第二章 召喚獣のざわわな夏休み。〈13〉
「余次元の存在は科学的に観測されていないが、M理論やp‐ブレーン理論を待つまでもなく、オカルトの世界では余次元のひとつを幽現界などと呼称してきた」
「……幽現界?」
「あの世とこの世のはざま、であるらしい。まれにこの幽現界へ落ちこんだ人間が短時間でありえないほどはなれた場所へあらわれると云う事例がいくつも報告されている」
どこにだ? と云うツッコミはあえて避けた。具体的な事例が枚挙されれば話はよけい長くなる。
「なんらかの原因で時空にゆがみの生じた際……」
そう云いながら黒板へ小気味よいリズムで数式を書く瑞希の手がピタリととまった。一瞬、瑞希の脳内でなにかべつの演算がおこなわれたのだろう。
「ミズキュン……?」
杏條センパイのささやきに瑞希の一時停止ボタンが解除された。なにごともなかったかのように話をつづけていく。
「……暑気払いにシャワーでも浴びようとしていたのか、プールで水着に着替えていたのかは不明だが、全裸になったところで幽現界へ足を踏み入れた少女は、授業中に淫夢見ていたであろうカオルの強い性欲にひきよせられ、こちらの世界へもどってきた……と云うところだろう」
瑞希のデタラメな仮説に、どう云うわけか杏條センパイがあっさり納得した。
「なるへそ。セバスちゃんの意図的な犯行ではなく、無意識の衝動で発現した異能のなせる犯行だったわけね」
「エロいこと考えただけで裸の女のコをひきよせる念力なぞもっとらんわ! て云うか、べつにエロい夢とかみてないし!」
地下迷宮で召喚獣戦闘してただけだし!
「無実を証明してやったと云うのになにをさわぐ?」
おそらくは忌憚なくそう云ったであろう瑞希の言葉にオレはひとまず頭を下げた。
「その件についてはすなおに感謝しよう。ありがとう! しかし、無実を証明しながら人の品格をおとしめるな!」
「無茶なことを云うな。底辺にあるカオルの品格をそれ以上おとしめることなどできるはずもなかろう?」
「だれの品格が底辺だ!?」
「いやはやまったく大変だ」
「ヤマダくん、杏條センパイの座布団1枚とってやって!」
「ちょ、ちょっとみなさんなに云って……あ~もう、うるさいっ!」
不毛なかけあいをつづけていたオレたちを、菜々美ちゃんが吹奏楽部じこみの肺活量で一喝した。鶴の一声に学生議会室の時間がとまる。
「……こほん。みなさんしずかにしてください。あんまりさわがしいと、このコが起きちゃうじゃないですか」
アホな連中のノリにつられて思わず大声をだしてしまった菜々美ちゃんがほんのりと頬を赤らめてうつむいた。こう云うところもいちいちカワイイ。
「あなたの声が一番大きかったけど」
「いや。むしろそのコには目ざめてもらった方がありがたいのだが」
まったく場の空気を読まない杏條センパイと瑞希が冷めた瞳で正鵠を射た。たしかに童女が目ざめてくれれば真相は解明されよう。しかし、だ。
「……菜々美ちゃんが云いたいのは、そのコが目ざめた時、おまえらがさわいでいたら、おびえてしまうかもしれないと思ってのことだろうが。菜々美ちゃんのそう云うこまやかな心配りがわからんもんかな? ねえ、菜々美ちゃん?」
「えっと、ああ、うん。そうかな?」
オレの言葉に菜々美ちゃんがあいまいにうなづいた。フォローしたつもりだったが、ただ単にうっとうしかっただけらしい。
「……ん」
「!?」
云ってるそばから童女が小さくうめいた。気がついたようだ。
オレは無意識にあとずさった。これで身の潔白が証明されると思う半面、童女から冤罪のぬれ衣を着せられる可能性もないわけではない。
ゆっくりと目をさました童女がのっそりを身を起こした。見おぼえのないであろう周囲の光景をぼんやりと見わたしている。
「こんにちわ。ここは学校の教室だから心配しなくていいよ。あなた、お名前は?」
童女のかたわらに座す菜々美ちゃんがやさしい口調でたずねた。
「る~?」
童女が小さく首をかしげた。
「私の名前は七竈菜々美。あなたのお名前は? おウチの住所とかわかる?」
「るる~?」
耳は聞こえているようだが、童女は菜々美ちゃんの云うことを理解していなかった。




