14 熱い九月 6
残されたソラは、その場に膝をついた。体中から何かを搾り取られたようだった。指一本動かせない。
ゼイゼイと息をしながら、ソラは小町さんを見る。
「この池を……陽にするって……どうしたらいいのかな……小町さん」
小町さんも、ぐったりとしていた。それでも、苦しそうに顔を上げる。
「そのために……祀りをするのよ」
「祀り?」
「多くの人が集まって、喜び、楽しむ」小町さんがゆっくり言った。
「それが、陽の光で満たすということよ。陽の気を増やす、一番の方法なの」
「そうか……」ソラは目を見開いた。
「だから、お祭りなんだ」
「そう」
「それなら、私たちにもできる」ソラは力を振り絞って立ち上がった。
「たくさんの人で、明るく盛り上がればいいんだよね?」
「ただ騒げばいいというものではないわ」小町さんは微笑んだ。
「感謝と、他を思う心。心からの祈り。それが陽の気になるのよ」
「わかった」ソラは欄間の龍を見上げた。
「龍王様」小さな声で呼びかける。
「きっと、みんなの力で、この池を……京の街を、陽にしてみせます」そして、もう一度頭を下げた。
「だから、きっとここに戻ってきてください」
ソラは、龍の絵を見つめた。
その胸に、もう一つの願いが浮かぶ。
――もう少しよ、トビ。
――もう少し、がんばって。
*
いよいよ二日後に、甲子社高校の「雨乞い」の日が迫っていた。
その一週間後には、ソラたちの番だ。
だが、京都の状況は、待ってくれなかった。
雨の降らない街では、すでにあちこちで断水が始まっている。給水車が来れば、そこには今日も長い列ができる。並ぶ人たちの顔は、誰もが同じように疲れ、うつろだった。
それでも、今や京都の多くの人が、この「雨乞い」に淡い期待を寄せている。
テレビも、新聞も、ネットも、この異例のイベントを取り上げていた。
人々は願っている。
雨が降ってほしい。暑さが終わってほしい。街を救ってほしい。
その願いは、時に「陽」になる。
だが、人の思いは、そう簡単なものではない。
雨が降らない苛立ち。自分だけが苦しんでいるという怒り。誰かを責めたいという思い。
そんな「陰」もまた、京都の街に生まれていた。
陰と陽。
二つの気は渦を巻き、巨大な塊となって京都中を駆け巡っていく。
そして、その気は京都盆地の底に集まり、異様な熱となって溜まっていった。
陰陽渦巻く気の塊は、京都の街を気の風となって駆け巡り、京都盆地全体に異様な熱となって溜まっていった。
地の熱はますます高まっている。
その臨界点が近づいていることを、小町さんは感じていた。
その夜。
ソラは眠る前に、小町さんと明日の分のトビのお札を作った。
このお札のおかげで、トビは何とか命をつないでいる。だが最近は、効果がすぐに切れてしまう。だから、毎日新しいお札に取り替えなければならない。
今週に入って、トビは再び発熱した。ぐったりと寝込んでいる。
葉山先生の話では、昨日は食事もほとんどとれなかった。話しかけても、反応が少ないという。
ソラは、トビの小さな寝顔を思い浮かべた。
小町さんが、ぽつりと言う。
「さすがに……我らの力だけでは、限界が近いかもしれない」
その声が、わすかに震えていた。
「……そんな」
ソラは言葉を失った。
窓の外には、どこまでも青い空が広がっている。雲一つない。
その青空が、まるで裂けたように見えた。
裂け目の向こうから、黒い陰の気がゆっくりと流れ込んでくる。
京都の街を覆おうとしている。
ソラは、うつむきそうになる心を必死に支えた。
まだ終わっていない。
雨乞いを成功させるんだ。
龍王様に戻ってきてもらう。
そして――
「トビを助ける」
ソラは小さくつぶやいた。
熱い九月の終わり。雨の気配は、まだどこにもなかった。




