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第十三章 自戒

 トリリトンの右宮ではフィシスがアスランを寝かしつけていた。

 少し前に授乳をしててもらってお腹がいっぱいのアスランはしばらくの間ご機嫌だった。パールが連れて来たエルシーを目で追って楽しんでいる間は。

 しかし、ガラリアに行ったナシアスから連絡が入り、不穏な空気が漂っているのがわかるのか、単におもちゃをを取り上げられて不満なのか、いつになくぐずり始めた。

 最も頼りにする母親のパールは見当たらない。機嫌を取ってくれるはずのフィシスもパールのことが心配で心ここに在らずといった態である。気分を落ち着かせて寝ろと言う方が無理な話だった。

 

フィシスはいつまでも赤ん坊が泣き止まないので途方に暮れていたが、何を思ったかアスランが急に泣くのをやめて何かを探すような動きをしたので、それまで歌っていた子守歌を歌うのをやめた。

 アスランはフィシスに抱かれるままに、腕の中から小さな手を差し伸ばした。

「だあだ…」 

 まだまだ何を言っているのかわからないあどけない声で何かを訴えている。その指し示す方を振り返ってみても特に変わったものは見当たらない。

「?…」

 思い直して赤ん坊を縦抱きに抱え直し、首を自分の肩に乗せて揺すり始めた。


「あう…おう…」

 アスランは喃語を発するのをやめない。

 一体どうしたのかと訝しんでいると、背後が明るくなった。

 何事かと肩越しに振り返ると光の中から何かが現れた。

 一番に目に入ったのは青いマントである。黒髪短髪の背の高い男性がその逞しい背をこちらに向けていた。

「…一平…さま…」

 この場にいるはずのない人であった。

 その声が耳に入ったのか、一平が振り返る。彼の腕にはしっかりと妻のパールが抱き抱えられていた。


「姫さまっ!!」

 歓喜の叫びをフィシスが上げる。

 パールも面を上げて自分を呼ぶ声の主を見た。

「…フィシス…」

「……ここは…右宮か!?」

 見慣れた自分たちの部屋と認識し、一平は腕の力を緩めた。

「ええ…ええ、そうですとも…。よく…よくご無事で…」

 涙ぐむフィシスの腕からアスランがあうあう母親を求める声を発している。

「アスラン…」

 パールが一平から離れた。フィシスからわが子を受け取り、そっと抱き締める。

「ごめんね…ごめんね、アスラン…」



 それを慈愛の籠る眼差しで見下ろす一平に、フィシスは向き直った。

「何が…おありになったのでございますか…」

 言ってから、差し出たこと、と気づき、誠実に答えようとする一平を制した。

「いえ、こうしている場合ではありませぬ。陛下にお知らせしなくては…」

 踵を返し、急いで主宮へ向かおうとするフィシスを押し止めて一平は言った。

「ああ、いい。オレが行こう。その方が話が早い。おまえはパールを見てやってくれないか。相当疲れているはずだ」

「疲れ…」

 癒しの力でも使ったのか、とフィシスは思案顔でパールに目を戻す。

「…かしこまりました」


 二人のやりとりに気づいたパールがそれなら自分も行く、と言い募ったが、一平は首を縦に振らなかった。

「いいから休んでいろ。用があれば呼ぶから」

 それにアスランが離してはくれんだろう、と優しくわが子を見た。

「…はい…」

 おとなしく応えて、パールはフィシスに寄り添われながら隣室へと向かった。

 その背を捉えて一平はこれだけは言っておかねば、と声を掛けた。

「パール」

 パールが振り返る。

「ありがとう。また、おまえに助けてもらったな。オレはいつになってもおまえに助けられてばかりだ」

 パールの表情がぱっと明るくなった。一平の危機を救えたことを実感して、にっこりと微笑んだ。



「一平どの!?」

 執務室に現れた一平を見てオスカーとウートは頓狂な声をあげた。

「陛下。ただいま戻りました。目的を果たせず面目次第もございません」

