第2話 異能者たち
翌日、湊の最初の授業が始まった。生徒たちは校舎から出て、広い校庭に集まっていた。湊もジャージに着替え、手には革手袋をはめた。
「さて、今回はみんなの異能を見せてもらおうかな」
「はいはい!最初はおれからね!」
日に焼けた少年、陽介は今回も真っ先に手を上げた。湊の返事を待たずに立ち上がった。手を伸ばしたり屈伸したりと軽くストレッチするとしゃがみ込み、跳んだ。軽く三メートルは跳んだように見えた。湊が目を丸くしていると陽介は危なげなく着地した。
「見た⁉おれすごくない⁉」
「すごい。陽介は身体強化なんだな」
「スゲー速くも走れるんだぜ!」
嬉しそうに笑った。
「次は幸太郎が見せてやったら?お前のすげぇじゃん!」
陽介は隣に座る眼鏡の少年の肩を組み、言った。
「じゃあ、次は幸太郎に頼もうかな」
「わかりました」
幸太郎は立ち上がった。
「俺は空気の壁を作ることができます。一個しか作れないですけど」
手のひらを前に向けた。
「ここに作りました」
湊がそこへ手袋を着けた手を伸ばすと、見えない壁に触れた。
「おぉ、こんなこともできるのか…。強度はどのくらいなんだ」
コンコンと壁を叩き、尋ねた。
「そこまでは、まだ分からないです」
「おれが試してやろうか!?」
陽介が拳を構える。
「お前は黙ってろ」
次はポニーテールの少女、栞が異能を実演した。
「わたしは物の記録を見ることができます」
栞は湊の袖をつまむように触れ、目を閉じた。数秒後、ゆっくり目を開く。
「先生の部屋の机には今、『教育の基礎』って本が開いたまま置いてありますね」
「よくわかったな、朝読んでいたんだ。記録を見る、か。便利そうだ。どこまで遡れるんだ?」
「半日くらいですね。遡るほど見るのに時間がかかります。物体が過去に置かれていた場所と、その周辺の光景を見ることができます」
栞が答えると陽介がまたしても声を上げた。
「あ、そうだ栞!今朝、お気に入りのペンが行方不明になったんだ。おれのノートとか触って見つけてくれよ!」
「授業終わってからにしろ」
「自分で探しなさい」
幸太郎と栞にあしらわれた陽介は目に見えて肩を落とした。元の位置に座った栞は
「…後で見てあげるから」
と小声で言うと、陽介はぱっと顔を明るくした。
「次は、斗真。見せてくれ」
次は金髪の少年、斗真が面倒くさそうに立ち上がった。小石を一つつまみ上げた。その小石を軽く上に投げると、落ちて来ず、そのままの位置で浮いている。
「物を浮かせる異能か?」
「違う」
そう言うと、小石が目にも止まらぬ速さで落ちてきた。
「オレは、重力操作ができる」
小石は地面にめり込んでいた。
次は短髪の少女、澪が異能を見せた。
「私は生命探知です。」
「生命探知?」
「目を閉じて、生き物がいたら光って見えます」
「へぇ、どのくらい遠くまで分かるんだ?」
「あんまり遠いと無理です」
「今、この校舎周辺に動物いる?」
澪は目を閉じた。暗闇の中にいくつもの小さな光が浮かぶ。
「……動物が何十匹か、います」
「種類は分かる?」
「そこまでは」
澪はそう答えると、元の位置に戻って座った。
「最後は優希だな」
次は小柄な少年、優希の番になった。
「ぼくは、存在感を薄くできます…」
「見えなくなるの?」
「いえ、見えてはいます。でも、気付かれにくくなります」
そして実演。湊が優希から一度目を離す。
「じゃあ――」
湊は振り返ると、言葉を止めた。
「……あれ?優希は?」
「ここです……」
「うわっ!」
優希は湊のすぐそばに立っていた。校庭に陽介の笑い声が響いた。
「先生、大袈裟だなぁ」
「最後!先生の見せてよ!」
陽介は目を輝かせていた。他の生徒も湊をじっと見ていた。
「…わかった。期待するなよ。幸太郎、ちょっとこっちに来てくれるか?」
湊は幸太郎を呼び、空気の壁を作らせた。そして手袋を取り、壁に触れた。手は壁に遮られることなく通過した。
「あれ?壁は?」
幸太郎は不思議がっていた。
「俺の異能は、手のひらで触れた異能を消す力だ。みんなと比べたら大したことないだろう?」
「へぇー、そんな異能あるんだ」
陽介は感心していた。
全員の異能を見せてもらい、湊の最初の授業は終わった。
(みんな、面白い異能を持ってるな)
教師用の教室に戻ると夜久野がいた。
「お疲れ様です。優秀な子たちでしょう?」
と夜久野は微笑んでいた。
「はい。みんな、個性があっておもしろい、いい子たちですね。これからが楽しみだ」
「…そうですね」
「腹減ったー!」
本日最後の授業が終わり、陽介、栞、澪は食堂にやって来た。
