14 熱い九月 5
『雨乞い』の日が迫った九月の終わり。
ソラは再び小町と神泉苑の池に来ていた。
「やっぱり、あの拝殿にあった龍の絵に聞くしかないわね」
小町さんは難しい顔をしている。
ソラはずっと考えていたことを口にした。
「ねえ、小町さん。いつもトビのまじないのお札を作るときみたいに、小町さんと私の力合わせたら……呼び出せないかな」
「我とあなたの力を?」
「うん」小町さんはしばらく考え込んだ。
「確かに、まじないにも複数で行うものもある。それと同じようにできれば……」
小町さんの顔が少し明るくなる。
「我とソラの同調性を考えると、声に力が増す可能性はあるわね」
「うん。やってみよう」ソラは拳を握った。
「私、できることは、まずやるって決めたの」
「よし」小町さんもうなづいた。
「やってみましょう」
ソラは小島にある善女龍王社へ向かった。
拝殿の前には柵がある。誰もいないことを確かめると、靴を脱ぎ、さっと柵を越えた。
拝殿の中へ入り、欄間にかけられた龍王の絵の下でスケッチブックを開く。
時間がない。誰かが来れば終わりだ。
「小町さん、お願い」
ソラは、小町の絵を広げ、白いページに向かって心を静めた。
やがて――
胸の奥に、温かいものが流れ込んできた。小町の力だ。それが胸から肩へ、腕へと流れていく。
右手の甲の痣が、チリリと熱くなった。熱はどんどん強くなる。焼けるような痛みが走る。
それでもソラは手を止めなかった。
――そのときだ。
右手が勝手に動き始めた。鉛筆が紙の上を走る。
どれほどの時間が経ったのだろう。一瞬にも感じた。永遠にも。
そして。
スケッチブックの上に、龍が姿を現した。
神々しい光を放っている。ソラは全身、汗びっしょりだった。
息を呑んで見つめていると、龍がゆるりと体を動かした。長い胴が紙の上でうねる。
やがて、とぐろを巻くように身を起こし、首を上げた。
炎のような瞳が、ソラを見つめる。
「ほお……」声が響いた。
「人と話すのは、いつ以来か」ソラの胸が大きく鳴った。
「そなたが呼んだのか」龍の瞳が細くなる。
「なるほど……時の力も借りたか」
龍はソラを見つめた。
「で、何用じゃ」
その声は、頭の中に直接響いた。わんわんと反響する。
力が大きすぎる。圧倒的な何かが、身体の内側まで入りこんでくる。まるで、何度も落雷に打たれたようだった。
頭が痺れる。膝が震える。倒れそうになるのを、ソラは必死にこらえた。
「龍王様……」声を絞り出す。
「もう一度、この大地を鎮めるために、力を貸してください」
龍王は黙っている。
「どうか、この池に戻ってください。池は……私たち、みんなの力で、できる限り清めました」
龍王の炎のような瞳が、でソラを凝視する。やがて、ゆっくりと口を開いた。
「その地は、空海との思い出の地」低く、重い声だった。
「そして空海が作った力の要がある」龍王の目が池へ向く。
「以前とは比べるまでもない。だが、確かに力の流れは、多少なりともよみがえっておる」
ソラは息を整えながら聞いていた。
「我は長く、ヒマラヤの神泉の地で静かにしておった」
龍王の声が、わすかに遠くなる。
「だが、大地が枯れてゆくのを、いつまでも黙って見ているわけにもいくまい」
そして、龍王はソラを見た。
「もうひと働きする時が来たようじゃな」
ソラの胸に、希望が湧いた。
「では――」
しかし。
「その地を、陽なる光で満たせ」龍王は言った。
「そうでなければ、我は行くことができぬ」
「陽なる……光?」ソラが聞き返した。
だが、もう龍王の姿は揺らめき始めていた。
「待ってください!」
龍王は、次の瞬間、光の中へ溶けるように消えた。




