第二章 召喚獣のざわわな夏休み。〈20〉
実のところ、昨夜のできごとに関して特筆すべきことはない。あのあと、まりるは寝倒して朝まで起きなかったからだ。
瑞希の手によってまりる用学習プログラムの組みこまれた睡眠学習枕(SLP)をそっとあてがい、オレたちはまりるのようすをうかがいながら夜をすごした。
晩ごはんを食べ、夏期講習の復習をさせられ、TVゲームなどして、午前0時就寝。拍子ぬけするほど健康的なふつうの合宿と云うかお泊まり会だった。
ほいでもって今朝。
「……カオルちゃん、朝だよ。ほら、起きなさい。……て云うか、さっさと起きんかーいっ!」
耳元で女のコの甘いささやきが聞こえたと思ったら、いきなりベッドから転がり落ちた。
キュートなヒップの爆乳オネーサンがしきぶとんをひっくりかえしたからだ。マットレス仕様だったらこうはいくまい。
「痛ててて……、なんちゅうがさつな起こし方をするんですかっ!?」
「だってカオルちゃんちっとも起きないから」
Tシャツ短パン姿の朱音さんがあおむけで床へ転がったオレを睥睨した。してやったりの表情をうかべる朱音さんだが、おのれの不覚に気づいていなかった。
たわわな爆乳が仇となり、見上げるオレの視界からTシャツの中がまる見えだった。レースのほどこされたラベンダー色のブラでホールドされた下チチが朝っぱらからエロい。この勝負、1勝1敗と云うところか(……なにが?)。
ベッドの枕元には目ざましタイマーをセットして充電器にさしたスマートフォンがおいてある。その液晶画面へ表示された時刻にオレはわが目を疑った。
「……は? ちょっと待ってアカネさん、まだ6時半じゃないですか!?」
オレが目ざましをセットしたのは午前7時50分。あと1時間20分は寝ていられる計算である。しかし、朱音さんはオレの言葉に本気で首をかしげた。
「カオルちゃんこそなに云ってんの? 夏休みの朝はラヂオ体操でしょうが!」
いやいや、それは小学生の風習だろ? カードにハンコとかもらえるのか? 皆勤賞でエンピツとかもらえるのか? そうまでしてタダでエンピツとかほしくないし。
そんな心の抗弁もむなしく強引にリビングへひったてられると、そこには女の幽霊がゆらりとたたずんでいた。
寝乱れた長い髪に白いネグリジェ。なんのことはない。よく見れば瑞希である。
ふだん高校は無遅刻無欠席の瑞希だが、昨日の起床時間は午前8時42分と云う。瑞希としても午前6時半にラヂオ体操目的でたたき起こされるのは不本意であろう。
「おあよう、瑞希」
寝ぼけた頭とまわらぬ舌で瑞希へ挨拶すると、無言で小さくうなづく瑞希とは別方向から元気な挨拶がかえってきた。
「おっはよ~、キチク!」
横の和室からオレへとびついてきたのは、昨日とおなじピンクの半そで短パン姿のまりるだった。
「だれがキチクだ!? カオルだと云っとろうが!」
パブロフの犬さながらの条件反射で思わずツッコミを入れてから気がついた。
「……まりる!? おまえ言葉がわかるのか?」
「うん。まりる、言葉わかるるる」
昨日は言葉も通じず、スプーンやフォークのつかい方すらおぼつかなかったまりるが、今朝はこちらの言葉を理解し、片言で返事ができるほどになっていた。
スプーンやフォークのつかい方はもちろん(箸はつかいづらそうにしていたが)トイレもひとりでできるようになっていた。おそるべき睡眠学習枕(SLP)の効果である。
しかし、迷子のコネコちゃんである事実にかわりはなかった。
「マリルン、自分の名字はわかるきゅん?」
「わかんない」
「マリルン、自分の住所とか思いだせないきゅん?」
「るる~? わかんない」
名前をきいてもわからない。おうちをきいてもわからない。犬のおまわりさんでなくとも困ってしまうわけだが、ワンワン泣きたくなるほどでもない。全裸童女誘拐犯にされかけた昨日の方がよっぽどワンワン泣きたかったわん。
まりるは自分を記憶喪失と認識していないようで、見ず知らずのオレたちといることに違和感をおぼえることもなければ、パニックを起こすこともなくあかるく元気に順応していた。
とは云え、執拗に質問を重ねても、まりるを混乱させてしまうだけらしい。ふつうの会話や日常生活を通して過去の体験や記憶の断片とリンクさせていけば、ムリなく記憶をとりもどすことができるはずだと瑞希は云う。
ちょっと無責任なようで申しわけなかったが、夏期講習のあるオレはまりるを朱音さんと瑞希にまかせて家をでた。
とどのつまりは、今日も遅刻ギリギリの登校であった。一体なんのための早起きだったのかナゾだ。




