16 鴨川高校 雨乞い 6
その時、小町は見た。
五龍に囲まれた池から、光の粒子が空へ向かって舞い上がっていく。
それは、小町にしか見えていないものだった。
今こそ。龍王様に声を届ける。
小町は舞を終え、天を仰いだ。
そして、歌った。
映像担当の藤村は、あらかじめソラから言われていた。
まじないは、人に聞かれてはいけない。小町が最後に歌うときは、音楽のボリュームを上げるよう。
和楽器の雅な音楽が大きく盛り上がる。
小町の歌の言葉は、誰にも聞き取れない。凛とした表情で天を見上げる小町。
その口元が、確かに動くのを人々は見つめていた。
小町は歌い終えると、静かにひざまずいた。
何かを待つように。
その刹那。
天にいた善女龍王が舞い降りてきた。
*
ソラは、池の中に立っていた。
空を見上げる。黒々とした京の夜空。
そこから、何か大いなるものが迫ってくる。
全身で、それを感じた。
光る生命の奔流。それが、見上げるソラめがけて降りてくる。
金色に輝く龍の姿にも見えた。
光の塊が、ソラの喉から体を貫き、池へとなだれ込んだ。
その瞬間――。
ドーン!
大きな音とともに水柱が立った。大量の水飛沫が、あたり一面に降り注ぐ。
ソラは、その奔流に巻き込まれた。意識が遠のいていく。
その一瞬の中で、生まれてからこれまで出会ったすべての人たちが、走馬灯のように頭の中を駆け抜けていった。その一人ひとりが、自分という存在を形作ってくれていた。
家族も。友達も。これまで出会ってきた人たちも。
そのすべてが、自分の中にある。
意識が遠のく。
ソラの体は、背中から水の中へ倒れていった。
見えるのは、夜空の光と、水だけ。
それらが水に覆われていく。体が水に沈んでいく。
自分というものを超えて。
そのときのソラには、空と水だけがすべてだった。
自分という境界さえ、溶けていく。
このまま、自分という個を手放してしまってもいい。
そんな思いが、ふっと浮かんだ。
その時だった。
誰かが、ソラの手をつかんだ。
強い力で、体が引き上げられる。
現実へ引き戻された。
朦朧とする視界にいたのは――柊くんだった。
――戻ってきてくれたんだ。
「大丈夫か! おーい、誰か来て!」
その声に、近くの仲間たちが駆けつけた。
ソラは無事に助け出された。
すぐに意識を取り戻したソラは、慌ててみんなに聞いた。
「雨乞い、どうなった? 大丈夫?」
心配そうな美紅や朱莉たちの顔が、そばにあった。
美紅が、ほっとした顔で笑う。
「大丈夫。うまくいったよ。ソラのおかげだよ」
「もう、何してんのよ、ソラ。心配したじゃない」
朱莉は泣きそうな声で抱きついてきた。
「ほんと心配したよ。でもあの水飛沫、何だったんだ? あれもソラの仕掛け?」
誠吾が、タオルで頭を拭きながら言う。
「いやいや、私は知らないよ」
とぼけるソラを、葉山先生は笑いを堪えるように見ていた。
柊くんは、そんなみんなを輪の外から静かに見ている。
ネットでは、あの突然起きた最後の水柱が何だったかで盛り上がっていた。
「いいね」とコメントの嵐になっている。
「これなら、まだ追いつけるかも」
朱莉が言った。
そのあと、みんなは会場の片付けに入った。
ソラが、すぐに小町さんの絵を見に行くと、藤村くんが不思議そうな顔で待っていた。
手には、ダミーで置いてあったタブレットと、小町さんが抜けたあとの白紙の紙。
「ソラさ、あのアニメ、いつの間に作ったんだよ。すごいよ、あの技術。今度教えてくれよ」
最後の水飛沫で、いろんなものが吹き飛んだ。
映していた場所も、何とかごまかせたようだった。
パンも、ひょっこりとソラの元へ戻ってきた。
ずっと池の監視をしてくれていたようだった。
――パン、本当に心配したんだよ。もしかしたらって、思ったんだから、もう!
ソラの腕の中で、パンは、「チュッ?」とパンダ目をしばたかせた。




