最終話 ひとり
湊は澪に教えられた場所にやって来た。辺りの木陰や草むらをかき分けると、優希を見つけた。膝を抱えて小さくなっていた。
「遅くなって、ごめん」
湊は優しく語りかけた。振り向いた優希の瞳は真っ赤で、何の反応も返さない。
湊は自分の体の奥が熱くなって、呼吸が荒くなっているのを感じていた。
「化物化した斗真と幸太郎は能力が上がっていた。澪も、優希を見つけてくれた……。それなら…」
湊は優希にゆっくり近づいた。彼は逃げ出そうとする。
「怖がらせて、ごめん」
湊は優希の腕を握りしめた。優希は暴れた。普段の彼からは想像できないほど強い力だった。湊は頭や腹を殴られながら、力を振り絞り、異能を使う。
(今度こそ、救うんだ)
体が焼けるように熱く、汗が顔を伝い、視界が赤に染まっていく。それでも優希の腕を、強く握りしめた。
「……先生?」
優希の声が聞こえた。湊は手を離し、顔を上げた。こちらを不安げに見つめる優希の瞳は黒い。
「…良かった……」
湊は体から力が抜け、地面に倒れた。優希が慌てて湊の横で膝をつく。
湊は優希が声を上げているのは分かったが、聞き取ることができなかった。赤に染まっていた視界が今度はぼやけ始め、側にいる優希の姿もよく見えなくなっていた。
湊は震える手でポケットから写真を取り出し、優希に差し出した。ぼやけた視界の中で、優希が写真を受け取るのが見えた。湊は少しだけ口角を上げた。もう、力が少しも入らず、持ち上げていた腕は地に落ちた。
数日後――
優希は、数日に一度やって来る定期船に忍び込み、島を出た。
そして今、見知らぬ街にいる。目の前には楽しそうに笑う人たちがたくさんいた。
優希は立ち止まり、ポケットから少し折れ曲がって血のついた写真を取り出した。そこには笑っているみんながいた。彼らは、もうどこにもいない。
「みんな、何も知らないんだ…」
優希は何も知らない街で、うずくまった。彼に気づく人は誰もいない。
あの日、夜久野が目を覚ますと湊の姿は側になかった。ふらつく足でしばらく探していると湊を見つけた。彼の前には優希がいて手足を振り回していた。湊は殴られ、蹴られながらも、優希の腕を離さなかった。そして、しばらくそうしていたと思うと、優希の動きは止まり、湊は倒れた。
「……先生?」
優希が呟く声がかすかに聞こえた。
夜久野は上司の前に立ち、あの日のことを思い出していた。
その後、立ちつくす優希に歩み寄ろうとしたが、足が思うように動かず、よろめいて地面に手をついた。顔を上げた時には、優希の姿は木々の向こうへ消えていた。
「……報告があります。あの島で、化物になった異能者が……人間に戻りました」
「何?」
「異能も失われています」
「………」
「もしかしたら――」
夜久野はそこで言葉を切った。
「殺さなくても、いいのかもしれません」
優希は現在も見つかっていない。
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