13 膨らむ九月 特別対抗戦 4
土曜の朝。
ソラは山越の道を、黙々と歩いていた。
行き交う車も、ほとんどない。
泉さんの家は、この山の向こうにある――はずだった。
葉山先生も行くって言ってくれていたけれど、結局、今日は一人で来た。
朝早く、学校へ行くと言って家を出てきた。
電車を六地蔵駅で降り、バスで終点まで。そこから山へ入る道を歩いてきた。
人家の途絶えた道を、もう一時間は歩いただろうか。
道はようやく峠を越え、家が何軒か並ぶ小さな集落に入った。
携帯は家に置いて来たので、現在位置を確かめることができない。
でも、そろそろこの辺りじゃないか。
ソラは手書きの地図を頼りに車道から離れ、斜面を登っていった。
小さな畑がある。
そこで一人、作業する人がいた。
聞いてみよう。
ソラが近づくと、大きな麦わら帽子を被ったその人が、顔を上げた。
その顔を見た瞬間、ソラにはわかった。
泉さんだ。
「こんにちは。私、ソラです」
やっと着いた嬉しさから、ソラはいきなり名乗っていた。
泉さんは一瞬、怪訝そうな顔をした。だが、すぐに目を見開いた。
「びっくりしたあ。慶子さんとこの子だよね」
一度しか会っていないのに、泉さんはすぐにソラのことを思い出してくれた。
「はい」
「よう来たねえ。こんなところまで」
泉さんは笑って、すぐ近くにある家へソラを招き入れた。
お茶を入れてくれる。
ソラは、ここへ来た本当の理由は話さなかった。今、学校で美術の勉強をしているので、一度来てみたかったのだとだけ話した。
泉さんは、それ以上何も聞かなかった。
二人で亡くなった滝さんの話を沢山した。滝さんがどんな人だったのか。ソラの知らなかった祖母の姿を、泉さんは楽しそうに話してくれた。
気づけば、昼になっていた。
「お昼、食べていきな」
「え、でも……」
「遠くから来てくれたのに、何遠慮してるの」
結局、ソラは昼までご馳走になった。
帰る時間になると、泉さんは車を出してくれた。
「駅まで送ってあげるよ」
「ありがとうございます」
来るときは、あれほど長く感じた山道だった。けれど、泉さんの話を聞きながら車に揺られていると、、あっという間に駅に着いた。
「今日はありがとうございました」礼を言って車を降りる。
すると泉さんも降りて来た。そして、ソラの手を握った。
「またおいで。いつでも歓迎するよ」
「はい」
「ソラはやっぱり滝姉さんが言ってたように、いい目をしてるよ」
滝さんが、自分のことを話してくれていた。それが嬉しかった。
「はい、また来ます。
あ、一度、泉さんの大ファンの友達連れてきていいですか」
「へえ、光栄だね」泉さんが笑う。
「今度来るときは連絡しなさい。駅まで迎えに来てあげるから」
「はい」
手を振って別れた。
改札に向かいながら、ソラは一度だけ振り返った。
まだ泉さんは、こちらを見送ってくれている。
その姿が、一瞬、滝さんと重なって見えた。
――会いに来て良かった。
携帯の連絡先も教えてもらった。
誰かに頼る。
そのことが、ほんの少しだけわかった気がした。
ソラは、温かな安心を胸に、改札へ向かった。
なんだか新鮮な気分だった。
切符を改札に入れる。
カチリ、と音がした。
ソラは振り返らず、そのままホームへ向かった。




