第3話 異変
「斗真君、少し時間いいですか?」
ある日、夜久野は廊下を歩く斗真を呼び止めた。
「なんすか?」
斗真は立ち止まり、振り向いた。
「ここでは話しにくいことなので、この教室に入りましょう」
二人は誰もいない教室に入った。夜久野は扉を閉めた。
「オレに何の用っすか。」
斗真は口を開いた。
「今、本島から連絡がありました。あなたの妹さんが、病気で入院したそうです」
夜久野は普段と変わらない口調で言った。
「…は?」
「詳しい容態までは、こちらにも伝えられていません」
斗真は目を見開き、夜久野に詰め寄った。
「何の病気だ!?」
「重いのか?」
「いつからだ?」
「母さんは何て?」
「申し訳ありません。私が聞いているのは、入院したということだけです」
「何で、それを今、オレに言った!?」
「ご家族から、あなたにも伝えてほしいと連絡があったそうです」
「なら、俺も家族と連絡取らせろよ!」
斗真は机を殴りつけた。夜久野はそれにひるむ様子もなかった。
「ごめんなさい、それは決まりでできないんです。あなたの能力は危険だと思っている人も大勢いますから。あなたとその家族を守るためでもあるんです」
(連絡も取れないって、まるで牢獄だ…。)
斗真は拳を強く握った。
「焦る気持ちは分かります。でも、今のあなたにできることは、ここで訓練を続けることです。…この学校から早く卒業する方法、分かっていますよね」
夜久野はそう言い残すと教室を出て行った。
一人残された斗真はもう一度、机を殴った。
「……クソ」
脳裏に、島へ来る前に見た妹の顔が浮かんだ。
「早く、帰らねぇと……」
斗真は自分の手を見つめた。
「異能を完全に制御できれば、ここを出られる……」
翌日の夕方、湊が校庭を通りかかると、斗真が一人で訓練をしていた。
「斗真?こんな遅くまで…」
校庭に入ると声をかけた。
「お疲れさん。遅くまで感心だが、無理はするなよ」
「うるせぇ…」
斗真は湊に目もくれず、異能の力を使っていた。
「……斗真、お前、何かあったのか?」
「なんでもねぇよ!」
声を上げた。
「……困ったことがあれば、いつでも言ってくれ」
「……」
湊は校舎に向かって歩き出した。入る時にも校庭を見たがやはり斗真は異能を使っていた。
それから数日、斗真は授業が終わってから、暗くなるまで訓練を続けていた。やがて、それだけでは足りないとばかりに、早朝にも校庭へ出るようになった。
「斗真、最近朝から校庭で異能の訓練してるよね」
ある日の朝食時に陽介は口を開いた。
「え、夕方もやってるよね?どうしたの?」
栞が問いかけると
「なんでもねぇよ」
斗真は目の下に薄く隈を作り、黙々と食事を口に運んでいた。
「おれも朝ジョギング終わったら、訓練しようかな」
「止めろ!」
全員が斗真を見る。
「どうした、急に」
急に声を上げた斗真に幸太郎が問いかけても、何も答えなかった。
「……ごちそうさん」
斗真はそう言うと食堂から出て行った。お皿にはまだ食事が少し残っていた。
「斗真さん、最近元気ないですね」
「…うん」
食堂に残された五人は彼を見送った。
数日後、陽介は早朝から日課のジョギングをしていた。朝の空気感を楽しみながら走っていると、途中の脇道で人影を見つけた。
「あれは…。斗真?」
陽介は立ち止まり、脇道に入った。
「斗真じゃん、こんな所に来るの珍しいな」
斗真はその問いかけに答えず、うつむいていた。陽介は近寄った。
「…お前、どっか調子悪いのか?」
斗真が陽介の方を見た。その瞳は真っ赤だった。
湊は資料室で調べものをしていた。『異能者特別訓練校――設立五年』と書かれた資料をめくる。
(この学校は、異能を有効活用するために操作を学ぶ場所として建てられた。……そして、この学校で異能者を殺しているという噂…)
資料をめくりながら考えていた。あるページで手が止まった。
(これは、十年前の事件について?……なんで、この人が?)
