14 熱い九月 2
神泉苑に着くと、まず寺の人に挨拶をし、会場使用についての説明を受けた。南條は細かな図面を広げ、
「ここにこれを置いて……こっちは人の流れを考えると……」
と、さらに細かい段取りを確認し始めた。
「私、もう少し聞いておくから、先生たちは先に見てきて」
「わかった」
俺と天見は南條を残し、境内を歩き始めた。
天見の手には、もちろん小町さんのスケッチブックがある。
今回の雨乞いを本当の意味で成功させるには、具体的に何をすればいいのか。
そこだけは、まだ手探りだった。
神泉苑は、平安京を造営された際、その南西に設けられた大きな庭園だった。
かつては今とは比較にならないほど広く、巨大な池には清らかな泉が湧いていたという。
しかし現在、その規模は往時の十分の一ほどしかない。
池の中には小さな島があり、そこに善女龍王社が祀られている。さらに池の周囲には、いくつもの社殿が建っている。
俺たちは橋を渡り、池の小島にある善女龍王社へ向かった。
二つある橋のうち、赤い法成橋は、静御前が雨乞いの舞を舞ったと伝えられている。
この橋を渡るときに願えば、願いが一つ叶うと言われている。
「願いが一つだけってのは悩むよな」
俺がそう言うと、天見が足を止めた。
「トビのことと、雨乞いのこと……どっちをお願いしたらいいんだろ」
う~んと唸ってなかなか渡らない。
「雨乞いが成功すれば、トビを助けることにもつながるんじゃないのか?」
しばらく考えていた天見は、やっとうなずいた。
「……そうだね」
そして、橋を渡りながらつぶやいた。
「どうか、雨乞いが成功しますように」
善女龍王社の前で、天見がスケッチブックを開いた。
「ねえ、小町さん。ここ、何か感じる?」
「……いや。やはり善女龍王様は、ここにはいらっしゃらないわね」
「やっぱり……」
「まあ、いらっしゃるのなら、こんなことにはなっていないでしょうね」
小町さんは池を見つめた。
「とにかく、龍王様をこの池にお呼びすること。それが雨乞いの成否を分けるはずよ。かつて空海様がなされたようにね」
「ということは、龍王様について、もう少しちゃんと調べないといけないってことだな」
「そうね。我が力になれることがあるのなら、何かわかるかもしれないわ」
俺たちは善女龍王社に手を合わせたあと、あたりで絵に呼び出せるものがないか探した。
社の前には狛犬。社殿の中には、龍の絵や天女の絵もある。
「どれか呼び出せそうなのはあるか?」
天見はまず狛犬を描いてみた。だが、しばらく待っても何も起こらない。
「……命を感じない」
次に天女。そして、今回の目的である全女竜王。
しかし、どちらの絵も動かなかった。
天見は首を振る。それを見て小町さんが苦笑した。
「『使い』には格がある。我が出てこられたのは特別なの」
「特別?」
「我が猛烈に現世に出たかった。そして、我とあなたの相性もピッタリだった。それが重なったのよ」
小町さんは龍の絵を見る。
「残念だけれど、今のあなたには、天女や龍王様を『使い』として呼び出すのは、まだ難しいわね」
「そっか……」
天見は少し残念そうだった。
「仕方ない。他にないか探してみよう」
俺たちは池の周囲を歩いた。
池には大きな鯉やアヒルたちが泳いでいる。
「じゃあ、まずアヒルをやってみよう」
天見は池のほとりに腰を下ろした。
「平重衡様を呼び出してから、動物ならかなり成功するようになったんだ」
少し集中してから、サラサラと鉛筆を走らせる。
やがてスケッチブックから一羽のアヒルが現れた。
天見が声をかけると、アヒルはすぐに動き出した。
何度見ても、この瞬間だけはぞくりとする。
紙に描かれたものが、命を持って動き始めるのだ。
そのアヒルは、この池にいる群れの母親だった。
天見が尋ねる。
「ねえ、この池の龍王様のこと、何か知ってる?」
「うーん……龍王様のことは、昔の話ってことぐらいしかねえ」
アヒル母さんは首をかしげた。
「あ、そうだ。池の主様なら、何か知ってるかもしれないわね」
「池の主様?」
「この池にはね、ずっと昔から住んでいる主様がいるんだよ」
「その主様に会えないかな」天見は真剣な顔で頼んだ。
「この雨乞いを成功させないと、大変なことになるの。お願い、助けて」




