11 雨乞い 2
「トビ……」
俺はそっとリュックから出して抱き上げた。それでもトビは、眠ったようにぐったりしている。
天見によると、昨日までは何ともなかったらしい。ところが今朝、呼び出すと、すでにぐったりとしていたという。
すぐにトビの本体のところへ行って介抱したものの、どんどん熱が高くなっていく。自分だけではどうにもできない。かといって、家に連れ帰ることもできない。そこで思いついたのが、俺だった。
俺なら、トビのことも彼女の力のことも知っている。
「お前、それで、わざわざ一時間もかけてここまで来たのか」
「だって……私の力のこと知ってるの、先生だけだし、トビ死んじゃったらどうしようって……」
天見は完全に動揺していた。目から涙がポロポロこぼれる。
普段の天見は、借りてきた猫のように、どこか感情を抑えているところがある。それが、これほど取り乱しているのを見るのは初めてだった。
「とにかく、病院へ行こう」
俺は、携帯で動物病院を探した。日曜でも診てくれるところはなかなか見つからなかったが、事情を話して頼み込むと、なんとか診てもらえることになった。
俺は自転車を取ってくると、前カゴにトビを乗せ、動物病院へ向かった。
トビの症状を説明すると、俺たちは特別な別室に通された。
やがて出てきた女医さんは、マスクとゴーグルまでつけていた。
トビを診察し、いくつかの検査をしたあと、女医さんは難しい顔で首を振った。
「最近、この症状で運ばれてくる犬や猫が、多いんです」
「多い?」
「ええ。どれも急な発熱で、意識が朦朧となる。いろいろ情報を集めてるんだけど、原因はまだはっきりしないの」
女医さんは一度、トビを見る。
「うつることは確かなんです。でも、はっきりとした感染経路も見つかっていなくて……」
「治すことは?」
「今のところ、対処療法しかありません。解熱剤などで様子を見るしかないんです。、ごめんなさいね」
俺たちは薬を受け取り、礼を言って病院を出た。
外へ出ると、天見はしばらく黙って歩いていた。
そして帰り道、昨日、行ってきたという「成らずの柿」のことをぽつぽつと話し始めた。
俺は黙って聞いた。
成らずの柿。天と地の気の流れ。天の「お使い」。
そして、陰の気。
話を全部聞き終わっても、俺には言葉が出てこなかった。
トビの病気にも関係しているのか。
いや、そもそも俺たちは今、何を相手にしているんだ? 話が途方もなさ過ぎる。
俺はまるで、深い霧の中に立っているような気分だった。
「すまん、天見。俺には、どうすればいいか分からない」俺は正直に言った。
「ただ……一つだけ言えることがある」
天見が顔を上げる。
「もっと、たくさんの人の協力がいるってことだ」
「人の……協力?」
「その『祀り』っていうのは、大勢の人を巻き込んだものでないと意味がないんだろ?」
天見は少し考えたあと、小さくうなずいた。
「昨日の夜、トビにも言われちゃって」
「トビが?」
「『お前、もっと人に頼れ』って……。そのときは、まだ全然元気だったのに」
天見の声が震えた。また涙がこぼれそうになる。
「……そうか」俺は何と言えばいいのかわからなかった。
「その……なんだ。輪を広げるなら、まずはお前の友達に話さなきゃだめだろ」
天見はグッと奥歯を噛み締めるようにして、感情を飲み込んだ。
「はい」
どうやら彼女も、昨夜からずっと同じことを考えていたらしい。
「できるだけちゃんと伝えたいんです。でも、小町さんのことや、私の力のことは伏せるしかないし……」天見は少し考え、
「それでも、今から話してみます」と言った。
俺は、それ以上とやかく言わず、ただうなずいた。
天見はすぐに携帯を取り出し、伊山と南條を呼び出した。
天見のいつもとは違う様子を察したのか、二人とも急いで来てくれるという。待ち合わせ場所は、鴨川デルタのそばにある葵公園になった。




