12 夜の帳の向こう 6
「あの子、我慢強いですよね」
「はい」
「でも、我慢しないと生きてこれなかったんだと思います」
俺は黙って聞いていた。
「ただ、我慢強いだけじゃない。芯に強いところがある。私はそう感じました」
「芯に……」
「昨日、家に帰るのが怖かったのかと思って、そう聞いたんです」
花山さんは、少し間を置いた。
「そうしたら、彼女は、それだけじゃないと言ったんです」
「それだけじゃない?」
「昨日、大人の人と話せたことが嬉しかった、と」
俺は息を止めた。
「あんなふうに、自分の言葉を聞いてもらえた。自分の言葉にもちゃんと力があって、それを相手に伝えて説得する。そんな経験が初めてだったと言っていました」
俺は、昨日の池田副会頭との場面を思い出した。確かに天見は、自分の言葉で話していた。いつものようにうつむいてはいなかった。
「でも、いざ帰ろうとしたら、家に帰ることが怖くなった。それだけじゃなく、せっかく感じた喜びまで潰されそうで、帰りたくなかった」
花山さんはそう言った。
「初めて会う私にも、彼女は、きちんと向き合ってくれました。だから、私は思ったんです。この子は、決して弱い子じゃないって」
「……」
「最後に聞いたんです」花山さんの声が少し柔らかくなった。
「あなたのしたいことは何? あなたはどうしたい? って」
俺は黙って聞いていた。
「そしたら彼女、『この学校をやめたくない』って、はっきり言ったんです」
胸の奥が詰まった。
「そのとき、初めて泣いたんです」
「……そうですか」
「でも、そのあと、こう言ったんです」
花山さんは、天見の言葉を思い出すように、一度目を伏せた。
「『ここにいるために、どうしたらいいですか? もっといい子になったら、いられますか』って」
俺は、何も言えなかった。
天見は夏ごろから、家で学校を辞めろと言われていたらしい。母親は、実際に手続きをしろとまで迫ったという。
「これからは、できれば定期的に、彼女と話す機会をつくってください」
花山さんは最後にそう言った。
「先生が特別なことをする必要はありません。ただ、ここにいていいんだと、そう思える場所を作ってあげてください」
「はい」俺はうなずいた。
花山先生と別れたあとも、俺には何が一番いいのか、正直わからなかった。
親と平穏に過ごせること。それが一番いいのだろう。
でも、今すぐあの両親が変わるとは思えない。
だったら、少し距離を置いて生活する。それができればいいのではないか。
でも、それって――。
翌日。
教室には、何事もなかったかのように元気な天見がいた。
伊山と南條と三人で笑っている。
ただ、俺とは目を合わせない。その姿を見ているのが、つらかった。
俺は昨晩ずっと考えていた。俺にできることはないか。
そして、一つ思いついた。