 跪拝して帰国の報告をする一平にオスカーは言った。

「おぬしのせいではないよ。余が交渉に当たったとしても結果は同じだったろう」

 詳しい話をナシアスから聞いているオスカーには多くを語る必要はなかった。

「それにしても突然の帰国、いくら何でも早過ぎるが!?」

「パールのおかげです。パールが、囚われの身のオレを自身の持つ力で救い出してくれたのです」


 この場合、それしかないとオスカーも薄々感じてはいた。

「パールは自分自身以外の者をも連れて跳べるのか…」

 でなければこんなに早く一平が戻るはずがない。あの報告がもたらされてより僅か四半時にもならないのだ。

「はい…。オレの両手足には枷が嵌められていましたが、それもものともせず…。一体どのようなからくりになるのか、オレにはとんと見当もつきませんが。パールの意思さえ強ければ難しいことではないようでした。ですが…それに伴い、ある種の力も同時に発されるようで、ガラティスの真の狙いはそこにあったのです」

「ある種の力?」


「パールがガラティスに触れられるのを拒否した時、電撃のようなものが発生して相手に害を及ぼしました。ガラティスは、その力を魔術で増幅させて兵器として使いたいとか」

「兵器…か…。どこを攻めようと言うのか!!」

 わがトリトニアに違いない、とオスカーも一平同様憤慨する。

「いかにも、とんでもない奴ですな」

 と、ウートも苦虫を噛み潰す。

「まるで話にならん。これほど信用のならない国がかつてあっただろうか」

「全くもって…。初めから戦を回避するつもりなどなかったのでしょうな。そんな気はしましたが…」

 ウートの感想を受け、オスカーが呟く。

「開戦…か…」

 できれば戦などしたくはなかった、とオスカーの口調に滲み出ている。

「すみません。オレにもう少し力があれば…」 

 一平も忸怩たる思いで頭を下げた。



「いや。おぬしは立派に責任を果たしてくれた。ガラリアが無法すぎるのだ。そもそも、トリトニアに戦を仕掛けてどうしようと言うのだ。ガラリアの欲しいのは肥沃な領土だろうが、ポセイドニアには禁じられていることだ。勝利を収めたとしても侵犯すればポセイドニア中から非難を浴びる」

 オスカーは、一平の力が不足していたとは全く思っていない。ガラリアに対する不信感は

強まるばかりだ。

 ウートも言う。

「降伏させて後、何か有利な条件を突きつけるというのが常套手段ですが、今現在もって国力の差は歴然としています。姫のそのお力なくばガラリアに勝機はないかと思われますのに」

「その力とやらが得られぬ場合、ガラリアはどうすると思う?ウート」

「左様ですな…。最前までならばまだしも、手の内をこちらに知られたからにはもうしらばっくれたり、兵を退いたりはできますまい。早晩討って出て来るかと」

 一平も同意見、オスカーもうむ、と頷いた。


「それも普通の方法ではないでしょう、多分」

 一平は覚えず眉間に皺を寄せた。

「魔術を利用してくるのに相違ありません」

「また魔術か…」

 厄介な、とオスカーも同調した。

「まずは包囲されているトリーニ物見処ですな。交渉が決裂したからには包囲で様子を見る必要などない。すぐにも攻め落として一歩先んじようとしてくるでしょう。トリーニならばガラリアにとっても地の利に強い場所です。包囲も不意打ちだったので備えは万全とは言い難い。総大将の一平どのは離れた地にいる。加えてあちらは魔術というトリトニア側には読めない武器を使ってくる。明らかにこちらの不利です」


「ピアソラ長官はとてもできた男だ。頭もいい。揉め事の仲裁には本領を発揮するタイプだが、正直、武術の方は幾分拙い。だが軍師としての素質は十分。何とか持ち堪えてくれるのではないか?」

 トリーニはガラリアを警戒するための要。だからこそオスカーは責任者の人選にかなり力を入れたつもりだった。期待を込めて発した問いだったがウートは首を縦には振らなかった。

