第四章 召喚獣のざんねんな帰還。〈18〉
(ふむ。それがきさま本来の姿か、トンカプー)
「ん? カオルちゃん?」
神獣グラコロさんの言葉に朱音さんが周囲を見わたすが、燐光を放つ神獣グラコロさんの姿以外は深淵かつ静謐な闇につつまれていた。
「痛ててて、右肩はずれるかと思った。……アカネさん、ちょっとそこどいてもらえます?」
オレは神獣グラコロさんの手の中で朱音さんにマウントポジションをとられていた。
右手はゲートの石板の重みにふりまわされて身体の下にあり、ついさっきまで顔は朱音さんの爆乳に押しつけられて酸欠寸前だった。「爆乳による窒息死」ほど甘美で不名誉な死因もあるまい。
「あ、ごめん」
朱音さんがどいてくれたので上体を起こすと神獣グラコロさんと目があった。
「どうも。トンカプーの香坂香です」
(コウサカ・カオルと云うのがきさまの本名か。さすが異世界の住民、見たこともない服を着ておる)
べつに本名をかくしていたわけではなく、一方的にアレストリーナ姫ともどもトンカプーよばわりされて名のる機会がなかっただけなのだが、どうでもよい弁明は避けた。
「あ、あの、私、アレストリーナ姫の人間召喚獣でヘルゴルゴートの杏條朱音と云います」
(アンジョウ・アカネ……ふしぎなひびきじゃ。アカネとよべばよいのかの?)
「ええ。えっとそれであなたは神獣……」
オレは云いよどむ朱音さんをフォローした。
「神獣グラコロアリスドラゴン、略してグラコロさん」
「……グラコロさん?」
(そうよべ)
「まりるはまりるるる~!」
(知っとる)
ついでに自己紹介したモッケイモンキーのまりるへ神獣グラコロさんが端的なツッコミでいなした。
(して、きさまらはなぜ人の姿でゲートをつかってこちらへきたのだ? 観光か?)
「んなわけあるはずないっしょ」
「……カオルちゃん、思った以上にグラコロさんへタメ口きくのね」
朱音さんの目には伝説の神獣とふつうに会話しているさまが奇異に映ったらしいのだが、オレに云わせれば、この状況をあっさり飲みこんでいる朱音さんの方が図太いと思う。
「それがグラコロさん。実はかくかくしかじかで……」
(なるほど。それは一大事じゃな)
「ええっ!? 今のでわかったんですか!?」
オレは「かくかくしかじか」と小ボケをかましたつもりだったのだが、神獣グラコロさんはすべて理解したらしい。話を聞くと云うより心を読んでいるのだろう。
(さすれば今すぐアレストリーナ姫の救出に向かい、ここへもどってくるとよい。ゲートの石板がここにあれば、だれも手だしはできまい)
オレと朱音さんは神獣グラコロさんの提案にポンと手を打った。ケガの功名と云うか、妙案である。
皇都〈メアルミノス・ファーム〉から〈アーデル・ファーム〉までは召喚獣の最高速度でも半日以上かかると踏んでいたのだが、この奈落から〈アーデル・ファーム〉までなら2時間で着く。あわよくば、陽が昇る前にアレストリーナ姫を救出し、ここまでつれ帰ることも可能だ。
(善は急げじゃ。……と、その前にカオルちゃん、きさまのゲートリングをわれにあずけよ)
おそらくは朱音さんの口調に学習したのだろうが、いかめしい巨大なドラゴンに「カオルちゃん」よばわりされるのも妙な違和感がある。
「かまいませんけど、どうするんですか?」
(一応のカラクリは理解しておるが、自分できちんと調べてみたくての)
「わかりました」
ゲートリングを神獣グラコロさんへあずければ、オレはトンカプーになってしまうわけだが、ここから先はトンカプーの方が行動しやすいし、まりるを介せば朱音さんとのコミュニケーションも可能だ。さしたる不都合はない。
神獣グラコロさんが手をのばしてきたので、オレは自分の指からゲートリングをぬきとり、神獣グラコロさんの大きな爪の先へひっかけた。
ゲートリングから手がはなれるとオレの身体はなんの前置きもなく瞬時にちぢんで自分の服の中へ埋もれた。身体にまとわりつくTシャツをかきわけて顔をだしたのは〈ウサ耳小ブタ〉の人間召喚獣トンカプーへと変化したオレだ。
朱音さんがオレの服をたたんでぺったんこのバックパックへしまった。バックパックの主な使用目的は、オレと朱音さんの脱いだ服をもち運ぶためだ。
「こっからいけるとこまでは、私もヘルゴルゴートの方がよいよね」
朱音さんがしずかに大胆発言した。




