第5話 化物
「今度は優希がいない!?」
早朝の食堂に湊の声が響いた。
「昨日、ひどく怯えてたから、起きたときに声をかけてみたんです。でも、返事がなくて…。鍵も開いていて…」
幸太郎は答えた。すると突然、食堂の扉が開け放たれた。
「見つけた」
澪だった。
「どうした?」
「ここに来る前、わかる範囲で探知してみた。そしたら、強い光が一つ見えた」
「強い光?」
「…うん。動物は小さな光で、人間は普通の光。…でも、異能者が能力を使ったときは、強く光る。だから――」
澪は一旦、口を閉じた。
「その光は斗真か優希ってことか?」
湊が問いかけると、澪はうなずいた。
「…まずは、そこを確認に行こう」
栞と夜久野も合流し、澪の先導に従い、進んでいく。孤島の静かな空気が一行を包む。数分後、木々の間に人影が見えた。
「……斗真」
幸太郎が呟いた。そこには斗真がいた。
「斗真!」
幸太郎が叫ぶと斗真はゆっくりと振り向いた。
「……光ってたのは、斗真。じゃあ、優希は?」
澪は呟いた。
「赤い目…」
振り向いた斗真の目は見間違えるまでもなく、真っ赤に染まっていた。
「……斗真、そんな所にいないで、学校に戻ろう」
湊は語りかけた。
「斗真、学校に戻って話そう。何かあったんだろう?」
幸太郎も声を上げた。斗真は二人の声に何の反応も見せなかった。ただ、こちらをじっと見ているだけだった。
「お前、最近ずっと変だったじゃないか。俺たちに言えないことでも――」
幸太郎は斗真に歩み寄ろうとした。
「幸太郎、待て」
湊は肩を掴んだ。すると、斗真の周囲で大小の石が浮き上がった。石は湊たちの方に真っ直ぐ飛んできた。
「危ない!」
幸太郎は前に出た。両手を前方にかざし、空気の壁を作った。壁に石が当たる音が響く。
「何するんだ、斗真!」
投石は止まない。石の勢いは緩む様子もなく、次々と襲ってくる。
「幸太郎、上!」
栞の焦る声に、上を見ると石が浮かんでいた。
「みんな、俺の側に!」
その瞬間、石は浮力を失い、落ちてきた。幸太郎は咄嗟に片手を上空に向けた。もう一枚の壁が作られた。
(……二枚目?)
幸太郎が石の雨をしのいでいると、
「私が彼を止めます」
夜久野は湊にそう告げると、隙を見て壁から出て、木陰に潜んだ。
しばらくすると、唐突に石の投擲が止んだ。
(止まった?)
幸太郎が壁を消すと同時に、重力が彼らを襲った。立っていられず、地面に押し付けられる。
「もうやめて!!!斗真!」
栞は恐怖を含んだ声で叫んだ。
(……陽介は、これで…)
顔を上げていられず地面に額を押し付ける。幸太郎は唇を噛み締めた。息がうまく吸えない。頭の奥がずきずきと痛んだ。
(どうして、こうなったんだ…)
額から汗が溢れ出し、身体が熱っぽくなるのを感じた。数日前までの普通の日常が頭をよぎった。そこには陽介も斗真もそこにいた。すると突然、体を押さえつける重さがなくなった。幸太郎は荒い息を繰り返しながら、ゆっくりと顔を上げた。
少し離れた場所で、人影が二つ重なるように倒れた。その一瞬、斗真の胸元に赤いものが見えた。
「…斗真?」
「斗真!」
幸太郎が呟いたのと同時に湊は叫んだ。重力から解放された湊は、彼らの元に駆け出した。幸太郎も湊に続こうとしたが、足に力が入らず、膝をついた。
湊が駆け寄ると、斗真の胸にはナイフが刺さり、傷口から血が流れ続けていた。その横では夜久野が座り込んでいた。その手は赤く染まっていた。
「…ごめんなさい。止めようとしたんですが、抵抗されて、もみ合ってる内に…」
栞と澪が遅れて湊たちの元に駆け寄ってきた。
「斗真、どうして…」
「……」
栞は口元を手で覆い、涙を浮かべている。澪は唇を噛み締めていた。幸太郎は呼吸が荒くなり、しゃがみ込んだまま、動くことができなかった。
しばらくして、息を整えた幸太郎は立ち上がった。ふらつきながら、倒れる斗真の側に来た。そこには湊も立っていた。
「幸太郎、無理するな…」
「……大丈夫、です。……斗真…」
幸太郎は斗真のポケットから何かはみ出していることに気づいた。それを取り出した。それはあの日の写真だった。
――――――――
みんなで釣りに行った翌日、
「写真が現像できたぞ!」
湊は教室に入るなり、声を上げた。
「やったー!」
陽介は椅子から立ち上がり、真っ先に受け取った。湊が順番に配っていく。
「ありがとうございます!部屋に飾らないと…」
優希は大切そうに受け取り、じっと見ていた。
「斗真は?いらないのか?」
「…いらねぇよ」
斗真は椅子にふんぞり返っていた。
「ほんとは嬉しいくせに、照れちゃって」
