第二章 召喚獣のざわわな夏休み。〈21〉
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「るる~っ! ナナミるる! おかえりナナミっ!」
部活帰りにうちへよってくれた菜々美ちゃんの姿を視認するなり、まりるが歓声をあげて菜々美ちゃんへとびついた。想定外の熱烈歓迎をうけた菜々美ちゃんが面食らった。
「えっと、ただいま……って、まりるちゃん記憶もどったの!?」
「わっかんな~い!」
まったく悲愴感のない口調で応えるまりるに困惑する菜々美ちゃんの視線が、状況の説明をもとめてオレと瑞希と朱音さんの顔の間を行き来した。
昨日、瑞希が睡眠学習枕(SLP)をもってきたのは菜々美ちゃんの帰宅後である。オレはリビングで一息ついた菜々美ちゃんへ今朝までの経緯を説明した。
「そっか。でも、そう云うことなら前もって教えてくれればよかったのに」
「菜々美ちゃんをおどろかせようと思って」
「おどろいたよ。むしろカオルくんの意地の悪さにおどろいたよ」
「え~っ? そんなあ」
「なにを今さら」
よけいな相づちを打つのはもちろん瑞希だ。
「ナナミ、なににおどろいたるる?」
「……まりるちゃんがカワイすぎておどろいたのっ!」
菜々美ちゃんへぴったりひっついたまりるが訊ねると、菜々美ちゃんがいたずらっぽい笑みをうかべてまりるの身体をくすぐった。まりるがきゃあきゃあと嬌声をあげて身をよじる。まったく5歳児の反応だ。
おそらくは無意識なのだろうが、まりるはとにかくだれかとひっついていたがる。朱音さんが家事にいそしんでいる時は瑞希に、家事をおえてくつろいでいると朱音さんに、夏期講習で家をあけていたオレが帰宅するとオレにひっついていた。
なつかれて悪い気はしないが、冷房が効いているとは云え、あんまりベタベタされるのもいささか暑っ苦しい。あと、一応、仮にも女のコなのでなんとなく気恥ずかしい。
菜々美ちゃんとまりるがジャレあっていると、夕食の支度をしている朱音さんがカウンターキッチンごしに菜々美ちゃんへ云った。
「ナナミンも晩ごはん食べてってよ。あとジャージ洗濯しといたやつ和室にあるから」
「ナナミ、ごはん、みんないっしょるる!」
まりるの屈託のない笑顔に菜々美ちゃんもほほ笑みかえした。
「それじゃ、お言葉に甘えて菜々美もおよばれしますね。ちょっとうちへ電話しときたいんで……ごめんね、まりるちゃん」
菜々美ちゃんはそう云って席を立つと、和室へ消えていった。ソファーへとりのこされたまりるがすかさず瑞希へとりつくと、瑞希がやさしくまりるの頭をなでながらつぶやいた。
「まったく天性の尻軽女だな。だれかれかまわず甘えるのがうまい」
……どうやら瑞希は自分以外のみんなにもわけへだてなくデレるまりるにいささかヤキモチを焼いているらしい。しれっとした顔で憎まれ口をたたきながらも、まんまとまりるに籠絡されている怜悧な才媛であった。
「まりる、尻軽女!」
まりるがうれしそうに瑞希の暴言を反芻する。
「こら、瑞希! おかしな言葉をふきこむんじゃない!」
「るる?」
オレのツッコミに首をかしげるまりるの頭を、和室からもどってきた菜々美ちゃんが背後からなでて云った。
「まりるちゃんはいいコ」
「うん。まりる、いいコ!」
なるほど。こうやって上書きしていくのか。本当に菜々美ちゃんは子どものあしらいがうまい。『お嫁さんにしたい女子ランキング1位』の称号はダテではない。
「ほ~い! みんなお待っとうさん! 晩ごはんできたよ~!」
と云う朱音さんの一言で、時刻は午后5時半と少しはやいが、みんなで晩ごはんとなった。
「いっただきま~す!」
元気なまりるに唱和して夕餉がはじまった。
今夜のメニューは半熟ふわとろオムライスとサラダとスープである。
学生議会長をつとめる朱音さんがしっかり者であることは承知していたが、学業のみならず家事全般もそつなくこなすパーフェクト・ウーマンだとは知らなかった。
オレが夏期講習へいっている間に家中の掃除洗濯を済ませ、昼食のあとはまりるを適当にあしらいながら勉強までこなす。正直、オレの中では菜々美ちゃんと同率で『お嫁さんにしたい女子ランキング1位』と云ってよい。
料理の腕もたしかなのだが、しいて難癖をつけるとすれば……、
「あれ? このチキンライスに入ってるのって……納豆?」
半熟ふわとろオムライスに舌鼓を打つ菜々美ちゃんが即座に反応した。しっかり火を入れてあるので臭みもねばりもないが、よく味わうと納豆がまざっている。菜々美ちゃんの指摘に朱音さんの声がはずむ。
「ナナミンするどい! 昨日のナポリタンもそうだけど、納豆ってトマトと相性がよいのよ」
「そうなんですか。……とってもおいしいです」
純粋無垢な菜々美ちゃんが朱音さんの言葉を鵜呑みにした。しかし、だまされてはいけない。朱音さんはただの納豆オタクなのだ。
昨日の夕食はごはんと鶏の唐揚げとポテトサラダになぜか納豆汁。
今日の朝食はベーコンエッグと昨晩のポテサラになぜか納豆チーズマヨトースト。
そして昼食は冷や麦オンおろし納豆であった。
とりあえず味にハズレがないため文句こそないものの(納豆チーズマヨトーストも意外とおいしかった)、納豆愛がハンパない。
て云うか、昨日、朱音さんの持参した食材のほとんどが納豆であり、今ウチの冷蔵庫には納豆パックが「コンビニでもこんなに置いてなくない?」と云うほど山づみである。
難癖をつけるとすればココだ。関西圏ではマイナス査定にもなろうが、茨城県ならプラス査定はまちがいない。よもや朱音さんの田舎は茨城県か?




