↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
78/88

14 熱い九月 4

 数日後。

 話は甲子社高校側にも伝わり、両校の生徒で一日かけて神泉苑の大掃除をすることになった。

 さらに天見は、アヒル母さんと池の主様にも頼んで、池の中を調べてもらった。

 すると、やはり池の底には大量のゴミや泥が溜まっていた。

 そして、水の湧き口は、泥やゴミに埋もれ、ほとんど塞がっていることがわかった。

 大掃除の日。

 日曜日の朝から、両校の生徒たちが神泉苑に集まった。

 ボランティアを募っただけなのに、思った以上の人数が集まった。みんなで池の周囲を掃除し、藻を取り除き、ゴミを拾う。誠吾たち元気な男子は水着になり、池の中まで入ってくれた。

「そこ! もう少し右!」

 天見は池の主様から聞いた情報をもとに、湧き口の場所を指示して回る。

 泥をかき出し、ゴミを取り除く。

 汗だくになりながら、みんなで作業を続けた。

 そして翌日。

 仕上げをするという天見について、俺も神泉苑へ向かった。

 池の中では、アヒルや鯉たちが動き回っていた。天見の指示に従って、池の底をさらに掃除しているらしい。

 中でも圧巻だったのが、鯉たちによる「池の洗濯」だった。

 神泉苑の鯉は大きいことで知られている。戦時中、食糧難の時代でさえ、京の人たちはこの鯉には手を出さなかったという。そのせいなのか、主様を筆頭に、年を重ねた超巨漢ぞろいだ。そんな鯉たちが集団でぐるぐると泳ぎ始める。水が渦を巻いた。まるで巨大な洗濯機だ。池の底に溜まっていた泥が巻き上げられ、少しずつ流れていく。やがて、一番大切な泉の湧き口周囲にも、鯉たちが集まった。

 ぐるぐる、ぐるぐる。泥が舞い上がる。

 そのとき。

「あっ!」天見が声を上げた。

 水の底から、細かな泡が次々と浮かび上がってきた。湧き口から清らかな水がこんこんと湧き始めたのだ。

「やった!」天見が笑う。

 これなら時間が経てば、池の水も少しずつ入れ替わっていくだろう。

 そのときだった。

 池の主様が俺たちのところへやって来た。口に何かくわえている。

 主様が、それを吐き出した。

 転がっていたのは、小さな朽ちかけた木の板だった。

「おい、これって……」

「人を呪うためのお札ね」スケッチブックの小町が眉を曇らせる。

「これのせいで龍王様がいなくなったのかな?」

「これ一つだけのせいではないでしょう」小町さんは静かに言った。

「でも、こういう人の陰の祈りが、長い間にここに積み重なっていたのは想像できるわ」

「人のドロドロした心が、この池を澱ませていったのか……」

 俺は、京都という街に積もった千年を超える時間を思った。

 人々の願い。

 喜び。悲しみ。恨み。憎しみ。

 そのすべてが、この街に積み重なっている。

 そして今、生徒たちや池の生き物たちの力によって、池は少しずつ澄み始めていた。

 まだ間に合う。そう思いたかった。

    *

 翌朝。

 小町さんが、

「仕上げに、清めのまじないをしておきましょう」

 と言ったので、ソラは朝早くに家を出て、神泉苑へ向かった。

 誰もいない神泉苑。

 朝日が水面を照らしている。池の水もずっと澄んで清々しかった。

「きれいになったね、小町さん」

 ソラがそう言いながら池へ近づこうとしたときだった。足が止まった。

 池の向こう岸に、誰かいる。

 白装束の人物が一人、岸辺に立っていた。何かを祈っているようだ。

「何だろ……」

 ソラは、そっと近づいていく。

 白装束の人物が、池に向かって何かを掲げた。

 そして――

 何かを池へ投げ入れた。

「えっ!」ソラは思わず声を上げた。せっかくみんなで綺麗にした池なのに。

 抗議しに行こうとしたソラを、小町さんが止めた。

「あれは清めのまじないよ」

「え?」

「どうやら、我がする必要はなさそうね」小町さんが目を細める。

「え、そうなの」

「あれは本格的なまじないだ。密法だな。大丈夫だ。今、行けば、かえって邪魔になる」

「そうなの?」

 ソラはもう一度、白装束の人物を見た。その人物は祈りを終えると、池に背を向け、木立の向こうへ歩いていく。

「……誰だったんだろ」

 ソラは首を傾げた。最後にもう一度振り返る。

 木々に囲まれた池は、朝陽を受けて輝いていた。以前より、ずっと深く見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。