隣国
地理のお勉強。
「こんにちは、ツェンニャ姉上、スーラ」
「いらっしゃい、セルデ」
「こんにちは、セルデお兄様」
今日もまた、セルデ様とスーラ様が遊びに来た。
私がお茶を持っていくと、2人は顔を上げる。
「「こんにちは、ミシュナ」」
「はい、いらっしゃいませ」
2人は、いつの間にか私の名前も覚えていた。最初は名前を呼ばれるたびに挙動不審になっていたのだけど、しばらくすると慣れてしまった。ちなみに、リアンにはまた、胆が据わってますね、と呆れられている。
お茶が行き渡ったところで、ツェン姉様が、スーラ様の簪に目を遣った。
「可愛らしい簪ね」
「お母様に頂いたんです。アサイ王国で作られた物なんです」
「細工で有名な土地があるものね」
そう言えば、そんな話を聞いたことがあった。確か、
「金山と銀山があるのよ。その近くに、職人が集まってできた街があるの」
ツェン姉様は、そう言いながら地図を持ってきた。ちなみに、こういう物を持っている姫君はめったにいない。必要ないと思われているからだ。
地図を広げて、私達が暮らすシェルイ王国の南側の隣国・アサイの中央付近をツェン姉様が指差し、セルデ様もスーラ様も興味津々で覗き込んだ。
こうやって、ツェン姉様は少しずつ、色々なことを2人に教えている。
「あなた達も」
私と、近くで控えていたセリファも手招かれて、地図を覗いた。
「この辺りから、金や銀が採れるの」
ツェン姉様は、年少者2人にも理解できる言葉でゆっくりと話す。
指差された場所には、確かに山脈が描かれていた。
「この国はね、この辺りを中心に大きくなったの。最初は小さかったそうよ」
「そうなんですか?」
スーラ様が瞳を瞬かせている。アサイはこの辺りではずば抜けて大きな国だから、小さかった時代が想像できらしい。
「周りの国々と一緒になったのよ。今の大きさになったのは1000年くらい前。アサイができてから、200年くらい経った頃ね」
今度は、セルデ様が瞳を瞬かせる。
「この国より新しいんですね」
「この国は、特に古いのよ」
シェルイは、2000年以上の歴史がある。建国時のことなんてすでに神話で、どこまで本当なのかも不明だ。
「じゃあ、ファージュはどんな国ですか?」
セルデ様が口にしたのは、西側の隣国・ファージュ王国のこと。地図を見ると、シェルイと同じぐらいの大きさだ。
「ファージュに関しては、セリファも知っているんじゃないかしら?」
「へ、え…、え!?」
唐突に話を振られたセリファが目を剥く。
「セリファは、あの国の出身だもの」
「「!!」」
セルデ様もスーラ様も、期待に満ちた顔で、地図ではなくセリファを見つめた。
「えええっと…」
セリファの視線が、隣に立っていた私の方に向けられた。…向けられても困る。
小さく首を振って助けられないと伝えると、セリファは一瞬恨みがましい顔をしてから、こっそり溜め息をついた。
「…小さい頃にいただけなので、あまり詳しくないですが」
「分かってるわ、大丈夫」
あっさりと返されて、諦めたらしいセリファは、口を開いた。
「ファージュは1500年ほど前にできました。初代国王は、南の方の国の王子だったそうです。歌や舞が少し変わっている土地です」
説明できたことにほっとしているセリファに替わり、ツェン姉様が口を開く。
「ファージュは山に囲まれていて、あまり他国と関わらないの。だから、変わった文化ができるのかもしれないわね」
「へええ」
セルデ様が声を上げ、スーラ様はわくわくした顔で地図の東方を指差した。
「このイディア王国はどんな国ですか?ツェンニャお姉様がお嫁に行くんですよね」
「え、そうなんですか?」
セルデ様は知らなかったらしい。驚いたように目を見開く。
「そうよ。イディアの第三王子が、私の婚約者」
納得したように頷いたセルデ様は、スーラ様と一緒に地図を見た。
「小さな国ですね」
スーラ様の感想に、ツェン姉様が微笑んだ。
「そうね、この辺りでは一番小さくて、一番新しい国よ。生まれたのは、700年くらい前」
「小さいけど、豊かで強い国なんですよね」
セルデ様は、なぜか瞳を輝かせていた。
「とても強い軍があると聞きました!」
「イディア王国軍――、通常"光陰八軍"ね」
「ふおお」
そういう話が好きなのか、セルデ様は可愛らしい声を上げて、楽しそうだ。
スーラ様は不思議そうにしている。
「"光陰"?」
「イディアの王国軍は、8つに分かれているの。そのうち5つを"光翼"、残りの2つは軍や国を陰から支えているから"陰翼"と呼ぶのよ。それぞれに1人将軍がいて、王国軍全体の長が"筆頭将軍"」
「見てみたいです!」
変わった名称の軍に、スーラ様も瞳を輝かせて、声を上げた。
「2人が大きくなったら、遊びに来てね。きっとびっくりするわ」
「え?」
「びっくりする?」
悪戯っぽい笑顔とともに告げられた言葉に、2人も、私とセリファも、揃って首をかしげた。
「文官にも武官にも女の人がいるの」
「「え!?」」
「そうなんですか!?」
セルデ様達と一緒に、私まで声を上げてしまう。セリファは声こそ出さなかったけれど、目が丸くなっていた。
基本的に男性が優先されるこの世界では、公職に女性が着くことが許されている国は、とても珍しい。
2人の年少者は、好奇心で、ますます瞳が輝いていた。
セルデ様もセリファ様も帰った後、茶器を片付けていると、一緒に片付けをしていたセリファがぽつりと呟く。
「私、もう少し勉強してみます」
「私も、してみようかな」
そう返事をすると、セリファは楽しそうに笑った。
妙に長くなりました(笑)
ところで、登場人物の丁寧語の対象ですが。
ミシュナ→身分が上もしくは年上(アイリャ、メイ、ミンは別)。
ツェンニャ→身分が上か年上の王族、親しくない年少の王族。
睡蓮宮の侍女達→身分が上もしくは年上。ミシュナに対しては全員丁寧語。
となっています。