「そういうお年頃なんだね」
すぐ側に座っている陽介と栞が斗真の方を向いて言った。年上の二人にいじられ、斗真は顔を赤らめた。
「うるせぇ!そんなに言うならもらってやるよ!」
湊から写真を引ったくるように受け取った。
「……ちょろい」
「おい、澪!なんか言ったか!?」
幸太郎は微笑みながらその様子を見ていた。
――――――――
「…なんでこれ、今持ってんだよ……」
幸太郎は手元をじっと見つめたまま、しばらく微動だにしなかった。斗真の側でしゃがみ込んでいた栞は、幸太郎の様子に気が付いた。栞は目元を拭い、立ち上がった。
「……幸太郎、大丈夫?」
栞は幸太郎の手に、あの日の写真があるのに気が付いた。
「これって、あの釣りの日の写真だよね?斗真、持ってたんだ…。きっと入れっぱなしにしてたんだね……」
栞は言葉を切った。
「……陽介も、斗真も、もう……」
幸太郎は栞の言葉に何も答えなかった。幸太郎の手から写真が滑り落ち、隣にいる栞に手を向けた。
「……え?」
轟音が辺りに響く。
「栞!?」
少し離れていた澪は声を上げた。夜久野を木陰に運んでいた湊は振り向いた。栞が幸太郎のすぐ側で倒れている。離れていても分かる程、血が流れていた。
「幸太郎?…まさか……」
幸太郎は声を上げた湊を見て、手を向けた。湊はそれに気づき、手袋を外して澪の前に飛び出した。体に何かがぶつかったような衝撃を受け、尻もちをついた。
「幸太郎!何してるんだ!?」
湊の声に幸太郎は顔を向けた。彼の瞳は赤くなっていた。
「……お前まで…!」
空気の壁が湊と澪に襲いかかった。見えない壁は湊の異能でも全て消せなかった。
(このままでは…!)
「先生!右から来る!」
澪の声に咄嗟に体を左側に動かした。さっきまで湊が立っていた地面に、壁が刺さったような跡ができた。
「次、左から!」
湊は澪に言われる通りに動いた。澪の生命探知による指示と湊の能力で壁を避けながら幸太郎に近付く。
ようやく、幸太郎の目の前まで来られた。
「幸太郎、しっかりしろ!!!」
湊が幸太郎の肩を掴み、揺さぶった。
「……先生…?」
幸太郎が呟いて、湊の顔を見た。その目はいつもの色に戻っていた。
「俺は、何して…?」
幸太郎は頭に手をやった。
「…斗真の写真を拾って、それで、栞が、横に来て…。それで……」
下に目をやった。そこには血まみれで倒れる栞がいた。彼女に手を向けたことが頭をよぎる。
「俺、が…?」
幸太郎は震える自らの手を見つめた。瞳に赤が滲む。
「幸太郎!しっかりしろ!お前は悪くない!」
「……先生」
幸太郎はゆっくりと顔を上げた。湊の服は破れ、腕や頬にはいくつも傷ができていた。少し離れた所には澪もいる。
「……ごめんなさい、先生…」
幸太郎は、肩を掴む湊を突き飛ばした。そして、手を上に向ける。
「待て!幸太郎!」
湊はそう叫び、手を伸ばす。幸太郎は一度、湊と澪を見た。そして、どこか安心したように表情を緩め、上げていた手を振り下ろした。鈍い音が島に響いた。
「幸太郎…?」
澪は震える声で呟いた。目の前の出来事に呆然とするしかなかった。すると突然、立っていられないほどの疲労感が襲い、膝をついた。
「クソ…!」
湊は地面を殴りつけた。彼の側にはもう動かない、三人の生徒が倒れていた。
「…どうして、こんなことに……」
「せん、せい…」
澪がか細い声で湊を呼んだ。澪は地面に手をつき、荒い呼吸を繰り返していた。
「澪…!」
湊は彼女に駆け寄った。彼女の目は赤くなったり黒くなったりを繰り返している。
「…先生、優希のいる場所、わかりました…」
澪は囁いた。
「あの子は……」
途切れ途切れに優希の居場所を湊に伝えた。
「わかった!もう能力使わなくていいから、休んでくれ!」
「優希は、寂しがり屋だから、早く行ってあげて…」
澪は一度深呼吸して、口を開いた。
「……私が、あんな、友だちを躊躇いなく、殺すような化物になる前に殺してよ、先生」
「そんな…。…諦めるな、助かる方法はあるはずだ!」
「そうですよ、諦めたら駄目です」
夜久野が木の影から出てきた。
「夜久野先生…。いつからそこに?」
「すみません。巻き込まれないよう、隠れていました」
「こんな時に…!」
「すみません。でも、興味深いものを彼の側で見つけました」
夜久野は幸太郎が倒れている方を指さした。
「何ですか?」
湊がそちらに顔を向けた。すると
「…夜久野先生?」
背後から澪の声がした。湊が振り返る。夜久野が澪の身体から刃物を引き抜いた。
「……先生、なんで…?」
澪の身体が崩れ落ちた。