「常識のある国相手ならば如何様にも謀れましょう。ですが、あのガラリア相手では…」


 確かに非道な手段が罷り通り、まともな話し合いなどできない相手だった。民のためというより、己の私利私欲のためにだけ働いているという印象を受けた。

「どんな魔術を使ってくるのか我々には想像のしようもありませんからな」

「力ずくで捩じ伏せるしかないということか…」

「まずはそのおつもりでいた方がよろしいかと…」

「ピアソラの率いるトリーニが陥ちるようならわが国に勝利はない。トリーニ、サルソス、カルディア、アレル…と、ガラリア軍はどんどん南下してくるだろう」

「そのようなことにはさせません。すぐにもトリーニにとって返し、ピアソラ長官と連携してガラリア軍を挟み撃ちに…」

  戦況を憂えるオスカーに一平は言い切ったが、不意に口を噤んだ。



 トリトニア軍の総長としては当然の発言である。ガラリアが魔術を使おうが奸計に長けていようが、まずはトリーニに迫る暗雲を吹き払わなければならない。首都のトリリトンに王手を掛けられてからでは遅いのだ。

 だがそのためには一平は再びトリリトンを留守にしなければならない。全軍を指揮し、戦意を鼓舞し、トリトニア軍を勝利へと導かなければならないのだ。

 青の剣の守人となることを目指した時から、覚悟していたはずだった。パールを守るためにトリトニアを守る、と。


 戦うことに対する恐れはない。青二才かもしれないが抗すべき策略はある。ガラリアがどのような魔術を弄してくるとしても、それに立ち向かうことに躊躇いはない。ガラリアがパールの力を得られさえすれば最強と考えていることから推し量るに、ガラリアにはまだ決定打はない。ガラリアの魔術も恐るるに足りぬ、と言えないこともないのだ。

 ただひとつ問題があるとすれば…。

 ―パール…―

 パールの側を離れなければならないということだった。


 ガラリアはパールのことを諦めてはいない。破壊の力の存在が明らかになったからには再び魔の手を伸ばしてくるだろう。

 パールがどこにいようと…。トリリトンとて安全とは言い難い。

 そのトリリトンにパールを残して戦場へ出る…。

 それはできない、と一平は思った。

「既にトリーニに向けて五個中隊を派遣済みだ。ユリアンに指揮を執らせてあるが、例の点繋道で一平どのが一跳びすれば即合流可能だ。行ってくれるな?」

 一平の沈黙の意味を知ってか知らずかオスカーは即断を下してそう問うた。

 勿論出陣するつもりでいた。ほんの一秒前までは。

 一平は再び黙し、大きく息を吐いてから言った。

「行けません…」



「何と申した?」

 わが耳を疑い、オスカーは問い返した。

「…トリリトンを離れるわけにはいきません。…いえ、パールの側を離れることはできません」

「一平どの…」

 一平の心中は察することができる。これまでに三回、パールはガラリアに囚われた。

 一平が遠く離れた地にいる時ならいざ知らず、男子禁制のピピアナリウムにいる時も、果ては一番安全であるはずの右宮の最深部にいた時も、一平はパールの近くにいたのだ。パールの側を離れる間に、またしても同様のことが起こるかもしれないと考えると片時も目を離したくないのだろう、とオスカーは推察した。

 深く頭を垂れたまま、一平は懇願した。

「…申し訳ありません…陛下…オレを….どうかオレを解任してください。…オレはパールを守りたい。これ以上あのような目に遭わせるわけにはいきません。

 パールはオレの妻だ。オレが守ってやらずして誰が守ると言うのですか。オレはパールを守るためだけに守人になった。パールを守れないのなら、オレが守人でいる意味はない。ないのです」


 宣旨がおりた時、トリトン神は問うた。パール一人の命と三十万の民の命のどちらを採るのかと。一平はパールを選び、その結果守人に就任した。だから一平の選択はトリトン神の御心に反しているとは一概には言えない。

