第二章 召喚獣のざわわな夏休み。〈22〉
「アカネの料理、おいしいるる!」
「うむ」
まりるの言葉に瑞希もふかくうなづいた。
「みんなありがと~! で? カオルちゃんはどうよ?」
女性陣の高評価に気をよくした朱音さんが、紅一点ならぬ黒一点のオレへ水を向けた。すなおにほめるとどこまでもつけ上がりそうな勢いだが、あえてけなすところも見あたらない。
「……どの料理もふつうにおいしいです」
てな感じで応えると、急に朱音さんが話の矛先をかえた。
「そんなことより、マリルンのことどうしよっか?」
お~い、ちょっと待ていっ! 自分から水を向けておいて「そんなことより」たあ、どう云う了見だっ!? そう反駁したかったがオレは押しだまった。料理の感想よりよほど重要案件ではある。
「どう云うことですか?」
菜々美ちゃんがオムライスを口へ運びながら訊ねた。
「警察へ連絡してしかるべきところへあずけるべきじゃないかってこと。昨日は会話もおぼつかなかったけど、ミズキュンのおかげでコミュニケーションがとれるようになったわけだし」
瑞希が大皿へ盛られたサラダを自分のお皿にとりわけながら、朱音さんへ異を唱えた。
「まりるはリラックスした状態にある。今、環境をかえるとストレスになろう」
「ま、云われてみればそうだけど」
朱音さんがドレッシングのビンをふりながら瑞希へ手わたした。
「今日、まりるちゃんと外出はされたんですか?」
菜々美ちゃんの質問に朱音さんが頭をふった。
昼間、ためしにTVをつけてみたところ、まりるはTV画面へ映った成人男性アナウンサーの姿に一瞬、身じろぎしたと云う。じきになれて気にしなくなったそうだが、そのようすから外出をひかえたらしい。
もっとも、朱音さんと瑞希は学生議会の合宿中と云うことになっている。合宿先の設定はきいていないが、近所をうろついているところをふたりの両親に目撃されたらめんどうくさいことになりかねまい。
「やっぱり、もうすこしようすを見てからにした方がいいんじゃありませんか? 今の感じだとおふたりがカオルくんチに泊まりこまなくても、まりるちゃんのめんどうみれそうだし。ね、カオルくん?」
「まあ、たしかに」
いちいちトイレやシャワーの世話をしなくてもよいのなら、夏期講習もあと2日しかないし、オレひとりでもなんとかなりそうだ。
「いやいやナナミン。夕べのカオルちゃんてば、私たちふたりを相手にそれはもうスゴかったのよ」
……それってTVの格闘ゲームで朱音さんと瑞希を打ち負かした話ですよね?
「そうともナナミ。カオルの性欲をあなどるな」
「おまえこそオレをみくびるなっ!」
記憶喪失の童女に手をだすほどさもしい男ではないわっ! て云うか、記憶喪失でなくとも童女に手をだす趣味はないっ!
「るる~。カオル、大きい声、こわいるる」
「ああ、ごめんまりる。オニーサンちっともこわくないからね~」
思わずツッコんだオレの声にまりるがおびえたため、あわててフォローする。
「一応、私たちも学生議会の合宿ってことででてきたから、明日の夜まで泊まって、あさっての午后、カオルちゃんの夏期講習がおわるまでようすを見よっか?」
「それでよいのではないか」
朱音さんの言葉に瑞希が同意した。それまでに冷蔵庫内の納豆を消費してくれればなおさら問題はない。
「夏期講習がおわっても、となりには瑞希がいるから問題ないか」
ひとりごちるオレを瑞希がしずかに正した。
「……私は2日からアメリカだが」
おっと忘れていた。水啼鳥家は8月からアメリカ旅行だった。とは云え、ただ、うちにいるだけならなんの問題もあるまい。そう高をくくりかけたところへ、なにごとかに気づいた朱音さんが瑞希へ耳打ちした。
「もうきているのか?」
「わかんないけど可能性はなくない?」
「たしかに。……生理への対処か。それはプログラミングしていなかったな。ナプキンか? タンポンか?」
朱音さんの耳打ちを瑞希のつぶやきが台なしにした。よくわからないけど、そう云う女のコのデリケートな話題はオレのいないところでしてくんないかな? オレはふたりの会話に気づかぬふりで納豆入りのオムライスをかっこむ。
「私はタンポン派だけど、マリルンはナプキンの方がいいよね?」
アンポンタンな朱音さんが自身の耳打ちをふいにする赤裸々発言をした。だから、それってメシ時にする話ですか?
