10 成らずの柿 9
ソラは、顔を上げた。日はすでに大きく傾き、空は紫色に染まり始めている。
その上空に、薄い白雲が浮かんでいた。雲は刻一刻と形を変えながら、ゆっくり東に流れている。
「やってみて」
小町に言われ、ソラは雲を見つめた。
自分の心を、あの雲のところまで持っていく。
そうイメージする。
すると――
ふっと、心が浮いた。
「……え」
心だけが空へ向かっていく。今まで感じたことのない、不思議な解放感があった。
イメージするだけなら、誰にも遠慮はいらない。誰かの顔色をうかがう必要もない。
何かに縛られることもない。
ソラの心は、空いっぱいに広がっていった。
「ソラ」
小町の声が、遠くから聞こえた。
「その高みから、下を見てご覧」
ソラは意識を下へ向けた。
夕焼けに染まり始めた街が、小さく見える。
山々も、家も、道路も、すべてが小さい。
東西に流れる木津川。
その堤の上に――
「あ」
自分がいた。
リュックを背負った小さな自分が、夕暮れの堤に座っている。
「自分が見えた?」
「うん」ソラは答えた。
「小さい……」
「そうでしょ」
「自分って、こんなにちっちゃかったんだね」
ソラはしばらく、自分自身を見つめていた。
「忘れてた」
「何を?」
「大空が、こんなに高くて大きいこと」
小町は静かに言った。
「それでいいのよ」
「……」
「天と地の大きさを感じなさい」
ソラは空を見た。
「心は小さな器の中に閉じ込めておくものではないわ」
小町の声が、心の中に響く。
「今のあなたなら、それができる。高いところから俯瞰して見れば、今まで見えてなかったものも見えてくる」
「見えなかったもの……」
「どんな時でも、それができるようになりなさい」
ソラは、自分の心を初めて外から見た気がした。
そして気づいた。
せっかく溜まった自信や元気が、いつの間にか、また少しずつ搾り取られていたことに。
何かに追われている時には、そのことに気づけなかった。
でも、こうして遠くから自分を見ると、よくわかる。
ソラはしばらく考えてから、つぶやいた。
「そうだね」そして笑った。
「ありがと、小町さん。少し元気出た」
「うん」小町も笑った。
「自分の心は、自分で整えていく。それは神子の修行と同じなのよ」
ソラは、いつまでもこうして、夕日を見上げていたいと思った。
その日からソラは、心が辛くなると、大空を見上げるようになった。
そして、心を空いっぱいに広げる。
すると、不思議と少しだけ楽になった。
これまでなら、目の前のことだけで精いっぱいになっていた。
でも、少し遠くから自分を見ることで、今まで気づかなかったことに気づくようになった。
そしてある時、ソラは、これまで当たり前だと思っていたことに疑問を抱いた。
――あの人の言っていることは、本当に正しいのだろうか。
――自分は、どうすればいいんだろ。
その考えが浮かんだ瞬間、ソラは怖くなった。
すぐに、その考えを手放す。深く考えてはいけない。
そんなことを考え始めたら、胸の中にできた小さな塊が、どんどん大きくなっていく気がする。
そして――
いつか、何かが破裂してしまいそうだった。