「…何かいい匂いがする!」
扉を開けると、スパイスと煮込んだ肉の香りが鼻腔をくすぐった。厨房では、大鍋いっぱいのカレーが湯気を立てている。その横には、きつね色に揚がったカツが並んでいた。湊が厨房から顔を出した。
「お疲れ。飯できてるぞ」
「カツカレー!?やった!」
陽介は食堂に駆け込んだ。
「湊先生?今日の夕食当番は私と澪さんじゃありませんでしたか?」
栞は首をかしげた。
「夜久野先生の授業が終わるまで時間があったから、作ってみたんだ。食べてくれ」
「やった!おれ、みんな呼んでくる!」
陽介は食堂を出て、廊下を目にも止まらぬ速さで駆けていった。
「…あいつは当番じゃないのに、何で来たんだ?」
「お腹が空き過ぎたそうです。いつもご飯ができるまで、お菓子を貪ってますよ」
「アイツらしいな」
数分も経たず、陽介は戻ってきた。
「お待たせー!早く食べよ!」
遅れて幸太郎、斗真、優希、夜久野も食堂にやって来た。
「別に呼びに来なくても行くっつーの」
斗真は文句を言いながら入ってきた。
全員が集まると、湊と栞と澪は料理を盛り付け、次々と食卓に並べていった。
「カツは一人一枚だぞ」
料理が全員に行き渡ると、陽介が真っ先にカツカレーを口いっぱいに頬張った。
「うまっ! 先生、毎日飯作ってよ!」
陽介が最初に声を上げた。
「食事中にでかい声出すな。でも、先生の料理、美味しいです」
幸太郎は陽介をたしなめつつ、そう言った。優希も同意するように小さくうなずき、もくもくと食べていた。
「先生って料理上手なんですね。今度教えてください」
栞も続いた。澪は黙って食べていたが、早くも半分ほど減っていた。
「すごく美味しいです。どこかで料理の勉強されたとか?」
夜久野は湊に問いかけた。
「学生時代のバイト先で習いました。みんなにそう言ってもらえてよかった。斗真はどうだ?」
「…まぁまぁじゃねぇの」
そう言いながら、斗真の皿にはほとんどカレーが残っていなかった。
「そうか、そうか。今日は気合い入れてたくさん作ったからな、おかわりもあるぞ!」
「やったー!」
陽介は立ち上がった。同時に斗真も立ち上がっていた。
「何だよ、やっぱり斗真も美味しいって思ってたんじゃん」
「うるせぇ!お前いっつも余り物おかわりしてんだからたまには俺に譲れ!」
「今日は今日の腹が減ってるから無理!」
二人が言い争いながらおかわりのある鍋を開けると、量がかなり減っていた。
「「少な!」」
「早く取らないからだぞ〜」
湊は笑みをこぼしながら優希の方を見た。
「優希お前、異能で…」
「ごめん!でも、澪さんがやれって…」
優希と栞と幸太郎の皿にはカレーが追加されていた。そして澪の皿には、山盛りご飯と、それを覆い隠すほどのカレーが盛られていた。
「とっとと取らないほうが悪い」
「澪さん、それ、全部食べれるの?」
夜久野は隣に座る澪に問いかけた。
「問題ないです」
スプーンを止めずに答えた。山盛りご飯は見る見る減っていく。
「…小柄なのに凄いわね…」
後ろでは陽介と斗真が取り合いのじゃんけんをしていた。賑やかな食事だった。
片付けは湊と片付け当番の陽介、優希でやった。
「あれ、澪さん、まだ食べてたんですか」
「うん。食後のお菓子」
「…よく食べますね」
「お菓子は別腹。優希もいる?」
「じゃあ、いただきます。ありがとうございます」
「何?お菓子?おれにもちょうだい!」
陽介が厨房から出てきた。
「…はい」
澪はお菓子を一つ渡した。
「何その不服そうな顔!でもありがとう!」
「こっちはおれが拭いておくから、優希は厨房の方お願いできる?」
「わかりました」
厨房に入ると湊が皿洗いをしていた。
「手伝います」
「優希か、ありがとな」
二人はしばらく無言で皿を洗う。
「優希、洗ったやつ拭いてくれるか?」
「はい」
湊が洗った皿を優希に渡す。優希は丁寧に水気を拭き取っていった。
「優希は静かだな。みんなといると疲れないか?」
「…少し。でも、嫌じゃないです」
「そうか」
「前は、一人でいる方が楽だったんですけど……。ここに来てからは、一人だとちょっと寂しいです」
「そっか」
食卓でお菓子を食べていた澪が、ちらりと優希を見た。
「……ごちそうさま。おやすみ」
澪は席を立った。
「おやすみー!」
「おやすみなさい」
「おやすみ。また明日な」
「先生、こっち終わったー!」
陽介が布巾を掲げながら声を上げた。
「早いな。ちゃんと全部拭いたか?」
「拭いた拭いた!」
「……あそこ、まだ汚れてます」
「優希、細かい!」
