10 成らずの柿 6
「あ……」ソラが声を上げた。
お堂の奥から、人の気配。僧侶らしき男性が入ってきた。
「お参りの方でしょうか」
「あ……はい」
「申し訳ありませんが、今は一般の方には公開しておりませんので」
「あっ、すみません」
ソラは慌てて立ち上がった。
「勝手に入ってしまって……」
何度も頭を下げ、急いでお堂を出る。
門を出るまで、何度も頭を下げた。
そして木津川の堤を上り、人のいない木陰を見つけると、ようやく腰を下ろした。
「うわ……焦った。私、勝手に入ってたの、すっかり忘れてたよ」
「その呑気さは、あなたも少しは成長したということのかしらね」
小町が笑った。
「小町さん」ソラは息を整えながら言った。
「さっきの天と地の話、知ってたの?」
「ええ。我も神子として、ある程度は理解しているつもりよ」
「じゃあ、あの柿の木のことも」
「いいえ」
小町は首を振った。
「依代は、その土地の神が作るもの。あの木に、そんな特別な役割があったとは思わなかったわ」
「重衡様が、陰の気が破裂するって言ってたよね」
「ええ」
「そんなこと起きたら、どうなっちゃうの?」
小町はしばらく黙っていた。
「行き場をなくなした陰の気が、この世に洪水のように広がる」
「洪水……」
「それを浴びた人は、陰の熱に侵される。あちこちで争いが起こり、災いが広がる。それが大きなうねりとなって国を飲み込めば――」
「戦争になる」
「そういうことね」
ソラは、どろどろとした真っ黒なヘドロのようなものが街を洪水のように飲み込んでいく光景を想像した。ぞっとする。
「特に問題なのは人口よ」小町が言った。
「力の大きさは、人の思いの強さと、数に比例するから」
「明治時代の人口ってどのくらいだったの?」
「明治末頃で、およそ五千万人。日清、日露戦争の頃ね」
「そんなにいたんだ」
「昭和二十年、太平洋戦争の頃には七千万人ほどになっていたわ」
「じゃあ……」ソラの顔が強張った。
「今の日本は?」
「一億二千万人を超えている」
「それって……」ソラは言葉を失った。
「単純に人口だけ考えれば、太平洋戦争の頃のおよそ一,七倍になる」
「一.七倍……」
二人はしばらく何も言えなかった。
ただ、夕暮れに向かう空を見上げた。
二人はしばらく言葉を失い、空を見上げた。
ソラは、空と大地の間を流れるという、大きな気の流れを思った。
「ねえ、小町さん」
「なに?」
「重衡様が言っていた、私たちにしかできない『お使い』ってどういうこと?」
「神子の務めは、天と地をつなぐこと。そして天より与えられた使命を果たすこと。それを『お使い』というのよ」
「私がトビを『使い』にしてるみたいに?」
「そう。あなたがトビを使うように、神子は天の意思を受け取り、それを地に伝え、果たす」
小町は少し考えた。
「重衡様が、最後に言った『まつり』という言葉。あれはおそらく――」




