18 雨の鴨高 エピローグ 2
「葉山先生、ちょっと見てほしいものがあるんで、来てもらえます?」
「何だ?」
「いいから早く」
俺は引っ張られるようにして、実習室へ向かった。
「では、どうぞ」
天見が、いつものスケッチブックを机の上に広げた。
そこには、小町さんがいた。
「どうした?」俺は覗き込んだ。
「小町さん、何かあったんですか?」
「ええ」小町さんが言った。
「確かに、何かあったわね」
小町さんが、すくっと立ち上がった。
「え?」
次の瞬間。
ぴょん。
小町さんが跳んだ。
「えっ?」
目の前で、小町さんの身体が紙から浮き上がった。
そして――。
机の上に、立った。
「……え?」
俺は言葉を失った。そこに、小町さんがいる。
紙の上ではない。三次元の姿で。
大きさこそ、いつものスケッチブックの中に描かれていたものと同じくらいだが、確かにそこに立っている。
スケッチブックを見る。紙は、真っ白だった。
「うわっ!」
天見が腕を伸ばす。
小町さんは、ぴょんと跳んで、その腕に飛び移った。
「小町さん……」
天見はニコニコして見ている。
小町さんは、天見の腕の上で得意そうに胸を張った。
「ソラは、神子として成長したのよ」
「神子として?」
「ええ。『天のお使い』を成し遂げたのだから、当然といえば当然ね」
小町さんは、自分の手を眺める。
「格が上がると、『使い』を実体として呼び出せるようになると聞いたことあるわ」
「そんなことが」
「かつて阿部清明が使った式神も、その類なのでしょうね」小町さんは笑った。
「我も、さすがに驚いたわ」そして、天見を見上げた。
「ソラのおかげで、こうしてちゃんと現世へ出ることができたのよ」
「ええ〜っ!」
俺は思わず叫んだ。小町さんが楽しそうに笑っている。
天見は、ちょっと自慢そうに小町さんを腕に乗せていた。
そのとき。
「キー!」
何の騒ぎかと、今日もついて来ていたパンが、俺の胸ポケットから顔を出した。
そして、小町さんを見る。
固まった。
「……あら」
「キーッ!」
パンは悲鳴のような声を上げた。
「おい、パン。大丈夫か?」
俺が声をかけても、パンは小町さんから目を離さなかった。
窓から朝陽が差し込んでいた。
廊下の向こうから、生徒たちの声が聞こえる。
いつもの朝。いつもの学校。
けれど。
昨日までとは、少しだけ違う。
雨上がりの鴨高には、また新しい一日が始まろうとしていた。
俺は窓の外を見た。
青い空が、どんどん広がっている。
どこまでも高く。どこまでも蒼く。
そして、その空の下で、新しい今日が始まる。
ワクワクする今日が、また、始まろうとしていた。




