9 小町 3
三人と、ああだこうだと話しているうちに、教室には俺たちだけになっていた。
そこで南條が、ふと思い出したように天見を見る。
「ところでさ、ソラ。トビは元気?」
トビについて、俺はよく知っている。話をしたこともある。だが、天見は友達には、近所の公園にいる野良猫だと話しているようだった。オスの三毛猫というだけでも珍しい。なんでも三万分の一ともいわれる。
「最近、犬や猫に新種の感染症が流行ってるって、知ってるでしょ?」
「それ、ここんとこ、よく聞くよな」伊山が水筒の水を飲みながら言った。
「夏前から流行り出してるって。ネットニュースでもよく出てる。動物が突然高熱になって、ばたばた亡くなってるって」
「実はさ……」南條の顔が曇った。
「うちの近所の猫が、突然亡くなっちゃったんだよ。この間まで元気だったのに。それがショックで」
伊山が心配そうに俺を見る。
「先生、パンとかも大丈夫かな。パンにもダニ避けしたほうがよくない?」
天見は、トビたちのことを思ってか、黙り込んでいた。
今夏の異常は、酷暑と旱魃だけではなかった。
動物の感染症。
主に小動物がかかっているらしい。これまでにない新種の感染症で、治療法もまだない。死亡率も高いようだ。ダニが媒介しているという噂まであり、すでにどこの店でもダニ対策グッズが品切れになっていた。
水筒を飲み干した伊山が、空になったボトルを振りながら言う。
「なんだかこの夏、色々異変っていうのが多すぎるだろ。最近はもう地球沸騰っていうだって。マジでぐつぐつ煮えてるよな」
「ほんと、ニュース見てても暗い話、多いよね」
天見が心配そうに言う。南條が眉間に皺を寄せた。
「ねえ知ってる? 最近、この感染症が人にうつるって噂まで出てるんだよ。おかげで京の観光客もさっぱりだって。うちの店でもみんな悲鳴あげてる」
突然、南條が窓から身を乗り出すようにして空へ叫んだ。
「あー、私たちの未来を、閉ざすなー! アンドレ~!」
「あ、私のオスカル様、とるなよ」伊山が立ち上がる。
「こうやるんだよ」
同じように窓からグランドに向かって叫んだ。
「わが未来を、決して閉ざさせはしない! アンドレ~!」
グランドにいた部活生たちが、何事かとこちらを見上げている。
それが面白かったのか、二人は嫌がる天見も巻き込んだ。
「いくぞ、ソラ。気持ちがスッキリするから」
三人は窓に並ぶ。伊山の掛け声。
「せーの!」
「アンドレー!!!」
三人の遠吠えが、底の抜けたような青空に吸い込まれていった。
そして――
三人は一斉にしゃがみ、窓の下に身を隠した。
その後ろに、ぽつん俺だけが残される。
グランドから一斉に向けられる視線。
「……お前らな」
俺の間抜けな顔を見て、三人が床の上で笑い転げていた。




