17 夜が明けて 2
ソラは最後に、鯉の主様やアヒル母さんに挨拶をした。
そして、小町さんと改めて池を眺めた。
池は昨日までと変わらず、静かに水を湛えている。
ただ、心なしか水面が輝いて見えた。
「さあ、最後にそれを出して」
小町さんに言われ、ソラはポケットから小さな碧い玉を取り出した。
昨日、池の底で見つけたものだ。
水底で呪いの石を探してとき、偶然、石の間に挟まっているのを見つけた。
何なのか分からない。
ただ、大事なものだという気がして、ずっと持っていた。
「それはね」小町が言った。
「空海様が、この池の守りとして水の湧き口に置かれたものよ」
「空海様が?」
「ええ。おそらく長い時の中で、最後まで残ったものなのでしょうね」
小町はく碧い玉を見つめた。
「確かに、空海様のお力を感じるわ」
「これが、昨日の雨乞いに?」
「ええ。昨夜、龍王様が降りてこられた最後の決め手は、あなたがこれを持って迎えたことだったのかもしれない」
「私が?」
「空海様との縁が、あなたと龍王様をつないだのよ」
ソラは、しばらく碧い玉を見つめた
それから鯉の主様に頼み、玉を水の湧き口へ戻してもらった。
碧い玉は、水の中へ静かに消えていった。
「これで、しばらくは龍王様もここにいてくださるでしょう」
「うん」ソラは空を見上げた。
「雨、大丈夫よね」
小町は静かに頷いた。
「ええ」
空は青く澄み渡り、まだ雲は見えない。
それでもソラは、不思議と不安は感じなかった。
きっと大丈夫だ。そう思えた。
学校へ戻ったソラたちは、教室で最後の片付けをしていた。
そのときだった。
校庭のほうから、誰かの大きな声が聞こえた。
「雨だ!」
生徒たちが、一斉に顔を上げる。
「雨?」
空も窓へ駆け寄った。
校庭には、もう何人もの生徒が飛び出している。
ソラたちも、外へ出た。
大きな蒼穹を見上げる。
その真ん中に、巨大な入道雲が盛り上がっていた。
天へ向かって伸びていくその姿は、まるで龍のようだった。
雲の頂が太陽の光を受け、白く輝いている。
「雨だ!」
また誰かが叫んだ。
ソラの頬に、大きな雨粒が一つ当たった。
「あっ!」
次の瞬間。
バラバラバラッ。
雨粒が空からばら撒かれた。
「わあっ!」歓声が上がる。
あっという間に雨は激しくなった。
顔に当たる雨粒が痛い。あたりは瞬く間に激しい雨に包まれる。
それでも、誰も校舎へ戻ろうとはしない。手を取り合い、抱き合い、空を見上げ叫んでいる。
まだ校舎にいた生徒たちも、次々と飛び出して来た。
グランドは、たちまち大騒ぎになった。
「やったわ。ソラ!」朱莉が泣きながら駆けてきた。
「雨よ!」
「うん!」
「ほんとに雨降ったな」
美紅は、雨に濡れながら空を見上げていた。
「ソラ、ありがとう!」
日野先輩が駆け寄って来て、ソラの手を握った。
「みんなのおかげだよ」日野先輩は握手したソラの手を何度も振った。
「ほんとやったよ。凄いよ。最高だよ!」
興奮した日野先輩はそのまま走って行く。学校中のみんなと握手するつもりらしい。
「ソラ!」今度は岡崎先輩だった。
「ネットのほうも、さっき甲子社を上回ったわよ!」
「ほんと?」
「うん。大逆転!」岡崎先輩は笑った。
「小町の絵も守れた。良かったね」
「はい!」
岡崎先輩も、ソラたちと握手すると、日野先輩を追いかけていった。
「これで、きっとトビも大丈夫よね」朱莉が言った。
「うん」ソラは力強くうなずいた。
「やっぱ、最高だ。鴨高は」
美紅の言葉に、三人は肩を組み、空を見上げた。
全身を打つ雨。天からもたされた、この雨を。
ただ、感じていた。
お祭り騒ぎのグランドで、柊の姿を見つけた。
ソラは、駆け寄った。
振り向く柊に、ソラは黙って手を差し出した。
柊も何も言わず手を出した。
二人は、しっかりと握手を交わした。
「ありがとね、柊くん」
ソラは笑った。そして、みんなのところへ戻っていった。
俺は、生徒たちがグランドで泥まみれになってはしゃぐ姿を見ていた。
本当に降りやがった。
本当に、降ったよ。
中倉先生が俺の肩を叩いた。
「やりましたね」
「ええ」俺は笑った。
「ほんとに降るとは思いませんでしたよ」そして、もう一度、生徒たちを見た。
グランドの真ん中で、あの三人が肩を組み、土砂降りの空に向かって何かを叫んでいる。
「……すごいですね。あいつら」
「ええ」
「中倉先生。俺らも外、行きましょう!」
俺たちは笑いながら、雨のグランドへ飛び出した。




