16 鴨川高校 雨乞い 3
神泉苑にすべての行列が到着した。
九つの鉾と竹笹が、池の周りを囲むように位置につく。
ここまでのネット勝負は、残念ながら甲子社と比べてもかなり差がついていた。
だが、勝負はここからだ。何より、雨を降らせなければならない。
それができなければ、すべてが終わる。
儀式の開始を前にして、もう一つ気掛かりがあった。
天見が、あれからも何度も泉さんに電話している。それでも、泉さんが出なかった。
「……大丈夫かな」
俺に携帯を返す天見の目は、遠くを見つめていた。
泉さんのこと。トビのこと。そして、これから始まる雨乞い。
そんなすべてを胸の奥へ押し込み、天見は儀式を成功させることだけに集中しようとしていた。
今にも折れてしまいそうに見える。それでも、彼女の目には迷いがなかった。
陽が沈み、宵闇が京の街に降りてくる。
先週の成功もあって、観客は多い。街の人たちは祭り気分で集まって来ていた。
南條が配置についたみんなを見渡し、声を上げる。
「みんな、行きます!」
合図の手が上がる。
篝火に火が入った。
生徒たちが、池の周辺から路上にまで置かれたガラスの器に灯りを入れていく。
色とりどりのガラス瓶に灯された灯りが、池をぐるりと囲んだ。
宵闇に浮かび上がるその風景に、観客から感嘆の声が上がる。
灯りは境内を超え、御池通りにまで千近く置かれている。
これを空から見れば、星の川に浮かぶ池のように見えるはず。狭くなった神泉苑に、かつての広大さをイメージさせる。南條の考えた演出だった。
無数の灯りに囲まれた池で、みんなの歌が始まった。
鴨高生たちは輪になって空を見上げ、声を合わせる。
――ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン♪
「雨降りの歌」をみんなで楽しく歌い、踊る。
――ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン♪
このフレーズを間奏にして、二曲目は「雨に唄えば」。
ここからは、雨にまつわる歌の大合唱だ。
みんなで選んだ雨の歌を、天へ届けと全校生で歌う。
「さあ、みんな、雨を願って歌おう! 共に歌おう!」
日野会長が、集まった観客、そしてネットに向かって呼びかけた。
のってきた生徒たちは踊り出した。観客たちまで巻き込み、歌の輪が波のように広がっていく。
みんなの知っている雨の歌が次々と歌われ、声はどんどん大きくなっていった。
歌声が空高く広がり、京の夜空に響き渡る。
みんなで楽しく盛り上がる歌声。これが鴨高の考える、天への祈りだった。
日野が、大きく呼びかけた。
「難しいことはできないけど、私たちはこの街が好き! そんな街に、雨よ降れ~!」
歓声が上がる。
「さあ、みんな歌おう! どこまでも高く、この声を届けよう!」
二年生たちのソーラン節。そして誠吾たちが突然調子に乗って始めたコサックダンス。
歌や踊りが、かがり火に照らされた池の前で披露される。
会場はやがて心を一つにして歌い、踊った。歓声と掛け声があふれ、たくさんの笑顔が灯火の中で揺れている。
最後の歌が終わる。
池の周り、クラスごとに高く薪を積み上げられた焚き火台に火が入れられた。
バチバチと音を立てて、九つの火柱が大きく燃え上がる。
その周りに、鉾を掲げた竹笹とともに各クラスの生徒が集まった。
燃え盛る炎が、みんなの顔を赤く照らす。
生徒たちはそれぞれが手に持った「願いの短冊」を、一枚ずつ声高らかに読み上げ、それを火に投じていった。
一枚一枚。一人ひとりの願いを。
このやり方について、生徒会では大いに悩んだ。
願いの短冊が集まりすぎたからだ。
京都中の学校、保育園、子どもたち。駅前で集めたもの。そしてネットで募集したもの。
雨乞いに向けた短冊は、なんと二十万を超えていた。
特にネットには、全国から多くの雨乞いの願いが集まった。
それだけ、今、不安の中にある人たちが多いということだった。
中には、感染症や不穏な世の中を嘆く言葉も少なくなかった。
その短冊を一つ一つ読むのか。
生徒会では意見が分かれた。
「願いは、そっと燃やすだけでいい」という意見。
「いや思いは声にすることが大事だ」という意見。
「考えてみろよ。先生の長い挨拶、みんな聞いてないだろ。そんなの無理だよ。ネットなんか、すぐ飽きられるぜ」
野球部キャプテンが強い口調で言った。
「でも、昔から言霊信仰っていうのがあって、声にすることが大事なんです。一人の声を言葉にすること。そして、それを誰かに伝えるってことは、遥か昔から、みんなが思う以上に大きな意味があることなんです」
小町さんからまじないのことを教わっている天見は、その大切さを何とか伝えようと懸命に話した。
最後は、日野会長の意見でまとまった。
「みんなの言いたいことは分かった。今回は、『私たちらしく』がテーマだろ。らしくっていうのは一人ひとりを生かすってことだよ。天に届けるのも、私たち一人ひとりの想いを届けることが大切だと思う。だから、ここは多少時間かかっても、勝負にこだわりすぎたら、これをやる意味なくなるよ。二十万だろ、うちらは三百人。つまり一人、六百七十人分だ。どうだ、結愛?」
「一分十人でいって、一時間ちょっとというところね。まあ、やれないことないと思う」
そんな議論の末に、みんなでやると決めた。
時間がかかることを承知の上だった。
こうして、始まった。
黒々とした宵闇の池を囲む九つの大きな火。
その炎を囲んで、生徒たちは口々に願いを読み上げ、短冊を火にくべていく。
書いてくれた願いを大切に声にするため、みんな声を張り上げた。
たくさんの声。たくさんの願い。
それが呪文のように京の夜空へ昇っていく。
短冊が炎に触れるたび、火の粉が高く舞い上がった。
この長い時間をなんとか持たせるため、途中から小町さんにも登場してもらう。
読み始めて三十分。
天見が描いた小町の絵を投影することになっていた。
池の正面に用意された、黒い網で作った特製の大スクリーン。
そこへ投影する美しい十二単の小町さんを、天見が担当する。
頼んだぞ天見。
俺は、暗がりの中、向こう岸で一人待機しているはずの彼女を見やった。




