16 鴨川高校 雨乞い 1
朝陽が目に眩しい。
俺は神泉苑の池で、生徒たちと会場の最終準備を確認していた。
南條がテキパキと指示を出し、生徒たちが忙しそうに動き回っている。
その中で、どうにも天見の顔色の悪さが気になった。彼女は一人で映像の準備をしていた。俺はそばへ行き、声をかける。
「天見、今日は朝早くからご苦労さんだったな」
「いえ……最後に、小町さんのところがどうしても気になっちゃって」
俺は、今朝のトビの様子を伝えた。
トビの熱はまだ下がっていない。なんとか水だけでも飲ませようと、スポイトで少しずつ飲ませてきた。
「お札も、限界かもしれないって小町さんが……。だから、なんとしても今日の雨乞い、成功させなきゃいけないんです」
天見は青白い顔で、それでも笑おうとした。
「天見、無理し過ぎだろ」
「今日を絶対成功させなきゃ。今日頑張れば、きっとうまくいくから……」
「お前が倒れたら、それもできないだろ。だから無茶しすぎるな」
「今日一日ぐらい大丈夫です。それより先生、パンが見つけたんですけど……」
パンは昨夜から一晩、警戒に当たってくれていた。
深夜に不審者が現れたという。白装束の男だった。池の周りで何やら怪しい動きをしていたらしい。
朝になって天見が池を点検をすると、鯉たちが池の中央から小石に括られた木札を見つけてくれたという。
「鯉とアヒルさんたちが苦労して岸まで持ってきてくれたんです。その木札を見て、小町さんが、『穢れの呪い札』だって」
どうやら、池を穢して儀式の邪魔をしようとしたようだ。
「そんなことができるのは、きっと、あの安部です。でもしっかり警戒していて正解でした」
「こうなると、最後まで気を抜けないな。俺もできるだけ巡視するよ」
天見がうなずいた。パンは今も池の周辺を監視してくれているという。
「これから雨乞い用の小町さん、描きます。小町さんの晴れ姿、期待しておいてくださいね。とびきり綺麗な小町さんを披露しますから」
「お前にしかできないところだ。頼む。……ところで、今日は泉さんのほうは大丈夫なのかな?」
「それが……私、携帯を忘れて来ちゃって。先生、ちょっと携帯貸してもらえませんか?」
天見はその場で電話をかけた。だが、泉さんは出ない。
眉を曇らせる天見を見て、俺が何と言えばいいのか迷っているところへ、南條がやって来た。
「ソラ~! どう、投影はいけそう?」
「うん。ここからならバッチリよ」
天見が黒いスクリーンを見上げる。
南條の提案で作った、黒い網戸を利用したスクリーンだ。夜、ここに映像を投影すれば、まるで空中に映像が浮かんでいるように見える。
「よし、頼んだよ。雨乞いの締めはソラに託したからね」
小町さんを描いてくると言う天見を見送ると、南條が低い声で俺に言った。
「葉山先生……ソラ、どうも昨日の夜からここにいたみたいなんです」
「え、どういうこと?」
南條は、今朝のことを教えてくれた。
今朝、誰よりも早く、電車も動いていない時間に来ていた天見を、不審に思った南條が問い詰めると、本人は、雨乞いのことが心配で、ここで一晩過ごしたと言ったらしい。
雨乞いの肝心なところは天見にしか分からない。
結局、その準備のほとんどを彼女に任せてしまっていた。昨夜も、ここで準備をしていたのだろう。
さっきのパンの話も、あいつは一晩、パンと一緒に警戒していたということなのかもしれない。
「服も昨日のままだし、顔色もすごく悪くって、もう倒れそうっていうか。でもソラって、心配しても絶対、自分がしんどいとか言わないでしょ」
「トビのこともあるし、あいつ、どこまでも無理しそうだからな。今日は特によく見ておいてやってくれ。俺も気をつけるよ」
「そうですね。美紅にも話しときます」
そう言って戻って行く南條も、目の下に濃いくまを作っていた。
みんなが今日のために頑張ってきた。大切な一日だった。
今日の雨乞いには、沢山のものがかかっている。
そして、その鍵を握っているのが天見だ。あの華奢な少女にしかできないことが、あまりにも多かった。それだけに、俺も彼女の無理を止められないまま、ここまで来てしまった。
準備が整った池を、もう一度見渡す。
水面を風がさっと吹き渡り、細かな漣が立った。
この池に龍神様を呼び戻す。いよいよこれからだというのに、まだ俺には実感できない。
それでも、生徒たちの頑張りだけは本物だった。
それは、何より確かなことだった。




