大丈夫やんな?
「暴力はあかん」
部室に入るなり、パイプ椅子にどしりと腰かけた部長は言った。
「すみませんでした」
俺は、身の置き場のない気持ちで言い、頭を下げた。
――なんてことしてしもたんやろう……。
テニス用具を取りに来る時しか入らへん部室は、よそよそしい。汗とボールのゴムっぽい臭いの中、部長と向き合うと腹の底がずしんと冷たくなる。
「兼蔵、つむぎの話も聞いたってくれ。今まで、良う我慢してたんや」
ドアを背に立っていた副キャプが、言う。俺はあたたかい声に、慌てて奥歯を噛み締めた。説教の最中やのに、泣いてしまいそうになったんや。
すると、部長がため息をつく。
「わかっとるわ」
驚いて顔を上げる。怒り狂っとるかと思ったのに、部長はただ難しい顔をしてはった。
「部長として、見るとこは見てきたつもりやからな。つむぎ、お前には思うとこが山ほどあるやろうと思う」
「そやったら――!」
「けど、暴力はどうしてもあかん。しかも、つむぎはレギュラーや。これを許したら、部の風紀に関わる。……わかるな?」
身を乗り出した副キャプを、部長は遮った。怒鳴るでもない、諭すような声音に、俺は芯から「悪かった」と思う。部長にとっても苦い決断なのが、伝わってきたから。
「はい。大事な時期に、申しわけありませんでした」
「また処分は言い渡すから、今日は帰れ。顔色が悪すぎる」
話しはそれで終わり、とばかりに部長が手を振る。俺はもう一度頭を下げて、振り返ると副キャプと目が合った。
「つむぎ。送ってくから、待ち……!」
心配に翳った顔を見上げて、俺はなんとか笑う。
「いえ。俺、一人で大丈夫です。副キャプテンは、どうか練習に出てください」
これ以上、迷惑をかけるわけにいかへん。俺は、ペコリと会釈して部室を出た。
外に出た途端、太陽の光が照り付けてきた。
「つむぎ!」
部室の前で待ち構えていた田中たちが、わっ、と駆け寄ってくる。
「大丈夫かよ!?」
「部長、なんて言うてた?」
「まさか咎められたりせえへんよな!?」
「……みんな」
口々に発される心配の言葉に、熱いものがこみ上げてくる。
「田中……アッキー、加藤……」
大事な仲間の顔を見回して、声を絞り出す。
「ごめん、ほんまに……俺」
「阿呆やなあ!」
田中が俺の肩を抱く。加藤とアッキーも、加わった。
「そうやで~」
「俺らはつむぎの味方や」
みんな、かわるがわるに励ましてくれる。
せっかく、みんなで我慢してたことを、俺が台無しにしてしまったのに……なんてあたたかい奴らなんやろう。
励ましてくれる皆の優しさに囲まれて、涙が溢れた。
「……ううっ」
みんなの気持ちが嬉しくて。
ここに、渉がおらんことが、わかっとったけど、悲しかった。
*
家に帰った俺は、ひたすら寝た。
色んなことがあって疲れてたんか、ベッドに潜り込んだら死んだみたいに寝てしもて。
次に目を覚ましたら、なんと夕方やった。
「うわ……」
半端に開いていたカーテンから差し込む光が、うっすら赤い。午前中から、ずっと眠り込んでいたなんて信じられへん。
――こうしとったら、夢やったみたいや。
ほんまは、今日は学校に行ってなくて、今まで寝ててさ。沙也さんと揉めたんも、渉にそっぽむかれたんも、全部夢やったんちゃうかって……。
なんて、ただの現実逃避やけど。
自嘲して、枕元のスマホを手繰り寄せる。メッセージが数件届いてた。田中たちと、副キャプや。どっちも内容は同じで、心配と部活の連絡事項。
渉からの連絡はない。
「……明日の昼休み、ミーティングか……何言われんのやろな……」
メッセージにお礼の返事をかえし、スマホを置く。怖くなって膝を抱えると、ますます不安が募った。
『――また処分は言い渡す』
部長は有言実行の人やから、処分をすると言うたなら、その通りにしはるやろう。
そのことに異論はないねん。部長の言う通り、どんなにムカついても暴力はアカンかったと思う。まして、試合前の大事な時期に、もめ事なんか起こしたんやから。
――甘くて罰走……それか謹慎、とか……?
以前、山田先輩が部内で喧嘩したとき、そういう処分が下されたって副キャプに聞いたことがあんねん。やから俺も、そのあたりかなと思うねんけど……。
「……っ」
ぎゅ、と膝小僧を握りしめる。
「どうしよう……」
めちゃくちゃ不安で仕方ない。
処分やない。俺に背を向けた渉が、ずっと胸にこびりついてんねん。沙也さんと揉めたことで、俺らの関係になにかヒビが入ったんやないかって。
そう思ったら――ほぼ衝動的に、ベッドから飛び出しとった。
蒸し暑い夕暮れの道を、渉の家まで走った。
「はあ……はあ……」
頬を伝う汗を拭う。明日になったら会えるのに、なんでこんなに急いでしもたんやろう。
息を整えて、インターホンを押す。ピンポーン、と家の中で音が跳ね返ってくのに耳を澄ませ、じっと待っていると……中からドタバタと足音が近づいて来た。
「わあ、つむちゃんやぁ」
玄関が開き、透くんが顔を見せる。サンダルを足に引っかけて、ぱたぱたと駆けてきた。
「なになに、どうしたんー?」
「あ……えっと。渉、いるかな」
おずおずと尋ねると、透くんはすまなそうに眉を寄せた。
「兄ちゃんなぁ、まだ帰ってないねん」
「え……」
「何かなあ、友達のとこに寄ってくそうなんやけど……晩飯いらんって、言うてたねん。つむちゃん、急ぎの用事やった?」
透くんの言葉に、愕然とする。
――沙也さんのとこにいるん?
一緒におる二人を想像して、胸が軋む。俺は、辛うじて笑みを作ると、透くんに言った。
「ううん。大したことやないねん……じゃあ、帰るなあ」
くるりと踵を返し、ふらふらと歩き出す。
「あ……つむちゃんっ、大丈夫なん?」
透くんの心配そうな声が、背中に突き刺さる。夕陽に沁みる目を手の甲で拭いながら、俺は歩いた。
――大丈夫……俺ら、大丈夫やんな?
そう自分に言い聞かせて。
翌日の昼、ミーティングが開かれた。