 だが、一般的に考えれば守人が民の命を第一に考えないなどあり得ない。

「そのようなことができるわけがないではないか!」

 オスカーは一喝した。

 いつも剽軽でお茶目な面を表向きの顔としているオスカーからは考えられないような怒声であった。しかし、当然の反応であり、一平自身予想しないものでもなかった。


 だが譲れない。 

 主君であるオスカーの命であれ、青の剣の守人としての義務であれ、パールの側を離れることは今の一平にはできない相談だった。

「着任したばかりのおぬしを何の落ち度もないのに解任するだと?ふざけるな!このトリトニアの一大事に青の剣の守人が指揮を執らずに誰が兵を率いると言うのか!士気の上がらぬトリトニア軍に勝利のあり得ぬことがわからいでか?

 而して、そもそも守人はトリトン神が任命すべしもの。国王とは言え、一介の海人である余に解任する権限などないわ!」

「…御意にございます」

 オスカーの言うのは道理だ。それを覆す材料は一平は持っていない。だが彼は尚も言い募る。

「が…お許しください。…こればかりは…肯んずることはできかねます…」

「まだ言うか!このたわけ者!」

「何と…罵られましょうとも…」

 頑なな一平の態度にオスカーは心中思う。

 ―この頑固者めが―

 同時に涙が出るほど有難い。それほどまでに娘の身を案じ、大事に思ってくれるのか、と。



 しばし押し黙った後、オスカーは口を開いた。

「では、パールを連れてゆくがいい」

「え?」

 一平は耳を疑った。

「パールを共に連れてゆけ。側近として」

「トリーニへ…ですか?パールをトリーニへ?」

 問い直す一平にオスカーは頷き返す。

「戦場ですよ!?」

 オスカーの言葉が信じられず、一平は大声を上げた。

「戦場へ‥パールを伴えと仰るのですか?」

 戦場には危険が伴う。わかりきったことだ。パールの身に及ぶ危険を回避したいがための申し出なのに、その危険の蔓延する中へパールを誘えとオスカーは言っている。


「そうだ。守人の分身としてな」

「分身…」

「青の剣は二人で扱えば威力が倍加する」

「それは…聞き及んでおりますが…でも…そんな…パールを血と殺戮の現場に居合わせるなんてオレには…」

「あの子は血など見慣れておる。癒しの力も役に立つことがあろう」

「しかし…」

 確かにそうだ。パールのお医師としての腕前は他の追随を許さない。数々の重症患者を治し続ける癒しの姫には夥しい血糊も人死にも目にして珍しいものではなくなっている。

 怪我や死を覚悟の上で臨む戰の現場にはむしろその力はなくてはならないものでもあったろう。かのムラーラに伝わるナイチンゲールの伝説のように。


 だがそれも一平にとっては辛い選択だった。そのような場でパールがどれだけ己の身を顧みず献身的に尽くすか知りすぎるほど知っているのだ。

 オスカーの言う方法ならば、守人が現場に行くことができ、且つ一平の希望である『パールのそばで護衛する』ことが両立できるが、それに伴う危険があまりにも大き過ぎはしないかと、パール大事の一平は思うのである。



