18 雨の鴨高 エピローグ 1
朝早い校舎には、まだ生徒の姿も少ない。
これから、いつもの一日が始まる。
窓の向こう。
街並みの先に霞んで見える山々から、雲が次々と湧き上がっている。
雨も少し小止みになったか。
空が少し明るくなり、大文字山の山腹から上がる雲が、まるで大地が吐き出す湯気のように、あちこちから湧き上がっている。
俺は廊下の窓から、その景色をぼんやり眺めていた。
この一週間を思い返す。
雨乞いのあとに降り始めた雨は、その後、一週間にわたって降り続いた。
雨は日本列島を広く覆った。あちこちで災害も起きている。だが、長く熱波に苦しんでいた大地を、確実に冷まし、潤していった。
小町さんによれば、気脈の要となる龍王が復活の叫びをあげたことで、各地に滞っていた気の淀みも、次々と流れ始めたらしい。
そして、今回の雨乞いは、ネットを通じて、大変な盛り上がりを見せた。
鴨高の雨乞いを知った多くの人たちが、同じように人を思い、雨を祈った。
その“陽の祈り”は、国を越えて広く拡散したのだ。
小町さんは、それを「祀り効果」と呼んだ。
「地球そのものが、ブルルと身を震わせたみたいだったわ」
小町さんは、そんなことを言っていた。
世界中の気脈が、少しずつ動き出したのだという。ネット時代にもいいことはある。
それに気づいた小町さんは、今後もネットをじっくり研究すると張り切っていた。
そんな影響なのか。
世界各地で台風やハリケーンが発生し、熱波に苦しんでいた各地にも雨が降った。
小町さんは言った。
「雨の量だけではないのよ。大地を冷ますことができたのが大きいの」
それでも。
「この大地の危機を、今回は冷ますことができたわ」
小町さんは、そう言ったあと、少しだけ表情を曇らせた。
「でも、相変わらず陰の気は多い。これも、あくまでもひとときのことね」
「うん」天見がうなずいた。
「でも、今は、この今をみんなと楽しもうって思うんだ」
それを聞いた小町さんは、優しく微笑んだ。
俺は、天見が少しずつ力強くなっていくのを感じていた。
いや。元々持っていたものを、自分で出せるようになっただけなのかもしれない。
天見の家のことは、花山先生と相談している。今は、もう少し様子を見ることになった。
天見が親から離れようとし始めたことで、母親からの締め付けが強くなる可能性もある。
だからこそ、彼女が安心していられる環境と、心のケアは慎重に続けていかなければならない。
それでも、今の天見には、以前とは違う何かがある。
自分の中に、蒼い空を持っている。
そんな気がした。
泉さんもトビも、この一週間ですっかり元気になった。
トビには、明日にでも地元に戻ってもらうつもりだ。
天見のことをしっかり見てもらわないとな。
パンの奴は、相棒がいなくなると寂しがるだろうが……まあ、仕方ない。
そういえば。
あの「成らずの柿の実」、この雨ですっかり落ちてしまったらしい。
伊山が教えてくれた。
それからもう一つ。
「そうそう、池田副会頭がさ、私たちにまた会いたいって」
伊山が言っていた。
「負けを認めたんだって。それで今度は、京都のために力を貸せって」
「相変わらず上からなんだ」
「でしょ」
そんな話をしていた。
まあ。
なんとか終わったんだな。
俺は窓の外を見た。
雨雲の切れ間から、ほんの少しだけ青空が見えている。
そのときだった。
「いたいた!」
後ろから声がした。振り返ると、天見が立っていた。




