10 成らずの柿 2
ソラはしばらく黙って木を見上げていた。そして、ふいに小町を見る。
「……小町さん。本当に戦争って起こるのかな?」
小町はすぐに答えなかった。
「そこまでは、わからないわ」
そう言ってから、柿の木を見上げる。
「でも、この木が『天の依代』であることは間違いないわね」
「そんなにすごいの?」
「ええ。この木から感じる気の力は、かなり強い。熱量は尋常じゃないわ」
「依代って、神様が宿るものだよね?」
「そう。けれど、もう少し広く考えたほうがいいわね」小町は少し考えてから続けた。
「依代というのは、天と地をつなぐもの。言ってみれば――『天界の窓』みたいなものよ」
「天界の窓……」
「人は昔から、自分たちの理解を超えるものを神と呼んできたでしょ。天というのはそうした存在がいる、この現世とは異なる世界。人の世界とは別の次元にある世界と考えればいいわ」
「じゃあ、神様は本当にいるってこと?」
「いる、とういう言い方が正しいかどうかは難しいわね」小町は苦笑した。
「ただ、天と地は完全に別々ではない。互いにつながり、影響しあっている。その間を行き来する力を、我々は『気』と呼んでいるのよ」
「じゃあ、この木は、その天と地をつなぐ窓ってこと?」
「そういうこと」小町は柿の木を見つめた。
「ただ、この木から感じる熱量は、少し気になるわね」
「何か起きるのかな」
「そこまでは、まだわからないわ。この木について、もう少し調べてみましょう」
二人はしばらく周囲の雑木林を調べた。だが、それ以上の手掛かりは見つからなかった。
「ここには、これ以上何もなさそうね」
「じゃあ、首荒い池に行ってみよう」
ソラはリュックを背負い直した。目的地はすぐ近くだ。
平重衡由来の首洗池は、木津川の土手のそばにあった。
川幅の広い木津川が、夏の日差しを受けてとうとうと流れている。
土手の上を電車が走り、車両が通り過ぎるたび、風を巻き上げていく。
その土手の手前に、雑草に埋もれそうな小さな石碑と説明板があった。
ソラは足を止めた。
「平重衡首洗池・不成柿……」
石碑のそばには、一本の柿の木が立っていた。
風に葉を揺らしながら、その枝には大きな青い柿の実が鈴なりに成っている。
「これが、今の『成らずの柿』なんだ」
観光ガイドに載っていた木だ。今では毎年、実をつけているという。
ここは、源氏に敗れた平重衡が、木津川の河原で処刑された際、その首を洗ったと伝えられる場所だった。ソラは、先ほどの森の中の柿の木を思い出した。
戦争が起きるかもしれないという不吉な話を聞いたあとでは、見慣れたはずの風景さえ、どこか違って見えた。
ソラはスケッチブックを開いた。
「小町さん。どう? これが今の『成らずの柿』だよ」
しばらく柿の木を見つめ、小町が言った。
「さっきの依代ほどではないわね」
「じゃあ、ここは大丈夫?」
「いいえ。むしろ逆よ」小町の声が少し低くなった。
「この辺り一帯、大地から上がってくる気の熱量がすごいわ」
「大地から?」
「そう。たとえるなら、高熱の温泉が地下から吹き上がっているような感じね」小町は目を細める。
「地の深いところから、気の熱がこの一帯に湧き上がっている」
「じゃあ、もう何かが起きてるの?」
「まだ、熱源そのものが噴き出しているわけじゃない。でも――」
小町は言葉を切った。
「壁一枚向こうに、大きな熱がある。そんな感じがする」
「壁一枚……」
「噴き出す前でこの熱さ。ちょっと恐ろしいわね」
ソラは、黙って柿の木を見上げた。
この大地の下に、自分には見えない何かが眠っている。
そう考えると、足元まで熱を持っているような気がした。
「もう一か所、行ってみよう」小町が言った。
「安福寺よ」




