14 熱い九月 4
数日後。
話は甲子社高校側にも伝わり、両校の生徒で一日かけて神泉苑の大掃除をすることになった。
さらに天見は、アヒル母さんと池の主様にも頼んで、池の中を調べてもらった。
すると、やはり池の底には大量のゴミや泥が溜まっていた。
そして、水の湧き口は、泥やゴミに埋もれ、ほとんど塞がっていることがわかった。
大掃除の日。
日曜日の朝から、両校の生徒たちが神泉苑に集まった。
ボランティアを募っただけなのに、思った以上の人数が集まった。みんなで池の周囲を掃除し、藻を取り除き、ゴミを拾う。誠吾たち元気な男子は水着になり、池の中まで入ってくれた。
「そこ! もう少し右!」
天見は池の主様から聞いた情報をもとに、湧き口の場所を指示して回る。
泥をかき出し、ゴミを取り除く。
汗だくになりながら、みんなで作業を続けた。
そして翌日。
仕上げをするという天見について、俺も神泉苑へ向かった。
池の中では、アヒルや鯉たちが動き回っていた。天見の指示に従って、池の底をさらに掃除しているらしい。
中でも圧巻だったのが、鯉たちによる「池の洗濯」だった。
神泉苑の鯉は大きいことで知られている。戦時中、食糧難の時代でさえ、京の人たちはこの鯉には手を出さなかったという。そのせいなのか、主様を筆頭に、年を重ねた超巨漢ぞろいだ。そんな鯉たちが集団でぐるぐると泳ぎ始める。水が渦を巻いた。まるで巨大な洗濯機だ。池の底に溜まっていた泥が巻き上げられ、少しずつ流れていく。やがて、一番大切な泉の湧き口周囲にも、鯉たちが集まった。
ぐるぐる、ぐるぐる。泥が舞い上がる。
そのとき。
「あっ!」天見が声を上げた。
水の底から、細かな泡が次々と浮かび上がってきた。湧き口から清らかな水がこんこんと湧き始めたのだ。
「やった!」天見が笑う。
これなら時間が経てば、池の水も少しずつ入れ替わっていくだろう。
そのときだった。
池の主様が俺たちのところへやって来た。口に何かくわえている。
主様が、それを吐き出した。
転がっていたのは、小さな朽ちかけた木の板だった。
「おい、これって……」
「人を呪うためのお札ね」スケッチブックの小町が眉を曇らせる。
「これのせいで龍王様がいなくなったのかな?」
「これ一つだけのせいではないでしょう」小町さんは静かに言った。
「でも、こういう人の陰の祈りが、長い間にここに積み重なっていたのは想像できるわ」
「人のドロドロした心が、この池を澱ませていったのか……」
俺は、京都という街に積もった千年を超える時間を思った。
人々の願い。
喜び。悲しみ。恨み。憎しみ。
そのすべてが、この街に積み重なっている。
そして今、生徒たちや池の生き物たちの力によって、池は少しずつ澄み始めていた。
まだ間に合う。そう思いたかった。
*
翌朝。
小町さんが、
「仕上げに、清めのまじないをしておきましょう」
と言ったので、ソラは朝早くに家を出て、神泉苑へ向かった。
誰もいない神泉苑。
朝日が水面を照らしている。池の水もずっと澄んで清々しかった。
「きれいになったね、小町さん」
ソラがそう言いながら池へ近づこうとしたときだった。足が止まった。
池の向こう岸に、誰かいる。
白装束の人物が一人、岸辺に立っていた。何かを祈っているようだ。
「何だろ……」
ソラは、そっと近づいていく。
白装束の人物が、池に向かって何かを掲げた。
そして――
何かを池へ投げ入れた。
「えっ!」ソラは思わず声を上げた。せっかくみんなで綺麗にした池なのに。
抗議しに行こうとしたソラを、小町さんが止めた。
「あれは清めのまじないよ」
「え?」
「どうやら、我がする必要はなさそうね」小町さんが目を細める。
「え、そうなの」
「あれは本格的なまじないだ。密法だな。大丈夫だ。今、行けば、かえって邪魔になる」
「そうなの?」
ソラはもう一度、白装束の人物を見た。その人物は祈りを終えると、池に背を向け、木立の向こうへ歩いていく。
「……誰だったんだろ」
ソラは首を傾げた。最後にもう一度振り返る。
木々に囲まれた池は、朝陽を受けて輝いていた。以前より、ずっと深く見えた。




