第6話 十年前
「澪!」
澪が地面に倒れた。湊は駆け寄り、傷口を押さえた。しかし血は止めどなく流れ続ける。澪はもう、何の反応も示さなかった。
「澪……」
「彼女が望んだことですよ。殺してくれって」
横に立っていた夜久野はナイフの血を拭き取りながら答えた。
「……なんで、なんでそんなに平然と殺せるんだ!まだ化物にならずに助かる方法があったかもしれないのに!」
「それを探してる間に皆、殺されますよ」
夜久野は静かに語った。
「十年前の、異能者による大規模殺傷事件。あの時は四十七人が死亡しました。彼女はそうならないとなぜ、言えるんですか?」
湊は口ごもった。あの時、自分は彼の側にいたのに何もできなかった。
「…そういえば、あなたも異能者でしたよね」
夜久野は鋭く湊を睨んだ。ナイフを構えて襲いかかる。
「だからって、何もしていないうちから殺していい理由にはならない!」
攻撃を躱しながら声を荒げた。
「異能者は全員、近い内に化物になって暴れるんですよ!そして殺される、私の家族がそうだったように!」
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赤い服の少年の周りが赤く染まっていく。私はその光景を見ていることしかできなかった。少年はフラフラと歩き出した。
少年がこの場からいなくなると、子どもの泣き声が辺りを包んだ。それを皮切りに、うめき声や叫び声が溢れた。私はしゃがみ込んだまま立ち上がれなかった。
「パパー。どこぉー!」
小さな少年が泣きながら横切った。私は家族のことを思い出した。
「お母さん、お父さん…!」
立ち上がり、自宅に向かって走り出した。
(二人とも、今日は休みで家の中にいるはず……)
角を曲がろうとすると、足元で水音がした。足を止めた。角の先を恐る恐る覗く。赤い水たまりができていた。そこに私のよく知る買い物バックが落ちていた。私は叫び声を上げていた。
数年後――
私は豪華な造りの薄暗い部屋に立っていた。
「異能者を殺せるか?」
前に座る男は問いかけた。
「殺せます」
「まだ、子どもでもか?」
少しも迷わなかった。
「はい」
「……君に、仕事を与える」
男から書類を渡された。そこには、異能を持つ子どもたちを集めた孤島の学校について記されていた。
「表向きは、異能の制御方法を身につけさせ、社会に戻すための学校だ」
「表向き?」
「異能者を危険視しているのは、我々だけではない。しかし、何もしていない異能者を処分することは認められていない」
男は書類の一枚を指で叩いた。
「だが、化物化し、周囲に危害を及ぼす状態になれば話は別だ。危険個体として討伐できる」
私は書類に目を落とした。
『対象者の異常進行を促し、危険状態への移行を確認後、処分する』
「……つまり、意図的に化物にするんですね」
「そうだ。表向きは訓練中に起きた事故として処理する」
「…………」
「できるか?」
あの日の光景が蘇った。隣にいた友人が消えた瞬間。足元に広がっていた両親の血。
「できます」
私は書類を閉じた。
「化物になった者は、必ず処分します」
「一つ、勘違いするな」
男は静かに言った。
「君が殺すのは子どもではない。制御不能になった化物だ」
私はしばらく黙っていた。
「……はい。承知しました」
――――――――
「私の家族も友だちも、あの化物に殺された!」
夜久野は髪を振り乱しながら叫んだ。湊は拳を握りしめ、黙っているしかなかった。でも、これだけは言わなければいけない。
「……あの人は、俺の兄です」
湊は呟いた。
「……何?」
夜久野の攻撃が止まった。
「十年前、あの事件を起こした、化物化した少年は、俺の兄です」
「何だと…?」
夜久野は目を見開いていた。
「……兄がしたことを許してほしいとは言いません。あなたの家族が死んだことも、なかったことにはできない…」
「だったら――」
「でも、陽介も、斗真も、栞も、幸太郎も、澪も!兄じゃない!兄が起こした事件の責任を、無関係なあの子たちに負わせるのは間違ってる!」
「……罪があるかどうかなんて、関係ないんですよ」
「どういう意味だ?」