陽介は「どこだよ」と言いながら、布巾を持って優希の指差す方へ戻っていった。
ある日の休日、朝食を終え、澪と優希が席を立とうとした。すると陽介が
「なぁ!みんなで釣り行かない?」
と声を上げた。
「倉庫の片付けしてる時に釣り道具見つけたんだ!数本しか竿なかったけど」
「いいじゃん、行こうぜ」
斗真が真っ先に賛成した。
「釣りか。私やったことない」
「俺も」
「オレが教えてやろうか?」
「斗真は何でそんなに得意げなの?」
「澪と優希はどうする?」
幸太郎が尋ねると
「僕も行きます。」
と優希は答え、澪も頷いた。
「よし!みんなで行こう!おれ、釣具取ってくる!」
陽介が駆け出し、みんなで海釣りに行くことになった。
玄関前に来ると湊がいた。
「お、皆揃ってどこ行くんだ?」
「釣り!先生も一緒に行く?」
「いいな。少し待っててくれ。準備してくる。」
数分後、カメラを持った湊が戻ってきた。
「お待たせ、行こうか」
「先生のカメラ、立派ですね」
「写真が趣味なんだ。みんなの写真たくさん撮ってやろうと思ってな」
校舎を出て、しばらく歩いていると、
「ここがいいんじゃね」
と斗真が決め、釣りが始まった。
空は気持ちよく晴れ渡り、穏やかな海面が陽の光を反射してきらきらと輝いていた。幸太郎、斗真、陽介が釣り糸を垂らしていた。
数分後――
「っしゃあ!また釣れた!」
「斗真さん、すごいですね」
「ヘヘっ。釣りは好きだからな!」
斗真のバケツは魚で一杯になっていた。
「この魚、どこから来て、どこに向かおうとしていたんですかね」
優希はバケツを覗き込んで呟いた。辺りを歩いていた澪は優希の隣に立った。
「優希は釣らないの?」
「ぼくは釣れた魚見てる方が好きなので…」
「そうなんだ」
澪はまたフラフラとどこかに歩いていった。
「いいなー。おれは全然釣れねー!」
陽介はわめき出した。
「下手くそ。やかましいからじゃないのか?」
「お前なんでそんな上手いんだよ。」
「ガキの頃、よく親父に連れてってもらってたからな。妹と一緒に」
斗真は鼻を掻きながら答えた。
「斗真には妹がいるんだ、意外」
「意外ってどういう意味だ!?」
「はいはい、はしゃぐのはそのあたりにして。魚を釣り上げたかっこいい写真撮りたいから、斗真、もう一度釣ってくれ!」
湊はカメラを構えた。
「…仕方ねぇな」
斗真は釣り糸を垂らした。隣の陽介は
「飽きたー!」
と言い、釣り竿を栞に差し出していた。
「栞、交代」
「陽介、飽きるの早すぎない?」
「釣れないんだもん!」
「はいはい」
陽介は栞に釣具を渡し、木陰に寝転んだ。
「ここ、風が気持ちいいな〜」
「もう釣りはいいのか」
湊は木陰にやって来た。
「やっぱりおれは体動かすことの方が好きだから。釣りみたいに動かないことは苦手だ」
「陽介はこのクラスで運動神経が一番だもんな。何かスポーツやってたのか?」
「陸上やってた!今でも毎朝走ってる!」
「なるほど、すごいな」
「先生も一緒に走る?」
「…俺は朝、苦手なんだ…。遠慮する」
「そっか。……朝、走ってると、この時間、眠くなる……」
陽介はあくびをすると、目を閉じた。
「やった。釣れた…!」
「栞さん、すごいです!」
栞は早速小さな魚を釣り上げた。
「初めてやったけど、釣れたら案外楽しいのね」
澪は釣りはせず、周囲をフラフラと歩いていた。時々立ち止まっては、咲いている花を見たり、枝に止まっている鳥を見ていた。そして、釣り糸を垂らしている幸太郎の横に立った。
「…そこ、魚いっぱいいるのになんで釣れないの?」
バケツに魚は一匹もいなかった。
「………」
「オレが教えてやろうか?」
「うるさい!」
「そんなだから釣れねぇんだよ!」
島に子どもたちの笑い声が響いた。
「そうだ!記念にみんなで写真撮ろう!」
湊は皆に声をかけた。
「陽介、起きろ〜」
「……何?写真?撮ろう撮ろう!」
陽介は飛び起き、皆の輪に加わった。
「よし、撮るぞー!」
「先生もこっち来て写ろうよ!」
陽介が声を上げた。
「そうですよ」
幸太郎もそう言い、栞もうなずいている。
「そっか…。ちょっと待っててくれ」
湊は枝にカメラを乗せ、タイマーをセットした。湊は小走りで皆の横に並んだ。
陽介が満面の笑みでピースをし、その隣では斗真が面倒くさそうな顔をしている。優希は控えめに笑い、澪はいつもと変わらない無表情だった。
シャッター音が鳴った。
「…よし、撮れてるな。現像して皆に配るよ」
「やったー!楽しみ!」
昼過ぎになり、皆で釣具を片付け、校舎に戻った。