 躊躇い、或いは黙り込む三人の背後から声がした。

「連れてって」

 細い声が割って入った。

 三人が振り返る。珊瑚色の髪をした癒しの姫がそこに立っていた。

 目を瞠る一平に、何より愛しい者の声が耳朶を打つ。

「パールも行く。一緒に連れてって」

  ―パールも一緒に連れて行ってよ―

 三年近く前、まだ幼魚だった頃のパールの姿が重なった。

「必ず役に立つから。…だから連れて行って。パールも…一平ちゃんと一緒にいたい…」

「パール…」

 なぜ、この場にパールがいるのか、という疑問よりも、この話を耳に入れて欲しくなかった、という慚愧の念よりも、感涙に咽びそうにこそなった。


 パールが自分と一緒にいたいと言ってくれることは、いつ、どんな時でも一平には喜びなのだ。

「パールには…一平ちゃんが全てなの。本当は…お留守番などしているのはいや。一平ちゃんが行く所ならどこへでもついていきたい」

  ―パパもママもいらないよ。一平ちゃんがいればそれでいい―

 ―一平ちゃんがニッポンのおうちに帰るんならパールも行く。干からびたって構わない―

 そう言って愛を告白してきた幼魚の頃から、同じ一途な思いでパールは一平への愛を貫いてきたのだった。パールの言葉は一平の固い決心を大きく揺さぶった。


 愛しい妻の姿は既に目の前にあった。真剣で狂おしい光を浮かべ、深く明るい青い瞳が一平の目を覗き込む。

「オレは…ガラリアを叩きのめしに行くんだ。ガラティスと顔を合わせないわけにはゆかないだろう。だがオレは…二度とおまえをガラティスの目に触れさせたくない」

「うん…」

「もうあんな目には遭わせない。絶対に。だからトリリトンでおまえを守る」

「でもそれじゃトリトニア軍が機能しないのでしょう?駄目だよ。お役目を放り出しちゃ」

「……」

 パールに諭され、一平は目を瞠る。

「それは一平ちゃんじゃないよ。一平ちゃんはそんな人じゃない。必ず困っている人を助けてくれる。それで、パールはそれを手伝う。…いつだって、そうしてきたじゃない」



 一平は思い出していた。

 あの三年間の旅の間、数々の敵に遭遇して、出会った生き物や海人を助け、理不尽と思ったことにはパールと一丸となって対抗してきた。パールの力に助けられて、生き永らえた。

 ―もう、一人で行っちゃダメだよ―

 ―この次は、パールも一緒に連れて行ってね―

(そうだ。…そう約束した)

 ―うそつき!うそつき、うそつき!一平ちゃん、嘘ついたあ…―

 パールを昏倒させて、決死の覚悟で神獣に臨んだ時、パールにそう謗られた。わあわあ泣かれて…そしてやっぱり、パールに命を助けてもらった。


(オレの勝利はいつだって…パールがいなければ成り立たなかったんだ…)

(これは…運命なのか?守人となったのも…パールと、二人で一対だと⁉︎オレの守人としての仕事にパールはなくてはならないものなのか?)

 だが、どうしても心に引っかかるひとつの不安がある。

「パールは大丈夫だから…ガラティスさまに何をされても…一平ちゃんが抱き締めてくれれば…全部忘れられるから…」

 一平の心を読み取ったかのように、パールは言った。

「何があっても…パールの心は一平ちゃんだけのものだよ…」

「パール…」


 これほどの言葉を愛妻からもらえる幸福を、一平はしみじみと噛み締めた。

「だから一緒に行こう。…ね?トリーニの人たちが待ってるよ」

 だらりと下げられていた一平の腕がパールを抱き寄せる。顔を胸に凭せ掛け、優しく抱き締めた。パールの鼓動を感じると一平は静かに言った。

「…わかった…」

 冷静さと落ち着きを取り戻した声で、ようやっと一平は肯った。主たる守人である自分などより、パールの方がずっと民のことを憂え、広い心で考えている。そのパールに対し、今の自分はなんと女々しくも恥ずかしいのだろう。

 このようなことではパールひとりすら守れまい。この上は運命を受け入れ、持てる力の限りを尽くそう。でなければパールから見放されてしまう。パールの身を守れたとしても、愛想を尽かされてしまう。

 そしてニーナにも…。


 彼女に恥ずかしくない振る舞いをせねばならない。

 彼女が今ここにいたら何と言ったろう?どう思ったろう?

 今ほど、ニーナにいてほしいと思ったことはない。彼女がいればピピアナリウムへの参詣にもついて行ってもらえたはずだ。武道に秀でた『影』ならば、曲者を撃退できたかもしれない。前回とて、侍女であるのでいち早く侵入者の気配に気づけたであろうし、今回もニーナさえいれば一平もトリリトンを空けやすかっただろう。

 だが、そんなことを言っても始まらない。それよりも、己の心だ。冷静に、厳しい目で一平の言動を監視し、評定し、メスを入れる。そういう存在が自分には必要なのだと、自戒の念を新たにした。

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