「ナナミはどっち派だ?」
「ええっ!?」
瑞希の無遠慮なキラーパスに菜々美ちゃんが思いっきし狼狽した。菜々美ちゃんの声につられて顔を上げたオレと菜々美ちゃんの目があい、菜々美ちゃんが顔をまっ赤にそめてうつむく。
「カオルちゃん。一応、明日の夏期講習の帰りに生理用ナプキン買ってきてくんない?」
「んなこと頼むなっ!」
オレの剣幕に朱音さんがひゃっはっはと笑った。まったく思春期の童貞高校生になんて買い物をたのみやがる。ふざけた朱音さんが菜々美ちゃんへまじめな顔を向けた。
「まあ正直、まりるに必要かどうかわかんないんだけどさ。ナナミンが明日もきてくれるなら、一応、もってきてもらえないかな?」
「……そうですね、はい」
菜々美ちゃんがオレに顔をそむけて恥じらうようにうなづいた。おそらくこれが一般的な反応であろう。朱音さんと瑞希の脳内辞書に「デリカシー」と云う言葉をゴリゴリと刻みつけてやりたい。
菜々美ちゃんの羞恥を知ってか知らずか、唐突に朱音さんがはずんだ声で話題をかえた。
「あ、そうだ! ねえねえ、明日、弁天川で花火大会あんじゃん! あれみんなで観にいかないきゅん?」
「そっか。明日は30日か」
1学期のおわりに教室で話題となったイベントである。会話の途中で召喚獣戦闘へ召喚されて、菜々美ちゃん(その他大勢)と一緒にいけるプラチナチケットを入手しそこねたやつだ。
「まりるにはいろいろと刺激が強すぎませんか?」
夜とは云え、人で混雑するし、花火の音もデカいし、まりるがこわがるのではないかと思ったのだが、オレの懸念を朱音さんがさっくりといなした。
「さすがに川っぺりのメイン会場へマリルンをつれていくのはムリだと思うけど、穴場があんのよさ」
「穴場ですか?」
「うん。城趾公園って絶好の花火鑑賞スポットなの。弁天川からはなれてるんで人気はないし全景がのぞめてよいんだってば」
薬子園城趾公園。室町時代にこの一帯をおさめたナントカ氏の小さなお城があったと云う高台である。桜が植えられていて緑の多い公園だが、とくに見るべきものもなく、わざわざ足を運ぶほどのところでもない。
「どうなん、瑞希?」
オレは瑞希へ意見をあおいだ。瑞希はちょっと考えて口を開いた。
「わからない。ただ過剰なストレスがかからないていどの刺激であれば、まりるが記憶をとりもどす一助にもなろう。とりあえず、まりるをつれていってダメなようなら帰ってくればよいのではないか?」
ようするに「いってみなけりゃわからない」と云うことだ。
「じゃあいってみよう。ずっと家の中にこもりっぱなしってのも不健康だし」
朱音さんの決定にオレと瑞希がうなづいた。
「ナナミンもいくでしょ?」
朱音さんの言葉に菜々美ちゃんが少し困った顔をした。
「アカネ。ナナミには先約がある」
めずらしいことに瑞希が他人のスケジュールをおぼえていた。菜々美ちゃんはすでに吹奏楽部の友だちと花火大会へいく約束をしている。瑞希もさそわれたはずだがうやむやになっていたらしい(菜々美ちゃんとも連絡先の交換をしているかどうかすらアヤシイ)。
「るる?」
会話の内容を把握していないまりるが菜々美ちゃんのようすに食事の手をとめて小首をかしげた。まりるの頬についたチキンライスの米粒をとりながら菜々美ちゃんが云った。
「菜々美もまりるちゃんが気になるから一緒にいきます。……友だちには親戚の子どもを案内することになったとか云っておくんで」
よっしゃあ! きました、大どんでんがえしっ!「菜々美ちゃんと花火大会」のプラチナチケット入手だぜっ!
はたしてオレの存在が菜々美ちゃんの眼中にあるかどうかはさだかでないが、それでもなんでも少数精鋭(?)のパーティーで菜々美ちゃんと花火が観られるのだから文句のあろうはずもない。
いやはや、まりる大明神さまさまである。ひょっとして、まりるはオレと菜々美ちゃんの仲をとりもつためにつかわされた恋の天使ではなかろうか?
……などとアホなことを考えるほどひそかに欣喜雀躍していたのだが、オレはまだ気づいていなかった。
オレたちがすでに悪夢のような泥沼へ足を踏み入れていたことに。