「あなたのお兄さんも、化物になる前なら異能を持っている『罪のない子ども』だった。それを放っておいた結果、私の家族は殺された。…なら、次も同じことが起きるまで何もせず、待っていろと言うんですか?」
「……それは」
「ほら。言えないでしょう?」
夜久野は嘲るように目を細めた。
「斗真君は陽介君を殺した。幸太郎君は栞さんを殺した。あなたは今日、自分の目で見たはずです。…異能者は化物だと」
湊は今日起こった出来事を思い出した。斗真も幸太郎も、こちらの声に答えることはなかった。いつから、変わってしまったのだろう。湊はふと、あの日のことを思い出した。
「……違う」
「何がです?」
「斗真は、ある日から急に、異能の訓練を熱心にやり始めた。…あんたが何かしたんじゃないのか?」
夜久野は何も答えない。
「この学校で異能者が殺されてるって噂も……」
湊は夜久野を睨みつける。
「生徒が化物になるのを待ってたんじゃない。あんたたちが、化物にしてたんじゃないのか?」
「……ええ、その通りです」
夜久野は頷いた。
「その方が、被害が少なく済みますから」
「ふざけるな!化物になるかもしれないからって閉じ込めて、追い詰めて、自分たちで化物にして……。それで『やっぱり異能者は危険だった』って殺すのか!?」
「……あなたには分かりませんよ。……道を歩いていたら、隣で友だちが跡形もなく消し飛んで、両親は血溜まりしか残らなかった。そんな、人間の気持ちなんて…」
「……分からない。でも、だからって俺は、この子たちが殺されるのを認めるわけにはいかない」
夜久野が再びナイフを構えた。
「なら、あなたもここで死んでください」
「……断る。まだ優希が残ってる」
夜久野が地面を蹴った。湊が反応するより早く、腹部に蹴りが入る。湊は転倒し、立とうとするところを夜久野が追撃してくる。
(速い……!)
何とか腕で防ぐ。ナイフで腕を切られる。
「あなたの異能は、異能が使えない相手には、何もできないんですね」
(まずい。このままじゃ……)
「…あなたの、あなたのお兄さんさえいなければ!」
湊が避ける。
「私の家族は――!」
再び踏み込む。突然、夜久野はバランスを崩した。
「っ!?」
彼女の足元に石が転がった。湊は咄嗟に夜久野の腕を掴み、地面に押さえ込んだ。夜久野はナイフを落とした。
「離せ!」
夜久野は湊の背中を殴りつけた。湊は近くに落ちていた硬い物を掴んで、殴った。夜久野の力が弱くなり、動かなくなった。
湊は呼吸を整え、夜久野の体を離した。口元に手をやると、呼吸はあった。湊は胸をなで下ろした。
ふと下を見ると、写真が落ちていた。それを拾い上げる。そこには、湊のカメラで撮った、何気ない日常が切り取られていた。
(……まだだ。…まだ1人、残っている)
湊は写真をポケットにしまい、優希の元に足を向けた。
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湊がリビングでテレビを観ていると兄が帰ってきた。
「…ただいま」
「おかえり〜」
兄は自室に入り、着替えてからリビングの湊の横に座った。
「……兄ちゃん、何か元気ない?」
「……今日、体育があって疲れただけだよ」
二人は黙ってテレビを観ていた。
「……お前が近くにいると、何か落ち着くな」
兄は静かに呟いた。
「そう?」
「お前、変な力持ってるんじゃないか?」
「そうなのかな?そうなら兄ちゃんとお揃いだ!また今度、兄ちゃんの念力見せてよ!」
「……また今度な」
湊が修学旅行に行く前日の夜。いつものようにリビングで2人並んでテレビを観ていた。
「修学旅行でお土産いっぱい買ってくるからね!」
「…うん」
兄はどこか上の空だった。
「……兄ちゃん、大丈夫?」
「……大丈夫」
「…明日早いから、もう寝るね。おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
湊はリビングの扉を閉めた。兄はずっと弟の方を見ず、俯いていた。それが兄を見た最後だった。
修学旅行の最終日。旅館のテレビに、見慣れた街が映っていた。『大規模殺傷事件』という文字が画面に表示されている。その日のうちに、兄が死んだと知らされた。
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