15 十月 甲子社高校 雨乞い 3
その翌日。
昼過ぎ。京の街に、雨が降った。
ほんの一瞬だった。
パラパラと地面を濡らしただけ。
お湿りにもならないほどの雨だった。
それでも。
何か月ぶりかの雨粒を、京の人々は空を見上げて受けた。
奇跡だ。
甲子社の雨乞いが雨を呼んだ。
そんな声が、ネットを駆け巡った。
そして、放課後。
生徒会室を覗くと、集まった生徒たちは携帯やタブレットを睨み、皆、浮かない顔をしていた。
「ネット、すごいことになってるな」
俺が日野に声をかける。日野は、うめくように言った。
「まったく、どれだけお金かけたんだか……呆れてしまうよ」
「日野先輩」南條が強い口調で言った。
「あんなの、お金だけですって、私たちが手作りで目指しているものとは、全然違いますから」
岡崎が南條の肩に優しく手を置いた。
「でも、今回は対抗戦だからね。どうしても比べられる」
そして、少し困ったように笑った。
「でも、ほんと参ったよ。最後に出てきた阿部っていう子。噂では、今回のために最近転校してきたらしいよ」
「どこまでやるんだか……」日野が嘆く。
「でも、やっぱり彼は本物だったのかもね」
岡崎が窓の外を見る。
「まさか、本当に雨まで降らせるなんて」
南條がすぐに反論した。
「でも、あんなの雨って言えないですよ」
窓の外を指差す。
「見てください。何も変わっていません」
外には、再び強い日差しが戻っていた。
「まだ、私たちの番がありますから」
「そうだな」日野もうなずいた。
「まだ、うちには時間がある。よし、各クラスにハッパをかけてくるよ。結愛、行こう」
結局、雨らしい雨が降ったのは、その月曜日だけだった。
しかし、その一瞬の雨は大きな話題になった。
先攻の甲子社高校は、一週間後の土曜日の段階で八十万を超える「いいね」を獲得していた。
それは、鴨高が目標としていた数字を、はるかに上回っていた。
*
鴨高の本番を翌日に控えた土曜日。
ここまで連日遅くまで準備を続けてきた生徒たちは、明日に備え早めの解散となった。
俺は神泉苑で、儀式担当の生徒たちと最後の点検をしていた。
薄暗くなり始めた夕暮れの池を回り、準備物を一つずつ確認していく。
今日はカバンにパンも一緒だ。
トビの様子も心配だが、天見がどうしてもパンに頼みたいことがあるという。
天見がやって来た。
「先生、パンを借りてもいいですか?」
「ああ」
天見はパンの頭をなでてから、地面に下ろした。
「じゃあ、パン。今日は頼んだよ」
パンが顔を上げる。
「十分気をつけてね。無理はしなくていいから」
今夜はパンが、会場の見張りに残ってくれることになっていた。
パンは元気よく草むらへ走っていった。
「天見、もう帰らなくていいのか?」
「はい。もう帰ります。明日は遅くなるから」
「ああ、そうだ」俺は思い出した。
「泉さんに、明日のこと知らせたのか?」
泉さんに無事会えたと聞いていたので、せっかくなら応援に来てもらえと話していた。
「それが、なかなか連絡がつかなくて」天見が少し困った顔をする。
「今日、やっと電話が通じたんですけど……泉さん、熱を出したみたいで。明日は無理だって」
「熱?」
嫌な予感がした。最近、人の間でも原因不明の感染症が流行り始めている。
動物から感染したものなのか、まだわかっていない。ただ、その病気が京都の人々の間にも確実に広がっている。保健の先生から、そんな話を聞いたばかりだった。
「熱のこと、心配なんで、また連絡してみます」
天見はそう言って、駆けていった。
俺は、その小さな背中を見送る。
西の空が、青から紫へゆっくりと色を変えていく。
夜が明ければ、いよいよ本番だ。




