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15 十月 甲子社高校 雨乞い 2

 行列が神泉苑に着く頃には、陽はすっかり沈んでいた。

 いよいよ、甲子社の雨乞いが始まる。

 池の周囲に置かれた篝火に、次々と火が灯された。暗闇の中に、神泉苑の池が宵闇の中に煌々と浮かび上がる。観客は更に増えていた。苑内だけでは収まらず、道路にまであふれている。

 雅な和楽器の音色とともに、儀式が始まった。

 最初に登場したのは、武者姿の義経たち。威勢のいい太鼓が響く。

 周防会長扮する義経を中心に、男子学生たちが池の周囲で激しくキレのいい動きで舞う。

 動きは一糸乱れず、鍛え抜かれている。観客から大きな掛け声が飛んだ。

 やがて音楽が終わった。池は静寂に包まれる。

 いつの間にか義経たちも闇の中に消えていた。

 静かな幽玄の空気。そこへ笛の音が流れてくる。

 現れたのは、下げ髪に立烏帽子。白の水干に紅の長袴。俵副会長扮する静御前だった。

 静御前は、赤い法成橋へ進んだ。

 金の扇が、夜の灯りを受けてきらめく。

 ゆっくりと腕を上げる。

 ひらり。扇が舞う。

 さっきまで大騒ぎしていた観客が、息を飲んだ。

 静御前の雨乞いの舞い。

 その伝説の再現しているのだ。

 伊山が小声で言う。

「なんとかにも衣装っていうのか……見事な化けっぷりだな」

「ちょっと言いすぎだよ」天見が笑う。

「でも、あの舞、本当にきれい」

「そうね」南條は真剣な顔で見ていた。

「あれは、きちんとした師匠について習わないとできないレベルよ」

「やっぱ、お金のあるところは違うね」

「そういうこと言わないの」

「わかったって」伊山は苦笑しながら空を見上げた。

「私の歌で、きっと盛り返してやるから」

 静御前の舞が終わった。

 俺たちは、そろって空を見上げた。雲のほとんどない夜空。

 観客たちも、あちこちで空を見上げている。

 雨は――降るのか。

 そのときだった。

 静寂を破るよう、大きな太鼓が轟いた。

 俺は池の中にある善女龍王社へ目を向けた。

「……あれは?」

 そこに、一人の白装束の男がいた。

 火を焚いた祭壇を前に、静かに祈っている。

 天見が息を呑んだ。

「え……」

 南條がタブレットを取り出した。

「ちょっと待って。神泉苑のライブ映像がある」

 画像をみんなで覗き込む。

 そこには、祭壇の前に立つ白装束の男が大きく映しだされていた。

 白い狩衣に立烏帽子。炎に向かって印を結んでいる。

 画面にテロップが出た。

 ――甲子社高校一年、阿部明希仁

 ――阿部清明の末裔

「阿部清明の……」

 天見がつぶやいた。

 炎に照らされた阿部の顔には、感情らしいものがほとんどない。

 呪文を唱えながら、力強く指で印を切る。護摩木を一本、炎へ投じる。

 パチパチと木が爆ぜる。

 さらに一本。炎が高くなる。

 低い唸りのような声が、池の周囲に広がっていく。

 高校生とは思えない迫力だった。

「すごい……」

 かがり火に照らされ、白い顔を赤くほてらせた天見がつぶやく。

「朱莉、あれって、本物の清明の子孫かな?」

「こんな隠し玉があったとは思わなかったわ」南條が苦笑する。

「参ったなあ……」

 勇壮な太鼓が響く。阿部の祈りに呼応するように、炎がさらに高くなる。

 護摩木が次々と投げ込まれる。

 観客は、誰一人声を上げなかった。火の粉が黒い夜空に舞い上がっていく。

 そんな時間が、どれほど続いたのだろう。

 やがて阿部の声が高まった。天へ向かい、強い叫び声を上げる。

 その瞬間。炎が大きく弾けた。

 ごおっ、と音を立てて高く燃え上がる。

 次の瞬間だった。池の向こうから花火が連続して上がった。

 轟音。夜空に咲く火の花。

 最後に、一際大きなしだれ花火が開いた。無数の火の粉が池の上へ降り注ぐ。

 その下で、阿部が天に向かって両手を広げている。

 白い姿が炎と花火を背にしたシルエットになった。

 そして――儀式は終わった。

 花火の余韻が夜空に残る中、会場から大きな拍手が湧き上がった。

「やるなあ……」伊山がつぶやく。

 天見はただうなずいた。

 南條も何も言わなかった。

 俺たちは皆、まだ煙の残る夜空を見上げていた。

 ――雨は、降るんだろうか。

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― 新着の感想 ―
 行列や儀式の演出はすばらしかった。ただ肝心なのは雨が降るかどうかだ。
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