すると、ノック音が響いた。湊は咄嗟に開いていたページを閉じた。そして返事をすると幸太郎が扉を開けた。
「やっぱり、湊先生か。先生、陽介と斗真を見てませんか?」
幸太郎は食堂に入った。
「おはよう。…あれ、陽介はまだ帰ってきてないのか?」
「いつも一番に座っているのに、珍しいよね」
朝食当番の栞はお皿を机に置きながら答えた。しばらく待っていると優希が、次に澪が食堂にやって来た。
「おはようございます」
「おはよう…」
「二人とも、陽介見てないか?」
二人は首を振った。四人はしばらく待つことにした。しかし、数分経っても陽介も斗真もやって来なかった。
「先に私たちだけで食べてようか」
四人の食事が始まった。いつもの食事と違い、静かに始まり、静かに終わった。二人はまだ来ない。
「私、探してみる」
痺れを切らした澪は目を閉じた。そのまま待っていると目を開けた。
「…ここに四人、夜久野先生の部屋に一人、いつも鍵がかかってる資料室に一人」
「ここにいない二人は先生たちだろう。陽介と斗真は校舎にいない?」
「…私が見逃してるかもしれない。校舎を見て回ろう」
「俺、資料室行ってくる」
「じゃあ、私は夜久野先生の部屋に行ってくる」
四人は食堂を出た。
「やっぱり、湊先生か。先生、陽介と斗真を見てませんか?」
「二人がどうした?」
湊は見ていた資料を元の位置に戻して幸太郎に尋ねた。
「それが、二人が校舎のどこにもいないんです。…澪にも見てもらって、みんなで教室見て回っているんですが、見当たらなくて。湊先生にも探すのを手伝ってもらおうと」
「わかった。すぐ行く」
食堂で湊と夜久野も集まったが、やはり陽介と斗真は校舎内にいなかった。六人は外を探すことにした。
「陽介のやつ、ジョギング行ったままどっかで寝てるんじゃないだろうな」
「陽介ならありそうだね」
六人は幸太郎を先頭に、陽介の朝のジョギングコースを進んだ。
「陽介、毎朝ジョギングしてたんだよな」
湊が独り言を口にすると、前を歩く幸太郎が振り向いた。
「あいつ、走るのは好きで、鍛えてたら異能の操作も上手くなりやすいんじゃないかって、毎日走ってましたよ」
「そうだったのか…。実は斗真も一緒に走ってたりして」
沈黙が辺りを包む。
しばらく歩いていると、
「みんな、待って!」
後ろを歩く優希が脇道を指さしていた。そちらを見ると何か落ちているのが見えた。
「あれは、靴?」
湊がつぶやくと、それを見た幸太郎は真っ先に脇道に入った。五人も遅れて彼の後に続いた。
「陽介?どうした!?」
幸太郎の声が響いた。そこには、陽介が倒れていた。その様子を見た栞は呟いた。
「…何か、おかしくない?」
陽介は地面にうつ伏せで倒れている。一見すると外傷はそれほどない。しかし、手足の向きがおかしい。
湊は陽介の側にしゃがみ込み、首に手を沿わす。湊は小さく首を振った。
「そんな……」
栞は呟いた。澪は目を丸くして固まり、優希は涙目になって澪の後ろに隠れている。夜久野は手で口を覆っている。
「なんで…?」
幸太郎は膝から崩れた。
「……栞、見てくれ」
幸太郎は呟いた。
「なんで、陽介が、こんな目にあったのか」
うつむいたまま、地面を握りしめた。
「……わかった」
栞は陽介に近づく。湊は栞に声をかけた。
「栞、無理はするなよ…」
「…大丈夫です」
栞は深呼吸して、陽介の服に触れた。目を閉じて集中すると、記憶が栞の頭に流れてきた。
陽介は森の中の道を走っていた。ふと、脇道を見ると人影があった。立ち止まって目を凝らすと、その人影は斗真だった。
「あれは…。斗真?」
脇道に入り、陽介は斗真に近づいた。
「斗真じゃん、こんな所に来るの珍しいな」
斗真はうつむいたまま、何も反応しなかった。
「…お前、どっか調子悪いのか?」
陽介がさらに近付くと、斗真が顔を上げ、こちらを見た。彼の瞳は血のように真っ赤に染まっていた。
すると突然、立っていられないほどの重さが陽介にのしかかった。咄嗟に身体強化を発動した。
「斗真!?何すんだ!」
陽介は叫んだが重力は軽くならない。いつもなら「うるせぇ」とでも返してくるはずなのに、斗真は何も言わなかった。ただ、虚ろな目で陽介を見ていた。
「斗真、どうしたんだよ」
陽介は重い足を引きずりながらゆっくりと前進する。重力がさらに強くなった。陽介の脚が耐えられず崩れた。
「斗真!やめろ!!!」
陽介は叫んだが、さらに重力は強くなる。ついに陽介はうつぶせになる。腕や脚から、乾いた音が立て続けに響いた。
「…っ!?」
栞は思わず陽介の服から手を離してしまった。動悸が止まらず、冷や汗が首筋を流れる。
「…見えた?」
隣にいる湊が話しかけた。栞はさっきまで陽介に触れていた手を見つめていた。その手はかすかに震えていた。
「……斗真がいました…。陽介は、重力で潰されて……」
幸太郎は顔を上げた。
「斗真が!?見間違いじゃないのか?」
「見間違えるわけない!……陽介が叫んでも、無反応で…。虚ろな、赤い目をしてた…」
(…赤い目?)
「……何で、こんなこと……。」
栞は震える手で顔を覆った。
「陽介君の遺体は、どうしましょうか?」
夜久野は小声で湊に問いかけた。
「……このままにしておく訳にはいきません。学校まで連れて帰りましょう。…俺が背負います」
湊は陽介を背負った。鍛えられた体は重かった。手袋越しには冷たさを感じた。




