16 鴨川高校 雨乞い 5
大きな太鼓の音が鳴り始める。
威勢のいい太鼓の音とともに、五匹の龍が現れた。
太いしめ縄で作られた五龍が、池の周りに散っていく。
五匹の龍は長い身をつなぎ、池をぐるりと囲む一つの輪になった。
結界の完成だ。
これは、小町さんの教えを受けたソラが企画したものだった。
すでに神泉苑の周囲には、小町さんによるお札が要所要所に置かれている。
陽の気が満ちたところで五龍のしめ縄による結界を完成させ、龍王様を迎える。
その準備が整ったはずだった。
ソラは、ここまで苦労して積み上げてきた陽の気を思った。
行列で盛り上げた京の街。歌と踊り。二十万人を超える人たちの、この世界を思う願い。
人を思う願い。これだけあれば……。
そう、これで完成するはずだった。
……なのに。
小町さんの様子がおかしい。
ソラは、舞を続ける小町さんに、横から問いかけた。
「どうしたの? 小町さん。あとは小町さんの雨乞いの歌で完成だよ」
「だめ。まだ場が整わない。これでは龍王様は降りて来られない。何か変だわ」
「まだ、陽の気が足りないの?」
「いや、それは十分……池の方よ」
「分かった。すぐ確かめるから、もう少し頑張ってね、小町さん」
ソラはスケッチブックの中で待機してもらっていた、池の主様に声をかけた。
「鯉さんたちで、もう一度、池の中を調べて。おかしなことがないか確かめて。お願い」
金色の鯉は、すぐに他の鯉たちへ指示を出した。鯉たちが池の中へ散っていく。
――大丈夫かな。
小町さんも、そんなに長く持たせられない。
せっかく集まった陽の気も、いつまでもつか分からない。
焦る。
けれど、時間はどんどん過ぎていく。観客も、この間の長さに待ちくたびれ、ざわつき始めた。
もう、これ以上引っぱれない。
その時だった。水面に、一匹の鯉が顔を出した。
「主様……?」
ソラは駆け寄る。
「水の湧き口に何かあると言っている。どうやらネズミの死骸のようだ」
「えっ……」
ソラは、すぐにパンの姿を探した。
「まさか、パンが……」
全身から血の気が引いていく。
「石に括られていて、それが他の石の下にある。鯉のわしらでは、どうも動かせないようだ」
ためらっている暇はなかった。
「すぐ行くわ!」
ソラは池の中へ足を踏み入れた。
水の湧き口は、前に調べてわかっている。岸からそれほど離れていない。
ソラは夜の池へ、足を取られながら入っていく。ジャバジャバと水をかき分ける。
数歩進むだけで、水深は一気に深くなった。
確か、このあたりだ。
いやもう少し先か。
水は首元まで来ていた。
ソラは足先で水底を探る。
あった。湧き口だ。石が沢山ある。
足で探るだけでは分からない。
時間がない。
ソラは思い切って、暗い水へ頭を沈めた。
夜の水中は闇そのものだった。は両手で水底を探る。石がいくつもある。
石の下だと言っていた。
湧き口から、水の流れを感じる。一際大きな石があった。その下を両手で探ってみる。
何かが手に触れた。左手に何か丸いもの。
右手には、大きな石と、その下の柔らかな感触。
ぞくりとした。
……動物?
ソラは思い切って、それを引っ張り出そうとした。
その瞬間だった。
両手で石を強くつかんだ途端、冷気が全身を貫いた。
恐ろしいほどの冷たさだった。体中の熱が一気に奪われていく。
それでも手を離さない。
水中で足を踏ん張り、石を持ち上げる。息が苦しい。
もう限界だった。
それでも――
取れた!
ソラは大きな石を抱きかかえるようにして、がむしゃらに水底を蹴った。
水面から顔を出す。
暗い水の中で咳き込みながら、岸を目指す。
両手で抱えた石は、見かけ以上に重かった。そして、氷のように冷たい。
体中の熱と力を奪っていく。
触れている手が痛い。やがて、感覚さえなくなってきた。
夏なのに身体が震える。腕に力が入らない。石を持つ手が下がっていく。
水中で足がもつれた。よろめく。
危ない!
倒れそうになったソラの腕を、暗闇から伸びてきた手がつかんだ。
「早く、こっちだ!」
聞き覚えのある声。柊くんだった。
近くで焚き火を囲んでいた彼は、予定の時が過ぎても始まらない池で、何かが起きたのを感じた。
心配になり、一人見に来てくれていたのだ。
「柊くん、これを結界の外へ、早く!」
ソラは、両手で抱えていた石を彼に託した。
「分かった」
ただ事でない様子を察した柊くんは、それを受け取るとためらわなかった。
岸に戻る。そのまま龍のしめ縄をくぐり、結界の外へ石を投げた。
ゴロリ。石が転がり、篝火に照らされる。
そこには文字が書かれていた。
そして、縄で括られたネズミの死骸。
闇の中、真っ白なハツカネズミが不気味に横たわっていた。




