第三章 召喚獣のさんざんな冒険。〈10〉
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オレとまりるが召喚されたのは〈アーデル・ファーム〉のアレストリーナ姫の寝室だった。プライベートな空間に召喚されるのははじめてである。
ウチのリビングよりもひろい空間に天蓋つきのベッドがドンと鎮座し、壁には大きな鏡のついた化粧台や暖炉がすえられていた。衣装室や応接室などは別にあるようだ。
窓際の机の上にノートPCが置かれていた。インターネット用のLAN端子から短いコードがのびていて召喚牌のような円形のコースターみたいなものにつながっていた。どうやらあれが惑星アルマーレと地球との通信装置であるらしい。
ノートPCを机のひきだしにしまうと、小さなバックパックを背負ったアレストリーナ姫が云った。
「まずはモッケイモンキーとの契約を済ませてしまうっちゃ」
アレストリーナ姫が腰へむすびつけた革のポシェットから銅色のノーマルな召喚牌をとりだした。オレたちを召喚した金色召喚牌とは仕様が異なる。
召喚牌を床へ置くと、4本の腕と細長い尻尾をもつ白い小ザルのモッケイモンキーまりるをその上に乗せた。人間の姿の時、左足首についていたエメラルドグリーンのアンクレットは尻尾のつけ根に 小さなリングとなってはまっている。
ウサ耳小ブタ・トンカプーの姿になったオレは四本足でとてとてと寝室の隅へ下がった。
両手で印をむすんだアレストリーナ姫がおごそかに詠唱した。召喚獣の契約呪文だ。
「アルマイリス・ラ・フラ・アレストリーナ・リリス! モハ・フィリーナ・エスト・モッケイモンキー・マリル・メラ・イスハ!」
アレストリーナ姫の詠唱に召喚牌が完全なる沈黙をもってこたえた。
「おりょ? おかしいちゃね~。この召喚牌こわれてるっちゃ? もったいないけど金色召喚牌で契約するっちゃ」
召喚獣1体との契約につき1枚の召喚牌が必要と云うわけではないので、なにがもったいないのか意味不明だが、アレストリーナ姫はポシェットから金色召喚牌をとりだすと、そこへまりるを乗せなおし、あらためて契約呪文を詠唱した。
「アルマイリス・ラ・フラ・アレストリーナ・リリス! モハ・フィリーナ・エスト・モッケイモンキー・マリル・メラ・イスハ!」
金色召喚牌から赤黒く光る呪法陣がまるくひろがり、まりるの身体をつつみこんだ。
「るるーっ!」
まりるの右肩(右上の腕)にアレストリーナ姫の呪印が赤くうかび上がり黒く定着した。契約完了である。
「……さっきの光、いつもの時とはちがったっちゃけど、……まあ契約できればどうでもよいっちゃ」
アレストリーナ姫が床へならべた召喚牌と金色召喚牌を腰のポシェットへしまいながらひとりごちた。召喚中の召喚牌は表面に描かれた呪印がぼんやりと光っていて「使用中」であることは一目瞭然である。
まりるがオレのところへ駆けよってきた。オレの周囲をくるくるまわり、オレの右尻に刻印されたアレストリーナ姫の呪印を確認すると、右肩の呪印を指さしてうれしそうに笑った。
「まりる、カオルとおそろいるる~」
「ちゃっ!? 召喚獣がしゃべった!?」
「ぴきゅっ!?」
おどろくアレストリーナ姫とオレの姿にまりるが首をかしげた。
「まりる、しゃべれるるる」
「あ、あんた、ウチの言葉がわかるっちゃ!?」
「わかるるる」
地球で人間の姿のままモッケイモンキーの能力を発現したことを思えば、まりるが召喚獣の姿で人語を解すると云う理屈はわからんでもないが、オレたち人間召喚獣でも人語を発することはできない。
て云うか、アレストリーナ姫もさっきPCごしにまりると会話したよな?
「ちょっとカオル! これは一体どう云うことだっちゃ!?」
動転したアレストリーナ姫がぼうぜんとするオレの長いウサ耳をひっつかんで詰問した。オレもワケわかんないし、そもそもトンカプーの姿でおこたえすることはできませんっ!
「ぴきゃぺきゃぷきゅ~!」
「カオル、わかんない、云ってる。カオルにヒドイことしちゃダメるる!」
まりるがそう云ってアレストリーナ姫へとびかかると、2本の小さな腕でオレの耳をつかむアレストリーナ姫の手の甲を軽くチョップした。
「痛たっ!」
アレストリーナ姫の手から自由になったオレが床へ着地すると、まりるがオレをかばうように立った。まりるにたたかれた右手をかばいながらアレストリーナ姫が白目でささやいた。
「……おそろしいコ!」
人間に危害をくわえることを禁忌とする惑星アルマーレの人間が召喚獣に手をだされることなどぜったいありえない。
「ぴきゃきゃ?」
まりる、おまえオレの言葉もわかるのか? そんな気分で鼻を鳴らすと、やっぱりまりるがふしぎそうな顔をしてこたえた。
「わかるるる」
人語を解するオプションは瑞希の睡眠学習枕(SLP)によって付与されたものだが、人間へ攻撃できる能力は生来そなわっていたものだ。
オレたちは地球でプテラノドラキュラに襲撃された時、やつらの目的はあくまでまりるの捕獲であり、オレたちをおそうことはできないと思っていたが、考えをあらためる必要がありそうだ。
人間をおそうことのできる召喚獣。グラゴダダンが意図的にそんな召喚獣を生みだしたとすれば、ヤツの陰謀は惑星アルマーレをとんでもない戦渦へまきこんでいくにちがいない。
アレストリーナ姫とオレはグラゴードリス皇国へはびこる闇の深さをかいま見た気がして一抹の不安をおぼえた。




