14 熱い九月 3
アヒル母さんは、しばらく考えると、
「わかった。主様を探して伝えてみる」
そう言って池へ戻っていった。
すると、池のあちこちでアヒルたちが一斉に騒ぎ始めた。
ガアガア、ガアガア。四方へ散っていく。
そのまましばらく待っていると――
水面が大きく揺れた。
ぬっと顔を出したのは、見たこともないほど巨大な鯉だった。
全身が金色。ところどころ黒く苔むし、悠然と尾びれを揺らしている。
「こんな鯉、いたのか……」
一体、いつからこの池にいるんだ。
鯉は俺たちをじっと見る。
「この鯉が池の主様?」
天見は急いでスケッチブックを開いた。鉛筆が走る。
やがて、描かれた鯉がゆらりと体を揺らした。
「ほう……」低い声が響く。
「『使い』を使える者に出会うとはな」天見が息を呑む。
「お前たち、龍王様のことを聞いておるようだな?」
「はい。龍王様のことで、知ってることがあれば、教えてください、主様」
「わしも、かれこれ二百年以上ここにいるがな」鯉はゆっくりと尾を揺らした。
「龍王様が、遠い昔にここ離れられたとしか知らん」
「どうして?」
「応仁の乱の頃だとも、二条城ができた頃とも言われておる。まあ、池が狭くなったというのもあるだろうが……」鯉の目が細くなった。
「人のせいで、龍王様が住めぬようになった、と聞いたことがある」
天見は池を見渡した。
「やっぱり……ここにはもう居られないんだ。
でも、龍王様に、もう一度力を貸してもらわないと大変なことになるの」
「そうか」鯉はしばらく黙っていた。
「龍王様ゆかりのものは、あのお社にある、お姿を描いた絵ぐらいしかは残っておらんだろう。何せ、昔のことじゃ」
「そうですか」
「すまんな。力になれなくて」
鯉そう言うと、水面へ戻っていった。大きな尾びれが一度、水を叩く。そして、その巨体は池の底へ消えていった。
「龍王様が住めなくなったって……何でだろ?」
「この状況を見れば、大体想像もつくけどな」
俺は都会の真ん中に取り残された、小さな池を見渡した。
「もう少し池を回ってみましょう」
小町さんの言葉に従い、俺たちは池の周囲を丁寧に見て回った。それほど時間はかからず正面に戻ってきた。
「やっぱり、この広さじゃ、龍王様を呼ぶなんて無理なのかな」
「そうだな。ここに竜神に住んでもらうっていうのは、ちょっと想像しにくいな」
「でも、龍王様は天のもの。次元の違う存在よ」小町さんが首を振った。
「現世における実体はないから、池の広さそのものが決定的な理由とはならないと思うわ。ただし、龍王様を迎えるには、ここを神聖な場所として整える必要がある」
「神聖な場所……」
「我もここで歌を詠んだけれど、あの頃の池は、もっと澄んだ清らかな場所だった」
小町さんの声が少し沈む。
「今は水が澱み、周囲に溜まった陰の気まで集めてしまっている。まずは、この水を何とかしないと始まらないわね」
「だったら、とりあえずは掃除だね」
「そうなのだけれど、それだけでも足りないわ」
「他に何がある?」
「この神泉苑、元は清い泉が常に湧き出していたの。それが名の由来にもなったほどよ」
「水質ということは……まず、水の沸き口を確認するが必要があるな」
俺たちがそんな話をしていると、小町さんの姿がふっと消えた。同時に向こうの社務所から南條が出てくる。
「どう? 何かわかった?」
天見は待っていたように南條に駆け寄った。
「ねえ、朱莉。ここ使わせてもらうなら、まずみんなでこの池の大掃除をしない?」
「池の掃除?」
「うん。神聖な儀式をする場所なんだから、ちゃんと綺麗にしないと『雨乞い』も成功しないよ」
「うん。それは私も考えてた。神聖な場所にふさわしい準備をどうするか」
そして、すぐにうなずいた。
「よし。帰ったら、全校でやるように話してみる」




