
「言ってもいいんじゃないか? 上杉」
会議室の扉が開き、隊長が顔を覗かせた。
その手に機密文書を仕舞う金庫の鍵を握っている。
おいおい、準備万端じゃないか。
「隊長、何か知っているんですか!?」
「知っているが、その答えは上杉から聞いてくれ。そういう約束なんでな」
再び俺に注目が集まる。
……他に手は無いか。
危険極まる方法だから、不要ならそっとしておくことも考えていたのだが。
悩んでいる俺が口を開こうとした時に、またもや会議室に来訪者が現れた。
「皆さん、すみません、嫌な報告が……」
おずおずと入ってきたのは樋口だった。
嫌な報告……?
グレンオーガの再来以上に嫌な報告なんか無いだろうが、これ以上面倒なのは御免だ。
まぁ、『聞かない』という選択肢は無いわけだが。
「大丈夫だ、言ってくれ」
「その、矢木参謀長から連絡がありまして、本部ヒーローの1人がこちらに来ることになりました」
「何? 本部ヒーローの1人が?」
渡りに船とはこのことじゃないか?
あと1人分、どうにか工面すればグレンオーガとも渡り合える可能性がある。
それなら、わざわざ危ない技術を伝承する必要もなさそうだ。
……いや、待てよ?
なんで本部ヒーローが来ることが"嫌な報告"になるんだ?
「みどりちゃん、その本部ヒーローって、まさかとは思うけど……」
飛竜は心当たりがあるみたいで顔をひくつかせている。
零に至っては初めてここに来た時みたいに暗い表情をしていた。
樋口も申し訳なさそうな顔をしているし、なんなんだ、その本部ヒーローとやらは?
「"ピンクヴァルキリー"が来るそうです」
「やっぱりかよ!?」
「最悪だ……!」
事情を知っているであろう3人が揃って頭を抱えている。
ピンクヴァルキリー……?
聞いたことがあるような、無いような……?
まぁ、何であれ本部ヒーローなら戦力に数えることはできるだろう。
「隊長、本部ヒーローが来るなら伝えるのは無しだ」
「そうか。まぁ、当てができたならそれでも――」
「ダメですって!」
飛竜が強く意見を発した。そんなに必死になることか?
「とんでもない奴なんですよ! 教官とは本気で相性最悪っス!」
「隊長も教官も、一切の期待をしないでください」
辛辣だな。
まさか、零がここまで他人をこき下ろすようなことを言うとは思わなかった。
だが、そこまで言われると逆に興味が湧く。
いったいどんな風に最悪なのやら。
「樋口、その本部ヒーローはいつから来るんだ?」
「来週早々に来るらしいですが……」
「それなら、来週会ってみて判断するさ。みんな、1日2日は我慢してくれ」
俺の決定に、飛竜と零は力なく頷いた。
この2人がここまでの態度を取るとは……。
ちょっと想像がつかないが、もしかして本当に覚悟が必要なことなのかもしれん。
本部ヒーロー"ピンクヴァルキリー"。
果たしてどんな奴が来るのやら。




