9 小町 5
「それで、その神子について、小町さんからいろいろ教えてもらったんです」天見が言った。
「私、トビのこととか、自然にできていたから……。これまであまり何も考えてなくて」
「このことは、とても大事なことだから」小町が俺を見る。
「先生にも知っておいてもらいましょう」
急に、その表情が真剣になった。
「ソラがこうして我を絵に呼び出せる力は、神子と『使い』の契約によるもの。だから当然、相手がソラを認めなければ契約は成立しない」
「使い……」
「そして、ソラぐらいの、まだ弱い力の場合、気をつけなければいけないことがある」小町は俺をまっすぐ見た。
「他の人間に、そのつながりを知られないこと」
「知られちゃいけない?」
「ええ。まじないの基本は、人に知られてはならないもの」
小町の声が少し低くなる。
「形のないものは、その存在が不安定だから。人の疑念や、攻撃的な陰の気を向けられると、その存在を維持できなくなる」
「つまり……」
「消えてしまう」
俺は思わず天見を見る。確かに天見は、これまで誰かに見られそうになると、その瞬間に小町のような存在が消えていた。
「人は、理解できないものに対して、いつも好意的だとは限らないからね」小町は続ける。
「もし強い攻撃的な疑念に晒されたら、彼女の心そのものが負けてしまう。消えるかもしれない。そこはしっかりと肝に銘じておいてほしいの」
「ちょっと待ってくれよ」俺は慌てた。「俺、知っちゃてるよ。大丈夫なのか?」
小町は俺をじっと見つめた。
「そうね。あなたの場合は……よほどうまく彼女の力を受け止めたってことかしら」
「受け止めた?」
「普通は、他の意識が介入した瞬間、存在できずに消える。煙のようにね」
「でも、俺には見えた」
「ええ」小町が首をかしげる。
「波長がうまく同調したというところかしら」
「同町……シンクロしたってこと?」。
「そう。あなたが百%信じたからできたのか。それとも別の理由なのか。なかなかないことよ」
小町は、少し楽しそうに俺を見る。
「あなたには、同調する才能があるのかもしれないわね。だから興味があって、あなたに会ってみようと思ったのよ」
同調。シンクロ。
そう言われても、俺にはよくわからない。ただ――
今、俺がこの小町の存在を、ごく自然に受け止めている。それだけは確かなことだった。
小町がふいに顔を上げた。
「ところで、あなたたち」
「はい?」
「何も感じない?」声の調子が変わった。
「天と地の流れが、すごく滞ってるような……もう、気持ち悪くて仕方ないのよ」小町は窓の外を見る。「こうして現世の端っこに立っていると、余計にそれを感じるわ。この天地の熱さは異様よ」
俺は、この夏のことを思い出した。
旱魃。異常な暑さ。そして、動物たちの原因不明の病気。
俺は、そのことを小町に話した。
天見も「成らずの柿」の話が気になると伝える。
小町は黙って聞いていた。
「雨に病……」やがて小町がつぶやいた。
「それは少し調べてみた方がいいわね」そして、天見を見る。
「それに、その『成らずの柿』。実際に見たいわ」
さっきまでの柔らかな表情は消えていた。何かを警戒しているような、厳しい顔だった。
天見が、次の休みにでも小町と一緒に調べてみると言う。
「その結果は、是非教えてほしい」俺はそう約束した。
こうして、その日は終わった。
今日も日が暮れても暑さはひかなかった。
これが、ただの異常気象ではないということを、このときの俺はまだわかっていなかった。




