12 夜の帳の向こう 4
天見には、十八時という門限があった。
遊びに行っても、その時間までには必ず帰る。
理由は、夕食の準備をしなければならないからだった。
二つ下の妹もいる。
だが、その役目をするのは天見だけだった。
母親は、その間、テレビを見ている。
長女が家のことをする。それがこの家ではあたり雨だった。
「俺が何度、変だって言っても、こいつは『自分がするのが当たり前だから』って聞かないんだ」
トビは言った。
母親の管理は徹底していた。
外出するときは、どこへ行くかを必ず伝える。
友達と遊ぶと言えば、そんな子と遊ぶな。
そう言われる。
それは高校生になった今も変わらない。
携帯には、常に位置情報を確認できる設定がされていた。
昨日、急に池田さんと会うことになったとき、天見は困ったはずだ。
門限に間に合わない。
それでも、彼女は行くことを選んだ。
だから、位置情報を知られないように、携帯を学校に置いていった。
話が終わり、帰るころには、すでに十九時を過ぎていた。
門限を大きく過ぎてしまった。
家に帰れない。
だから、鴨川にいた。
俺は、そのことに何も気づかなかった。俺はただ、池田さんに会うこと、雨乞いを実現することで頭がいっぱいだった。
天見が、帰る場所を失っていることなど、考えもしなかった。
トビは、さらに話を続けた。
「ソラは、小さい頃から母親の暴言がひどかった」
天見は何も言わない。
「時には、暴力もあった」トビの声が低くなった
「ソラ、その右手、出してみろよ」
天見は動かなかった。俺は、彼女の右手を見る。
この暑い日に、今日の天見は長袖のブラウスを着ていた。
それまで、そんなことを気にも留めていなかった。
右手の甲。親指の付け根あたりに、褐色の痣がある。
以前から知っていた。
小さい頃の傷跡だと思っていた。
「俺は、こいつが何も言わなくても知ってた」トビが言う。
「近所の猫仲間たちから聞いてな」
トビは、俺をまっすぐ見た。
「その痣は小学生のころんいついた火傷の跡だ」
俺は息を呑んだ。
「熱い汁の入った食器を投げつけられたんだ。病院にも連れていかれなかった。だから治るのにも時間がかかって、跡が残った」
トビの声に、怒りが混じる。
「そのとき、あの親は何て言ったと思う?」
俺は黙っていた。
「『そんなみっともない手、人に見せるな。ポケットにでも突っ込んどけ』だ」
俺はその手を見る。
「だから、まだ小さかったソラは、右手をポケットに入れる癖がついたんだ」
トビは続けた。
「それから、その腕だ」
天見が隠そうとしていた左腕。俺を、その袖を少し上げた。
青黒い大きな痣があった。明らかな内出血だった。
天見はすぐに袖を下ろした。
「これは大丈夫なの」
「天見……」
「叩かれたりしたのは、小さい頃だけだから。最近は、そんなこともないし」天見は俺を見る。
「昨日は、本当に私が悪かったから……」
「ああ、叩くのは減ったよな」
トビが吐き捨てるように言った。
「その分、あいつの暴言は、底なしだ」
俺は言葉を失った。




