2 三校対抗戦⁉ 5
実習室の戸をガラリと開けると、中に一人、絵を描いている生徒がいた。二組の男子だ。ソラは、まだ話したことはなかったが、背の高い、少しくせ毛の彼が、時々この部屋で絵を描いているのを見たことがある。
「柊。こんなとこで何してんの?」
美紅の言葉に、彼は顔を上げてチラッとこちらを見たが、すぐに視線を画板に戻して鉛筆を動かし続けた。
作品に集中のときは、お互い邪魔はしないのが鉄則だ。
でも、ソラたちにはやらなければならないことがある。
――週末だから、絶対食べさせてあげなくっちゃ。どうしよ?
と、美紅と目で会話する。
二人は、何気なさを装って後ろの戸棚へ行くと、パンがいないか、あちこち目を走らせた。
すると、絵を描いていた柊がこちらを見ずに、しゃべった。
「君ら、そこのネズミのこと、知ってるの?」
ええ! ソラたちは、いたずらがバレた子どものように固まった。
「え、柊くんネズミ見たの?」
ソラが、思わず言ってしまう。
彼は、こちらを向いて鉛筆を置いた。
「うん、放課後何回か、ここに通って絵を描いてたら、何かいるなって。そしたら、さっきそこんとこに変わった毛色のネズミがいた。でもすぐに引っ込んじゃって。そこへ君らが来たから、もしかしたらって思ってね」
――うわ、バレてるよ、美紅。今日はお昼に来れなかったから、パン、お腹空いて、私たちが来たと勘違いしたんだ。
「お願い、柊くん、このこと黙ってて。必ず、何とかするからさ。今、ばれて大騒ぎになったら、あの子、どっかへ逃げちゃうかもしれないから」
ソラは手を合わせて頼んだ。
「ああ、僕は特に今、ネズミに興味ないから」
二人は、ほっと顔を見合わせる。すると、美紅が彼に聞いた。
「なあ。知ってるなら丁度いいんだけど。あの子さ、迷子ネズミなんだよね。ただ、わかるだろ、いつまでも学校にいられないしさ。それで、今、この子の飼い主探してるんだけど。な、柊、ネズミ飼ってくれないかな」
「いや、そういうのは無理だ。うち、ペット飼う余裕はないから」
「そうか、わかった。ありがとう。――ついでに、もう一つ聞くけど。柊、百人一首って、知ってるか」
「ああ知ってるよ。おばあちゃんと、よくやったから」
「何? ええっと、その百人一首で、三校対抗戦ってやつがあるんだけど。出てくれないか」
「いいよ」
「……ええ?」
ソラと美紅は、同時に声を上げた。
「いやいや、そんな簡単に決めるのか?」
柊は、「何を?」という顔で美紅を見る。
「ほんとか、絶対か? 冗談は聞かないぞ」
「僕、部活も入ってないし。それ、夏までだろ。そのくらいなら、付き合うよ。メンバー、足りないんだろ」
「うわ、なんか急に、柊、お前が輝いて見えるぞ! すぐ、行こう、生徒会室へ来てくれ」
美紅は、有無を言わさず、柊を引きずるようにして教室を飛び出して行った。
机の上には、彼が描いていた絵が残されていた。それを見て、思わず見入ってしまう。
――すごい! こんな絵を描くんだ。
それは、今にも飛び立とうとする烏のデッサンだった。そのリアルな黒光りする生命感に、ソラは目を離せなくなる。と、そんなソラの上靴をつんつんする何かに気づく。
足元には、てのひらほどの大きさのネズミがいた。パンだ。パンダ模様のネズミが、ソラの足元でキラキラした目で見上げていた。
「ごめん、パン。お昼、遅くなっちゃったね」人参とさつまいもを差し出す。「それに――」ソラは、さっき生徒会へ連れて行かれた柊の背中を思い出す。
「今日、仲間が一人増えたよ」
パンは、よほどお腹がすいていたのか、がむしゃらに食べていた。
ソラが生徒会室に入ると、中はもう大騒ぎになっていた。日野会長に両手でブンブン振り回すほどの握手をされて、柊くんは放心状態のようにも見えた。
こうして、締め切りぎりぎりになって、ようやく五人のメンバーがそろった。
天見空。伊山い美紅。日野咲良々。岡崎結愛。
そして――柊碧人。
この五人が、鴨川高校を代表して三校対抗戦に挑むことになった。




